17話
客人たちはざわめく。なぜここに三大公爵家の一つである、ソルネチア夫妻が来ているのか。
まさかお祝いに?と周りは、その登場に色々な仮説を立て始める。
メルフィーは緊張していた。夫妻と顔を合わせるのは随分と久しい。父親同士が学生時代の友人関係でありライバルということもあり、少し敵対はしているが仲が悪いわけではなかった。
あくまでも親同士が仲が良かっただけで、お互いの子供に関心はなかったため、婚約の話は当然上がらなかった。
だからメルフィー自身も顔を合わせたことがあったとしても、こういった場にわざわざ来るような人じゃないことは理解していた。
「こ、公爵様―!!」
慌ててそばにやってきたのはハーストン侯爵だった。
まさか三大公爵家の人間がやってくるとは思っておらず、他の客人との挨拶もそこそこにすぐにこちらへとやってきた。
「ハーストン侯爵。久しいな」
「あ、はい。ご無沙汰しております。まさか、公爵夫妻がお祝いに来られるとは」
「あぁ、同じ公爵家の者の婚約だからな、お祝いしないとと思ってな。まぁ、元々招待されたものは私ではないのだが」
チラリと公爵はメルフィーに視線を向けるが、彼女は変わらず笑顔を浮かべている。
しかし、わずかに彼女の体が震えていることに公爵が気づかないはずもなかった。
「元々は私の未来の娘。ユリウスの婚約者であるセレーネにきていたものだが、流石に送り出すことはできないだろ。なんといっても、元婚約者の婚約パーティーなのだからな」
当然、周りのものが誰を招待したのか知るはずがない。だから、元婚約者を招待するなんて考えられなかった。だけど、そう思っているのは大人世代だけで、同級生たちはむしろメルフィーのその優しさに感動をしていた。
学生時代、セレーネがどれだけ周りの者に傷つけられたのかは、のちの調査で公爵の耳にも入っていた。そして、その中心にメルフィー・エトワールがいることも。
「だから、彼女の代わりに私たちがきたのだが、不都合だったか?」
「いえ、そんなことはありません、公爵夫妻がいらっしゃっただけでも光栄なことです!」
「それは良かった。それにしても、珍しい男がいるな」
ハーストン公爵から視線が外れ、リュシュリシュの視線は人の中に紛れるように隠れているドルネルスク・ハーヴィスト男爵に向けられる。
「まさかお前がこのパーティーに来るとはな。ハーストン侯爵と親しいとは、初耳だな」
「あ、いえ。招待者については私は関わっておらず。その、招待する相手の選別は、全て息子とメルフィー嬢が担当しておりまして」
「ほぉ、2人が。意外な関係だな」
目を泳がせる男爵。主役2人もどこか後ろめたそうな表情を浮かべている。
公爵はその時あることを思い出した。
招待状が送られてきた日。この2人がなぜセレーネをパーティーに招待したのか。その理由の一つに、ユリウスではない相手を婚約者として紹介する。という話があった。まさかとは思ったが、セレーネからセドリックのプライドの高さについては聞いていた。そんな男がハーヴィスト男爵を婚約パーティーに招待するだろうか。もし、今回のパーティーで準備をした品が彼の商会の品だからという可能性も考えたが、大人世代たちは挨拶をしたらすぐに2人の元を離れていった。男爵以外誰も、媚び諂う姿はなかった。となるとやはりと公爵は考えた。
「まぁ、男爵の商会には良いものがたくさんあるからな。メルフィー嬢が何か気に入って、関係を持ったのだろう」
「……そうなんです。そのお礼も兼ねて、今回のパーティーに」
「さすが妖精姫と呼ばれる令嬢だ。とても心優しい令嬢だ。だからこそ、そんな優しい令嬢に頼みがあるんだ」
人混みを掻き分け、公爵夫妻は主役2人の前に立ち、どこか儚げな表情を浮かべる。
「君は、セレーネの親友と言っているそうだね」
「……はい。学生時代、とても仲が良かったんです」
「なら、そんな親友のことを思うなら、もう二度と彼女に関わらないでくれ。彼女は私の大事な未来の娘だ。あの子が傷つく姿は見たくない」
「そんな。私はセレーネを傷つけるだなんて……」
「これは驚いた。無意識でこんなにも残酷なことをしていたのか」
「ソルネチア公爵!メルフィーになんてことを!」
「君もだよ、ハーストン令息。君は婚約者がいながらメルフィー嬢と愛し合った。そして婚約破棄をした。だというのに、なぜ彼女を婚約パーティーに招待した」
「それは、あの子が私の親友だから、お祝いして欲しくて……」
「どこの世界に、自分を裏切った婚約者と、婚約者を奪った女性の婚約パーティーに来るのだ?」
リュシュリシュの言葉に、メルフィーは涙を流し、それをセドリックや友人たちが慰める。
しかし、周りにいる大人世代たちはもっともだと誰も助けようとせず、妖精姫と呼ばれるメルフィーに対して疑問の声を上げ始めた。
「メルフィー嬢。もし彼女に対して申し訳ないと思うなら、別の婚約者を用意してあげるのではなく、もう関わらないであげることが懸命な答えだ」
リュシュリシュがハーヴィスト男爵に視線を向けながらそいう口にした。
目があった瞬間に彼が顔を逸らしたことで、やはりメルフィーにセレーネを紹介してもらう予定だったのだとわかり、心の中で怒りを抱いた。
「今セレーネはユリウスと幸せな時間を送っている。邪魔をしないでくれ」
「でも、ユリウス様は呪いで白蛇になっていると聞きます!セレーネがそこで本当に幸せでいるかは私たちにはわかりません!」
ソルネチア家に嫁いでから、セレーネは一度として屋敷の外に出ていない。
そのせいで、彼女が白蛇に食べられて死んでしまったと噂されていることは知っていた。それこそ、この前屋敷を出禁にしたはずのルーア・クラッセンが領土にやってきた時に、セレーネが親に捨てられたということも口にしていた。
セレーネ自身は特に気にはしていなかったが、本当なら今すぐにでも世間に広がった噂全てを消し去ってしまいたいと思っていた。彼女は噂されているような子ではないと。
「確かにそうだな。だけど、出せない理由があるのだよ」
「出せない理由って、なんですか!それは!もう死んでしまったからですか!?」
「令嬢。その理由を誰よりも君が……君たち世代が知っているではないか」
「え……」
「彼女に関する噂が今、世間でどれだけあるか知っているか」
あげればキリがないほどに、彼女にはたくさんの噂と呼び名があった。
元々はその見た目のオッドアイから「欠陥令嬢」と呼ばれていたが、ある日を境に徐々にその数が増えていった。そのある日は、セレーネがメルフィーと関わり始めてからだった。
「世間に出れば、彼女は指をさされる。ひどいことを言われ傷ついてしまう。私たちは、あの子を守るために屋敷から出さないのだ。あの子が、あの子達が幸せになるその日まで」
「そんなの、いいように言っていますが、結局は監禁を正当化しているだけではないですか」
「なんとでもいえばいい。ただ、わかって欲しい。私は決して彼女を傷つけない。彼女は私の恩人だからな」
そう言いながら、リュシュリシュは以前まで義足だった方の足に触れながらそう口にした。
それを見た周りの客人の1人が、彼が杖をついていないことに気づいた。
その気づきは徐々に広がっていき、また会場がざわつき始める。
「さて、私たちは帰るとしよう。歓迎されていないようだしな。アニエス、久しぶりに外で食事でもしないか」
「まぁそれは素敵ですね」
「では、私たちはこれで失礼するよ。あぁそうだメルフィー嬢」
「……なんでしょうか」
「お父上は来ていないのか」
「っ!」
普通ならなんてない言葉だった。
だけど、リュシュリシュのその言葉に周りが気にし始め、そういえばと辺りを見渡していた。
「……お父様はお忙しく、今日のパーティーには不参加です」
「他のご家族もか?」
「……はい」
「それ残念だ。挨拶だけでもしようと思ったが、まぁよろしく言っておいてくれ」
「……わかりました」
そのままリュシュリシュは会場を後にする。
ゆっくりと閉まる扉の先、メルフィーが妖精姫とは思えないほどに怖い顔をしているのを彼は目にした。




