13話
「改めて、先ほどは申し訳なかった」
馬車の中、ルキウスは向かいの席に座るセレーネに深々と頭を下げた。
あの後、もう少しだけ街の中を見て回った後、馬車で屋敷に帰ることになった。
馬車の中にはルキウスとセレーネだけ。ルートンを含めた護衛は外で馬車を囲むように馬に乗って護衛をしていた。
「気にしないでください。あぁいうのは慣れています」
「しかし、彼女がこのまま引き下がるとも思えない……セレーネ嬢の悪い噂がまた増えてしまう」
「……ルキウス様は、私の噂をご存知なのですね」
「……あぁ。噂を鵜呑みにするのはよくないことだとわかっていたが、正直君が屋敷に来た時は不安で仕方がなかった」
セレーネは苦笑した後、馬車の外を眺める。窓に映る自分の姿。
色の異なる瞳の色。これが、彼女が周りから欠陥令嬢と言われる理由だった。
セレーネのようなオッドアイや、双子、三子として生まれる子供は、人間として不完全、人になれなかったものとして忌み嫌われていた。
王族も貴族も関係なく、平民ともなれば家畜以下の扱いを受けることもあった。
しかし、神の中に双子の女神がいることで、双子や三つ子などに対する差別は減っていき、今では嫌悪されるぐらいで昔ほど酷い扱いは受けない。
オッドアイに関しては未だ差別は消えないが、とある事柄が原因で、オッドアイの差別も少しずつ減っている。
「しかし、あくまで噂は噂。貴女はとても優秀でとても優しいお方だ」
「褒めていただき光栄です。でも、噂については気にしないでください。1つ増えようが2つ増えようがいいんです。噂で人を判断する人は、仲良くなっても結局裏切る可能性が高いんです。悪い噂が広がれば広がるほど、私に近づかない人もいれば、逆に私を見ようとする人も現れますから」
それに、セレーネが否定したところでメルフィーの演技によってより一層セレーネが悪役になることは目に見えていた。
まさに、学院ではそれが実際に起きたのだから。
「ルキウス様も、噂に振り回されずに、自分で見たものを信じてください」
「……肝に銘じておくよ」
「ふふっ、それはそうと。別邸のお庭の花が咲いたら、ルキウス様もぜひ来てください」
「もちろん。兄上にも会いたいしね」
「あら、そういう口実を作らなくても、いつでも来ていいんですよ」
「そういうわけには。それに、お二人の仲を邪魔するわけにはいきませんし」
「気にしなくていいんですよ。きたい時にいつでも来てください」
◇◇◇
「お父様!!」
クラッセン侯爵家が住む屋敷。そこの応接室の扉が、ルーアによって勢いよく開かれた。
彼女の父であるクラッセン侯爵はデスクの上で書類仕事に忙しそうにしており、娘のことに構っている暇はなかった。
「ルーア、今は忙しい。後にしなさい」
「そんな場合ではありませんわ!お父様、私クレーフルトに入れなくなってしまったの!」
クレーフルトはソルネチア家が管理している領土の名前である。
とても有名な領土で、どんな田舎者でもその名前を知らないものはいないほどだ。
「お前……まさか公爵家に行こうとしたのか!」
「……屋敷は出入り禁止になったけど、領土は別にいいでしょう!」
侯爵は深々とため息をついた。
学生時代の友人ということで、卒業後もソルネチア家とは交流があった。しかし、その交流が原因で、娘であるルーアがいろいろなことを勘違いし、その勘違いは年齢を重ねても変わることはなかった。結果、娘は屋敷への出入りを禁止され、侯爵も娘の行動に後ろめたさを感じて、もうずっと交流をしてなかった。
普通、出入り禁止されたら嫌われているとわかるはずなのに、ルーアはまるで幼い子供のように屋敷がダメなら領土はいいでしょ。という考えをしている。
「それよりもお父様聞いて!私今日、セレーネ・ルーンナイトに会ったのよ!あの子、伯爵家で私よりも年下のくせに、私に酷いことを言った上に、転移魔法で領土の外に飛ばしたのよ!」
「セレーネ・ルーンナイト、だって……」
「しかも!ユリの婚約者なのに、ルキと一緒にいたのよ!あぁ可哀想なルキウス。あんな欠陥令嬢に迫られて……すぐにでも助けに行くから」
「ルーア!!」
侯爵が怒りに任せるように、勢いよく机を叩きつける。
父のその怒りように、さすがのルーアも体をびくりと震わせた。
「お前……まさか令嬢にそれを言ったのか」
「そ、それって……?」
「欠陥令嬢という言葉だ」
「じ、事実ではないですか!それに、言っているのは私だけでは……」
「ルーア・クラッセン!」
再び侯爵は怒りをあらわにするように大声を上げる。
なぜ父がこんなにも怒っているのか、ルーアにはわからなかった。
友人の息子の婚約者だから?だからといって、実の娘をこんなにも怒るのはおかしい。ルーアはいい方に、いい方にと、自分の頭の中で都合のいい展開を妄想していた。
「ルーア。お前は今この瞬間までに何かを成し遂げたか」
「え?」
「家のため、領土のため、国のため……お前は何か結果を残したか」
「そ、それは……」
「いいかルーア。国が、お前とセレーネ嬢を天秤にかけた時、確実にお前は切り捨てられる」
「は?なにを、いって……」
「お前と彼女では価値が違う。伯爵という身分ではあるが、ルーナイト家がもし野心家であったなら今頃三大公爵の一つになってもおかしくないほど、才能に恵まれた一族なのだ。何も成し遂げていないお前とは格が違う」
父からすげられる言葉に、ルーアの頭はついていかなかった。
自分よりも身分が低いセレーネが自分よりも上で、価値があって……自分はそんな彼女よりも価値がない。
なぜ、どうして?
「お前に価値があれば、幼い頃にユリウスかルキウスとの婚約も考えたが……傲慢でわがまま放題のお前では、公爵家の人間にはなれない」
「……お父様は、私のことを価値の有無で判断していたのですか?」
「……お前は貴族の娘だ。お前の行動一つで家名に泥を塗ることになる。本当はお前には自由に恋愛をさせてやりたかったが、あまりにも目に余る行動をしすぎている。しばらくは屋敷内で大人しくしてなさい」
「そんな!お父様!私はお父様の娘なのです!娘の私にこんなことするなんて!」
「ルーア、どうしてわからない。お前の愚かな行動一つで我が家は路頭に迷うかもしれないんだぞ。自分の感情のままではなく、考えて行動しなさい」
「お父様!お父様!!」
使用人たちによって、ルーアは強制的に部屋を追い出された。
遠く、娘の悲鳴が聞こえ、侯爵は頭をかかえる。
彼も本当はこのようなことはしたくなかった。だけど、彼はこの家の当主。この家を守るためには、たとえ家族でも罰することは必要だった。
「すまないリュシュリシュ。お前にはいつも迷惑をかけてばかりだ」




