第94話 雇用契約
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ようやくグレイスのお腹がいっぱいになる頃には、俺がマジックバッグの中に貯めていた食材のほとんどがグレイスのお腹に納まってしまっていた。ミカミさんは何とかポンポンオランだけは食べられまいと、必死にそれだけは守り抜いていたが、そんな努力の甲斐あってポンポンオランに手が伸びる前にグレイスのお腹はいっぱいになったようだ。
「ぷっはぁ~お腹いっぱいっす~。こんな美味いご飯にありつけたのは初めてっすよ~。」
テーブルの上にお腹をぽっこりと膨らませてボールのようになったグレイスが横たわる。それを見て、何かの衝動に駆られたシアは、毛玉で遊ぶ猫のようにグレイスをコロコロと転がして遊んでいる。
「流石にここまでマジックバッグの中に保存してた食材が食べられるとは……予想外も予想外だった。」
「ポンポンオランは食べられなくてホント良かったよ……。」
手が付けられなかったポンポンオランを撫でながら、しみじみとミカミさんは言った。
「それで、自分はこの恩返しに何をしたらいいっす?」
「一先ず今は何も考えつかないけど、そうだなぁ……力には自信があるって言ってたし、荷物持ちでも今度お願いしようかな。」
「お安い御用っすよ~。任せてほしいっす。」
そしてグレイスのお腹が満腹になった後、俺達も宿舎に設置してあったシャワー室で汗を流し、今日という一日を終えたのだった。
翌朝、目が覚めると目の前にグレイスの顔があった。
「おはようっす!!」
「……おはよう。逃げなかったんだな?」
「まさか、恩を返さずに逃げると思ってたっすか?自分、そんな外道な真似はしないっすよ~。それに朝ご飯も食べたかったんで……。」
「どっちかって言うと最後の方が本音なんじゃないのか?」
「なはは~、そうかもしれないっすねぇ~。」
朝一番からインパクトの強い目覚め方をしたおかげで、コーヒーは飲まなくてもよさそうだ。俺はキッチンに向かうと、あまりものの食材で簡単なサンドイッチを作りそれが今日の朝食となった。相も変わらずグレイスは人一倍……いや、三倍ぐらい食べている。
卵サンドを食べながら、今日の予定についてドーナさんと相談することにした。
「ドーナさん、今日はどうしますか?」
「今日はこれから馬車の運転手と合流して、すぐにエミルに帰ろうかと思ってたところだけど……どっか寄りたい場所とかあるかい?」
「ちょっと肉屋とか……できれば昨日行った八百屋にももう一回足を運びたいんです。」
「あぁ~、確かにずいぶん昨日はこのグレイスに食材を食い荒らされてたみたいだったからねぇ。」
「食い荒らしたわけじゃないっす!!全部ちゃんと美味しくお腹に詰め込んだだけっす!!」
「物は言いようだねぇ……。まっ、それぐらいなら全然かまわないよ。アタシは運転手の方に伝えに行くから、ヒイラギ達のそれが終わったら関所前で落ち合おうか。」
「ありがとうございます。」
そして朝食を食べ終わった後、一度ドーナさんと別れて俺達は昨日訪れた八百屋の方へと向かって歩いて行く。その道中でミカミさんにある質問を投げかけられた。
「ねぇ柊君、ちょっといいかい?」
「どうしましたミカミさん。」
「グレイスちゃんに荷物運びをやってもらうっていうってことで一応話はついたわけじゃん?」
「ですね。」
「マジックバッグっていう最高のアイテムがあるの忘れてないかい?」
「あっ……。」
今の今まですっかりそれの存在を忘れていた。そうだ……今俺の持っているマジックバッグは容量もほぼ無限だった。つまり、グレイスに荷物を持ってもらうまでもなく、マジックバッグに物を全て入れてしまえば……そもそも荷物が生まれない。
「グレイス、申し訳ないんだけど、力仕事はやってもらわなくてもよくなってしまったかもしれない。」
「えっ、どういうことっす!?」
「いや、実はな……。」
俺はグレイスにマジックバッグというものがあることを伝えた。そして、それにより荷物が一切無くなっているという事も……。
「じゃ、じゃあ自分は何をすればいいんすか?」
「申し訳ないが現状手伝ってもらえることがない。」
「そ、そんなぁ……。」
がっくりと肩を落としたグレイスだったが、何を思いついたのかハッと表情を一変させ、ぶつぶつと独り言をつぶやき始めた。
「現状手伝えることがないってことは、手伝える状況が来るまで近くにいても良いってことっすよね?そうなれば、常に食事に困らない毎日を過ごせる…………つまり現状維持が一番自分にとっては最も最高の状況!?」
「おい、全部聞こえてるぞグレイス。」
「はわっ!?き、聞こえちゃってたっす?」
「一言一句逃さず丸聞こえだったぞ。」
「は、恥ずかしい限りっすねぇ~。」
なはは……と苦笑いするグレイスに俺は一つある交換条件を提示することにした。
「もし、本当に毎日食事を提供してもらいたいのなら……俺と雇用契約を結ぼう。」
「雇用契約っすか?」
「あぁ、俺達がグレイスに仕事をあげるから、グレイスはそれをこなす……。そしたら報酬に一日三食ご飯を食べさせてあげよう。」
「そんな自分にとって都合のいい契約で良いんすか!?」
「あぁ。」
「そういう事ならミカミちゃんにおっまかせ~。」
ミカミさんが手を上に掲げると、そこから一枚の紙が落ちてきて、そこにミカミさんはペンで何か文字を書き込んでいく。
「はいっ、グレイスちゃん。ここに手形ちょ~だい?」
「はいっす!!」
ポンとグレイスがその紙に手を触れた瞬間、くるくると紙が丸まってミカミさんの手に納まった。
「これでグレイスちゃんは晴れて、私たちの従業員になったよ。死なないように食べた分は働いてもらうから、覚悟してね?」
「な、なんかミカミちゃんの目が怖いっす。け、軽率な行動だった気がするっす。」
ねっとりと暗い笑みを浮かべるミカミさんに、グレイスは胸ポケットの中でカタカタと震えていた。
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