第175話 エルフ自慢の温泉とささやかなお礼
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極上のマッサージに思わずウトウトしていた時、背中に座っているカリンさんがかけてきた声で、俺はハッと現実に引き戻されることになる。
「さて、ヒイラギ殿……背中側は終わった故、今度は仰向けになるのじゃ。」
「へ!?あ、そ、そっちは自分でやりますから。」
「むっ!!」
カリンさんの下から何とか抜け出すと、彼女は少し不満そうな表情を浮かべた。
「むぅ……まるで幼子の如き羞恥心。扱いが難しいのぉ。」
「カリンさんから見れば、本当に俺は子供……いや下手したら赤ん坊みたいに見えてるんじゃないですか?」
「ま、あながち間違いではないの。そもそもワシらエルフと人間とでは、時間という概念の感覚がまるっきり違う。それと……精神的に熟すまでの時間も人間とエルフとではまるで違うのじゃ。」
さっきまで俺がマッサージを受けていたマットの上で、カリンさんは胡座をかくとエルフのことについて少し教えてくれた。
「人間の場合、齢18年を過ぎる頃には精神が成熟し、大人へと成る。しかし、エルフは齢100年に至る頃、ようやく精神が成熟するのじゃ。」
「そんなに違うんですね……。」
「時間という制限がある者と、無い者とでは成長にまで影響が出るということじゃな。……ちなみに、過去に一度、人間と同じ時間でエルフは精神を成熟させることができるのか……という実験を行ったことがある。」
「その結果はどうなったんです?」
俺は自分の体を洗いながら質問した。
「結果的には成功じゃ。そしてその実験の被験者として選ばれたのが、そこでミカミ殿をマッサージしておるフィースタなのじゃ。」
「えっ!?」
思わずフィースタさんの方へと目を向けると、こちらの視線に気付いて、ニッコリと笑顔を返してくれた。彼女の下では、ミカミさんが今にも液体になりそうなほど蕩けてしまっている。
「故に、フィースタはエルフの中ではまだ若輩の200歳ながらも、副族長を務めておるのじゃ。」
「そ、そうなんですね。」
思わず200歳は若輩ではないっ!!……とツッコミたくなったが、俺は喉まで上がってきていたその言葉を何とか飲み込んだ。
そして何とか体を洗い終えて、いよいよこの薬湯へと入浴する流れになった。
「さて、体も十分綺麗になったようじゃし、そろそろ湯に浸かるかの。体が冷えてしまっては大変じゃ。そほれほれ、どっぷりと浸かるが良いぞ?」
「じゃあすみません、お先にいただきます。」
足先からゆっくりと薬湯へと体を沈めていき、肩までどっぷりと浸かったとき、思わず声が漏れた。
「あ゛ぁ〜……。」
「くく、心地よさそうで何よりじゃ。」
俺の反応を見て、くつくつとカリンさんは笑うと、隣に入ってきた。そしてどこからかお盆を取り出すと、それを湯の上に浮かべ、見覚えのある徳利とお猪口をその上に置いた。
「ヒイラギ殿、一献どうじゃ?」
「あっ、すみません。ありがとうございます。」
お猪口にカリンさんがお酒を注ぐと、昨日飲んだ薬酒とは違う香りが漂ってきた。
「あれ、今日のお酒は……。」
「気づいたかの?今日の酒は、この国で採れた果物を使って作った酒じゃ。ミカミ殿がポンポンオランが好物と聞いておった故、ポンポンオランの酒を用意させてもらったのじゃ。」
「そんなお酒もあるんですね。」
試しに飲んでみると、まずはポンポンオランの甘さとシュワシュワ感が口に広がり、その後にポンポンオランの香りに混じって、アルコールが鼻を抜けていく。
「うん!!これも美味しいですね。」
「満足いただけたようで何よりじゃ。」
ポンポンオランのお酒を味わっていると、隣でミカミさんもフィースタさんから、お酒を注いでもらっているようだった。
「ぷっは〜!!これ美味しいねぇ、フィースタちゃん、もう1杯ちょ〜だい!!」
「かしこまりました。」
「うむ、ミカミ殿にも気に入ってもらえたようじゃな。」
満足そうに頷くカリンさん。ここまで良くしてもらってるなら、何かお返ししたくなるな……。
「カリンさん、俺のマジックバッグをここに出すことってできますか?」
「可能じゃぞ。ほれっ。」
カリンさんは、脱衣場に置いていた俺のマジックバッグをここに呼び出すと、濡れないようにふわふわと宙に浮かせてくれた。
「コレがあれば……。あ、もう大丈夫です。ありがとうございます。」
「ん、承知した。」
パチンとカリンさんが指を鳴らすと、目の前からマジックバッグが消える。
俺は取り出した魔法瓶を手に取りながら、あるものを頭の中で思い浮かべた。すると、すぐに透明な液体で瓶の中が満たされる。
「カリンさん、俺からも一献……もらってくれませんか?」
「む、それも酒かの?透明な酒とは珍しいのじゃ。」
カリンさんは、自分の分のお猪口をどこからか取り出すと、こちらに差し出してくれた。
「これは俺とミカミさんの故郷のお酒なんです。」
「ほぅ……ヒイラギ殿とミカミ殿の故郷の酒か。」
興味深そうにカリンさんは注がれたお酒の香りを嗅ぐと、驚きのあまり大きく目を見開きながら、そのお酒を見つめていた。
「無色透明じゃというのに、なんじゃこの芳醇な香りは……いや、これは嗅いだことがある香りじゃ。…………わかったぞ、ホワイトライスの香りに似ておる!!」
「流石、鋭いですね。ホワイトライスとはちょっと違うものだと思うんですけど、ほぼ同じものを原料にして作ってます。」
カリンさんに差し出したお酒は日本酒。多分この世界には、まだ誕生していないお酒だろう。
「なるほどのぉ……ではいただいてみるのじゃ。」
一瞬、カリンさんは日本酒と見つめ合ったあと、ぐいっと勢い良く飲み干した。
「んっ!?おぉ……これは、凄いのじゃ。」
「口に合いましたか?」
「うむっ!!無色透明ながらも香りは豊か……味も奥深く甘みがある。しかし、最後には心地よい酒精が口の中をサッパリとさせてくれるのじゃ。こんな酒は初めて飲んだのじゃ!!」
「喜んでもらえたなら良かったです。」
喜んでくれているカリンさんへと、もう1杯日本酒を注いでいると、ミカミさんがプカプカと水面を漂いながら、こちらに妖精用のちっちゃなお猪口を差し出してきた。
「柊く〜ん、私にもそれちょうだいよ〜。」
「わかりましたミカミさん。はい、どうぞ。」
「ありがと〜。それと、フィースタちゃんも気になってるみたいだから、彼女にも飲ませてあげてくれないかなぁ?」
「えっ!?わ、私は……。」
「遠慮しないでどうぞフィースタさん。」
フィースタさんの方へと魔法瓶を向けると、彼女はおずおずとお猪口をこちらに差し出してくれた。
「す、すみません……。」
「いえいえ、さんざん良くしてもらいましたから。そのささやかなお礼です。」
そうやってお酒を飲みながら薬湯に浸かっていたところ、思ったよりも日本酒が効いたらしく、カリンさんとフィースタさんがのぼせそうになってしまっていたので、急いで俺は2人を抱えて脱衣場へと戻ることとなったのだった。
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