第7話 そろそろ働こう
よろしくお願いします。
スローライフ開始から三ヶ月後。
俺とレノンは冒険者ギルドに来ていた。理由はもちろん冒険者になるためである。
では何故、冒険者になろうと思ったのか?
……よく行くレストランで昼飯を食っていた時の話だ。店員のおばちゃんが陰で「あの冴えない男。いつも来るけど仕事何しているのかしら。怪しいわね……」と言っているのを聞いたからだ。
怪しまれるのはまずいと思い、仕事をしようと思った。
そこで冒険者だ。なるだけなら簡単な職業だ。最低ランクのFランクになるだけなら保証人や身分証明書なども必要ない。
俺みたいな犯罪者、前科者、社会の逸れ者が手っ取り早く仕事をしたい時に始められる職業、それが冒険者である。
冒険者ギルドの建物を見上げレノンがつぶやく。
「ここからマスターの『最弱Fランクの冒険者。実は最強の魔術師でした』が始まるんですね……」
「始まらないよ?」
突っ込みつつ扉をくぐる。
建物の中は人で溢れていた。上級冒険者らしい重厚な鎧に身を包んだ獣人族の騎士から、みすぼらし格好をした男と、人種も身分も様々だった。
俺は受付に行き、受付嬢に申請書を渡す。だるそうにしている受付嬢は俺の申請書を見て言う。
「新規登録者の方ですね〜。お名前は『エル•ファリス』様。冒険者『職業』は魔術師でよろしいですか?」
「はい。大丈夫です」
「何か資格等はございますか〜?」
「いやー、持ってないですね」
「使える魔術は全て初級のみ……。この内容ですとFランクからのスタートとなりますが、よろしいですか?」
「はい。とりあえず簡単な仕事でもできたらな、と」
「承知しました。では手続きしてきます〜」
受付嬢は申請書を持って奥の部屋へと消えていく。隣の席で同様に冒険者申請していたレノンが話しかけてきた。
「水晶で魔力の量を計るイベントはありませんでしたね……。マスターが水晶を粉々にするの見たかったのですが」
「大騒ぎになるだろ。嫌だよ、そんなイベント」
「『ば、バカな……! あの魔力量はA級……いやS級よりも上……!? あの男は何者なんだっ!?』って言いたかったです」
「やけに説明的なセリフだな……」
「一度でも良いから、場を盛り上げる取り巻きAの役とかやってみたいんですよね。楽しそうじゃないですか」
「それはちょっと分かる」
とバカな会話をしていると、後ろの方が騒がしいことに気がついた。後ろを見てみると、ホールの一角にて、少女が大男に絡まれている。その様子を他の冒険者たちは遠巻きに見ていた。
「テメェ。こっちが優しくしてやりゃつけ上がりやがって!」
大男は怒りながら少女に迫っている。少女は今にも泣きそうだ。
ただごとではない。
俺の近くにいたおじさん同士の話し声が聞こえてきた。
「あの大男は龍殺しの異名を持つA級冒険者のポイズンだッ。乱暴者で女癖も悪いが、腕は確かで誰も逆らえないッ」「なるほどな。それで今の状況は?」「あの女の子を自分のパーティに誘ったけど断られたから逆上しているんだッ」
すげぇ説明的な会話が聞こえてきたので概ね理解した。
目立ちたくないけど、流石に放っておけない……と立ちあがろうとしたが止める。
俺が出る必要はなさそうだった。
ポイズンの前に一人の少年が立ち塞がっていた。
「そこまでだ。女の子一人に詰め寄って恥ずかしくないのか?」
「なんだっ! テメェ!? 邪魔するな!」
と激昂して少年を殴ろうとするポイズン。
……あとはお決まりの展開だった。少年はポイズンの攻撃をいなし、あっという間に床に組み伏せていた。
少年は汗ひとつかいていない。短い黒髪。美少年と呼ぶに相応しい整った顔立ち。小柄だが、立ち振る舞いから訓練された戦士だと分かる。何より目立つのは着ている鎧だ。
肩に彫られた星と鷹の紋様。王国騎士団の紋様だ。星が三つあることから上級の騎士だということも分かる。
「……気は済みました?」
少年はポイズンの耳元でそう言った。
寒気のする声でポイズンはたちまち青冷めた。
後もお決まりの展開だった。ポイズンは逃げ出し、周りは歓声を上げて、少年は少女に感謝されている。
俺とレノンはというと、冒険者資格をもらった後にそそくさと退散したのだった。
「マスターの活躍する場面がなくて残念でしたね」
「なくて良いよ。しかし、何で『三つ星』の騎士が来ているんだ? もう俺の居場所がバレたか?」
「どうでしょうね〜」
まぁ考えても仕方がない。出来るだけ目立たないように行動しよう。最終的に捕まっても構わないし。
「ま。良いか。とりあえずは明日から働こう」
「ええ。明日から」
少年騎士はまた出てきます。
ありがとうございました。