第25話 前に進もう
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旅行編の終わりです。よろしくお願いします。
この国の政教である『イディラ教』。経典には女神イディラが人々に説いた幾つもの教えがまとめられている。その中には罪人達に説いた教えもある。
『自分を真に愛することが出来ない者がどうして他者を愛することができるのでしょうか。自分を愛することで、あなた方が本当に手にすべき苦しみを、その身に宿すことになるのです』
女神が『罪の国』に住まう罪人たちに語った言葉だ。罪を償うために、まずは自分自身を大事にすることを学ぶべきだと女神は言った。
その教えに対して罪人の一人は反発する。
罪人である自分には自身を大切にする資格はない、と。
では、と女神が再び問う。
ではどんな償い方が正しいとされる償いなのか、と。
その問いに罪人は言葉に詰まってしまう。他の罪人も含めて彼らは償い方すら知らずにいた。罰による苦痛を我慢するのが正しいと信じていた。
……この教えは明確な答えを示さず読者に解釈を委ねる類いの教えだ。だから俺はこの教えが嫌いだった。
結局、考え方は人それぞれだよね、と誤魔化している気がしたからだ。
……しかし今になってこの教えを思い出してもいた。
俺は王国に反旗を翻し、王国の騎士団を殺した。
俺に部下を殺された騎士団隊長グレイドは『私が納得する答えを探す義務がある』と俺に告げた。
納得する答えとは何とも漠然としている。
しかし。しかしだ。
思い返せばずっとそういうものが欲しかった気もする。
上手く言い表せないが、今までの全てに納得できるような……凄い何かだ。
それはもう劇的で、分かりやすくて、眩しくて、今までの全てが報われるようなもので。今までの辛いことにも納得できて。大切な人たちも報われるような。
そんなものは絶対に自分たちの側にはないと分かったので俺たちは事件を引き起こした。
今も根っこは変わらない。
この先を決めることができる、納得する答えを。俺自身が求めている。
◇◇◇◇
「……それで。次がダンジョンの最下層のようだが、お前はどうするんだ?」
ダンジョン攻略中。俺はミンウェルにそう尋ねられた。
俺とミンウェルとレノン。三人パーティーでダンジョンボスを倒した。全ての仕掛けを突破し、最下層に眠るお宝を目指して階段を降りているところだった
俺は正直に答えることにした。
最近は正直に答えてばっかりだなと思った。
「正直に答える。マジで分からない。情けないことに自分のことを決められなくて困っちまう」
「……本当に正直に言うなよ。私たちのリーダーだったんだから堂々としていてくれ」
「全くだな。悪い」
と俺が謝る。
するとミンウェルが言った。
「……いや謝るのは私の方だな」
とミンウェルは何故か俺に謝ってきた。
「なんでだよ?」
「……ずっと思っていたことだ。お前は私たちみたいなクズとは違うんじゃないかって。お前が罪を犯したのは私たちがいたからだ……自ら罪を犯した私たちクズとは違う」
「…………」
「そんな私たちのためにお前は戦ってくれた。私たちの側に立ってくれた。本当はその必要なんてないはずなのに」
ミンウェルの言葉に俺は首を振る。
「違うよ、ミンウェル。俺はやりたいからやっているんだ。自分の意思でやったことだ」
俺は彼らのような人間の味方になりたかった。
どうしようもないクズで、誰からも見向きもされない。彼らのために。
意味が無くても、結局は助けにならなくても。そんな味方がいて欲しいと思った。
かつて地下室に閉じ込められていた自分が欲しかった味方になりたかった。
そこで無言だったレノンが口を開く。
「今のマスターは『彼ら』の味方を演じているって感じですかね?」
俺は笑った。
「はん。密告悪魔が言うじゃないか」
俺の皮肉にレノンは動じない。
「悪かったですって。これでもマスターのことを案じているのは本当ですよ。今は目的もないんですし、その演技は止めても良いんじゃないですか?」
「別に演技しているつもりはないけど」
「心配というより忠告ですよ。演技を止める機会なんて人から与えられることなんて稀ですからね。自分で止めるしかないし、自分で決めるしかありません。今の演技がマスターの全てではないとしても、他の部分を尊重できるのはマスター自身だけです」
「なんだか今日は説教くさくないか?」
「まぁ。悪魔は人の人生に口出すのが仕事みたいな所ありますし。私が言いたいのは自分の道は自分で決めないといけない、ということですよ。
考えを変えるキッカケなんて与えられない。自分の感情や意思は尊重されない。選択する資格も保証されない。マスター達のような人種なら尚更。
だから自分で決めて良いのです」
「……なるほど」
そこでレノンは微かに笑った。
「思ってもいないことやってもどうせ上手くいかないんですから。そのときやりたいと思ったことに従えば良いんですよ。それが償いになるのだったらラッキーくらいの気持ちで」
それからレノンも黙った。
俺たちは黙って階段を降りていった。
……俺は恵まれている、と思った。
レノンの言ったとおり自身の感情が尊重される機会なんて殆どない。しかし今は自分を気遣ってくれる人がいる。それは本当に運が良くて恵まれている事なのだと思う。
だからもう時間も無いから。
いい加減、『この先』自分がどうするかを決めないといけなかった。
階段を降り終わり、扉の前に立つ。
魔術で周囲を探るがモンスターの気配はない。大きな空間があるだけだ。
ドーリスが言っていた『見せたいモノ』はこの部屋にあるのだろう。
俺は扉を開く。
眩しい光が視界一杯に飛び込んできた。
思わず目を細める。
部屋には大きな空間が広がっていて一面の草原があった。ゆったりとした緑に、所々に白い花が咲いている。
頭上には青空まであった。突き抜けそうな青い空で、大きな雲も悠々と浮かんでいる。太陽もあり、暖かな日差しが全体に降り注いでいる。
涼しい風が頬を伝う。けれど全く寒く感じなかった。
「綺麗だな」
と俺は思わずつぶやいた。
もし……死んだ後に行き着く世界があるのなら、こんな場所が良いと思うほどには。
ドーリスが魔術で創った空間なのだろう。しかし周囲に彼の姿はない。
代わりに空間の奥に大きな石碑を見つけた。魔術により視覚迷彩が施されているが――おそらく俺たちには見えるよう設定されている。
俺は石碑に近づいた。
石碑には沢山の名前が刻まれていた。それを見たミンウェルは「ああ」と嗚咽を漏らした。
かつてフリューネの土地で死んでいった仲間達の名前、王国に反旗を翻した時の仲間達の名前が刻まれてあった。そこにはミンウェルと俺の名前もあった。
俺たちの名前があった。
こみ上げるものがあった。
下を見ると石碑の側に封筒を見つけた。「エドルスへ」と書かれており、封筒の中身を取り出すと手紙が入っていた。
俺は原っぱに座って手紙を読んでみることにした。
差出人はドーリスだった。細く丁寧な文字で彼の言葉が綴られていた。
『エドルスへ。久しぶりだね。近くにはミンウェルもいるのかな? 直接会えなくて残念に思う。というのも僕はもうこの世にはいない。ダンジョンと、この空間を創るのに力を使い過ぎてね。おそらくもう死んでいると思う。肉体ごと消滅してしまうだろう。
今は残った力で手紙を書いている。
……最後に君に伝えたいことがあって筆を取ることにしたんだ。
僕は創成魔術でダンジョンとこの空間を創り上げた。この空間は特別製でね。例えダンジョンが滅んでも、この空間だけは残り続けるよう設計してある。たぶん世界が滅んだ後も残る。見る人がいなくなっても残り続ける。
僕たちのために永遠に残るモノを創りたかった。
石碑には君の前の仲間達――フリューネの大地で死んだ彼らの名前も刻ませてもらった。彼らと僕は何の関係もないけれど、君の大切な人たちだったことは知っているから。
君たちと別れた後、僕は自分の創成魔術をコントロールできるようになっていた。王国の祭祀場を襲撃した際、初めて思いっきり力を使ったお陰なのか、コントロールするコツを掴めたようだった。
もっと早く力をコントロールできるようになれば違う人生もあったんじゃないかって考えたよ。けど今。こうなってしまったからには仕方が無いと諦めたよ。
創成魔術を自由に使えるようになって折角だから君に何かを残したいと思った。
ダンジョンはおまけみたいなモノで、個人的にはこの景色を君に見せたかった。
自分で言うのも何だけど綺麗じゃないか?
自分でも驚いたんだ。
綺麗なモノを誰かに見せたいという気持ちが自分の中にあって、こんな世界を自分で創ることができたことに。
それを君に知って欲しかった。
僕はまぁ……どうしようもないクズだし。罪人だし。基本的に他人に興味が無くて誰かを傷つけても平気な人間だ。
でも……それだけじゃないんだ。僕だって。ダメな部分だけが僕の全てじゃない。
良い所だって存在してしまっている。どうしようもなく、そういう部分はある。
僕でさえそうなのだから。エドルス。君だってそうだ。
君は世間的には罪人だし実際そうだろう。人も殺している。多くの人の人生を狂わしている。自分の憎悪のために多くの人を犠牲にしている。
けれど君は優しいところがあることを僕は覚えている。
君は僕たちの為に戦ってくれただけじゃない。君は僕たちの話を聞いてくれただろう? 否定もせず、安易な肯定もせず。耳を傾けてくれた。
それだけのことがどれほど嬉しかったか。言葉では表せない。
君は悪人だけれど、君のことを優しい人だと思う奴だって存在してしまっているんだ。
もし君が……この先どうするか迷っているのなら。
ムリをして悪人ぶらないで欲しいと思う。
君がしたい通りに……どうせなら悪いことより良いことをするのはどうだろうか、と僕は思う。君みたいな人間が良いことをしていると、僕たちはもっと救われる気分になる。
君の幸福を願っている人間もいることを覚えていて欲しい。
……体の動きが鈍くなってきた。そろそろ僕は死ぬだろう。筆を置くことにするよ。
また会おう』
手紙はそこで終わっていた。
俺は手紙から視線を外して、もう一度目の前の景色を見る。
穏やかで静かな草原が広がっている。
この景色を俺たちのために用意してくれた。
レノンが俺に声をかける。
「で、どうするんです? マスター」
俺は頷く。
……変わるキッカケなんて普通は与えられない。
けれど俺は充分くらいに貰ってしまったと思う。
……この先は分からない。今の決断を翻したくなる時が山ほどあるだろう。けど今は折角だから変わろうと思う。
「俺もやることは決まったよ。折角だから良いことでもしてみるか」
◇◇◇◇
ダンジョンから出て街へと戻る。
ミンウェルとレノンと一緒に酒場でメシを食った。ミンウェルは上機嫌で酒を沢山飲んでいた。俺も思わず沢山笑った。
ミンウェルと別れレノンと一緒に宿屋に戻る。
部屋に戻り床につく。レノンは猫の姿になり部屋の隅で丸くなった。
俺もすぐに寝てしまった。
ぐっすり寝た。夢は見なかった。
朝起きる。カーテンを開けると朝日が差し込んでいた。
陽の光で部屋が明るくなる。
…………こんな穏やかな生活があるなんて知らなかった。
どうして昔は手に入らなかった怒りはある。だがそれ以上に、こんな生活があると知れたこと、数ヶ月経験できた喜びの方が大きかった。
充分過ぎる。
レノンと共に宿屋の受付にいくと一通の手紙を渡された。
ミンウェルから俺宛の手紙だった。
『エドルスへ。お前のやることは邪魔をしない。ただ私はムリだ。
『逃亡を続ける』以外の罪を犯すつもりもないが、私は逃げ切れるまで逃げ切ってみようと思う。どこかで死ぬだろうが、その時までは生きてみようと思う。
また何処かで』
俺は手紙を自分の鞄にしまう。
宿屋に宿泊料を払い外へと出る。
冬だが、冬だからこそ眩しい陽の光で街が包まれていた。
俺は頭上の太陽を見る。
……おそらく『この先』太陽の下を歩けることは殆ど無いだろうと思った。
充分に見た後、歩く。
「マスター。まずはどうするんですか?」
俺は答える。
「まずはやり残した事があるから。それから終わらせよう」
あと4話くらいで終わる予定です。
もしかしたら話数は少し増えるか減るかもしれませんが大体4話くらいです。
ありがとうございました。




