第24話 人と話そう
今回の話からエドルス視点に戻ります。
よろしくお願いします。
いいね、ありがとうございました!
ある日の朝のことだ。
宿屋の一室でレノンに話しかけられた。
「そんな訳で私は騎士団の隊長の命令でマスターに近づいていたのです」
悪魔レノンから俺は真実を告げられた。
俺と出会う前にレノンは騎士団隊長グレイドと契約を交わしていた。グレイドの命令を受けて俺の居場所を探り、俺に接近してきたそうだ。そして定期的に俺の情報をグレイドに送ってもいた。
へぇ~そうだったんだぁ、と思った。
「怒らないんですか、マスター?」
と首をかしげるレノンに俺は言った。
「いや別に」
相手は悪魔だ。悪魔は常に人を利用し騙す生き物でもあるので、契約は常に裏切られるリスクもはらんでいる。それに自分がどうなろうと大して興味も無かったので今さらである。
「お前と過ごした日々は楽しかったし、スローライフについて色々と教えてくれたからな。感謝こそすれ別に怒ったりはしないよ」
「ふむ。やっぱり変わっていますね、マスターは。そういうところ好きですよ」
「ただまぁ、お前の目的には少し興味がある」
と尋ねるとレノンは答えた。
「興味があるからですよ。アナタがどう変わって、この先どんな結末を辿るのか」
「俺が……変わる?」
「ええ。この数ヶ月。自分のために生きてみてアナタも変わったでしょうし、その上でどんな結末を選ぶのかが楽しみです」
とレノンは答えた。俺は彼女の言葉の意味を考えることにした。
数ヶ月のスローライフを経て自分は変わったのだろうか?
…………。
◇◇◇◇
朝、目が覚めてベッドから身を起こす。自然と目が覚めて意識はハッキリとしていた。
昨晩はお酒も控えて、しっかりと湯浴みをしてから寝た。おかげでぐっすりと寝れたようだ。
……以前は睡眠の質なんて気にしたことがなかった。いつも簡素な寝床で数時間横になるだけで、疲れを取るという意識すらなかった。
朝起きて顔を洗う。鏡に映る自分の素顔は変身魔術で変えているため全くの別人ではあるが、それでも顔色は良かった。目に隈もなく健康な顔つきである。
そして部屋の隣の調理場を借りて簡単な朝ご飯をつくる。スープにサラダにパン。温かい食事を取るよう心がける。
テーブルに料理を運び自分も椅子に座る。以前は立ったまま食事をすませていたが、今ではきちんと座って食べている。
料理を口にする。
うまいな、と思った。
昔は料理の味なんて全然分からなかった。料理は固形物か液体かの違いでしかなく、空腹が紛れれば何も問題なかった。食事をしなかったときの空腹はとにかく煩わしかった。
しかし今ではどうだ。ご飯を美味しく感じて、空腹の時ですら『今日は何を食べようか』と楽しむ瞬間すらある。
朝起きて行う、たった数時間程度の行動だ。しかし、この数時間程度の行動だけで自分の意識がすっかり昔と変わってしまったことを実感する。
日々の行動から意識が作られる。と何かの本で読んだが、まさしくその通りなのかもしれない。
外に出る。外はよく晴れていて、冬らしい寒さにも包まれていた。
そのまま街の通りを歩く。年の終わりだからか、人通りで溢れていた。道行く人々の顔は幸せそうで、街中が活気で満ちている。
…………。
確かに自分は変わったのだろう。
今では、他人の顔がよく見える。
昔は他人なんてどうでも良く、細かく識別する必要も感じなかった。人種と性別と大まか年齢でしか他人を見ていない。興味のあるのは自分にとって他人ではなくなった人間だけ。
……以前に猫を助けたときに出会った女の子のことを思い出す。最初は子供だとしか認識していなかったが、この生活を続けることで、ちゃんと顔を認識することができた。
意識が変わってしまった。
そんなことを考えたのは、探していた人間を見つけたからだろうか。
公園のベンチで一人。座っている老人を見つけた。
ひどくやつれているのが遠目でも分かった。白髪も目立つ。
俺は自分の変身魔術を解く。代わりにベンチの前に『認識阻害』魔術をかけた。これで俺と老人の姿は周りに見えなくなった。魔術の発動に気づいたのか老人も俺の方を見る。
俺は老人の方へと近づく。
俺は口を開いた。
「久しぶり、で良いですかね。グレイドさん」
騎士団の隊長は俺を見て目を細めて頷いた。
「そうだね。久しぶりだ」
想像していたよりは穏やかな……ムリしてそう努めているのが分かる声で彼は言った。
◇◇◇◇
暫くはお互いに無言だった。
並んで公園のベンチに座り目の前の光景を眺める。子供達が賑やかに遊んでいる。
グレイドは目を細めて、その光景を眺めていた。
俺は彼を横目で見て考える。
向こうは随分と弱っているようだ。おまけに武器も持っていない。
流石に負ける筈がないが、油断できない威圧感もあった。少なくとも肉弾戦になれば勝ち目はないだろう。と思案してから気づく。
……仮に彼が俺を捕まえようとして俺は抵抗するのか?
何のために?
もう目的はないのに。
グレイドがおもむろに口を開いた。
「君は……君は最近の王国の情勢は知っているかい?」
俺は少し考えてから答えることにした。
「多少は。もっとも最近になって情報を集めることにしたのですが……」
「近年減少傾向のあった犯罪の件数がまた増加している。それだけではなく、武装集団による小規模な反乱も幾つか起きた。100年前に王国が周囲の大陸を平定して以来、各地で同時に反乱が起きることはなかった」
「しかも王国の領主が武装集団を支援している、なんて噂を酒場で聞きましたよ」
「噂ではあるが、そんな噂が流れるのも不思議ではない。それだけ今の王国に不満を持つ者は多いということだろう。キッカケがあればいつ爆発してもおかしくなかった」
グレイドは一度言葉を切り、俺の方を見た。
「キッカケは君だよ、エドルス。君が王国騎士団に反旗を翻し、騎士達を殺し、そして王国の英雄に傷を負わせた。本当は英雄を殺したのだと口にする者も少なくない。君を英雄視する者すらいる。君に続く者が、そして続こうとする者が後を絶たない」
「……そうなるでしょうね」
俺は頷いた。
王国に不満を持つ者は多いが、彼らの抑止力の一つが王国騎士団だった。騎士団、と煌びやかな名前で覆われているが、敵対者を容赦なく鎮圧する軍隊として恐れられてもいる。騎士の一人一人が精鋭な上に数も多く、保有する武装兵器の数も群を抜いている。下部組織の王国兵も含めれば、大陸……いや世界一の軍隊と言っても差し支えないだろう。
現在の反抗勢力もすぐに鎮圧されたと聞く。しかし彼らが反乱を起こそうと行動を起こしたのは……、俺がキッカケとなったのだろう。
またグレイドが口を開く。
「しかし、君の目的は王国への反乱ではなかったはずだ。君も……君の仲間たちが反乱を起こした背景には王国も含まれているだろうが、それだけではないはずだ。君の動機を聞きたい」
「動機、ですか。俺がそれを語って良いのか? アンタに?」
思わず尋ねてしまったが、直ぐに答えは返ってきた。
「君は私に理解されるべきだ。全て語る義務がある」
彼の言葉は微かに震えていた。
そう言われると俺は反論できない。
動機を語る、か。
相応しい言葉を探そうとしたが、そもそも『相応しい言葉』というのが分からない。相手の立場を思いやる言葉を探そうとしても結局は分からなかった。
俺は正直に答えようと思った。
「……『転生魔術』の話を知っていますか? それにまつわる噂は?」
グレイドは静かに頷いた。
「英雄アルカは何度も転生している、という話か。知っているよ。話すことで私に何か不利益が生じるかどうかを気にしているのなら、無用な心配だ。話を続けてくれ」
俺も頷いて話を続けることにする。
「俺たちの目的はアルカから転生魔術を奪い、全ての人間が死んだ後も転生できる世界を創ることでした。魂の価値が貶められることにより、現在の価値観と社会を根本から壊したかった」
隣のグレイドは大きく息を吐いた後に言った。
「……現在の社会を壊したとして、その後はどうするつもりだった。その後の社会についての明確な考えは持っていたのか?」
彼の両手は膝に置かれていて、その手は震えていた。
「その先なんて考えていませんでしたね。まずは壊すことが目的だった」
とにかく全てに壊れて欲しかった。先なんていらない。
……結果はともかく。世界を壊そうとした事実が俺たちに必要だった。
グレイドはまた溜息をつく。
「……そんな身勝手で幼稚な思想だったのか。予想はしていたが……」
「そうですね。幼稚な身勝手な考えでしょう。しかし、その考えに至るくらいが俺たちの限界で全てでした」
決して口には出さないが思うこともあった。
正しい手順で、先を見据えた行動を取れる人間なんているのか?
それができない彼らはいつになったら、何かを言うことができる?
グレイドは一呼吸をしてから再び質問に移る。
「……質問を変えよう。この数ヶ月の生活で君は変わったのか?」
この数ヶ月の生活。スローライフのことを言っているのだろう。
「確かに自分は変わったと思います。自分で言うのも変ですが、他人のことを以前よりは考えられるようになってしまった。初めて自分のための生活を味わったからかもしれません。ただ……」
同時にどうしようもなく腹も立った。
その普通の生活を手に入れられなかった自分たちは何だったのか?
「仮に反乱を起こす前に、この生活を知っていたとしても。俺は同じことをした」
バンと大きな音がする。
グレイドがベンチを自分の手で叩いた音だった。
「お前は――!…………反省はしていないのか?」
今度は俺が言葉に詰まった。
その問いに上手く答えられなかった。
俺の反応を見てグレイドは今日何度目かの溜息をつく。
「……まぁいい。最後の質問だ。君はこの後どうするつもりだ? また同じことを引き起こすつもりか?」
その問いに対して俺は首を振った。
「いや。流石にそのつもりはないですよ……。計画は失敗した」
簒奪魔術は一回しか使用できない。転生魔術を奪う計画は完全に失敗した。
それに仲間達の多くはもういない。
「今の俺に目的はありません」
そう俺が言うとグレイドは立ち上がった。
「……そうか。なら目的を見つけてみろ。これから君が何をするか探してみろ。その答えを聞きたい……。その答えを尊重するか別としてな」
彼の肩は震えていた。
「みんなが納得する答えを探すんだ。そんなものがなかったとしても探す義務が君にはある、はずだ。……また会いに来る」
彼は俺に背を向けて去っていた。今はこれ以上、俺と話をしたくないのだろう。
ベンチに座り一人。俺は考えることにした。
この先について。
おそらく騎士団はもうすぐ俺を捜し当てる。スローライフの時間は限られているのだ。
しかし……まだ残された時間はある。
その時間をどう使うか考えてみよう。
……全く見当がつかないけど考えないといけない。
ありがとうございました。




