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第19話 エドルスの過去4ーそして言葉は失われる

誤字は見つけ次第直しています。

今回も暗い話となります。そればっかりだな。

よろしくお願いします。


 14歳から18歳になるまでの四年間、俺は『黒衣の団(こくいのだん)』で過ごした。

 黒衣の団の任務は汚染地帯『フリューネ』の汚染を除去すること。かつて召喚魔術の実験が行われ失敗した。暴走した召喚術式からは凶悪なモンスターが召喚され続け、さらに濃度の高い魔力が空気中に漂い、人が住めない地帯となってしまった。

 黒衣の団はフリューネにて、原因となっている召喚魔術の術式の破壊を、王国から命じられていた。

 召喚術式の破壊任務は危険を伴い、仲間の中でも死者が出ることは珍しくなかった。団員のほとんどは悪人……性根がねじ曲がった者ばかりで団員通しのもめ事も少なくはなかった。

 俺だって嫌な思いもした。俺に暴力を振るおうとする人も、俺の過去を悪く言う人もいた。

 けど……少なくとも不幸ではなかったと思う。

 

 例えば……今にして思えば友達だと言える奴もいた。

 そいつはブルーという名前の人族の男性だった。かなり痩せた男でよく病気になり任務に出られない日が多かった。魔術師の知識を使い作戦の立案などに関わっていた。

 年齢は35で俺とは大分年が離れていた。

 けど俺とよく話をした。

 何でも無い話だ。魔術の話、今日食べた飯の話、読んだ本の話。

 取るに足らない、些細なことをお互いに共有する。

 ……それだけだ。

 ……たったそれだけのことで、自分の存在が少しでも認められた気分になるのだと知った。


 ブルーは違法の魔術道具を作成・流通させる詐欺グループに関わっていた。違法な魔術道具は危険性も高く、暴走し負傷者も出したこともあった。ブルーがどの程度グループに関わっていたかは分からない。

 時折、自分が引き起こした事件の被害者を口汚く罵ることもあった。「自分は運が悪かっただけ」と言い捨てることもあった。

 礼拝の時間の時、一心に祈っている時もあった。任務で発生する報酬のほとんどは被害者の会に渡してもいた。

 だから、何だ、という話でもある。

 彼が悪人だったか善人だったのか、許されるのか許されないのか、報われるべきだったのかとかは分からない。考えようとはした。ただ俺の思考力では答えを出す直前で止まってしまう。俺の想像力の限界なのだろう。

 ただ彼はいたということを覚えている。彼だけではない。『黒衣の団』の多くは悪人で、中には存在するべきではなかったと言われる奴もいるだろう。その考えを否定するだけの言葉を俺は持っていない。

 ただ彼らはいたのだと思う。

 存在はしてしまっていた。


 もう彼らはいないので思い出すことしか俺にはできない。



◇◇◇◇

 フリューネの大地でかつて行われた召喚魔術の実験。実験を行ったのは王国への反逆を企てる武力集団だった。彼らは王国に追い詰められ最後の作戦として召喚魔術を行った。

 実験を行った連中の目的は出来る限り殺すことだった。自分たちは死ぬが、せめて、何でもいい。傷を残してやりたい。

 残された召喚術式を俺たちは一つ、また一つと消すことに成功した。そして最後の一つを消したときに『爆発』が起きた。おそらく最後の術式を消すことがトリガーとなっていたのだろう。

 武力集団の最後のあがきは魔力を込めた爆弾だった。その爆発は周囲にいる人間を襲い、魔力が人間の体内に入り込む。魔力は毒となり体をむしばむ。対処方法はより純度の高い体内の魔力で打ち消すしかなかった。しかしそれを実現するためには爆弾に込められた魔力より、当人の魔力が高いことが条件だった。

 その条件を満たすのは俺とミンウェルだけだった。

 俺とミンウェル以外の者達はみんな死ぬことになった。


 

 爆風でぐちゃぐちゃになった大地を俺は歩いている。

 爆発は既に収まっている。武力集団の最後の手だったのだ。自分たちの邪魔をする奴らを殺せば良いというだけ。すぐに爆発は収まった。

 俺の直ぐ横で誰かの呻き声が聞こえた。

 ブルーが仰向けになってうめいていた。

 俺はブルーに近づいて治癒魔術をかけてやる。膝をついて彼の手を取る。

 治癒魔術では肉体の損傷は癒やせても、体内に侵入した魔力の毒は消せなかった。

 ブルーは苦しそうに呻きながら、言った。


「…………俺は死ぬのか?」


 彼の言葉に俺は頷いた。


 次に彼がすすり泣く声が聞こえる。

 彼は泣いていた。


「嫌だ……嫌だぁ……痛い……死にたくない……」


 俺は何も言えず彼を見ていた。

 彼はよく文句を言ったり、泣き言も口にしたが、こんな風に泣くことはなかった。


「怖い……死ぬのか……俺は……! 死ぬってなんだ……消えるのか……?」


 譫言のように彼は「怖い、怖い」と繰り返す。


「これは天罰なのか……天罰か?…………それでも嫌だ……死にたくない……死にたくないッ……こんな意味も無く……」


 ごふっと口から血を吐く。目も血走ってきた。

 もう長くはないと分かった。

 彼は泣きながら叫ぶ。


「俺はどうしようもない奴だ……でもさぁ、そんな俺だって……生きていたんだ……こんな惨めな考えを持ったまま死にたくない……世界を恨んだまま死にたくない……助けて……」

 

 本当に助けを求めるように手を伸している。

 海の中で溺れているみたいに手は動いて何かを掴もうとするが、意味も無く宙を掴む。

 

「……助けてくれ……誰か俺を見てくれ……俺にだって良い所が……こんな所で死んだら誰も見てくれないじゃないか……誰か、俺を認めてくれ…………」


 俺はふと彼と話しをしたことを思い出した。

 俺は自分のことを話したときだ。

 彼は黙って俺の事を見て、話を聞いてくれたのだ。


 俺はブルーの手を握った。

 そして俺は彼に語りかけた。


「……俺はここにいる」


 彼に聞こえているかは分からない。それでも彼は俺に応えて握り返してくれた。

 俺は話し続けることにした。


「俺はアンタのことを覚えている。アンタは俺の話を真剣に聞いてくれた。少なくとも、あの瞬間は間違いなくアンタは良い人だったよ。アンタにもそういう瞬間はあったんだよ。あったんだ。俺は覚えている」


 彼に言ってあげたい言葉はすぐにでてきた。

 もしかしたら自分が言ってもらいたい言葉だったのかもしれない、と思った。


「例え人生を間違って、罪を犯して、間違ったまま終わったとしても……そうじゃない時もあったことを俺は知っているよ」


 自分でも驚くくらい優しい口調だった。

 俺の見間違いでなければブルーは少しだけ笑ったように見えた。

 ……そして彼は息絶えた。



 ブルーの最後を看取った後、俺は周囲を探索した。

 生き残りは俺以外にミンウェルしかおらず、そのミンウェルを見つけた。

 彼女は死体の側で座り込んでいた。

 死体はカジだった。

 ミンウェルは力なくつぶやく。


「カジは私が殺した。魔力の毒で苦しんでいて見ていられなかった……」


「そうか」


 俺もつぶやいた。

 カジだけではない。周りには沢山の死体があった。

 暫くしてミンウェルは立ち上がり地面を蹴った。


「クソがッ!! なんでこんなことにっ!!」


 ミンウェルは怒りにまかせて地面をまた蹴る。


「ふざけるなよ……あの爆発は何だ……? 王国の上層部は知っていたに違いない……最初から私たちを使い捨てにするつもりで……」


 彼女はずっと怒っていて、俺はただ黙って見ていた。

 不思議なことにそのときは『まだ』怒りは沸いてこなかった。

 ただ何故か寒気を感じた。 

 この数年間で得てきた何かしらがなくなっていく感覚があり、かつて地下室に閉じ込められていた感覚が戻っていた。

 なんだかむなしかった。


 それから数日経ったある日。俺たちが仲間達の埋葬を全て終えた後。

 王国から帰還命令がでた。



◇◇◇◇

 結論から言うと、最後の爆発については王国も把握していなかった。

 王国騎士団の会議室に通された俺たちは王国の上層部から謝罪を受けた。

 しかも頭を下げているのは騎士団長ときた。他にも大臣や宮廷魔術師やら王国のお偉い方も頭を下げた。

 最後に起きた爆発を予期できていなかったこと、そして多くの命が失われてしまったことを彼らは詫びた。

 その言い分を額面通り受け取ったわけではなかった。彼らが持っている情報の精度にも差があったし、この場にいない人間の中には爆発をある程度予測していた人間もいたはずだと思った。 

 ただこの場にいた者達は嘘をついているように見えなかったし、俺たちも疲弊していて一々疑う気力もなかった。

 彼らは謝罪の次に、俺たちが受けた被害への補償についての話をした。

 まずミンウェルは恩赦を勝ち取り晴れて自由の身になった。

 俺は功績を認められ王国の宮廷魔術師の席が用意されているという。

 そして死んでいった仲間達、特に黒衣の団の功績は歴史に残されることになった。この功績により彼らの罪も許されるか軽くなることになった。また死んでいった仲間達の家族や関係者には充分すぎるほどの補償金が与えられるらしい。

 

 会議に出席した王国のお偉いさん方の態度は誠実だったと思う。精一杯詫びて、真摯に埋め合わせをしようとしていた。

 …………ただ。

 ただ俺には『これ以上何も言うな』と言われている気がしてならなかった。



◇◇◇◇

 ミンウェルと別れ俺は一人になった。特にやる気も無くぶらぶらと歩いていると王国の広場に来ていた。ベンチがあったので座る。

 なんだかとても疲れていた。

 それにやたらと寒かった。季節は春でとても暖かい筈なのに寒気が止まらない。

 周りを見る。春の陽気に誘われ広場は人で賑わっていた。屋台まで出ている。友達同士でかけっこしている子供。お互いに手を組んで歩く仲が良さそうな家族連れ。楽しそうに何やら話し合っているカップル。長閑にまどろんでいる老人。

 賑やかな人で溢れている。幸福そうな人たちで溢れている。実際は彼らなりの背景があり、彼らなりの悲しみや苦労があるはずだ。俺なんかよりよっぽど辛い目に遭っている人がいてもおかしくない。

 そんな意味の無い、薄っぺらな言葉を並べ立ててみる。

 ……………。

 ……随分と身勝手で正当性のない感情が浮かんだ。衝動といってもいい。

 その衝動を否定するための言葉はいくらでもある。

 しかし抗う気も起きなかった。

 

「…………」


 昔いた地下室を思い出す。

 だから何だという話でもあるが、やっぱり思い出した。

 

 黒衣の団の仲間達を思い出す。

 別に彼らが特別大切だったわけじゃない。彼らのために『何か』をしようとするわけじゃない……いや、それもあるかもしれない。

 自分の過去の傷の補填を求めているわけじゃない……いや、それもあるかもしれない。自分の過去への八つ当たりではあるかもしれない。


 子供の笑い声が聞こえる。

 ただ、もう。

 家族連れの笑い声が聞こえる。

 死んでいった仲間達の声が蘇る。

 ただ、もうムリだ。


 俺は目の前の光景を否定したくてたまらない。

 なんでもいい。とにかくグチャグチャになってほしい。徹底的に再生不可能なくらいまで壊れて欲しい。この光景と俺たちがいた場所が同じ地平にあるなんて認めたくない。

 全部が否定されてほしい。肯定されるモノなんて残らないくらい。

 

 広場をもう一度見る。

 今の俺ならたぶん皆殺しにできる。沢山殺せる。

 しかし、そんなモノは意味がない。沢山殺したとしても満足からはほど遠い。

 もっと違う……違う何かが。

 世界の当たり前とされている何かが致命的に壊される、そんな一撃を与えられるモノがあってほしい。


 当然、俺にそんな権利はないと分かっている。目の前にいる彼らに何の罪がある? と理想的な言葉が俺に囁いてくる。

 ただ、そんな言葉に何の意味がある??

 衝動が言葉を塗りつぶしていく。カジが教えてくれたことがどんどん消えていく。

 最後にただ醜い衝動だけが残った。


また投稿まで間が空きます。


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