戦士が咆哮するミノタウロスの斧
こちらは連載小説「人間の習性を知り尽くした魔王が、勇者を倒す方法。」、
その第二章を短編小説にまとめたものです。
内容は同じです。
連載小説:人間の習性を知り尽くした魔王が、勇者を倒す方法。
第二章 二人目 戦士が咆哮するミノタウロスの斧 https://ncode.syosetu.com/n4958iq/3/
真っ赤な空の荒れ地にそびえ立つ魔王の城。
その魔王の城に、一人の戦士がたどり着いた。
その戦士は大きな斧を相棒に、魔法も使わず、
たった一人でここまでやってきた。
この世界にはかつて勇者がいた。
勇者は剣と魔法を使いこなし、強大な魔物たちを打ち払い、
魔王を倒すべく、魔王の城に足を踏み入れた。
そして、その後、勇者と呼ばれた男は姿を消した。
詳しい事情は知られていない。
一説には魔王の罠にかかって再起不能になったとも語られている。
それからしばらくの後、
勇者を失った人々の希望を一身に背負ったのが、
魔王の城の前に立つ、この戦士だった。
その戦士は、優秀な戦士だったが、集団行動が苦手だった。
魔物と戦う最中に、後衛の射手や魔法使いの射線を意識するのは面倒だ。
前衛に自分以外の者がいると、返って魔物の刃の軌道が読みにくい。
自分が使わない荷物を背負わされては、いざという時に差し障る。
そんな理由から、その戦士は、たった一人の単独行動で旅を続けてきた。
魔法は人間の傷を癒やし、魔物を焼き、氷漬けにし、感電させて打ち払う。
有益な魔法に、しかしその戦士は、一切頼ること無く戦ってきた。
使ったものと言えば、薬草などの魔力を必要としない道具と巻物、
装備品から得られる魔法の支援効果のみ。
その事実は、その戦士が外見のみならず、実際に屈強であることを示していた。
丸太のような腕を隆起させ、その戦士は魔王の城の大きな門に手をかけた。
「門番もいないとは、これは魔王の余裕か、はたまた罠か。
いいだろう。この俺に恐れるものは何もない。」
その戦士は言葉通り、門番もいない門を易易と開けて、
魔王の城へと足を踏み入れた。
魔王の城の内部は、外とは打って変わって、魔物たちの巣窟だった。
幾重にも枝分かれした広い通路には、幾重もの魔物たちが待ち構えていた。
「はっ!やはり魔王のところまで素通りはさせてはくれないか。」
戦士は背負っていた大きな斧を構えると、魔物の品定めをした。
行く手には正面と左右の三つの通路。
いずれの通路の先にも魔物たちが控えている。
魔王の城の内部は天井が高く、
よく見ればその高い天井から垂れ下がっている魔物もいる。
捻じくれた柱の影からは、ローブを着た魔物の裾が見えている。
魔物も前衛後衛を意識した編成をしているのは明らかだ。
きっと、肉弾戦を主力とする前衛の魔物の背後に、
魔法をや飛び道具を使う後衛の魔物が控えている。
魔法が使えない戦士にとっては厄介な相手。
しかし、避けては通れぬ魔王の城。
戦士は勇敢にも正面の魔物に切りかかっていった。
「ぬおーーー!」
戦士の斧の斬撃を受け止めようとしたトカゲのような魔物は、
その鋭い爪ごと戦士の斧によって切り倒された。
切り倒した魔物を引きずりながら、背後に控えていた魔物をも貫き倒す。
魔物たちは慌てて距離を取って魔法を唱え始める。
詠唱に応じて、宙に魔法の炎が燃え盛る。
しかし炎が迫った場所は、既に戦士が重い斧を軸にして転がり避けていた。
魔物が次の魔法を詠唱し始める前に、
戦士の斧は魔物たちを数体まとめてなぎ倒した。
するとあわてたのは前衛の魔物たちだ。
本来は正面から取り囲む予定だった相手の戦士は、
一点突破で魔物たちの只中になだれ込み、
後衛の魔物たちの方が先に倒されてしまった。
あわてて前衛の魔物たちが振り返る。
すると編成は左右反転してしまい、混乱が生じた。
複数人で戦う場合、編成は左右が入れ替わっただけでも勝手は大きく変わる。
武器を構える向きが入れ替わって隣同士で干渉したり、
場合によっては同士討ちにもなりかねない。
しかも今、戦士に相対する魔物たちは、後衛の魔物からの支援もないのだ。
まごつく魔物たちを戦士は容易く切り倒していった。
「数を揃えるだけでは駄目なんだよ!
集団行動は難しいだろう?
わかるぞ、その気持ちが!」
そうして戦士が切り、叩き、裂き、倒し続けていると、
やがて周囲に動いている魔物はいなくなった。
どの魔物も絶命し、戦士の行く手を阻むものはいない。
短い息を吐いて、戦士は戦闘態勢を解いた。
魔王のところまでは後どれほどか。
戦士は魔王の城の捻じくれた骨のような通路を進んでいった。
しばらく進むと、戦士の行く手に、大きくて豪華な扉が見えてきた。
あの扉の先には余程重要な、あるいは魔王がいるのだろう。
と、いうのも、その扉の前には、大きな魔物が控えていたから。
その魔物は、筋骨隆々の肉体に、牛の頭と蹄の足を生やしている。
血の色の肌の、その腕には巨大な斧を持っている。
あれは有名なミノタウロスという魔物だ。
ミノタウロスと言えば、魔法を使わない魔物の中でも強敵に部類される。
装備している斧から魔法の支援効果も得て、単独でもかなりの戦闘能力を誇る。
今までに幾人もの人間がミノタウロスに倒されてきた。
そんなミノタウロスが守護しているのであれば、重要でないわけがない。
避けられない戦いであることを戦士は感じていた。
とは言え、闇雲に近付いても苦戦するのは目に見えている。
対ミノタウロスの戦い方と言えば、魔法による遠距離攻撃が定石。
しかし今、その戦士は自分一人の単独行動。
戦士もミノタウロスも同じ斧使いということは、
体の大きさが射程に大きな影響を与える。
ミノタウロスは戦士よりも二回りは体が大きい。
力でも間合いでも劣勢が予想される。
しかしここは魔物たちを統べる魔王の城。
最も厳重な警備が敷かれているのは当然。
避けられない戦いの先にこそ、目指す魔王はいるはずだ。
「おおおおお!」
戦士は雄叫びを上げて、ミノタウロスに斬りかかっていった。
戦士の咆哮はただの気合いではない。
咆哮により魔法に近い支援効果を得ることができる。
しかしそれはミノタウロスも同様だった。
「オオオオオオオオオオ!」
斬りかかる戦士の存在に気が付いたミノタウロスは、
真っ赤な口から猛牛のような雄叫びをあげると、
全身が一瞬、炎に包まれたような気がした。
おそらく気の所為ではない。
それはミノタウロスの能力であり、装備品から得られる魔法の支援効果。
ミノタウロスの筋肉肌に血管が浮き上がり、瞬時に戦闘態勢に入った。
戦士の駆け込みながらの斬撃は、ミノタウロスに真正面から受け止められた。
ガギン!と金属がぶつかり合う音がして、二つの斧が火花を散らした。
腕力勝負になったら勝ち目は薄い。
戦士はすぐに斧を引くと、足元から斬り上げるように斬撃を入れた。
しかしそれは攻撃ではなく防御の一手。
ミノタウロスが戦士をなぎ払おうとした一撃は、
下から打ち上げられた斧によって上へ逸れていった。
ミノタウロスの斬撃は、当たらずとも、
空を斬っただけで近くの皮膚が破れて血が滲み出てくる。
重い一撃一撃のどれもが致命傷になり得る斬撃の連続だった。
怪力にものをいわせたミノタウロスの斬撃を、
力では一歩及ばない戦士が技量を活かして捌いていく。
ミノタウロスが重い斬撃を外して斧を引き戻す、その僅かな隙を突いて、
戦士の斬撃がミノタウロスを傷つける。
重くはない斬撃だが、斧を振るう時に傷むような、嫌な位置への攻撃。
戦士の力づくだけではない計算された攻撃がミノタウロスに傷を蓄積していく。
ただの人間であれば、痛みで動きが鈍りそうなものだが、
しかしミノタウロスは装備品から魔法の支援効果を得て、闘争心は収まらない。
肌が割れても、角が欠けても、ミノタウロスは戦うのを止めない。
ミノタウロスの大振りの一撃が、紙一重で戦士の頭を砕くのに失敗する。
その時、ミノタウロスに蓄積された傷から垂れた血が目に入った。
血によって視界を遮られたその一瞬を、戦士は見逃さなかった。
足音を立てないよう、飛び上がって斧を振りかぶる。
空間をも断ち切らんとする戦士の縦一閃の斬撃が、
ミノタウロスを頭から真っ二つに引き裂いたのだった。
巨体の魔物ミノタウロスは、戦士の一撃で真っ二つに倒された。
魔法の支援効果とは恐ろしいもので、
ミノタウロスの身体はその状態になってもなお、戦い続けようとあがいていた。
だがやがてはそれも収まって、戦士の荒い息だけが残された。
もはやあの豪華な扉を守護するものはいない。
あの扉の向こうには何が待ち構えているのか。
戦士は扉に手をかけようとして、ふと傍らに目をやった。
そこには、先程までミノタウロスが振るっていた巨大な斧が横たわっていた。
戦士ならば一度は耳にしたことがあるであろう魔斧、
ミノタウロスの斧がそこにあった。
魔斧、ミノタウロスの斧は、魔法の支援効果を有し、
使う者の闘争心を増幅させる。
もちろん、斧としても一級品。
戦士が今使っている斧よりも優秀と言える。
「ミノタウロスの斧か。これを使わない手は無いな。」
戦士はミノタウロスの斧を手に取った。
魔王との決戦には、このミノタウロスの斧が役に立ってくれるだろう。
戦士は太い腕に力を込めて、豪華な扉を開けた。
豪華な扉の先は、魔王の玉座ではなかった。
しかし重要には違いない、金銀財宝が眠る宝物庫だった。
豪華な扉の部屋の中は、見たこともないような大きな宝石や装飾品が、
高い天井に届きそうな程に積み上げられていた。
これだけの財宝があれば、一国の財にも匹敵することだろう。
だがしかし戦士は、魔王討伐のためにこの魔王の城へとやってきた。
今更どんな金銀財宝にも興味はない。
財宝の山の間を素通りしていく・・・はずだったのだが。
戦士は何かの違和感を感じていた。
輝く財宝を見ていると、なんだか心が動かされる。心が惹かれている。
積み上げられた財宝のあれもこれも欲しくなってくる。
「なんだ?この感覚は。
この俺が、財宝に心を惹かれるだなんて。
いつもの俺じゃないぞ。疲れているのか?
さっきのミノタウロスとの戦いで、思ったよりも消耗しているのか。」
当然、それもある。
なにせ相手はあの伝説にも語られるミノタウロスだったのだ。
大きな負傷もせずに勝ったとは言え、消耗は著しいだろう。
戦士は自身に得も言われぬ異変を感じ取っていた。
「うむ、ここは一度、王都に帰って、態勢を立て直した方がよさそうだ。」
戦士は鞄から巻物を取り出すと、見広げて唱えた。
「帰還魔法!我を安全な場所に運び給え!」
巻物に込められていた魔法が解放される。
びゅうびゅうと風が吹き、寄り固まって塊になると、
戦士の身体は風に包み吹き運ばれていった。
そうして戦士は王都に一時帰還することにした。
目を開けると、戦士は王都にいた。
骨を寄せ集めたような魔王の城とは一変、城壁に囲まれた平和な街並み。
戦士は王都の光景を見て、やっと肩の力を抜いた。
王都は魔王の城から遥か遠く、城壁に囲まれた安全な場所。
ここでなら存分に休息が取れる。
戦士は道具屋で薬草などの物資を補充して、宿の部屋に入った。
「今日は早めに眠ってしまって、明日の朝早くに出立しよう。」
装備品や道具の確認をして、戦士は布団の中に潜った。
これで後は明日、目が覚めて出立、魔王との戦い、そのはずだった。
そのはずだったのだが、どうにも眠れない。
心地よい戦いの疲れに、いつも横になればすぐに眠れる戦士なのだが、
今日に限ってはどうしても眠れない。
眠ろうと目を瞑っていると、心がざわざわしてくる。
薄目を開けると、壁に立てかけられたミノタウロスの斧が目についた。
すると、一層心がざわざわと掻き立てられていった。
ミノタウロスの斧を見ていると落ち着かない。
早く戦いたい。
音に聞こえし魔王と刃を交わしたい。
そんな闘争心が掻き立てられて、戦士は眠ることができなかった。
眠れずに布団の中で悪戦苦闘することしばらく。
諦めて体を起こすと、外はいつの間にか夜の暗さになっていた。
手を握っては開き、完全に起き上がって屈伸をする。
体を確認するが、主だった傷は既に止血も十分で、動くのに支障はなさそうだ。
「ならば迷うことはない。
魔王を討伐するのは一刻でも早い方が良いのだからな。」
そうして、落ち着かない戦士は、明日の朝を待つこと無く、
今すぐに出立することを選んだ。
防具の鎧や鞄を身に着け、あの巨大なミノタウロスの斧を背負う。
再び巻物を広げて、戦士は声を上げた。
「転移魔法!我を魔王の城に運び給え!」
巻物に封じられていた魔法が解き放たれ、風が吹き始める。
吹き溜まって塊になった風に、戦士の身体は運び去られていった。
そうして戦士は再び、魔王の城の前にやってきた。
いよいよ魔王との決戦の時が迫ってきた。
戦士の闘争心はこれまでになく湧き上がる、はずだった。
しかし、先程までとはわけが違った。
戦士は、溢れる闘争心に突き動かされ、朝を待たずに出立することを選んだ。
そのため、今は夜。
もちろん、魔王の城の周りには人家などは見当たらない。
真っ暗な夜の闇が広がる中に、魔王の城だけが魔王の魔力で鈍く輝いている。
それ以外は、べったりと塗り潰したような無の闇。
いや違う。無ではない。
そこかしこの濃い闇の中から、魔物たちの気配を感じる。
今にも飛びかかろうかと体を動かす音、息遣い、
そして何より、暗闇の中に無数の魔物たちの目が光っている。
光る目の数は、咄嗟に数えられる程度の数ではない。
大量の目、魔物の大群が暗闇に潜んでいるのは明らかだ。
その大量の目が、サーッと一斉に戦士の方を向いた。
魔物は暗闇の中でも、戦士の位置を正確に掴んでいる。
その事実は、戦士の闘争心を急速に萎ませていった。
代わりに湧き上がってきたのは、恐怖心。
闘争心とは逆の感情だった。
その戦士は知らなかったことだが、
実はミノタウロスの斧がもたらす魔法の支援効果は、
闘争心の増幅だけではない。
魔斧、ミノタウロスの斧は、使う者の全ての本能を増幅させる。
ミノタウロスは、内面的には、
ほぼ闘争心しか持たないような単純な魔物だったので、
戦士はミノタウロスの斧の効果を見誤っていたのだ。
人間はミノタウロスとは違い、複雑な感情を持つ。
闘争心、恐怖心、虚栄心、食欲、などなど。
戦士が手にしたミノタウロスの斧は、それら全ても増幅した。
今、夜の闇の中で唯一人、その戦士が抱いた一番の感情は、恐怖心。
歴戦の戦士でも逃れられない、生き物としての本能だった。
いつもは覆い隠されていた、戦士の生き物としての弱さが、
ミノタウロスの斧によって増幅し暴かれてしまったのだった。
戦士の筋肉に覆われた体が縮み上がる。
手足が震えてじっとしていられない。
「うわあああああああああ!」
これは咆哮ではない。
膨れ上がった恐怖心に支配された戦士は、
雄叫びではなく、みっともない悲鳴を上げて、
魔王の城の前から逃げ出してしまったのだった。
それからしばらくの後。
今、あの戦士は、故郷の村に帰り、実家の農家を手伝っていた。
もう薪割り以外で斧を振るうことはなく、魔物退治にも出かけていない。
あの日から、戦士は恐怖心に支配され、戦うことができなくなってしまった。
今では、村の周辺で小さな魔物に出会ったとしても、
警備隊や騎士団に助けてもらう側になった。
あの頃は、よくぞたった一人で魔物たちと戦っていたものだと、
戦士は今、思う。
あれはきっと勇気などではなく、蛮勇。
恐れを知らなかったからこそできたことなのだろう。
今、かつて戦士だったその男は、農業に精を出すことに喜びを感じている。
恐ろしい魔物と戦わずとも、豊かな体格を活かし、
人々の生活を支えることができるのだから。
やり甲斐に満ちた戦士は今、幸せだった。
それでも。
牧場にいる牛たちの世話をする時だけは、
今でも内心に僅かな恐怖心を感じるのだった。
終わり。
前回は勇者の話だったので、今回は戦士の話です。
戦士と言えば肉弾戦、相手も戦士系のミノタウロス、
小細工なしのぶつかり合いになりました。
とはいえ、闘争心は内面から湧き出てくるもの。
心に名前を付けて分けるのは難しいということで、
戦士はミノタウロスの斧の効果によって退けられてしまいました。
お読み頂きありがとうございました。