不思議探偵:謎の送迎
【登場人物】
小山圭一:幼児期に義父から凄まじい虐待を受け瀕死の 状態から生還。それ以来、幽霊に触れたり話す事ができる。現在はその能力を活かし手塚詩織のもとで小銭稼ぎをしている。高校2年生。
手塚詩織:父が経営している個人経営のクリニックに務めている。副業のようなもので知り合いの紹介や口コミのみの普通では解決できないような事件を圭一に解決してもらう探偵業のようなものをしている。
朝の8:30頃 圭一は家の近くにある駐車場のあるコンビニの前で待ち合わせをしていた。
依頼主は手塚詩織の知り合いからの紹介で今回は3回目の依頼だった。
依頼内容はいたって簡単だった。
気になったのが内容が簡単過ぎてとても怪しいことだった。
一回目の事を思い返してみた。
依頼主が手配した車が今いる公園に来て圭一を拾う。少し走ってまた別の公園で別の人を拾う。目的地につくまで後ろの席で横に座っておくだけでいい。次に依頼主のとても大きな邸宅に着いたら2つ目の公園で同乗してきた人を依頼主の家に入っていくのを見届ける。そしてまたはじめの待ち合わせであった公園で降ろしてもらう。
たったこれだけである。
運転手の男性が降りて自分のところまできて頭を深々とさげて「おはようございます」と挨拶してきた。
男性は名乗らずスーツ姿で感じの良さそうな40代くらいの少し小太りの男性だった。
圭一も「おはようございます」と頭を軽くさげて返した。
車まで圭一を誘導し運転席側の後部座席に座らせた。
出発し10分ほどして次の待ち合わせの公園につくと運転手は車を停め、降りてから一人でベンチに座っている女性のところまで歩いて行って圭一の時と同じように深々と挨拶をし車に戻ってくる。その女性を助手席側の後部座席に座らせた。
同乗した女性は20代なのだろうかとても若く見えた。
女性はなんとなく魂が抜けたような心ここにあらずといった表情で運転中はずっと外の流れ行く景色をボーっと眺めていた。
高速に乗り30分ほどしてから圭一も行ったことがないような所で出口を出て、それからさらに10分ほど一般道を走らせ次はある程度綺麗に舗装された山道を登って行った。
しばらくすると、とても大きな門構えのある立派な屋敷の前に車が停車した。
運転していた中年男性は車を降りると外から女性が乗っている後部座席のドアを開け女性についてくるよう言った。
二人はそのまま大きな門構えの横にある小さな入口から入り10分くらいすると中年男性だけが車に戻ってきた。中年男性は「お待たせしました。でははじめの公園に向かいましょう。」と言うと再び車を走らせた。
最初に待ち合わせした公園に着くと車を降りて圭一が乗っている席のドアを開け「お疲れさまでした。依頼は以上です。ありがとうございました。」と頭を下げそのまま車に乗り帰って行った。
一回目の依頼が終わった後に人身売買か何かの犯罪に加担してるのか?いないのか?気になったので手塚詩織にすぐに確認の電話を入れた。
圭一が驚いたのは手塚詩織本人もどういう依頼内容かは聞かされてはいるが、目的地で何が行われているかは全くわかっていないようだった。
圭一は少し不安になり詩織に問いただしてみると今回の依頼主は詩織によく依頼を持ってきてくれる長い付きあいのある人物で、その人物から紹介されたのがあの大きな屋敷に住む今回の依頼人のようだった。
それもどうやら圭一の噂を聞いてから直接向こうから依頼を頼んできたようだった。
詩織も依頼人の連絡先を教えてもらい直接電話口から依頼を聞かされた。
一回目はそんな感じで終了した。
2回目の時には詩織に目的地に着く前にスマホのGPSを起動しお互いの位置がわかるようにして何かあったらすぐ連絡をするように言われた。
2回目も全く同じ時間、同じコースで同乗してきた人物はまた20代前半の地味な若い女性だった。
今回も一言も発する事なく終了した。
3回目
前回と前々回と同じ運転手でいつものように深々と「おはようございます」と挨拶をしてから今度は自己紹介をしてきた。
「小山様、以前は自己紹介せずにすみませんでした。以前は主人に小山様と同乗した女性とは口を一切きかないようにきつく言われていましたので…。私は佐々木と申します。今回は依頼内容以外の事なら会話していいと言われておりますので改めてよろしくお願いします。何か御用がございましたらなんでも言ってください。」
「わかりました。と言っても何もないから特に無いのですが…。」
「前回と前々回は何も無かったので言う必要はなかったのですが小山様を乗せたあとに以前と同じく公園でまたお一人のお客様を乗せますのでもし話しかけられましたら特に何も意識しなくてもよろしいので普通に会話をしてあげてください。」
「ハイ。わかりました。」
会話を終えると圭一は佐々木に以前と同じ運転席側の後ろの席に座るように案内され車はそのまま以前と同じ公園に向かった。
公園に着くと佐々木は車を降りてベンチに向かって歩いていった。
しばらくすると佐々木が圭一の隣の席に人を乗せた。
180cmくらいのスーツを着た20代後半の華やかそうな整った顔立ちの男性だった。
彼は圭一が目に入ると
「おはようございます。失礼します。」
と言ってきたので圭一も
「おはようございます」
と返した。
男性が乗ると佐々木は車を走らせた。
窓から景色が走っていく。
走って10分くらいすると、今まで外の景色を眺めていた男性が圭一に話しかけてきた。
「おはよう。君、名前はなんて言うんだい?」
「おはようございます。小山圭一と言います。」
「小山くんか。」
「車に乗る前に佐々木さんに車の中に高校生の男の子が乗っていて今回の仕事の事以外だったら何を話しても良いですよって言われたんだ。」
「僕もです。」
「はじめは特に気にも止めてなかったんだけど君は不思議な人だね。ただ横にいるだけで気持ちが安定するというか、ホっとする。」
「そうなんですか?自分ではよくわかりません。」
「多分君が雇われた理由はこういう役目のためなのかなぁ…。」
というなり男性は少し儚げに上を見た。
圭一はどう返していいかわからなかったので黙ってしまった。
「あぁ…。そうだ相手の名前を聞く前に自己紹介しないとね。すまない。私の名前は湯川晴人っていうんだ。」
「わかりました。」
「小山くんは今高校生?」
「はい、高校一年生です。」
「うわ〜若いなぁ…。何かやりたい事とか夢とかあるの?」
「笑われちゃうかもしれませんが、いわゆる普通の人の日常的な幸せが欲しいです。」
圭一がそういうと湯川は笑いながら
「凄まじい戦争体験をしてきた人みたいだ。こんなところにいる時点で、もしかして大企業に雇われた何か特殊な任務をこなす高校生だったりして。」
「いや普通の学生ですよ。」
「マンガとアニメの見過ぎかな?まあでもなんだかんだ言って皆が言う普通の幸せが一番幸せなんだろうな〜。
あと身長高いけど今は何かスポーツはやってるの?」
「それよく聞かれます。残念ながら何もやってないんですよ。」
それから暫くどのアニメが好きだの、和菓子と洋菓子どちらが好きだのという他愛のない会話のやりとりが暫く続き話をしているうちに目的地の立派な屋敷に着いた。
車は立派な木造りの門の前に停止した。
佐々木が
「では、湯川さん…。行きましょうか?」
「ハイ。小山君ありがとう。じゃあさようなら。」
「さようなら。」
そのまま2人は屋敷の立派な木造りの大きな門に入っていった。
しばらくすると佐々木が車まで戻ってきた。
さぁ帰ろうと思いきや佐々木がいつものように運転席にいかず圭一のいる後部座席の窓を頭を下げながらノックしてドアを開けた。
「どうしました?」
「小山さん失礼します。実はお話がございまして。私の主人が中で何が行なわれているのか気になっていれば、よければ見に来ませんか?とおっしゃてまして。。」
気にはなっていたがあまりにも急だったので圭一は一瞬固まった。
………、………。
暫く考え圭一は
「1つだけ確認したいことがあって凄くストレートに聞くんですけどもしそれをみたら、とんでもない目にあったりします?」
「………。」
「…………。」
「そんな事は全くございません。見たあとに本日限りで契約を切って頂いてもかまいません。あと見たことも周りに口外してもらってもかまいません。」
佐々木がそういうと再び暫く沈黙が訪れた。
「ちょっと今すぐ手塚さんに確認の電話をしてもよろしいですか?」
「どうぞ。かまいません。」
圭一はスマートフォンをとると詩織に電話をかけた。
電話の呼び出しコールが圭一の耳に鳴り響く。
本音を言うと知りたくて知りたくて仕方がなかった。
よく考えると違法に行われている人身売買ならわざわざ自分を呼ぶ意味もないからよりいっそう気になった。
「もしもし」
「もしもし。お疲れさまです。」
「あー。お疲れって……。え!?今はまだ仕事中よね?ひょっとしてなにかあった?」
「まだ大丈夫っぽいんですけど、どうも中で何が行われているのか見せてくれるらしいです。」
「行こうか。」
「はや!?」
「実はすっごい気になってたし、わざわざ連絡をさせてくれたって事は多分大丈夫よ。それに圭一君ならなんかあっても全然乗り切れるでしょ。」
「専門分野が違います。」
「それにもし悪人なら弱みを握るチャンスよ。」
「弱みを握るどころか家を見る限りお金をたくさん持ってそうなので殺されるかもしれませんよ。」
「まぁ。私は物凄〜〜〜〜く気になるけど、圭一くんの好きにしてくれたらいいわよ。凄く気になるけど。。。」
「わかりました。行きます。実際僕もとても気になってますので、無事に戻れたら明日のお昼までに連絡いれます。」
「わかった。じゃあ後はよろしく〜。」
会話が終わると圭一は佐々木に是非見してほしいとお願いした。
「かしこまりました。」
そう言って軽くお辞儀をすると後部座席のドアを開け圭一に車から出てもらい、佐々木がいつも出入りしている重々しい豪華な門扉の横にある小さな扉から佐々木が案内する形で2人は屋敷の中に入っていった。
豪華な家の立派な表札には「青木」と書かれていた。
中に入ると大きな門扉の横に大きな車庫、とても綺麗な鯉の群れが泳いでいる池やいろんな形に綺麗に剪定された木々など、とても綺麗な日本庭園が広がっていた。
圭一はその景色に心を奪われ、しばらくボ~っと眺めていると、佐々木に声をかけられた。
「小山様、どうかなさいましたか?」
「い、いえ。」
「ではこちらへ」
圭一は再び佐々木についていった。
迷子になりそうな屋敷の中を佐々木は迷うこと無く進んでいった。
他の部屋より少し大きい両開きのふすまの部屋の前にくると佐々木が
「ご主人様、失礼します。小山様を連れてまいりました。」
一瞬間をおいて女性の声がした。
「ハイ。かしこまりました。どうぞ中へ」
と声がすると真っ白な袴姿の女性が正座のままふすまの片側を開けるのが目に入った。
佐々木が入る前に深く礼をしてから部屋に入っていった。
圭一も同じようにならった。
部屋は10畳くらいで奥にも襖があった。
中は明るかった。
その襖の前に絢爛豪華なとても大きな仏壇のようなものがありその前に40歳くらいのごく普通の格好をした中年女性が座布団の上に正座してこっちを見ていた。
その女性が真正面にある座布団に圭一に座るように促し、佐々木と巫女姿の若い女性に退室するように指示した。
圭一が挨拶をして座布団に正座するとその女性がおっとりとした様子で
「はじめまして。小山さん。この屋敷の主、青木信子と申します。足を崩していいですよ。ゆったりしててください。すぐにお茶とお菓子を持ってくると思いますので。」
というと同時に先程の巫女姿の女性が圭一の前にお盆にのったお茶と皿にのったお餅2個を置いていった。
湯呑みに入った暖かいお茶とお餅だった。
「ありがとうございます。」
といい圭一は足を崩し正面に向き直るとその女性が
「そのお餅食べてみて、とても美味しいから。朝に百貨店に行って買ってきてもらったの。」
「わかりました。ではいただきます。」
圭一は一瞬警戒したが出されたお餅を食べてみた。
「美味しい。」
「でしょう?良かったわ。気に入ってもらえて。」
「ありがとうございます」
圭一は2つあったお餅をぺろりと平らげてしまった。
「ごちそうさまでした。ありがとうございました。」
「どういたしまして。あなたの雇い主である手塚さんの顧客の人にお話だけ聞いて試してみたけど2回ともうまくいったわ。どうもありがとう。」
「?…。特に何もしていませんが?」
「そうだったわ。まだ何も話をしてなかったわね。話をするって言っても見たほうが早いと思うからちょっとここで待っていてくれる?佐々木さんも呼んでおくからあとから一緒に来て見学してもらうようにしましょう。私もそろそろ行くわ。この後ろの部屋からまた呼ぶから呼ばれたら佐々木さんと来てね。」
と言い残すと青木信子はそのまま豪華な仏壇のようなものの後ろにある襖から出ていった。
圭一が暫く座って待っていると座布団を持った佐々木が入ってきた。
「失礼します。」
そういうと圭一の隣に持っていた座布団をひき、座り込んだ。
しばらくすると奥の部屋から青木信子の呼ぶ声がした。
「佐々木さ〜ん、小山く〜ん準備ができたから入ってきていいよ〜。」
先に佐々木が立ち上がり圭一を誘導するように二人で部屋の中に入った。
部屋に入ると薄暗く、和式布団が同じ向きで2枚敷かれその空間を取り囲むように火のついた蝋燭が四隅にそれぞれ置かれていた。そして布団の中には真っ白な布が顔にかかっている人間が二人眠っていた。青木信子の右手側の人間は間違いなく先程車で一緒だった湯川と左手側の人間は今にも息絶えそうな圭一とは一切面識のない老人が頭を圭一達の方に向け寝かされていた。
二人共、亡くなった人が着るような白装束を身につけ
意識はなく深い眠りについているようだった。2つの布団のちょうど人が一人入れるスペースに青木信子が真っ白な巫女姿で正座をして圭一達と向き合う形でこちらを見ていた。
「お待たせ。二人は私の後ろに座布団があるからそこに足を崩して座って見ててくれる?」
「小山様、こちらへ」
と佐々木が圭一を誘導し二人で座布団に座った。
佐々木は正座し、圭一は足を崩し座布団に座った。
「小山くん。聞きたいことが沢山あるかもしれないけど、これから始めるけど今はとりあえず静かに見ててくれる?」
後ろに振り向くように青木信子がそういうと自身の右手に湯川の右手を、左手に死にかけの老人の左手をとった。
なんとなく空気感が重くなった。
20分ほどたったのだろうか時計も無く、スマホをみる空気感でもないので何分経ったのかわからないが今のところなにも変化は起こらなかった。
圭一は警戒してた分、少し拍子抜けしたが相変わらず空気感だけは緊張していた。
さらに10分ほど経過しただろうか突然青木信子が二人の手を自身の正座している膝の横に丁寧に置いた。
そこで圭一は驚いた。
ずっと青木信子の背中を見つめていたせいで全然気づかなかった。
左手側の老人の手が若返っていた。それだけではなく湯川さんの右手が年老いていた。
圭一は二人の年齢が入れ替わった事に気づいた。
気づいた瞬間、圭一は驚きのあまり立ち上がりもう一度確かめようとしたが座布団に身体を滑らせ後ろに転倒した。
隣の佐々木はじっと静かに座っていた。
青木信子はかまわず先に若返った老人の手を両手で優しく手に取り、布団の中にそっと収めた。
続いて年老いた老人のような湯川の手を同じように両手で優しく手に取り布団に収めると、湯川の方にだけ両手を畳につけ深くお辞儀をし、身体を起こすと手を合わせながら再び深くお辞儀をした。
青木信子は圭一の方にゆっくり身体を向けると
「小山くん、これが私の仕事よ」
と優しく言った。
そう言ってから座布団に再び正座し直した。
「こっちにきてごらんなさい。」
圭一はゆっくり立ち上がり青木信子のもとに近づいた。
青木信子は老人の方の顔にかかった白い布の真ん中をつまみ上にゆっくりと引き上げた。
元々の顔は圭一は見ていないのでわからなかったが、目の前で深い眠りについているその男性の顔は20代の男性そのものの顔だった。
小さな寝息が聞こえてきた。
圭一が顔を見たのを確認すると青木信子は白い布を綺麗に折りたたみ男性の枕元に置いた。
次に湯川の方に身体を向けるとまた深くお辞儀をし終えると圭一に
「小山くん、どうする?湯川さんの顔を確認してみる?」
と聞いてきた。
「いえ。さっきまで普通に会話していたので、見ようという気になりません。もうすぐ息を引き取ると思いますし…。」
「ヤッパリわかるのね。」
今の圭一の目には眠っている状態の薄くなっている湯川の魂だけの状態が半分ほど生身の身体から出て、今目の前にある湯川という肉体が半分ダブっているように見えている。
それに気味が悪かったのが霊体のほうは車の中で話していたときの若い状態で肉体の方は年老いた湯川だった。
圭一は目をつむり湯川の方にしばらくの間、手を合わせた。
青木信子も一緒に手を合わせた。
「このおじいさんはいったい何者なんですか?」
「うん。答えてあげたいけど、儀式が終わったから一回休憩しましょうか?この部屋は今から片付けに入るし私も着替えてくるからあの子について行ってくれる?」
というといつの間にか襖の前にはじめに見た巫女姿の女性が正座していた。
「もっとリラックスできる客室があるからそこで休憩してて。」
圭一がそばによると女性はスッと立ち上がり圭一の前を誘導するように歩いていった。
圭一は平静を装っていたが内心はかなり混乱していた。
今度の客室は旅館のような感じで壁には大きなテレビ、中央には座椅子とこたつ机、冷蔵庫もあり机の上には高級そうなお菓子の詰め合わせもあった。
「テーブルの上のお菓子類と冷蔵庫の中の飲料水は好きなだけ召し上がりください。なにかご用があれば机の上に呼び出しボタンがあるのでいつでもお呼びください。では失礼します。」
と言って女性は退室した。
圭一は冷蔵庫をあけた。
一般家庭にあるくらいの大きさの冷蔵庫だ。
冷蔵庫の中はいろんな飲み物で溢れていたがとてもジュース類を飲む気分にならなかったので小さなペットボトルの水を手にとった。
テーブルの上のお菓子類にも手をつけなかった。
圭一は水の半分くらいを一気に飲むと呼ばれるまでゆっくりすることにした。
しばらくすると入口から青木信子の声がした。
「お待たせしました。小山くん、今入ってもいい?」
「はい。どうぞ。」
入ってきた青木信子は初めに出会ったときと同じ普段着になっていた。
そのまま圭一の真向かいの座椅子に座った。
「驚いた?」
「はい。とても驚きました。ここで待っている間なんとなく自分であのおじいさんが何者だとか想像してみたんですけど若返りと引き換えに青木さんがその報酬をもらうという事ですか?」
「その通りよ。私の家系が先祖代々昔からこの細胞年齢を入れ替える能力を受け継ぎ商いをやってるの。今の当主が私。」
「そんな能力が…。しかし湯川さんはお亡くなりになるのに割が合わないと思うのですが…。」
「細かく言うと人によって条件は全然違うの。例えば今日の場合だとあの若返ったおじいさんが報酬として私に3億円支払い湯川さんには難病の娘さんがいてその分の高額な治療費と手術が成功した場合の治療維持費、それらの経費とは別に残されたご家族に3億円を湯川さんに渡す事になっているわ。」
「そういう事でしたか。」
「そういう事なの。」
「あと気になったのがどうして僕が必要なんでしょうか?全く必要ない気がするんですけど…。」
「それはね。ある時私の知り合いであなたの雇い主である手塚さんとあなたに世話になったことがある人からあなたの事を聞いたからなの。あなたがどんなチカラを持っているかも知ってる。実はね…、小山くんがさっき見た私の能力である細胞交換はね時々失敗するの。」
「失敗…。失敗するとどうなるんですか?」
「なにも起こらないか、お互いが死ぬ。」
「……。」
「細胞交換を行う前に受ける二人にも説明はしているわ。失敗する可能性もあるって…。その場合は私も細胞交換を受けた二人にも無報酬という事にしてもらってる。原因は詳しくわからないけど若い細胞を差し出す方に実はこの世にまだ生きたいという未練があるからじゃないかと思ってるの。今日で言うと湯川さん側の事ね。」
「確かに湯川さんの話を聞いた後だと無事に治療がうまくいった娘さんに会いたいという思いは強くなると思います。」
「そこであなたの能力が必要になるの。一回目の若い女性を覚えてる?」
「ハイ。」
「まずはじめに様子を見るためにあの子と同乗してもらったの。あの子は早く死にたがっていたから細胞交換しやすかったけど、あなたと相席になっただけでよりやりやすくなったわ。手を握っただけでいつもより今日は絶対に上手くいくってはじめて確信を持てたわ。だから彼女の手をとって確認してから、あなたにはすぐに帰ってもらった。」
「……。」
「人だけの話じゃないけど、生物は死ぬ瞬間どんなに痛みを伴う死に方をしてもとてつもない安堵感と幸福感に包まれて死んでいくって聞いたことはない?」
「いえ。今はじめて知りました。」
「彼女はあなたの近くにいただけで多分凄い幸福感を感じられたと思うわ。。あと逆に聞きたいんだけど小山君、あなた一度本当に命が無くなる間際まで追い詰められた事はない?それも多感な幼少期に。」
「……。ハイ。その通りです。あの時の事はあまり思い出したくもありませんが。」
「ちょっと握手してもらえる?」
「ハイ」
二人は少しの間、握手をして青木信子は目を閉じた。
「……。うん。やっぱりはじめてだわ。この感じ。普通の人は簡単に言うとあの世の空間とこの世の空間に境界線があって魂がどちらかの空間に属しているんだけど、あなたの場合、魂もその空間もホットコーヒーにクリームを入れてかき混ぜたような渦上のようになってて、どちらも溶け込んでいるような感じになってるわ。」
「そうなんですか?」
「あなたは幽霊が向こうから寄ってきたり、心を病んでいる人から一緒にいるとホッとするってよく言われる事あるでしょ?」
「ハイ。」
「それはあなたと触れ合ったり会話することによって魂があの世に繋がりやすくなるからだと思う。」
「なるほど。」
「今回みたいな湯川さんの場合だと娘さんがいるということでこの世に未練が残って7割がた失敗するけどあなたが車内で会話をしてくれたおかげで不謹慎だけど上手くいったわ。ありがとう。」
「どういたしまして……、と言いたいところですけどついでにもう一つ聞きたいことがあります?今行っている事は自分ではどう思っていますか?」
青木信子は穏やかに口を開いた。
「……。小山くん、私は多分嫌われる人にはとても嫌われるような事をしていると思う。大金をもらって誰かの若さを奪ってお金持ちの人を若返らせてるんだから。今回の場合だと湯川さんの娘さんには心底恨まれるでしょうね。でもそういう恨みつらみがあると同時に若返りに成功したお金持ちの人やこの世が生きづらいけど自分で死ねない人、その中でも最後に大切な誰かに何かを残せると言ってとても喜んでくれる人がいた。私もこの仕事を引き継ぐ前は酷くこの仕事を最低の仕事として軽蔑してた。でも兄弟姉妹の中で私だけがこの能力を引き継いだの。」
「引き継ぐことを断る事はできなかったのですか?」
「できたわ。先代の人、私の父なんだけどやらなくてもいいよとは言われたわ。父も先代から…。私のおばあちゃんなんだけどそう言われたみたい。でも私ってあまのじゃくだったからそう言われると逆に気になったの。結局二人で話し合った結果、横で付き添う父の見学ということで半年間過ごしたの。まぁ聞くと見るとで全然違うというか父が若返った人に感謝されてるのを見たけど、若い細胞を提供した側の人達から感謝されたのを見た時はビックリしたわ。今回の湯川さんみたいな感じね。父も私もいつも倫理観的にとても複雑な感情を抱いたわ。多分湯川さんの娘さんも、もし手術が成功して数年経って真相を知れば私のことを心の底から憎むかもしれない…。湯川さんの残されたご家族には娘さんには黙認する、真実を伝える、あとは本人たちの意思にお任せしているわ。」
「……最後にもう一つ聞きたいことがあるんですけど、僕が次回は断ると言ったらどうなるのでしょうか?」
「それは全然かまわないわ。だって今までだって何人かは失敗してきてるもの。ただ試したかったの。今回だってやっぱり湯川さんの娘さんの為だと思ってたから…。湯川さんの想いも無駄にはしたくなかったし今回だけはどうしても失敗したくなかったの。」
「わかりました。では次回からも予定が開いていたらぜひ呼んでください。」
「え!?…いいの?」
「はじめはとてもビックリしましたが、改めて話を聞くと協力したくなりました。協力するといってもただ話すだけですけど。」
「わかったわ。本当にありがとう。でもあなたも何か困ったことがあればすぐに連絡してね。私で力になれることがあれば全力で協力させてもらうから。」
「はい。」
「今日は思い切って話せて良かったわ。私はまだ湯川さんのお通夜やお葬式の手続きとかまだやらないといけない事があるからもう行くわね。あなたはどうする?」
「僕はもう遅いので帰ります。手塚さんも心配すると思うので。」
「わかったわ。すぐに佐々木さんに車の用意をしてもらうわ。じゃあね。」
「あ!それと湯川さんのお葬式の日をまた改めて教えてもらえませんか?」
「わかったわ。じゃあまたね。」
「はい。さようなら。」
圭一は朝の待ち合わせ場所の近くで降ろしてもらった。
「小山様、ではまた次回よろしくお願いします。」
「こちらこそ。じゃあさようなら。」
「ハイ。今日もお疲れさまでした。ありがとうございました。さようなら。」
佐々木の車が離れていくと圭一は詩織に電話連絡した。
会ったことをそのまま伝えた。
「へぇ~っ、若返るって最高ね。私もばあさんになったらお願いしようかしら。それまでお金作っとかないとね〜。でも代わりに若い人の生命を奪っちゃうっていうのがあんまりいい気持ちしないわね。」
「僕もそこのところはちょっと引っかかってます。でも実際この国の若年層の人達の自殺人数は毎年凄い数ですし、ただ自殺するよりはマシなんじゃないかと思うところもあるんです。今回の湯川さんって人も自分の命は無くなりましたが娘さんが長く生きられる可能性が増えましたからね。それが良いのか悪いのか判断し難いですけど」
「でもはじめて聞いた時は半信半疑になったわ。圭一くんから聞いてるから信じられるけど、もしはじめて会う人から聞いたら多分信じてないでしょうね。そういった意味で向こうもここで見たこと聞いた事は口外してもいいって言ってたかも。お金持ちの人達のバックアップやフォローもあるでしょうし。」
「…。」
「でどうする?また依頼がきたら受ける?あんまり気が進まなかったら受けなくてもいいのよ。向こうもそう言ってるし。」
「すみません。それなんですけどもう勝手に次回も受けるって言っちゃいました。」
「あら?そうなの。まぁ圭一くんがそういうんだったらそれでいいけど。」
「はい。よろしくお願いします。」
「ありえないくらい高額な報酬を振り込んでくれるからありがたいっちゃありがたいけどね。」
「そうなんですか?」
「うん。圭一くんの懐もメチャクチャ潤うわよ。」
「…。気まずいですが…ありがとうございます。」
「とりあえず今日はお疲れさま。おやすみなさい。」
「はい。お疲れさまでした。おやすみなさい。」
電話を切ると圭一は暗い夜道を歩いて家に帰っていった。