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広い部屋

作者: 第六感
掲載日:2023/01/20

「家が一人では持て余すくらい広いのに、狭く感じるんです」


爽子はまた一つ自分の悩みを受話器に向かって吐露してみた。どんなことを言われるのか、興味がわいていた。電話の相手は顔も知らない年下の男の子である。生意気そうに「ふうん」などと生返事をしてくる。

ある秋の日の午前に彼女は匿名通話アプリに興じていた。やや込み入った話に差し掛かりつつある。


「広すぎるんですか。へえ、住んであげましょっか?」

電話相手はまったくバカなことを言うが、核心に触れていた。部屋は狭くなる代わりに暖かく感じられるのかもしれない。バカなことだ。人と住むなんて不快なものなのに。


「それから網戸がきれいな家なんです」


爽子はそういって窓の外を見た。あたかも網戸などないかのように窓の外の青空が見渡せた。

それから網戸をガラガラと開けて同じ青空を見た。そのとき彼女は初めて抜けるような青空に気が付いた。


目線を下におろすと、きれいな部屋が見えた。自分の部屋。

爽子は部屋をきれいにしておきたくてなるべく物を所有していない。殺風景で広い。


彼女は他人がうらやむような人生を送っているのに、自分自身に満足がいかなかった。

親の期待にこたえ続けた人生を送っている。

一流企業に就職した。一人では持て余すほどの大きな家に住んで、職場ではかわいがってくれる先輩に、評価してくれる上司・優しい同僚たちに囲まれている。楽しい毎日。

周りがうらやむような環境にいるはずなのに。


「安全な内側にいさせてもらっているときに、外側に飛び出したい気持ちってなんでだと思いますか?」

「うちに飽きたのでしょう」

彼はこともなげに答える。


「危険にさらされるのが心地よいのです。

「それは外に幸福があるとか、何かしたいことがあるから外に出たいのではないのでしょう。ただ外側にも世界があることを知ってしまっているから、内側の世界に満足しきれなくなってしまっているのでしょう。いくら安全な場所といってもいつまでもいたら独房と一緒ですからね。

「しかし外側に出続けることができますか?

「井の中の蛙は大海を知らないかもしれませんが、大海に住む魚だって陸は知りません。陸も海を行き来する人間は宇宙を知りません」


電話相手は面白がるようにつらつらとしゃべってきた。不思議と不愉快な気持ちにはならなかった。それは本当は彼女自身知っていることだったから。

「単純な答えですね」


自分ではわかっているつもりのことでも、言われると、なぜか、涙が出てきてしまうのは、不思議なことである。爽子の涙もそういう性質のものと思われた。涙声で打ち明ける。


「ちゃんとした自分でいたいんです。誰かのために全力を出してしまうんです。

「親に対して職場に対して、彼氏に対して。

「それが疲れてしまった。

「一番近くにいるのはいつだって弱い自分。きょうだって涙が止まらないんです」


涙が、頬を伝っている。

そして仕事に行かなくちゃ、と考える。楽しい職場なのに、行かなければいけないという状況がつらく感じられた。思うままに質問する。


「君は、しなければいけないってことがつらいことってありませんか」

「へえ、あんまり思ったことありませんでした」

寄り添ってくれるわけでもない電話相手に安堵する自分がいた。


「しなければいけないことが明確であってありがたいなって思っています。この参考書を勉強すれば評価される世界観にいられることを感謝して勉強しています」

学生らしい答えが返ってきた。


「ここでも、単純ですね」

「そうですとも。単純なのです。『朝ごはんは何を食べましたか?』みたいなものです。なにか食べましたか?」


翔子はフフリと笑って答えた。

「昨日の夜、閉店間際のケーキ屋さんで残っているケーキを全種類買いました。食べきれなかった残りを朝ごはんとして食べています」

「贅沢ですね」


彼女というのはそんな贅沢をできるようなものである。言ってしまってから、なんだか資産的な経済的な余裕を述べてしまったような気がして、気が引けたが、相手は気にしないような気がして何も言わないことにした。


開け放った窓から小さな虫が飛んで入ってきた。

以上


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― 新着の感想 ―
[一言] 陸も海も行き来する人間は宇宙を知らない。だから彼女らは宇宙を名乗るコミュニティで出会ったのかもしれませんね
2023/09/15 12:23 退会済み
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