6.グライア公爵
(グライア公爵視点)
「公爵様。出発致します」
「ああ」
馬車は公爵を乗せ、ゆっくり動き出した。
馬車に乗るのはこの帝国で皇帝を除き一番地位の高い男。
アルバート・グライア。
漆黒の髪と深紅の瞳を持つ美丈夫であった。
身長は190㎝を超え、剣術で鍛えた肉体を持つ。
望んだものは何でも手に入る立場の彼には密かに長年思い詰めていた事があった。
今日もそのためにわざわざ外部の情報屋ギルドにまで足を運び、情報を集めたが収穫は無しだった。
公爵が独自に持つ諜報機関でも掴めなかった情報だ。端からすぐ見つかるとは思っていないが落胆してしまうのはどうしようもないようだ。
秘密裏にしなければならない依頼。
公爵は4年前から一人の女性を探していた。
その女性と出会ったのは5年前。
1年後に行方を捜し始めたのは内戦がやっと終わったからだった。
当時、内戦の混乱にあった帝国内では常に死の危険があった。一時劣勢であった皇帝派のグライア家は貴族派に陥れられ襲撃に合い、アルバートは背中に重症を負った。何とか部下たちが逃がしてくれたが朦朧とする意識で辿り着いた先が古ぼけた納屋だった。
誰の納屋か、など考えなかった。
敵から身を隠す為にその納屋の内部へ入り、身を潜めた。
部下も簡単に殺られはしない。何れ探しに来るだろう。
しかし、部下が探し来る前に納屋に足を踏み入れた若い女性に見つかってしまった。
咄嗟に剣に手をかけたが女性は怯えながらも手当をしてくれると言う。すぐ殺せるように剣を鞘から抜き女性を注視しながらやりたいようにやらせた。
手負いの獣のようだった私にその女性は怖がりながらも献身的に手当てをしてくれた。
敵の襲撃で騙し討ちのように突然背後から襲われこのザマだ。恐らく敵もまだこの辺りを探していると思った私は彼女を脅し匿ってもらった。
聞けば彼女の家はクレストン子爵家だった。
最悪だ。貴族派の家ではないか。
力的には何の力もない子爵家ではあるが、上に密告される恐れがあった。
しかし彼女は親にさえ私の事を言わなかったようだ。
幸いこの納屋には普段彼女しか来ないようでようやく少し力を抜いた。
何故敵側である私を助けたのか。
彼女は答えなかった。
単なる同情だったのかもしれない。
その夜怪我による高熱で俯せになりながら苦しむ私に彼女は献身的に尽くしてくれた。
親に怪しまれるから屋敷に帰れと言っても頷かなかった。
就寝後に部屋から抜け出して来たから平気だと彼女は笑う。
そこで私の意識は途切れたが、朝になると包帯が替えられ清潔な衣服に着替えさせてくれていた。
彼女は私の命の恩人だ。
その後数日、1週間と迎えに来ない部下や家の者たちを待ちながらずっと彼女に世話になった。
恐らく敵である子爵の敷地内にいるとは思わなかったのだろう。
彼女の名はフィーネというようだ。
本来なら出会うはずもない人。
予想外に時間が過ぎる中彼女の姿に安らぎを覚え、お互い良いことなど何もないと分かっていたはずなのに惹かれ合ったのは運命の悪戯か。
暫く経ち、背中の傷も段々良くなり少しなら動けるようになってきた。
本当なら早々にここから立ち去るべきだった。
自分にとっても彼女にとっても危険すぎるから。
しかし、後1日だけと思ってしまったのが全ての歯車を狂わせてしまった。