2.スラム街
毎回仕事に出る度に私に向けられる表情に申し訳なくなるが、どうしようもなかった。
このスラム街で生きていく事はとても厳しい。
運よく仕事にありつけたが明日の我が身は分からない。そこがスラムだからだ。
あばら小屋のような家を出ると、少し寒くなりだした空気を吸い込む。そして階段を下りたところで向かいの家から一人の老婆が姿を見せた。
「おはようございます。ババ様」
「何だい。朝から辛気臭い顔して」
「そんな、ひどい」
カッカッカ!と笑う老婆の姿に苦笑する。
この老婆は私がスラムに来た時にすごくお世話になった人物だ。死なずに済んだのもこの老婆がいたからだ。感謝してもし切れない。
「あの、今日も息子のことお願いしてもよろしいでしょうか・・・」
「あぁん?あたしゃベビーシッターじゃないんだよ?」
「も、申し訳ありません・・・」
「あーそんな死んじまいそうな顔するんじゃないよ。わたしゃただの占い師なんだがねえ・・・まぁ、心配するな」
その言葉にぱぁぁぁっと表情を明るくする。
「いつも感謝します!!本当に・・」
「あーあーあんたの困り顔には弱いんだ。ほらとっとと行きな。遅れちまうよ」
老婆は迷惑そうにシッシッと手を払う仕草をして私を送り出した。
ペコリとお辞儀をして仕事に向かう。仕事はスラム街に流れる川で染物の手伝いだ。夏はいいが冬はきつい。軽く凍傷になったりする仕事だが他の仕事よりは多少マシ。
この仕事も老婆に紹介された仕事だった。スラム街の人間は仕事にあり付けない人間もいるからだ。あり付けない者たちは物乞いや盗み、殺人など犯罪に手を染める者たちも少なくなかった。
たまたま老婆に出会って、たまたま助けてもらい、本当にたまたま平民や商人に服を売る職場にありつけた。普通スラムの人間など雇ってもらえない。
老婆は占い師として、世間に顔が広くスラム街に住んではいるが時々裕福な商人などの占いもしているらしい。その伝手で紹介してもらった。
川に近づくと染物を生業にしている職人たちの声が聞こえる。男女どちらもいるが比率としては男性の方が多い。女性は私のような紹介で手伝いをしている女性ばかりだ。
「お、来たか。今日はちとさみーからな。川の水も冷てぇぞ」
「おはようございます。この頃どんどん寒くなってきましたね。真冬が怖いです」
「ははは!ちげーねぇ!」
むさ苦しく笑う大男はこの職場のおやっさんと呼ばれる棟梁だ。年の頃は40代半ば。この人もここスラムで出会えてよかったと思える人物だ。ババ様とこのおやっさんのみだが。
さっそく仕事場で支度をし川に手を差し入れて確かめたところ、本当に冷たくて一瞬驚く。
「わ、本当に水が冷たいですね・・・!お昼くらいになれば暖かくなるし少しはマシになるかしら」
「だろう?まぁ本格的に寒くなればもっと冷たいけどな。さてと、お前ら今日もやるか!!」
おやっさんの大声に周りにいた職人たちが「おおぉぉ!」と声を張り上げる。
これが仕事の始まりの合図だ。
私は今日もスラム街で息子のために生きていく。