12.誘拐
『あの女をわしのところまで連れて来い』
成金の商人から依頼された荒くれ者たちがフィーネの自宅を張っていた。
女一人の誘拐はこのスラムでは簡単な事だ。
いつのまにか消えても誰も探さない。
今回も簡単な仕事になるはずだった。
「そろそろ行くか」
「やるか」
3人の男たちが老婆と別れたフィーネの後を着けていく。
人通りの少ない路地で実行する。
無言で目で合図を送り合い、男たちは一斉にフィーネに襲い掛かった。
ガバッ!!
「・・・!!?」
口を塞がれ、手も拘束されたフィーネは恐怖に慄く。
痛む足では抵抗できなかった。
「!!!っうぅ!!」
「大人しくしろ」
必死に暴れるが3人の男たちに羽交い絞めにされ身動きすら取れない。
一人の男が麻布をフィーネの頭から被らせ、袋の中にフィーネを入れ閉じ込めた。
『誰!?誰なの!!助けて・・・!!』
フィーネは必死で暴れるもいつの間にか意識を失っていた。
◇◇◇
「今日はちゃんと来たね。坊主」
「昨日は来れなくてごめんなさい。ババ様」
ババ様の家で白湯をコクコクと飲みながらアランは答える。
夕方になりアランはフィーネの言い付けをちきんと守ってババ様の家に来ていた。
でも朝、母上と初めて口を効かなかった。
母上は落ち込んだまま仕事に出てしまった。
まだ右足も良くなってないのに。
「ちゃんと仲直りするんだよ」
ババ様は母上と喧嘩した事を知ってるんだ。
「でも、僕悪くありません・・・」
「坊主が母親と何が理由で喧嘩したかは、わしゃ知らんよ。でもね、相手に分かってもらいたい時、自分の気持ちだけを押し付けたらだめだ。それは坊主の母親にも言える事だがね。後で後悔するんだよ」
「・・・そうでしょうか」
「そうさ。坊主は周りより賢く生まれたが、自分の気持ちと相手の気持ちを汲み取るのだけは経験していくしか成長しないのさ」
僕の頭を撫でてくれたババ様はニィっと笑った。
「そういや、坊主の迎え遅いねぇ。いつもなら今頃迎えに来てるはずじゃないかい」
「何かあったんでしょうか?」
不安そうに外を気にするアランにババ様はフゥっと息を吐き。
「坊主はここで待ってな。坊主がまた行方不明にでもなれば本末転倒だよ」
「僕も連れて行って下さい!ここに一人でいるのは嫌です!」
「しかしねぇ・・・」
「ちゃんと言う事を聞きますから。連れて行って下さい」
アランの必死の懇願にババ様が折れた。
「わかった。勝手な行動をするんじゃないよ」
そう言って、ババ様は家の裏口に近づき突然開けた。
「?」
アランがどうしたんだろうと疑問に思っているうちに裏口から一人の男が入って来た。
「御用ですか。アリステラ様」
「その名前で呼ぶんじゃないよ。バカタレが。わしが世話してる子の帰りが遅いんだ。何か問題が起きてないか調べておいで」
「承知」
シュッと一瞬で姿が見えなくなった男にアランは驚いた。
「今のは見なかった事にしとくれ」
「えっと、はい。何も見てません」
「いい子だね。坊主とわしだけの秘密じゃ」
ババ様がニィィィと笑う顔にアランはビクリとして引き攣った。
「じゃぁわしらはフィーネの職場に行くかぃ。家の方はあやつが確認してくれるだろう」
「・・・?はい」
たぶんさっきの男の人が調べてくれるのかもしれない。
大人しくしておこう。
アランはババ様に連れられフィーネの働く川辺まで来た。
「お、どうしたババ様!何か用か」
「相変わらずデカい声出すんじゃないよ。聞こえてるわい」
おやっさんがババ様と僕に気が付いて手を振った。
「はっはっは!相変わらず元気なババァだ!お、フィーネんとこの坊主もいるな!で、どうした?」
「たくっ。ああ、今日フィーネは来たかい?」
「うん?いや?今日は朝から見てないぞ」
「・・・誰も姿を見てないのかい」
「なんだ?家にもいないのか・・・?」
一気に険しい顔になったおやっさんは周りの職人たちにも確認するが、誰も見ていないようだ。
「ババ様っ・・・」
アランは血の気の引いた顔で不安そうにババ様の腕に縋り付いた。
「どうしよう。母上が・・・」
「落ち着きな。わしも朝出てきたのを見ている。普段通り出かけたはずさ」
宥めるようにババ様がアランの肩に手を置いた。
おやっさんも険しい顔で何か考え込んでいる。
「はい・・・でも僕、母上と喧嘩して無視してたからどんな様子だったとかわかりません・・・」
「様子はいつも通りだったと思うよ。しかし・・・時間が経ちすぎているね・・・。手遅れでなければいいが・・・」
「て、手遅れってどういう・・・!」
「おい、ババ様」
「わしゃ慰めなんて真似は出来んよ。気付くのが遅すぎた。最悪の事も考えなければならん」
アランから完全に表情が抜け落ちる。
「母上・・・・母上・・・!」
「坊主!!待て!」
「待ちな!闇雲にどこを探そうってんだい!!」
走り出そうとしたアランをおやっさんがアランを捕まえる。
「離して下さい・・・!母上を助けにいかないと・・・!」
「お前一人でうろうろしたって被害者が増えるだけだ」
「でも・・・!」
アランがおやっさんの腕の中で暴れるがびくともしない。
「俺の仲間も一緒に探してやるから一人で動くんじゃねぇ!」
そんな時、アランたちの元に先ほどババ様の家に来た男が戻って来た。
「何か分かったかい?」
「はい。どうやら3人組の男らが大きな麻袋を担いでいたと情報が。朝の時間帯だったので不思議に思ったそうです」
「どこの手の者かわかるか?」
「中身は分かりませんが、あの3人組は小銭稼ぎでよく金さえ貰えれば人攫いなんかも請け負ってた連中のようです。酒場にいた連中を問い詰めたところ、成金趣味の商人が依頼主だと言っていました。名前はわからないそうです」
その言葉を聞いてピタリと暴れるのをやめたアランが男を見た。
「それ・・!昨日の商人だ!!あいつ母上を諦めてなかったんだ!!」
「知ってるのかい?」
「昨日僕が原因で商人に絡まれちゃったんだ・・・その時あいつ母上の事妾にするって・・・」
「・・・なんて事だい・・・」
フィーネの怪我も昨日のそれが原因か。と思い当たるババ様。
「成金趣味とのことなので推測ではありますが、おそらくロキシー商会の主人ではないでしょうか」
「・・・中途半端に面倒臭い相手だね。わしの護衛だけじゃちと荷が重い」
ロキシー商会はこの辺りで幅を利かせている商会だ。成金趣味の主人は典型的な上に媚び、下を見下す性格で評判が悪い。表には出せない悪事にも手を染めていると言われている男だ。
ここにいる人間の中で太刀打ちでいる者は残念ながらいない。
おやっさんもババ様も難しい顔をしている。
しかし、アランは一つだけ方法があると思った。
「おじさん。下ろして下さい。もう暴れたりしません」
「お?本当だな?」
「はい」
おやっさんに離してもらったアランはババ様を真っ直ぐ見た。
「ババ様」
「何だい?」
「お願いがあります」
「グライア公爵様の家を教えて下さい」