ねこに時計はいらない
僕は本当はねこかもしれない。そう思って見ると、つるんとした人間の手だった。肉球はない。毛で覆われてもない。
なんでそんなこと思っちゃったんだろう。ねえ、ふいにへんなこと考えちゃうことって、あるよね? 自分でおかしくなっちゃいながら、ふと隣を見ると、いつの間にかそこに女の子が座っていた。僕はびっくりして3メートルぐらい飛び上がるかと思った。
女の子は前の虚空を見つめていて、僕がびっくりすると文句を言うようにこっちを振り向いた。1人で考え事をしようと公園のベンチに座ってたら、いつの間にか隣にぴったり女の子が座っていたことは、初めてだった。
公園の木々を背景に、女の子は頬を膨らませて、言った。
「驚くなんて失礼だ」
ブラウンゴールドの長い髪を猫耳みたいに頭の上で留めた、不思議な感じの女の子だった。歳は僕と同じぐらい?
「今、自分は本当はねこかもしれないって思ってたでしょ?」
女の子にそう言われて、僕は2度目も飛び上がるかと思った。遠くで海の音がしていた。
「心の中が読めるの?」
僕は逃げ出したくなるのと同時に、女の子のことをかわいいなと思って、
「撫でてもいい?」
と聞いた。
「あたし、ねこなの」
女の子は僕に頭を撫でられながら、ゴロゴロと言った。
「でもみんな、あたしのこと、いぬだって言うの」
なんてことだ! 彼女は頭がイカれてる。僕と同じイカれ方をした同士とこんな近所で会えるとは思ってもみなかった。
合言葉のように僕は聞いてみた。
「自由な時間があったら何したい?」
彼女は即答した。
「あそこの海辺でねこ達と一緒に遊びたい」
「ようし、一緒に行こう」
「あなたもやっぱりねこだよね?」
「僕はねこという種類の人間なんだ」
「あたしは女の子という種類のねこで、名前はナオだよ。よろしく」
「僕はユウト。よろしく」
僕達は手を繋いで駆け出した。海辺に行くと、砂浜にねこがいっぱいいて、僕達を見ると「ごはん〜、ごは〜ん」と鳴いた。僕はちょうどバッグに入れていたフライドチキン5枚を取り出して、彼女はかまぼこ6本を取り出して、気前よくみんなで分け合った。
そろそろ海に夕陽が沈みはじめて、どこかへと続くようなオレンジ色の道をこちらへ渡して来ていた。
「1日が36時間ぐらいあればいいのに」
僕が言うと、
「あたしは1日が永遠でも構わないよ」
彼女はそう言って、僕の肩に頭をすり寄せて、笑った。
海の上に渡された、オレンジ色の光の道を、2人で見ながら。