表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝霧  作者: KARINA
9/9

ローズブレイカー その3の4

私としょうこ♂お姉さま、そして、らいずまい先生の合作『朝霧』を、捨てるにはもったいないので、公開する事にしました。知ってる方も、知らない方も、最後までお付き合いして下さいましたら、幸いです。

僕は今、何を見ているのだろう?

それは・・・・まるで闇のように深く、何も無い空間。

際限が無い。

全てを呑み込んでしまいそうな・・・、そんな底無しの白い空間は、逆に闇を連想させる。

ここは感覚よりも、先に肯定が支配する場所。

耳鳴りが煩わしい・・・。

何も無い筈の空間は、音も存在せず、己が耳鳴りだけを強調する。

・・・。

はて?

何も無い筈のこの場所で、耳鳴りは、存在出来るのだろうか?

それは、当たり前の疑問として、意味の無い思考を強要する。

・・・不愉快だ。

僕は身体を動かす。

存在するはずの腕は無く、存在するはずの足は無い。

僕の見ている物は朧げで、なのに真理と見分けが付かないほど、それは肯定的だった。

何も無い。

・・・何も無い。

・・・・・・何も無い。

・・・・・・・・・何も無い。

・・・。

『どうしたの?』

目の前の小女は、僕を見詰め、微笑む。

何度、彼女と出会ったのだろうか?

何も無い筈の世界を、彼女を・・・、僕は肯定する。

しかし、思い出そうとすれば、それはかすれ、忘れようとすれば、それは色を増す。

何も無い・・・。

僕の思考に、彼女は首を振る。

『ちがうよ』・・・と。

回り、跳ね、大きく手を振るように舞う。

君は誰?

僕は、その目の前の存在に、疑問を投げ掛ける。

君は自然に存在し、僕は否定的に存在する。

僕の存在は、この世界に居るにも関わらず、歪だった。

・・・だから?

僕は存在を強める。

・・・。

この世界での存在を。

彼女は動きをとめ、そんな僕を見詰める。

どうしたの?

『まだ・・・』

聞こえなくとも、その唇はそう言う。

何が?

何故・・・僕を否定するの?

僕は疑問を思い浮かべる。

少女は首を振るだけ。

まだ?

僕は疑問を、オウム返しに思考する。

『まだなの・・・』

少女は瞼を閉じ、聞こえない言葉を閉じる。

何故?

・・・何故?

・・・・・・何故?

・・・。

機械的に繰り返す疑問は、滑稽なほど、純粋に否定する。

僕の何が『歪』なの?・・・と。

それは、この世界への否定、そしてスイッチ。

僕の意思とは関係無く、世界は収束を始める・・・。

・・・あ、そうか。

僕は存在しない声で、呟く。

この世界でしか、目の前の少女は存在せず、僕は、僕自身の存在を肯定する。

・・・あ、そうか。

僕はここに存在する思考で、考える。

この世界には、僕は存在せず、その在り様を否定する。

・・・。

・・・。

・・・。

僕は帰って行く。

・・・。

僕の世界へ・・・。

・・・?

僕の世界?

・・・?

はて・・・?

僕は、何処に存在するのだろう?

僕は、何処へ帰るのだろう?

・・・それはデジャヴュなのだろうか?

昔・・・、同じ事を考えたような気がする。

・・・昔?

・・・、

・・・、

・・・。

・・・どうでも良い。

僕は帰って行く。

僕の・・・世界へと。

・・・・・。

・・・・。

・・・。

世界は・・・、

この世界は・・・、

閉じて行く。







長い、長い夢を見ていた。

それは、どんな夢だったろう・・・。

とても長い夢だったのに、僕は思い出すことが出来なかった。

夢などと言う物は、そんな物かもしれない。

頭がぼーっとする。

まだ目覚めたばかりだからだろうか?

意識と身体は、覚醒しきっていない事を確認する。

意識がはっきりするまでの間、なんとなく天井を見詰める。

・・・。

あれ?

なんだろう?

デジャヴュ?と言う奴だろうか?

僕は過去において、似たような感覚で、天井を見詰めていた事が有ると認識をする。

もちろん、この病室はおろか、この病院に来たなどと言う、経験は無い。

・・・。

ここは病院。

人々の騒音と院内放送、それに、病院独特の匂いが、それを教えてくれる。

「そうか、・・・生き残れたんだ」

僕は、そう呟き、ベットから起きる。

意識は覚醒をし、僕は状況を理解する。

「いたたたた・・・」

無意識に声が出る。

縫われた傷口が痛むのは当たり前だが、身体の節々が痛むのは何故だろう?

僕は、言う事を聞かない身体を動かし、窓へと近づく。

「よかった」

僕は自然に、そんな言葉を出して居た。

そこには見慣れた建物が並ぶ、見知った風景が在った。

ここからの眺めは初めてだが、その感覚は、安堵と言っても良い。

『僕はまだ、この町に居る』

その現実と、その事実が、僕にとって大切だった。

ガチャ!

不意に、病室のドアの開く音がする。

僕は外を眺めながら、その存在に、意識をまわす。

足音はしない。

空気が揺れるのを感じ、彼女が慌てて近づいて来ることが判る。

僕が振り向くのと、それはほぼ同時だった。

「ちょ!」

僕は思わず声を上げる。

病室に入ってきたその女性は、らしからぬか弱さで、僕の胸へと飛び込んで来る。

まるで、少女の様に。

「どうしたの?さくらさん?」

両手で抱くように受け止めた僕は、その細さと小ささに驚く。

「よかった・・・」

さくらさんはそれだけを言う。

「もしかして、心配した?」

僕は意地悪だと思いながら、そんな、らしからぬ彼女に声を掛ける。

「ばか」

さくらさんはそう呟き、強く寄り添ってくる。

・・・、

しかし、彼女は、こんなに小さかったのだろうか。

さくらさんを抱きしめながら、僕は彼女のイメージを一新する。

僕は、さくらさんの頭の上に、掌を乗せてしまう。

なぜだろう?

この時だけは、それが当たり前の様に、思えてしまった。

「こういうさくらさんも、可愛いと思うよ」

僕はそれが面白くて、馬鹿にするように言う。

「な!・・・違うから!」

さくらさんは拒否するように言い、そして、びっくりした様に突然離れる。

いや、顔が赤いのは隠せないと思うよ、さくらさん。

「ほんと、心配させたね」

僕は軽く言い、さくらさんはそれに答えず、そっぽを向く。

機嫌を損ねたのだろうか?

僕は、そんなさくらさんを見て、苦笑いをするしかなかった。

「所でさくらさん、何でナース服なの?」

僕は、素朴な疑問を投げ掛ける。

そこには、初めて出会った頃と、寸分たがわないさくらさんが居る。

いや、違いがあるとすれば、彼女の持つ物が、朝霧か、それともハマナスなのか・・・と言う事だった。

「この服が一番怪しまれないから」

さくらさんは、朴訥に言う。

「へぇ~」

僕は適当に関心しながら、今の自分に、大切な事を思い出す。

「さくらさん」

「何?」

僕の呼びかけに、さくらさんは振り向く。

「早々で悪いんだけど、僕がどれだけ寝てたか、教えてくれる?」

身も蓋も無いのだが、さくらさんとの会話を楽しんでいる暇は、僕には無いと考える。

「ちょっとよ」

さくらさんは、どうとでもとれる、抽象的な言いましをする。

そのちょととは、いったい何日間の事を言うのだろう?

僕の関節の痛みは、それが、一日や二日では無い事を物語って居た。

「所で彼女、蔵姫はまだ生きているんだろ?」

それは何か、義務的な言葉として、僕の口から出る。

さくらさんは答えない。

「教えては、くれないんだ」

僕は、真面目な顔で、冷たく言う。

「そんな顔をしても駄目よ。そんな事より、貴方は身体を休める事を考えて。

その傷、普通だったら、死んでいたんだから・・・」

そう言いながら、さくらさんは目を伏せるように、視線を逸らす。

「成る程・・・、判った」

僕はそう言って、再びベットへと、横たわる。

「判ってくれれば良いの」

さくらさんは、本物のナースの様にし、僕に布団を掛けてくれる。

「蔵姫もヴィシャスもまだ生きていて、何も終わってないんだね」

僕は率直に、自分の認識と、その状況を言う。

さくらさんは一瞬その動きを止め、何事も無かった様に、笑顔を見せる。

僕はさくらさんを見詰め、そして、さくらさんは表情を変えない。

「さくらさんの事、・・・嫌いになりそうだよ」

そんなさくらさんに対し、僕は正直な意思を示す。

「構わないわ」

さくらさんは静かに、そして笑顔のまま、何事も無い様に答える。

・・・面白くない。

「さくらさんは、僕がどんな人間か、知ってるよね?」

それは、試すと言うよりは、これから僕が何をするか・・・と言う意味の言葉。

僕がそう言った後、二人の間には、しばし沈黙が訪れる。

「ええ。貴方の事は良く知っているわ。・・・他の誰よりも」

さくらさんは、僕の目を見る。

その言葉は、冷たく、威圧感の有る物だった。

なんだろう?

僕とさくらさんの間に、今までに無かった空気が流れる。

「この場で、貴方の両足を折る事もできるの」

さくらさんは笑顔を崩さない。

足を折れば、僕の行動を強制的に止められる・・・、そう言う意味だろうか?

「どの理由でそれを言うかは解らないが、さくらさんに、それが出来るの?」

僕は、尚、冷たく言い放つ。

「出来るわ」

さくらさんは笑顔でそう言い、僕との視線を、外そうとしない。

ほんの少し、彼女の手が震えている。

それは、僕の感じる『恐怖』・・・そんな、つまらない事とは違う、別の物だと解る。

彼女は、あらゆる物から否定的な程優位で、そして強い。

その彼女が見せる、ほんの少しの、特別な好意・・・特定の弱さ。

その彼女の強い意志と、その虚勢。

その感情が何なのかと考えれば、心は痛む。

僕は今、きっと卑怯な事を、言っている・・・。

これはたぶん・・・、自惚れではないだろう・・・。

つまり、・・・酷いほど、彼女は僕に優しい。

・・・。

僕はニヤリと笑う。

だから?

僕は、僕らしい選択を、選ぶ。

僕が彼女にどう思われてて、それがどんな結果で在ろうとも、僕は目の前の障害物・・・さくらさんを・・・、

排除する。

「ならば・・・」

僕はそう言って、ベットから起き出そうとする。

僕に迷い等は、無い。

だが、その時に起きた状況に視線を奪われ、僕は結果として困惑する。

「どうして拘るの?」

さくらさんの言葉は不意で、そして弱々しく、僕は動きを止めた。

僕の視線の先には、静かでは在るが、悲しそうな彼女の顔がある・・・。

「あの娘の事が、・・・好きなの?」

「へ?」

さくらさんの言葉に、僕は思考を停止する。

それまでの張り詰めた空気は消え、何かを迷うように、さくらさんは視線を逸らす。

僕のロジックは、行き先を見失った。

意味が解らない・・・。

「な・・何をどうすると、僕が蔵姫を好きだって事になるの?」

「だって・・・」

さくらさんは、言葉を止める。

「だって端鷹・・・、あの娘の為に、死のうとしたじゃない」

・・・。

・・・。

確かに。

「いや、実際に助けたけど、死ぬ気だった訳では無いよ」

僕は、結果とは違う、僕としての意見を言う。

「有り得ないわ」

さくらさんは、間を置く事無く、それを否定する。

「前にも言ったけど、貴方は自分から死ぬ事を選択しないわ。・・・いえ、しなかったっと言うべきかしら・・・。 その貴方が、あの時・・・意識していなかったとしても、その選択をしたの」

・・・。

「だから僕が、蔵姫を好きだと?」

「違うの?」

・・・。

僕は考える。

・・・。

蔵姫を可愛いとは思うが、・・・その考えは無かった。

「判らないな・・・、正直」

自分でもビックリしているのだが、僕には答えようが無かった。

「そう・・・、端鷹がそう言うのなら、本当に判らないのね」

さくらさんの言葉に、僕はその視線を彼女に向ける。

恐らく僕は、かなり間抜けな顔で、彼女を見ているのだろう。

「なら聞くけど、そうまでして、なぜあの娘に拘るの?」

さくらさんは、覗き見るようにし、僕はあらぬ方向へと視線を向ける。

何故だろう?

何度か考えた事ではあるが、いまだ、答えが出ない。

「約束・・・かな?」

僕は、自分に理由を求め、美姫からのそれを『約束』と言った。

それは、答えが出ない事への、言い訳と言っても良い。

「約束?誰との?」

さくらさんは怪訝な表情をし、追求するような態度を見せる。

「土地神・・・」

隠す必要も無い。

だが念の為、僕は『美姫』とは言わずに、そう言う表現を使った。

「土地神って・・・」

さくらさんはそう言い、何かを考えるようにし、少しか弱げだった態度を豹変させる。

それは冷やかに。

「端鷹、・・・あの女が本当に土地神だと思っているの?」

その言い様、なにか汚い物でも見るような、そんな表情だった。

それは、土地神と名乗っている存在を、認識していると言う事になる。

「さぁ、どうなんだろうね」

僕は、軽いジェスチャーを入れる。

しかし、蔵姫が『あの娘』で、美姫が『あの女』って・・・。

「もしかして、あいつの事・・・嫌いなの? いい娘だよ?」

僕は率直な意見を言う。

「端鷹から見れば、そうでしょうね。貴方や歩美には悪いけど、あの手の存在を私は好きになれないわ。大体、あんたに『いい娘』なんて言わせる辺り、ムカツクし」

・・・さくらさんは間を置かず、そう言う。

さくらさんは、美姫の事を認識し、どうやら彼女の事が、嫌いらしい。

「でも端鷹、それが本当に理由なの?」

さくらさんは、納得出来ないような表情をする。

「さぁ?」

僕は、はぐらかす様に言う

「そう・・・、でも良いわ。これ以上言った所で、貴方は自分を曲げないでしょうから。納得は出来ないけれど、今はなっとくしてあげる。どの道、貴方は動けないでしょうし」

さくらさんは話を切り上げ、僕のわき腹辺りに、視線を向ける。

僕の現状・・・、その事を否定はしない。

僕が何を考え、何を選択しようとも、現実と言う物は変えられない。

僕の傷は深い。

それが仮に、一週間程度前の傷だとしても、完治と言うには、程遠い状況だろう。

・・・。

なら、どうすれば良い。

僕は考える。

・・・、

・・・、

ならば・・・、

・・・、

ならば、先に現実と現状を変えてしまえば良い。

「ねぇ、さくらさん」

「何?」

僕の声に、さくらさんは笑顔を返す。

この話は終いとでも思ったのだろうか?

「もし、今すぐに傷が治ったら、あの後、どうなったか教えてくれる?」

それは、僕としての提案だった。

さくらさんは、僕の傷を心配し、ヴィシャスと蔵姫の事を教えてくれない。

「あら、出来もしない事を言うなんて、貴方らしくないわね」

僕の言葉に、さくらさんは『意外』・・・と言う感想を言う。

僕の性格と、僕の体質を知っている彼女としては、仕方が無い言葉だろう。

「僕が聞きたい事は、そんな事じゃないよ? さくらさん」

僕は表情を変えず、真面目な口調で、それを言う。

さくらさんは少し、考えるそ振りを見せ、目を細める。

「・・・そうね、出来ればね」

さくらさんは、試す様に言う。

どんな考えであろう、さくらさんの言ったそれを、僕は了承と認識する。

「じゃぁ、朝霧を取ってくれる?」

僕はそう言い、さくらさんは何も言わず、部屋の隅に立て掛けて有る朝霧を僕に渡す。

「後、この部屋の中の音を、完全に消してもらいたいんだ」

僕は、然もそれが出来るように言い、さくらさんを見る。

「本当に出来ると思っているの?そんな事」

さくらさんの目は、厳しい。

実際、さくらさんは難しいと思っている様だった。

「できると考えたから、言っている」

僕は、当たり前の様に言う。

・・・。

二人の間に、軽い沈黙が流れる。

「全部は無理よ」

さくらさんはそう言って、溜息を突きながら、手を挙げ指をパチンと鳴らす。

・・・、僕は驚嘆をする。

出たら目な人だとは思っていたが、本当に部屋の中の音は・・・殆ど消える。

僕に対するそれは、物理的に音を遮断したと言う事。

「じゅうぶんだ、ありがとう」

僕はそれだけを言うと、余計な事を考えるのを止め、やるべき事を始める。

目を閉じ、それでも見えるものに集中する。

それは、霊的な作用、呪術的な作用とは全く違う、僕と朝霧だけの限られた世界。

外的感覚を見せるそれは、見る方向さえ変えれば、違う世界を見せる。

僕は意図的に、朝霧の見ている物を、全て自分の中へと向けて行く。

ヴィシャスに切られた傷口へと。

・・・。

・・・。

バルブは、徐々に開かれる。

・・・、

心音、呼吸、血流、体液、細胞、そしてそれをコントロールする物理的電気信号。

僕はそれを把握し、五体を操るように、一つ一つを束ねていく。

・・・、

不意に、朝霧を初めて握った時の事を思い出す。

そうか。

僕は改めて、それを理解をする。

これは、情報の流れ。

解ってしまえば、簡単な事。

僕は、漠然としていた感覚を肯定された物へと換え、全ての自分を・・・己が配下へと降していく。

・・・、

必要な物・・・不必要な物。

それを選別・・・排除・・・そして結合・・・分裂・・・補充・・・。

自分の身体を構成する物に対し、幾千・・・幾万・・・幾億の、気の遠くなるような単純な物理的作業。

そしてその繰り返し。

人が人として在るのであれば、気の狂いそうになるようなその行為は、無限に続くと思わせる程の地道な作業だった。

僕はそれを続ける。

・・・、

そして僕はそれを続ける。

・・・、

そして僕はそれを続ける。

無限に続くと思われる行為は、何度も繰り返えされ、ふと考える。

どれ程の時間が経っているのだろう?

・・・、

考えた所で、終わりの見えない作業を繰り返すことに、変わりはない。

今、気にすることではないと考える。

・・・、

どれ程の時間が経ったのだろう。

・・・、

そして僕は続ける。

・・・。

何度も同じ作業をし、何度も同じことを考え、塗りつぶす様につないで行く。

不意に僕は、その行為を止める。

実際にどれ程の時間を費やしたかは、分からない。

完璧と言う言葉など、初めから期待はしていなかった。

「僕が目を閉じてから、どれ位時間が経った?」

目を開いた僕は、さくらさんに聞く。

「五分程度よ」

その言葉に、僕は「そっか」などと、軽く答える。

僕の感覚では、何十時間もの時間の流れを感じていた。

精神的疲労は、隠せないかも知れない。

「こんな物かな?」

僕はそう言いながら、腹に巻きつけられた包帯を解く。

そこには、痕こそは有れ、傷の塞がった皮膚が姿を現す。

さくらさんは、何も言わず、険しい顔をする。

「どうしたの?さくらさん」

「いえ・・・、何でもないわ」

そう言いながら、さくらさんの表情は、あからさまに蒼ざめたように見える。

上辺だけのハリボテとは言え、僕の身体が短時間で再生するなんて事は、在りえない筈の話だった。

「約束だよね」

僕は、さくらさんに確認するように言う。

「止められ無いのね」

さくらさんは呟く。

その言葉には、諦めと言う響きが混ざるのだろうか。

「僕の事を、誰よりも知っているんでしょ?」

僕の言葉に、さくらさんは、目を閉じる。

「いっその事、私が・・・全てを・・・」

一瞬、さくらさんは思い詰めたように言い、無表情になる。

「さくらさん!」

そんなさくらさんに対し、僕は怒ったように、言葉をなげ掛ける。

「そうね・・・、貴方はそんな事、望まないものね」

さくらさんは、肩の力を抜く。

そう・・・、彼女に、僕の楽しみを台無しにされては困る。

僕は、彼女の頬に手を伸ばしながら、「好きだよ」と言って、願いを聞いてくれたさくらさんに、感謝をした。

「酷いのね、そんな言葉をこの場で言うなんて」

僕は笑顔で言った筈なのだが、さくらさんは、悲しそうな顔をする。

彼女を泣かせたい訳では無いのだが・・・。

「じゃ、酷いついでで悪いけど、約束通り、状況の説明も御願い出来る?」

僕は、自分の感情とは裏腹に、極力軽薄に言葉を選ぶ。

さくらさんは小さく笑い、僕を見詰める。

「さくらさん?」

「貴方って、そう言う人よね」

さくらさんはそう言い、仕方ないなぁ・・・みたいに、笑ってくれた。

今は、そうしてくれる彼女に、感謝するしか無いだろう・・・。

僕はやはり、酷い事をしているのだと、自覚をしてしまう。

それは後悔などでは無く、単純な・・・肯定だった。






病院を出た僕は、駐車場へと足を向ける。

駐車場に立ち寄った僕は、さくらさんに渡されたキーと、目の前の車を交互に見る。

赤いスーパー7・・・いや、フレイザークラブマンだったか・・・。

白華音との殺し合いの後、僕は少し気になって、調べて居た事を思い出す。

さくらさんの所有するその車は、7の名前を名乗らない、有る意味、孤高のスーパー7であると言う事だった。

『貴方なら、乗りこなせるでしょ。』

さくらさんは、そう・・・言っていた。

僕は自動車の免許など持ってはいないのだが、さくらさんが自身の権限により、僕が持っている事にするらしい。

まぁ、世の中、知らない方がいいルールは有るものだ。

僕はコックピットへと、滑り込む。

キーを回して、エンジンに火を入れる。

その爆音とも言える排気音は、まるで、生き物の咆哮の様にも思えた。

エンジンルームから、微かにタービン音・・・。

トヨタ製3SGEにタービン音・・・、3SGTEに換装しているのか、ボルトオンターボなのか、どちらにしろ、250馬力を軽く超えているのは間違い無いだろう。

この車の車重・・・、600キロ程度の重量を考えれば、そのパワーウェイトレシオ、

・・・。

「化け物だな。」

僕は呟く。

ギアを入れ、アクセルワークとクラッチミートを緩やかに行う。

「へぇ~、」

僕は感心をする。

ガチガチの強化クラッチが入っているかと思ったが、思いの他、動力はタイヤへと自然に伝わる。

良いチューニングがされているのだろう。

もっとも、ほんの少しアクセルワークを間違えると、あっと言う間にオーバーステアからスピンに落ちるほど、リアのトラクションは不安げである。

普通ではありえない程、車体と駆動輪に対しての馬力が、大き過ぎるのだ。

「僕なら乗りこなせるって、・・・よく言うよ」

僕はリズミカルにギアを上げ、さくらさんに毒づきながら、そのドライブを楽しむ事にする。

それは、そのハイパワーと裏腹に、意外にも緩やかで、速度を上げる事を躊躇ってしまう程、気持ちよい行為だった。

ふと、見上げれば、雲ひとつ無い青空がそこには有る。

何時もと変わらぬそれは、まるで、僕を包んでいるかの様だった。

・・・、

・・・、

・・・、

さて。

つけてくる奴が・・・居る。

僕はその存在に気を配りながら、ハンドルを握る手に力を込める。

「蔵姫か?それとも別の何者か」

僕は呟く。

現状では、判断が付かない。

フレイザーを追尾するそれは、常人とは思えない移動速度で、自力移動をしている。

考えたくは無いのだが、・・・つまり、走っている様なのだ。

僕はブレーキを踏み、フレイザークラブマンを、路肩へと停める。

無駄に憶測するよりも、直に確認するほうが早いと、そう考えた。

「悪い、予想外だった」

僕は、程無くして追い付く人物に、率直な意見を言う。

「予想外? まるで、誰かが来るのを期待をしていた様ですね」

息の切れた様子も無い彼女は、言葉とその視線を、冷たい物とする。

僕はその言葉を、否定はしない。

「もっとも、未来のない貴方には、『期待』などと言う言葉自体、必要の無い物だと思いますが?」

言葉を続ける彼女は、緩やかでは有るが、冷たいその言葉を言う。

それは、先日の彼女・・・北条のイメージとは、違う物だった。

「未来のない・・・? また言葉遊びをするのか?」

僕の可能性としては濃厚なのだが、なぜかその言葉に、引っ掛かりを覚える。

「言葉あそび?」

北条は一瞬、怪訝な顔をするが、何かを察したように嫌な笑い方をする。

「事実の見えてらっしゃらない者は、本当・・・キリギリスのように愚かだと言って居るのです」

キリギリス・・・、僕の事を言っているのだろうか?

そうだとすれば、僕にとっては、笑えない話だった。

「じゃぁ北条は、自分が蟻だとでも言うのか?それはそれで難儀だと思うんだが」

僕は嫌味・・・と言う物を言ってみる。

「面白い事を言うのですね。しかし、私と貴方、その命と言う物、その価値の落差に哀れみを感じてしまいます」

北条は、僕の言葉を聞き、露骨に機嫌を損ねた様だった。

・・・はて?

僕はそんな彼女に、以前北条に感じた『違和感』とは違う、『違和感』を覚えてしまう。

これではまるで、初めて出会った時の北条ではないか。

・・・?

僕はしばし考え、自分の疑問の答えに、思い当たる。

「なんだ、そう言う事なんだ」

「何がです?」

「いや、何でも無い事だから、気にしなくて良いよ」

僕の言葉に北条は、その美しい指を軽く顎に当て、考えるようにする。

「それよりも、僕をつけて来る理由を聞かせて欲しいんだ」

僕は、話を逸らすように笑顔を作る。

付いて来るなとは言わないが、場合によっては、排除の対象となる。

「答える必要を感じません」

その返事は、冷たいと言うよりも、そっけ無いと言う物だった。

「僕を止めに来た訳じゃないんだな?」

状況判断ではあるが、僕はそれを確認する。

「私は護部、この町の守護が最優先ですから」

北条は、どうとでも取れる言い回しをする。

「桜守の言葉を聞かなかったのか?」

僕は、あの時に言ったさくらさんの言葉を、復唱する代わりにそう言う。

「桜守の?また面白い事を」

「面白い?」

僕は、興味深く、問いかける。

「ええ、面白いですね・・・。その言い様・・・まるで、貴方が桜守をも統べる鑑守であるような言い回しに聞こえます」

北条・・・いや、北条さんは、嘲笑うように言う。

「違うのか?」

「私の決める事では在りませんが、少なくとも私の知る限りでは、別人のようですね」

北条は、鑑守と言う人物を知っている素振りを見せる。

「成る程、こうも上から目線だと、北条も大変だな」

僕は、率直な感想を言う。

「それは、どう言う意味ですか?」

北条さんは、眉を潜める。

「言ったままだよ」

僕はそう言いながら肩の力を抜く。

介入はともかくとして、僕の邪魔をしようとしている訳では、無いらしい。

ふと、彼女?の利用価値を考える。

「九汲み矢って、北条さんにとって、どれ位の威力なの?」

僕は普通の会話として、言う。

「貴方に言う必要が在りますか?」

聞いてはいけない事を、聞いたのだろうか?

北条さんは言葉の感情を消す。

「九汲み矢自体と言うよりも、北条さんの実力が知りたい」

北条さんは、僕の言葉に、眉をひそめる。

「僕と白華音を狙った時の矢、それが九汲み矢よりは強力なのは解る。だけど、あの程度で限界じゃ無いんだろ?」

僕は、あえて笑いながら言う。

「それが何か?」

僕は指を三本立てる。

「三倍、あの時の三倍の威力で射る事が出来るか?」

僕はあえて、自分の目算よりも大きく、北条さんの実力を見る。

「それは、単純な挑発と認識して良いのでしょうか?」

北条さんの反応は、軽く構えを取るほど、露骨な物だった。

「違う、これは、交渉と提案だ」

「戯言を。私がそんな話に乗ると思いますか?」

「北条さんの目的と、僕がこれから相手にする人物を考えれば、妥当な話だと思うが」

僕は、北条さんを見据える。

「ではやはり、これから貴方が向かう先には・・・、」

「ああ。ヴィシャスが居る」

北条さんは改めて、考える様な仕草をする。

意外と、オーバーアクションの人なのかも知れない。

「貴方一人であの存在に、勝てる勝算が在るとでも思っているのですか?」

それは、北条さんの、純粋な質問だったのかも知れない。

「まぁ、勝算なんて物は、無いさ。だけど、僕が同じ質問を北条さんにしたら?」

僕はそう言いながら、北条さんを見つめる。

そして、・・・しばしの沈黙。

「良いでしょう。話だけは、聞きます」

僕は北条さんの言葉に打算的なもの感じ、内心二ヤリとする。

僕にとっての北条さんは、イレギュラーでしかない。

だが、その戦力、無駄にはならないだろう。

「それで十分だ」

僕はそう言い、北条さんにやってもらいたい事を説明する。

もっとも、手短に説明したそれが、適切かどうかは知らない。

だが北条さんは、返事をする事も無く、それを静かに聴く。

・・・。

「乗ってく?」

僕は、一通り北条さんへの話しを終え、軽くウィンクをする。

「勘違いなさらないで下さい。邪な存在と馴れ合う道理はありませんから」

その視線は冷たく、相容れない物へ対し、切り捨てるような言葉だった。

さすがと言うか、これでは彼女が萎縮する理由も、判ると言う物である。

「じゃ、悪いけど、お願いする」

僕はそう言って、フレイザーを発進させる。

言葉を返さなかった北条さんは、僕を追いかける事はせず、別の方角へと向かって行く。

それは、『了承』と取れる行動だった。

僕は、その能力と存在に、期待をする。

どう動いてくれるかは別として、手駒として数えられるのは、ありがたい。

北条さんが敵であれ、または味方であれ、ヴィシャスや鬼以外の勢力である事に、間違い無いだろう。

さて、どうなるか。

僕は、ヴィシャスが居る筈の、競馬場を目指す。






僕はフレイザーを適当に停め、その施設に目を配る。

それは、今は使われていない、古びた建物だった。

前に、歩美さんから聞いた話を、思い出す。

景気の良い時代に作られた競馬場だと。

大都市には程遠い、小さな町である。

なぜそのような物を作ったかは知らないが、現状を見れば、どんな物だったかは、想像が付く。

僕は朝霧の感覚を伸ばす。

競馬場跡地と言う事だけ有って、ここがとてつもなく広い空間だという事は判る。

もちろん、使われている形跡などは、無いと言って良い。

だが、疑問にも思う。

これ程の面積を放置して居るのである。

立地条件が悪い訳でも無い・・・・、何か理由でも有るのだろうか?

チリッ!

朝霧の感覚に、何かが引っ掛かる。

中央トラックの真ん中辺り。

それが何であるかは見当が付く。

だが、決め付けるのは早計だろう。

僕はそれを確認する為に、競馬場内へと足を運ぶ。

「ん?」

僕は違和感に、足を止める。

光の屈折・・・だろうか、間近で見て初めてそれと判る。

朝霧の感覚で異差を確認できる、透明な空間。

その空間が、それその物を覆い隠す様に、競馬場全体広がっている。

「結界かな?」

僕はそう呟き、気にせずそのまま進む。

急ぐ必要は無い。

僕はその古びた建造物を眺めながら、ひとけの無い通路をゆっくりと進む。

手入れのされていない構造物とは、こんな物であろうか?

放置されて、たかが数年の筈。

されど、この建物の利用は、既に無理と考えられる。

それ程のカビ臭さと、荒廃ぶりだった。

通路を抜けた僕は、観客席上段の出口へと、辿り着く。

そして、見晴らしの良い場所を選び、シートへと腰を下ろす。

「ふぅ~ん。」

僕はその光景を眺めながら、頬杖を突く。

視線の先、中央トラックの中心に居るのは、ヴィシャス。

予想はしていたが、何をするでもなく、彼はそこに佇んでいた。

いや、座を組むと言うのだろうか、瞑想をしているようにも見える。

そして、力の解放と、静粛。

そこには、矛盾と言い難い、帯の様な力の流れが存在する。

だが、どう言う事だろうか?

朝霧の情報とは裏腹に、僕には『恐怖』をヴィシャスから感じる事は出来なかった。

既にヴィシャスは、本来の姿を見せて居る筈なのだ。

僕は朝霧の感覚を縮め、僕としての、その時を待つ事にする。

もちろんヴィシャスは、僕に気付いて居るだろう。

・・・、

・・・、

・・・、

ふと、さくらさんからの話を思い出す。

彼・・・ヴィシャスの目的が、僕に在ると言う話を。

以外では在るが、その話は『今の』と言う意味で、ヴィシャスがこの町に来た本来の目的では無いらしい。

「何んだか面倒くさそうな話だ・・・」

思わず独り言を言う。

それが儀礼的に言った愚痴だとしても、誰も咎めはしないだろう。

僕は笑う。

「僕が愚痴ねぇ・・・」

それは、自分へ対する嘲笑。

『在り得ないわ』と言った、さくらさんの言葉。

もしかすると、僕はほんの少しだけ、変わったのかもしれないと自覚をする。

「さて」

僕は、そう言葉を吐いて立ち上がり、観客席の階段を下りる。

僕としての、最初の準備は整った。

軽く朝霧を地面に突き、その反動を利用してフェンスを越える。

これと言った動きの無いヴィシャスに対し、僕は無造作に近づく。

「呆れる程の希薄さと言うべきか」

ヴィシャスは呟く。

「言っている意味がわからないな」

僕はヴィシャスの側へと寄り、まるで友達に話し掛けるように、言葉を返す。

「少年・・・いや、ハシタカだったか?その在り様、あまりに歪で、否定的な者よ」

ヴィシャスは、さも楽しそうに語る。

「酷い言われ様だ」

僕はそう言いながら、北条にも、同じように言われた事を思い出す。

「ほめ言葉だとは思わぬのか?」

「ほめ言葉?何を?」

僕は単純な疑問を投げ掛ける。

「易々と我が結界を抜け、今の我に恐怖する事無く、我が前に立つ。それは我と同じ世界に立つ者となり、他者とは相容れぬ至高の存在である証明であろう? 我と同じく・・・歪な者よ」

歪な者・・・。

あまり嬉しい表現では無く、僕としては、否定したい事だった。

「同じと思っているのは、お前だけだろ?」

僕は、自分の言葉の語尾が強くなるのを感じ、その理由を自分の中で探す。

「我を喰らいに来たのだろう?ハシタカ。それは、なれが我と同じ・・・進化する者、と言う事では無いのか?」

・・・?

僕は、ヴィシャスの言っている事の意味を、考える。

「それとも、なれは、我に喰らわれに来ただけなのか? それはそれで構わぬが、ルゴサも来ぬのであれば、つまらぬと言う物」

ヴィシャスは笑う。

「何度も言わすな、僕の目的は、それとは違う」

隠す必要も無い。

「なれは我とは違うと?」

ヴィシャスの言葉に、僕は答えない。

「なれの思い・・・考えること、それが異なる手段であろうとも、結果は我と同じと言う物」

ヴィシャスは、目を閉じたまま、楽しそうに言う。

「お前の本来の目的は聞いている。だが、そんな物に僕は興味が無い」

僕はそう言いながら、さくらさんの話を反芻する様に思い出す。

上位次元生命体への進化・・・。

・・・それが、ヴィシャスの最終的・・・存在的、目的。

難しい事は解らないが、イカレタ存在だと、さくらさんは言っていた。

ヴィシャス・・・そして蔵姫も、人工的に創られ、自らその途中過程にある存在であると言う事だった。

なぜ僕に目を付けたかは知らないが、『進化』と言う物には、僕が有効らしい。

「まったく良い迷惑だ」

僕は呟く。

「はて?『お前』呼ばわりされる程、我とハシタカは親密であったろうか?」

ヴィシャスは、話の腰を折るように、白々しく言う。

「親密? 自分を殺そうとした人間に、気を使って居ないだけだ」

僕は、僕としての道理を言う。

「殺そうとした? なれをか?

なれは可笑しな事を言う。

あのまま消滅すれば、なれは我に喰われ、永遠の存在と成った筈であろう?」

ヴィシャスは、彼としての道理を言う。

僕はその言葉を笑い、ヴィシャスはほんの少し、表情を変える。

「悪いが時間だ。僕にとっての、待ち人が来た」

僕は自分を嘲笑するように、ヴィシャスへと言う。

「それは、なれにとって、我以上の存在とでも言うのか?」

ヴィシャスは、自然に、首を傾げる。

「いや、そう言う訳でも無い。腐れ縁と言えば、解りやすいかな」

僕の言葉に、ヴィシャスは「ほう・・・」と一言。

それがどう言う意味であれ、僕としての物語は、進む。

「始めさせて貰う」

僕はそう言って、朝霧の柄へと、手を伸ばす。

それがフェイクだろうが、本気だろうが、この場合は関係が無い。

一瞬、ヴィシャスの注意は僕へと向けられる。

充分だ。

僕は、そう考える。

その瞬間、雷鳴・・・とでも言おうか?

ヴィシャスの直上、その存在は拳を振り下ろす。

「愚かな」

ヴィシャスは呟き、その稲妻の様な一撃を難無く、弾き返す。

「全くだ」

僕は、ヴィシャスの詰まらなそうな言葉に呼応し、溜息を突く。

恐らく、ヴィシャスと僕は、同じ事を考えたはずだ。

何故、今の一撃で仕留めない?・・・と。

態々僕が作ったタイミングを、無駄にしてくれる。

滑るようにしながら着地したそれは、踏み止まるように、その姿勢を低くする。

蔵姫・・・。

前にヴィシャスが言った『力の解放』は、既に済んでいる様だった。

僕はその表情を見、もう一度、溜息を突く。

前と比べて、随分と、酷い顔をしている。

これでは、せっかく綺麗な顔が、台無しである。

「これ以上・・・私に、関わるな・・・」

僕の視線を感じたのか、蔵姫は呟くように言い、視線を逸らす。

・・・。

蔵姫は、何か勘違いをしているのだろうか?

「我が恐怖の束縛を脱したのは良しとしよう。だが『関わるな』とは、我の言いたいセリフだと思うのだが、どう思う?ハシタカ」

ヴィシャスは、蔵姫の言葉を、嘲笑う様に言う。

その言い様、蔵姫がヴィシャスの力の影響下を、脱して居ると僕は判断をする。

「なぜ僕に聞くかは解らないが、僕が否定する事でも無いだろ?」

僕は、笑いながらそう言い、朝霧を杖代わりにし、楽な姿勢を取る。

実の所、僕にはヴィシャスと殺しあう理由が、あまり無い。

ヴィシャスの『恐怖』は合格点では有ったが、僕の求める物は、それでは無い。

それに今は、その『恐怖』も感じない。

・・・。

・・・。

・・・。

互いの沈黙の後、蔵姫の攻撃が始まる。

蔵姫は踏みこむ。

蔵姫が踏み込む足元からは、土煙が舞い、拳を振るう先には爆煙が立ち昇る。

衝撃波は空気を揺るがし、その波動は音として爆音を上げる。

離れては近づき、緩急を付け、それは止まる事無く続く。

あらゆる方向からの打撃は、一つの例外も無く、ヴィシャスへと向けられて居た。

「詰まらぬな」

そう呟いたヴィシャスは、それを凌いで居るにも関わらず、一歩も動いていは居ない。

「まるで、オートマタの様だ。何度繰り返そうが、結果は同じであろう?」

「ほざけ!」

蔵姫は怒気を強め、大振りの一撃を入れようとする。

「もう・・・良い」

その言葉と共に、フルスイングの途中だった蔵姫を、ヴィシャスは吹き飛ばす。

何気ない掌打。

見た目とは裏腹に、その威力は、蔵姫の身体を強制的に折り曲げ、その猛攻の終焉を意味する。

ドシャ!

そう表現するのが正しい様に、飛ばされた蔵姫は、地面へと叩き付けられた。

「げほっ、げほっ・・・!」

内臓をやられたのだろうか?蔵姫は血を吐きながら、起き上がらろうとする。

僕はその姿を見、美姫が助けを求めて来た理由を理解する。

・・・。

惨めだな。

僕は蔵姫へと近づき、そんな蔵姫を、ただ眺めた。

「端鷹・・・?」

僕を見上げた蔵姫は、何かを求める様に、情けない顔をする。

やはり、こいつは何かを勘違いして居る。

・・・面白く無い。

僕は朝霧で、蔵姫を軽く小突く。

パン!と、結界が弾ける音がして、蔵姫は尻もちを付くように倒れる。

「貴様・・・、何・・を?」

蔵姫の目には、困惑・・・と言う物が見え隠れする。

「蔵姫、お前はもう帰れ。邪魔だ」

僕は、冷たく、それを言う。

「何故だ?私に関わって、お前に何の得が有ると言うんだ?」

蔵姫のそれは、僕がまるで蔵姫を案じて言ったかの様な、問いかけだった。

「やはり勘違いして居るか・・・」

僕は溜息を突く。

「勘違いだと?」

「勘違いだ」

僕は、蔵姫の問いに、言葉を続ける。

「僕は、僕の利害で動いている。お前の思考なんてどうでも良い」

「それが・・・、私に関わる・・・と言う事では、・・・無いのか?」

蔵姫の言葉は、意外なほど、おどおどとした物だった。

「蔵姫、お前にその価値が在るとでも思っているのか」

僕はそう言いながら、自分で再確認をする。

僕は自分の利害を優先し、その為の行為を優先する。

だから、蔵姫の意見など、どうでも良い。

「それに、どうせお前は、死ぬ覚悟も無いんだろ?」

僕は蔵姫を馬鹿にする様に言う。

蔵姫は一瞬、怒りを面に出すが、反論する事無く項垂れる。

僕は、視線をヴィシャスへと戻す。

ヴィシャスは御丁寧に、こちらの事情を待ってくれて居る。

「死ぬ…覚悟…か、・・・そうだな」

ぽつり・・・と、蔵姫は僕の後ろで呟く。

蔵姫の言葉は、覚悟というよりは、諦めに近い響きがあった。

覚悟にしろ、諦めにしろ、無いよりはましだと考える。

そして、少なからず状況は、僕の考えている方向へと進む。

「逃げても良いんだぞ、蔵姫」

僕は振り返る事無く言い、蔵姫は静かに、立ち上がる。

「私は・・・、お前に助けられてばかりだ」

予想通り・・・と言ったら悪いが、蔵姫はつまらない事を口走る。

「待ってもらって悪い、ヴィシャス。どうやら、これからが本番らしい」

僕は、そう言いながら、ヴィシャスへと、ウインクをしてみせる。

「それがハシタカの望みならば、その茶番もよかろう」

ヴィシャスは、笑う。

途端、疾風が、僕の横を駆け抜けた。

「だが、変わりはせぬよ」

ヴィシャスはそう言って、再開した、蔵姫の猛攻をあしらう。

蔵姫のその攻撃に、先ほどまでのマージンが無くなって居る。

それは蔵姫が、つねに自分を守ろうとする行為を、止めた・・・と言う事。

どうやら、蔵姫の覚悟とは、本当の事らしい。

「ハシタカ、サービスはこれ位で良かろう?」

ヴィシャスは、蔵姫を無視する様にそう言い、唇を楽しそうに歪める。

つまり、終わりにすると。

「あぁ、サービスは終わりだ」

だが、その言葉を言ったのは、蔵姫だった。

蔵姫はその猛攻を止める。

ヴィシャスと距離を置き、何かを決意するように、拳と拳をぶつける様に合わせる。

正確には、その両拳の白薔薇を。

「おおおおおぉぉぉぉおーーーーーーー!」

蔵姫は雄叫びを上げるように吼えた。

蔵姫の光は、濁る様に色を深め、今まで以上に強さを増す。

「ローズ・ブレィカーーーーーーーーー!」

技の名前なのだろうか?

それを言ったその瞬間、蔵姫の周りに渦を巻くような現象が現れ、蔵姫は地を蹴る。

例えるならば、閃光の矢。

蔵姫は、単純とも言えるそれを行い、ヴィシャスを捉え、貫く。

エネルギーの拡散と収束、それは塊となり、外へではなく、内側への爆縮を発生させる。

・・・、

・・・、

・・・、

・・・、

止まった様に時間は沈黙し、一瞬を、とても長い物へと感じさせる。

爆縮の収まったその場所に、蔵姫は一人立ち、ヴィシャスの存在は消える。

最後に取っておいた奥の手?と言うのだろうか。

朝霧からの情報は、その威力の大きさを僕に伝える。

「倒したのか?」

僕は独り言を呟く。

実際の結果とは、ドラマよりも呆気ない物なのかも知れない。

これで、終わりなのだろうか?

僕は蔵姫に駆け寄って、崩れ落ちる蔵姫を抱き留める。

蔵姫は、左手を失っていた。

肘から上、二の腕の半ばころから焼失したそれは、覚悟の代償なのだろう。

「端鷹・・・、」

僕の名前を呼んだ彼女は、残った右手で僕を掴み、小さくすすり泣く。

それが安堵感なのか、左腕を失った悲しみなのか、僕には判断出来ない。

ただ、蔵姫が虚勢を張り、本来の自分を殺していた事だけは、なんとなく解る。

僕は、そんな蔵姫を褒めてやりたくて、頭の上に掌を乗せようする。

「やはり、愚かと言う物だ」

・・・!

「ヴィシャス・・・」

僕は、蔵姫を抱き留めたまま、声の主へと視線を向けた。

少し離れた所・・・そこには、一度消えた筈の、ヴィシャスの存在が在る。

「薔薇の暴走とは・・・面白い。オリジナル在っての物であろうが、技を放った者がそれでは、あまり意味を持たぬ」

ヴィシャスはそうい言い、見下すように蔵姫を眺める。

「そんな・・・馬鹿な・・・」

言葉を発した蔵姫は、少女の様に震え、無言でその事実を、・・・愕然と肯定する。

「が、しかし、一度とは言え、我が肉体を消滅させるとは。これはこれで、一興と言う物」

ヴィシャスはそう言いながら、自分の身体の動きを確認する。

まるで、自分の肉体が、再生したかのような言いまわしである。

「蔵姫、僕が時間を稼ぐ。その間に回復・・・、出来るな」

僕はそう言って、僕にしがみ付くようにして居た蔵姫を、離す。

蔵姫は、力無く項垂れるようにする。

この現状では、蔵姫は役に立たない。

「言い訳かヴィシャス。偉そうに言っても、ダメージは大きいんだろ?」

ヴィシャスの光は、揺らぎ、部分部分でパッチワークの様にも見えた。

「否定はせぬよ。しかし何故、そこの愚か者は、初めからそれを使わん?

我とて、ゼロ距離での不意打ちとなれば、それ相応の結果が得られたであろう」

不意打ち・・・?良く言う。

蔵姫の放った、初めの一撃。

あの時僕は、確かにヴィシャスの気を僕へと逸らさせた。

だが、蔵姫の存在など、ヴィシャスにも解っていた筈だ。

「悪いが少し、時間稼ぎをさせてもらう。僕に人を殺す趣味は無いんだが、それはそれ。ついでに死んでくれると助かる」

僕はそう言いながら、朝霧を抜刀する。

「ハシタカよ、なれは傷ついた我を、いたぶると言うのか?」

ヴィシャスは、演技かかった様に言い、白薔薇を弄る。

「悪いのか?」

僕は、そう言いながら、朝霧を振るって居た。

「まさか」

ヴィシャスはそう言い、鈍い重機音と共に、それを白薔薇で受け止める。

僕はその反動を軸に、横へと滑りこむ。

全ての事情を、止める必要などは無い。

僕は朝霧を振り下ろす間を置かず、跳ね上げる様に朝霧を振るう。

ヴィシャスは空中で円を描く様に避け、その軌道に重なるように、白薔薇を振るう。

無駄の無い、美しい動きが、そこには在った。

僕は朝霧を引き、その軌道を逸らすと同時に、地を離れる事無く、規則正しくランダムな円運動をする。

日本武術で言う所の『すり足』と言う奴である。

基本的な動きではあるが、幾度となく繰り返してきたその動きは、僕を達人と並ぶ域へと運んでくるれる。

何度目かの打ち合いの中、わき腹に、痛みが走る。

複数度の打ち合い・・・、その行為のせいで、僕の腹の傷口は開いてしまう。

その場しのぎの再生など、こんな物である。

さらしは巻いてあるが、長くは持たないだろう・・・。

僕達は重機的な衝撃音を繰り返し、幾ばくかの後、ヴィシャスは止まる。

「驚くべき進歩だ、ハシタカよ。いや、我らの場合は進化と言うべきか・・・。この数日で何が在った」

ヴィシャスは興味深そうに言い、僕は沈黙を守る。

ヴィシャスの動きは、先日のそれを凌駕し、その絶対的な力を解放している。

今は理由など、どうでも良い。

恐怖など感じられずとも、僕はヴィシャスの動きに、付いて行ける。

「進化・・・?それが本当なら、理由を僕が聞きたい位だね」

手を休める事無く打ち合いながら、わざと嘲笑うように言い、ヴィシャスに対し余裕を見せる。

もっとも、嘘は言っていないが。

「いやすまぬ、嬉し過ぎて要らぬ事を聞いた。それを聞くは野暮と言う物であるか」

ヴィシャスは、何か納得する様に言い、それとは別に視線を強くする。

「となれば尚の事・・・解せぬ」

ヴィシャスは困惑する様に言い、一旦構えを解く。

「随分と余裕だなヴィシャス」

僕は、そう言いながら間合いを取るが、ヴィシャスは気に留めてないようだった。

「なれの存在、それは感嘆と言っても良い。そう我は認識をする。

だがなれは、何故そこの愚かな者に、拘るのだ?」

ヴィシャスは蔵姫に視線を向けながら、まるで、さくらさんの様な事を言う。

「それは我と同じ目的で生まれ、我が進化を出来ぬ時の為の、万が一の保険として、我の次の苗床として造られた者。既に進化の過程に在る我にとって、付属品にすらならぬ、存在自体不要の者ぞ?」

ヴィシャスは何か、不必要な物を見るように、蔵姫に視線を向ける。

さくらさんから聞いた事が事実ならば、ヴィシャスの言っている事は解る。

ヴィシャスが居るにも関わらず、蔵姫が一族により創られたもう一つの目的。

蔵姫が、ヴィシャスの為に造られた『女』だと言う事。

ヴィシャスの言葉は、蔵姫がヴィシャスの為に造られ、ヴィシャスの為に存在し、その上で、既に蔵姫の存在理由など無い・・・と言うヴィシャスの見解だった。

・・・成る程、そう言う事か・・・と思う。

僕は、ヴィシャスの意見に納得した訳ではなく、自分がずっと不機嫌だった理由に思い当たる。

「そうかヴィシャス、お前も勘違いして居るんだな」

「勘違い?我がか?」

「ああ、そうだ。」

そう言いながら僕は、美姫や歩美さんの顔を思い浮かべる。

そしてヴィシャスは、僕の言葉に首を傾げる。

「お前達兄妹の事情や、それに対する認識など、僕には関係無い。そんな事に、興味すら無い」

僕は、今まで疑問に思って居た事への答えを出す。

それは、さくらさんからの、質問への答えを言っても良い。

ヴィシャスへの構えを解いた僕は、ゆっくりと蔵姫へ近づき止まる。

そしてその頭へと手を乗せ、ぐしゃぐしゃと荒く撫でた。

蔵姫はされるがまま、じっとして居る。

「これは、僕の世界に存在する」

それが、僕が出した、蔵姫へ対する答え。

「なれは、我を笑わせたいのか?意味が解らんな」

ヴィシャスは、見下す様に笑う。

「風景と言えば解るか?こいつは面白い物を僕に見せてくれる。何者かなんて意味は無い。今この時に僕の世界に存在し、単純に僕を、愉快にしてくれる」

僕は自分の言葉に納得をする。

「だからこれは、僕の娯楽の一つで、僕以外がその所有権を主張する事に、単純に腹が立つ」

別に蔵姫が好きな訳では無い。

ましてや、大切な存在などと言う物でも無い。

だが、一瞬でも、僕の世界・・・家族の風景に、彼女は存在してしまった。

だが明白、周知、確信。

僕の中に、『肯定』が存在する。

何故・・・そう思う?

何故・・・それを確証する?

自分の言っている事に、理由・・・疑問を投げ掛けるが、今はそんな事・・・どうでも良い。

「ほう・・・、下等な善意でも語ると思ったが、それではまるで、そこの愚か者が己が眷属で在る様な言い回しであるな」

ヴィシャスは、不意に視線を鋭くし、彼の言う愚かな蔵姫は僕へと視線を向ける。

「眷属・・・?」

そう呟いた蔵姫は、虚ろな・・・、いや、何か不思議な物を見る様な表情をする。

「お前は私を、美姫の様に・・・、お前の眷属にしようと言うのか?」

蔵姫は、弱々しくではあるが、僕を真剣な眼差しで見つめる。

眷属・・・?

・・・家族的なことをそう言うのだろうか?僕は理解する事が出来ない。

「そうだな。私の様な者には、それが丁度良いのかもしれない」

自分を嘲笑する様に笑った蔵姫は、何か考える様にし、ふと、表情を変える。

「いや・・・まて、美姫の力・・・、あれが元々の物では無く、それが端鷹の眷属としての力だとすれば・・・」

一度、力を失ってしまった蔵姫の瞳には、それまでに無い、強い力が宿る。

「愚かな・・・。それが叶うとして、他者に進化の理を求めると言うか?」

ヴィシャスは言葉は冷たく、落胆的に聞こえる物だった。

「プライドを捨て、命を捨て、それでも私はヴィシャスを倒すことが出来なかった・・・。

そんな私に端鷹は、今一度チャンスをくれると言うのだな!」

蔵姫の言葉は熱を帯び、その瞳は真っ直ぐに、僕を見つめる。

「ならば、その証を!」

蔵姫は僕に、強く言う。

・・・。

・・・。

正直、二人が何を言っているのか解らない。

蔵姫とヴィシャスは僕を置き去りにし、僕に関係なく盛り上がる。

証・・・?

僕はそう考えながら、色々な事に腹が立つ。

蚊帳の外・・・とは、こう言う事を言うのだろうか?

僕は内心、『不機嫌』と言う言葉を思い出す。

・・・。

そして茶番に見えてきたそのやりとりに、感情とは逆に笑ってしまう。

まぁ、時間が稼げることに変わりが無いのだが。

ならばくれてやるか、その証と言う物を。

不機嫌と、悪戯心が身体を動かす。

僕は蔵姫の腰に手を回し、強引に引き寄せた。

「・・・っ!」

蔵姫は小さく声を上げ、初心な少女の様に驚く。

・・・構いはしない。

怒りにまかせ、僕は蔵姫の唇を、無理やり奪う。

「んっ・・・!」

その深いキスに対し、蔵姫は離れようとする意志を見せたが、すぐに身をゆだねる様にする。

必要性の無い・・・意味の無いキスとは、こう言う物を言うのだろう。

程なくして、蔵姫は目を逸らすようにして、僕から離れる。

「お、お前は、美姫にもこんな・・・、こんな事をしたのか?」

その恥じらいは、蔵姫のイメージとは程遠い物だった。

「いや、した覚えは無い」

「・・・」

僕は正直に答え、それを聞いた瞬間蔵姫は、僕を殴ろうとする。

「証が欲しかったんだろ?」

僕はその拳を避けながら、ヴィシャスへと、向き直る。

良く解らない諸事情は、僕には関係が無い事だった。

「お前は!お前は!お前は!」

憤慨する蔵姫に、僕は軽く手を挙げて見せる。

ふざけて悪かったと。

そしてここで、茶番劇や夢物語を終了にする。

眷属がどうだの、進化がどうだの、そんなファンタジーはいらない。

目の前のこいつを殺さなければ、僕が日常へと帰る選択肢などは、発生しないと判断をする。

「もういい!形はどうであれ、証は証だ!だが、少し・・・、少し時間を稼いでくれ」

蔵姫はそう言って、静かに目を閉じる。

時間稼ぎ。

蔵姫の事情はどうであれ、初めからそれを続けている僕は、それに異論を唱える事は無かった。

「だそうだ」

僕はそう言いながら、ヴィシャスとの間合いを詰め、朝霧を振るう。

「なれは、あの愚か者になにを期待する?」

一部始終を眺めていたヴィシャスは、朝霧を白薔薇で受け止めながら、問い掛ける。

「期待なんて、してないさ」

僕はそう言い、自分のタイムリミットが近い事を理解する。

腹の傷・・・、長くは持たない。

「華燭による進化・・・、その可能性は有るであろう。しかしそれとて多少」

・・・カショク?

ヴィシャスの言葉は、僕にとって煩わしいだけった。

「僕の言っている事を聞いて居なかったのか?そんな事はどうでも良いんだよ」

・・・まだか?

「ならば、終いにしよう・・・」

ヴィシャスは、そう言って、小さく微笑む。

ヴィシャスの光の色が消える。

その余裕、その態度。

それは、ヴィシャスが更に力を増すと言う、予告なのだろうか?

そして、力の質が変わる。

朝霧の感覚は、その様を、刻々と僕へと伝える。

まずいな・・・、ヴィシャスには、まだ先が在る。

「終わりだ」

ヴィシャスはそう言い、変貌と言って良い光を放つ。

僕の感情と思考は、相反する答えを出し、逃げろ逃げろ逃げろと、選択肢を強要する。

目の前に存在する者は、強い光を発する。

北条は『マナ』と言った。

ヴィシャスのそれは、美姫と同じ様に強く、そして、逆の禍禍しさを見せる。

瞬間、その力は飛来する。

来た!

内心、僕は、ほくそ笑む。

僕の後方、僕に隠れる様に、約束の矢は放たれて居た。

二壱の出矢・・・、それは北条さんの奥義。

『貴方ごと貫いてよろしいのですね』

そう言いながら北条さんは、美しい顔立ちとは不似合いな、邪悪な笑みを浮かべていた。

僕は当てずっぽで、半身だけずらす。

まるで槍の様な鉄矢は、僕をかすめ、目の前のヴィシャスを捉える。

僕はこの一瞬を待っていた。

「貴様!」

ヴィシャスはそう言い、白薔薇と自分の腕を交差する様に、それを防ぐ。

僕は、白華音との殺し合いを思い出す。

力の均衡は・・・、それは隙を作りだす。

最終解放と思われるヴィシャスのそれに、二壱の出矢は、匹敵していた。

予想以上だと、北条さんの力量に感心する。

全ては・・・、この隙を作る為の、時間稼ぎ。

僕は朝霧を、・・・迷う事無く、薙ぐ。

この瞬間、僕は自分の精度を極限まで上げ、残った全てを絞り出す。

出し惜しみと言う選択肢は、当たり前のように、存在を・・・失う。

キィーーーーーーーン!

それは、重機的な音などでは無く、何か楽器の様な澄みきった音だった。

白薔薇は折れていた・・・いや、実際は朝霧の斬鉄により、切断されたと言うべきか。

瞬間、全ては終わっていた。

・・・。

・・・。

「ちっ!」

僕は思わず舌打ちをする。

面白くない。

ヴィシャスの身体を捉える筈だったそれは、皮一枚を裂き、それ以上の結果を出さなかったのだ。

二壱の出矢の威力を流すように弾き、僕の斬撃をすんでの所でかわしたヴィシャスは、自分の裂けた服を眺め顔を歪める。

「素晴らしい・・・!素晴らしい・・・!我を追い詰める事の出来る存在が此処に・・・!」

それは怒りなどでは無く、喜びと言って良い表情。

「進化の糧!今こそ我は・・・なれを食らうぞ!」

熟れた果実を目の前にしたヴィシャスは、喜びに満ちた表情を見せながら、折れた白薔薇を振り上げる。

・・・終了か。

一撃に全てを傾けた僕には、避ける力も、受け止める力も残っては居ない。

最後の一撃は、僕にとっては、それ程の一撃だったのだ。

選択肢は・・・、残って居ないと、確認をする。

さて、この状況、どうしてくれよう?

死の局面に祭し、相変わらず、恐怖と言う物を感じない。

・・・ふと、風が吹いた。

そう思った瞬間、今まで以上の重機音を発て、何かが僕の視界を塞ぐ。

「待たせたな、端鷹。いや、我が主と言うべきか?」

僕を庇う様に割り込んで来た蔵姫は、ヴィシャスの一撃を、その右手の白薔薇で受け止めている。

「助かる」

僕は簡単にそう言い、それを聞いた蔵姫は、そのままヴィシャスを蹴り飛ばす。

「もう少し気の利いた言葉は無いのか?端鷹」

一度は『主』と言った筈の蔵姫は何か嬉しそうに言い、残った右手を振りまわす。

「命拾いをした。お前が居てくれて良かった」

僕は棒読みらしく言ったのだが、蔵姫はニコッと軽く笑い、「うむ!」と小さく言う。

それは、初めて見せる、蔵姫の素直な笑顔。

土煙を上げながら観客席まで飛ばされたヴィシャスは、何事も無かったように、その崩れた残骸から姿を現す。

「なんだその力は?」

ヴィシャスの表情は、能面の様に冷たい。

「ヴィシャス、お前も解って居るのだろう?これが端鷹の力だと!」

「ハシタカの力? 眷属が使える力は主の一割どころか、せいぜい一分程度、それで居てその力ならば、それではまるで・・・」

「そうだ!たった1%の力を借りただけで、これ程の霊力、これ程の霊圧!

此処に居るアホは、実際、化物なのだと言う、良い証明だ!」

蔵姫は熱く語るが、『アホ』とか『化物』と言う言い草は、僕として納得できない。

「阿呆とは、なれの事だ、愚か者が」

そう蔵姫に呟いたヴィシャスは、同情的な視線を、蔵姫では無く僕へと向ける。

ヴィシャスの言葉、意味は何となく解る。

「その意味も解らず力を行使する。眷属とは、なれには相応しい物よ」

そう言いながら、ヴィシャスは、自分から蔵姫との間を詰める。

「ほざいて居ろ!」

そう言いながら、蔵姫はそれを迎え撃つ。

理屈は解らないが、蔵姫の力の質と量は、今までの物とは別の物となっている。

なんとかなるかもしれない・・・。

僕はそう判断をする。

そして、激しい重機音の重なり。

蔵姫とヴィシャスは、言葉を交わしつつも、その拳と剣を激しく交差させる。

一撃一撃が、先ほど以上に土を巻き上げ、衝撃波を発する。

空気の震えは止まらず、物理的干渉が僕の肌を傷つける。

「勝てると思うてか?」

「負けるつもりは無い!」

ヴィシャスは挑発的に言い、蔵姫はその意思を強める。

「惜しいと言うべきか、完全体ならばそれも出来たであろうが、既に力が落ち始めているのも事実であろう」

激しく打ち合いながら、ヴィシャスは余裕を見せ始める。

蔵姫それは、攻め手より、受け手へと徐々に変わる。

「所詮は付け焼刃。どれ程の力にせよ、馴れぬ力。身体が付いて来ぬ様であるな」

ただ眺めるだけの僕は、ヴィシャスの言葉を、否定する事は出来なかった。

だが、無駄にヴィシャスの流暢な言葉・・・、奴自身も然程余裕は無いと見える。

「問題は無い。直に終いだ」

蔵姫はそう言い、ほのかに笑う。

「面白い」

ヴィシャスの言葉に、蔵姫はヴィシャス以上に光を強める。

ヴィシャスは、その光に、気が付いては居ない。

だが僕には解かる・・・。その光の輝き、蔵姫はその一撃へと賭ける為、準備をしている。

ヴィシャスと幾数度打ち合った蔵姫は、間合いを取るようにし、強く僕の名を呼ぶ。

「端鷹ーーーーー!」

その言葉には、確信と言う自信が宿るのだろうか?

タイミングを見計らって居た僕は、微かに残った力を込め、手に持っていたそれを、ヴィシャスへと投げ付ける。

「小賢しいと言う物」

ヴィシャスはそれを軽く掃おうとする。

その刹那、間合いを取って居た筈の蔵姫は、ヴィシャスの懐へと、飛び込む。

その速度は、神域と言って良いのかも知れない。

それ程の事を、蔵姫はこなして居た。

「・・・な」

この瞬間、言葉を発したヴィシャスの瞳には、何が映っているのだろう。

「ローズ・ブレイカー」

蔵姫は小さく、そして力強くその言葉を口にする。

蔵姫は力をセーブして居たのだろう。

ヴィシャスの言う通り、馴れない力に、蔵姫は付いて行けない。

だから、この時だけの・・・『全力』を、蔵姫は行使する。

ヴィシャスにでは無く、僕の投げた白薔薇の破片へと。

それは、朝霧によって折られた剣先だった。

爆縮は、一瞬の拡散の後、静かに内へと向かう。

先ほどのそれとは、異なり、穏やかな収束と言って良いそれは、その強い力を行使する。

蔵姫は、全力で技を放って居た。

・・・。

たぶん、これが蔵姫の限界で、そして精一杯。

・・・。

爆縮後、ほんの少しの沈黙が流れる。

・・・。

・・・。

・・・。

そして世界は、音を取り戻す。

「なれの進む道は、我と等しく、また・・・我とは異なる物」

ヴィシャスは静かに佇み、空を眺める様に言い、僕に笑顔を見せる。

ヴィシャスのそれは、穏やかで、優しい物だった。

「我が妹、なれにしては上出来と言う物か・・・」

ヴィシャスはそう言い、蔵姫に視線を落とす。

蔵姫は両膝を付く様にし、力無く項垂れる。

「うるさい・・・、お前の褒め言葉など・・・私には必要・・・無い・・・」

蔵姫は動けないのだろうか?視線を上げず、ヴィシャスへと毒づく。

「ハシタカよ、なれの進化は・・・、

いや、これは我が言う事でも、決める事でも無いと言う物」

何かを言おうとし、それを辞めたヴィシャスに、僕は何も言おうとはしなかった。

「これでは、再生も効かぬ」

ヴィシャスは、擦れ崩壊し、消えて行く自分の身体を眺めながら言う。

「ハシタカよ、なれは面白い。次の我に会う機会を、楽しみして居ると良いぞ」

ヴィシャスは、楽しそうに笑う。

「いやいや、我以外に我が倒されるとは愉快愉快・・・実に愉快」

それがヴィシャスの最後の言葉だった。

彼が消滅したと同時に白薔薇は消え、この場に居たのは、僕達だけだった様な錯覚に陥る。

「立てるか蔵姫?」

かろうじて立ち上がった僕は蔵姫に近づき、声を掛ける。

「立てん!」

「偉そうに言う事でも無いだろ」

力強く言う蔵姫に、僕は笑ってしまう。

「帰るぞ」

僕はそれだけ言って、蔵姫を抱きかかえる。

蔵姫は抵抗をしない。

以外に素直な蔵姫に疑問を感じつつ、一先ずの閉幕を了承する。

・・・。

結局、蔵姫に兄殺しをさせてしまった僕は、美姫のお願い達成出来なかったと考える。

まぁ、結果は結果だ。

そう考えながら、僕はフレイザーを駐車して居る場所へと、足を進めた。

「美姫、来ていたのか」

僕は、赤いフレイザーの脇に佇む美姫に、声を掛ける。

「終わったんだね」

美姫は短く言う。

「多分な」

僕は同じように短く言う。

「蔵姫ちゃん、左手・・・」

美姫はそう言いながら、僕を責めようともせず、視線を蔵姫へと移す。

「うむ、さすがにこれは隠しようが無いな。だが、綺麗に焼け落ちて居るから、命には関わらないぞ」

蔵姫はそう言って、肩から二の腕あたりの残った部分美姫にうごかして見せる。

カラ元気にも見えるが、今はそれで良いと考える。

「でも・・・」

美姫は、まるで自分の事の様に、辛そうにする。

恐らく、自分が介入出来なかった事が原因で、そうなったとでも思っているのだろう。

「気にするな美咲。私はきっと、それ以上の物を手に入れている」

蔵姫は優しく笑う様に、美姫に言う。

美姫は何も言わず、少しうつむく様に黙っていた。

・・・。

「・・・あれ?」

不意に、美姫は顔を上げる。

「蔵姫ちゃん、今、私の事『美咲』って呼んだ?」

・・・確かに言っている。

僕は、あえて触れない様にしていたが、呼べない筈のその名前を、蔵姫はさりげなく口にして居た。

「幾千、幾億の時・・・我はなれと同列に並ぶ事になった者。なれの悲しみはまた、我の悲しみ。

なれの喜びもまた、我の喜び。そんな顔をするな、我が姉と、まだ見ぬ妹よ」

蔵姫は意味深な言葉を言い、僕はその意味を考えあぐねる。

「うそ、マジ?」

美姫はそう言って、僕の事を睨む。

「僕に聞くな。一番事情が分かって無いのは、僕なんだからな」

「威張らないで!」

美姫は何かに怒り、抗議をする様な態度を示す。

何を言っているのか理解出来ない以上、僕に成す術は無いと考える。

多分、僕の腕の中に居る奴は事情を解かって居るのだろうが、何故か口を開こうとはしない。

そうこうして居る内に、すぐ近くで『すー・・・すー・・・』と、聞こえてくる寝息に、僕達は気が付く。

いつの間にか、蔵姫は僕に抱えられたまま、眠ってしまっていた。

まだ日も高いと言うのに、余程疲れていたのかも知れない。

「うわぁ・・・信じられない、蔵姫ちゃんが誰かに抱かれて無防備に寝ちゃうなんて」

「疲れてたんだろ?」

僕は思ったまま言ったのだが、そんな僕を、美姫は再び睨む。

「蔵姫ちゃんなんだよ!それって、あり得ない事なんだよ!」

美姫はそう言って、間を空ける。

「・・・ホント、蔵姫ちゃん、こうなる事を望んじゃったんだ」

美姫は・・・、いや・・・美咲は、嬉しそうで悲しそうな、良く判らない表情をする。

「それは、良い事なのか?悪い事なのか?」

僕はそんな美姫に、思い浮かんだ質問をする。

「少なくとも、私は幸せだよ」

美姫は、それにでは無い答えを言い、先に歩き出す。

「一人で帰るのか?」

「乗れないでしょそれ」

僕の言葉に、美姫は振り返りもせず言い、僕を真似る様に、ひらひらと手を振る。

・・・まったくだ。

僕は、寝てしまった蔵姫を助手席に乗せ、フレイザーを発進させる。

これで良かったのだろうか?

僕は柄にも無く、自分へと問い掛ける。

らしく無いな・・・。

そして、苦笑いしながら見上げた空は、やはり綺麗な青空だった。

























ひとまず、手持ちはここまでとなります。

10年程書いていませんでしたので、そろそろ続きを書くかどうか・・・と、言うところです。

北条さん達の話、中里さんの話、桜さんの話、道元先生の話、黄色い薔薇の話、色々ネタだけはありますので、

そのうちまた会えたら、幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ