ローズブレイカー その3の1
私としょうこ♂お姉さま、そして、らいずまい先生の合作『朝霧』を、捨てるにはもったいないので、公開する事にしました。知ってる方も、知らない方も、最後までお付き合いして下さいましたら、幸いです。
季節と言う物なのだろう。朝日の眩しさは色を褪せ、薄く濁った霧は町の色をハーフトーンに下げる。
そしてそれは、患うようにつづき、日の高くなるその時まで、長く太陽を覆い隠す。
僕はそれが秋と言う季節だと理解し、普通だと思って居た。
もっとも、東北から出たことのない僕の常識など、高は知れているのだが。
しかし、なんと言うか、この町にはそんな小さな常識も通じないらしい。
気が短いと言うのだろうか?一瞬見せた筈のその顔はすぐに消え、昇ったばかりの太陽は、霧を消すように、その恩恵を木々や人々に与える。
空を見上げてから数分で、嘘の様に青空が天上を覆う。
・・・まぁ、良いだろう。
それが良いか悪いかは別として、清々しい朝である事に間違いはない。
そして休日の朝、僕はやる事も無く、ただ散歩へと向かう事とした。
二日ほど前、『白華音』と対峙し、命の駆け引きをしたのが嘘に思えるほどの日常と言う所なのだろう。
薄手の上着を羽織った僕は、再び空を見上げ、何時もと変わりの無い青空を見る。
何故だろう?ここ数日、そうする度に美姫の幸せそうな笑顔をよく思い出す。
もしかしたらこの空は、町の結界でもある美姫の心その物なのだろうか?
そんな確信も無い事を考え、それも良いだろうと考える。
「所でお前は、何をしているんだ?」
僕は、視線に入って来た人物、蔵姫に声を掛ける。
彼女は、チェックのプリーツスカートに黒のストッキング、足元にはバッシュ、上着には白虎のスカジャンと、可愛いんだか恐いんだか解らない出で立ちで、浅田邸の門柱に凭れ掛っていた。
少しセンスは古いが、たぶん彼女の私服なのだろう。
「待っていた」
蔵姫は朴訥に言う。
「誰を?」
そんな僕の言葉に、蔵姫は面白くなさそうな表情をする。
正確には無表情のままなのだが、僕としては、なんとなく解る様になったと言う所。
まぁ、蔵姫が誰を待っていようが、僕は僕の好きなようにするだけだった。
そして何も言わず、予定通りに散歩をはじめる。
「何で気配を消して待ってたんだ?」
ちょこちょこと付いて来る蔵姫に、振り返る事無く話しかける。
「美姫に察っせられると困るからな」
もちろん、僕に気配など察っせられる訳が無い。
適当に言った筈のそれは、どうやら蔵姫にとっては、図星だったらしい。
訳ありといった所だろうか。
僕は喋る事無く、蔵姫に脇に来いと指で合図をし、蔵姫はそれに従う。
「で?」
僕は簡素に本題へと話を移す。
どうでも良い話も嫌いでは無いが、状況を察する。
「白薔薇が消えていた」
蔵姫は言葉少なく言う。
「お前の薔薇か?」
「やはりお前は馬鹿なのだな、白華音の薔薇の事だ」
蔵姫は静かに怒りを露にする。
それは尤もの話なのだが、なんでだろう?
蔵姫が脇に居ると、美姫を相手にしている様で、弄りたくなってしまう。
「白華音の自爆で、一緒に壊れたとかは無いのか?」
僕は、至極当たり前の質問をする。
「有り得んな。レプリカとは言え、薔薇はそんなに軟では無い」
蔵姫は言い切る。
「レプリカ?」
僕そう聞き返しながら、蔵姫に話を合わせる事にする。
「壊れていないなら、薔薇はどうなったんだ?」
興味の在る話では無いのだが、蔵姫との会話は嫌いでは無い。
「白薔薇を何処かに転送したか、白華音自身が消滅して居ないと言う事だろうな」
蔵姫は一瞬、目を細める。
「そこで端鷹に聞く。貴様が白華音に止めを刺して居たら、どうなって居たのだ?」
蔵姫は意外な質問をして来る。
「どうなるも、それが何か関係するのか?」
僕は質問に、質問で返す。
「解せぬ所があるから聞いている。つまりはそれの確認と言う所だ」
まぁ、別に減る物でもないし、隠すつもりも無いので、僕は答える事にする。
「前にも言ったが、朝霧は触れた者を喰らう刀だ。喰らわれた物がどうなるかは知らないが、喰らわれた以上、元の存在は維持できないだろうな」
なんとなくでは在るが、僕はそう理解していた。
「ふむ、そうだとすれば、やはり解せぬ」
蔵姫は考えるように、押し黙る。
僕は考え、昨日の夜で、少なからず理屈の通らないであろう事情を探す。
「さくらさんが何故、あの場面で登場したか。また、何故横取りまでして、とどめを挿しに行ったか。それが納得出来ない、そう言いたいのか蔵姫は」
僕は尚も押し黙る蔵姫に、そんな所だろうな・・・と思う事を言う。
「貴様も解せぬと思っている様だが、理由を知っているのか?」
蔵姫は僕の顔を覗き込んでくる。
「さぁ?さくらさんの事情はさくらさんの事情だろう?僕の事情とは関係が無い」
さくらさんはさくらさん、僕は僕である。
「業界的にルールは在るのだ」
蔵姫は続ける。
「ギルドだろうが個人だろうが、依頼主は成功報酬と言う物を出す。だが依頼主は、それとは別に成功の是非に問わず、依頼料を前払いで払う事になっているのだ」
僕は二度払いシステムに『何故?』と言おうとして、止める。
相手が相手なのだ。
失敗はそのまま死へと繋がる。
危険な仕事である以上、飴と鞭は必要なのだろう。
「あのルゴサだぞ、成功報酬欲しさに横取りなどとは到底思えん」
蔵姫は忌み嫌う様にさくらさんを言い、深刻そうに考え込む。
そう言えば、あの時さくらさんは『業界のルール』と言っていた。
「複数の依頼主により目的が重複した場合、誰が目的を果たそうが、報酬は在るのだ。後手の者は傍観を決め込むのがセオリーと言う物だろう」
蔵姫はそれを一般論のように言う。
「蔵姫がそれを考えて、何か得が在るのか?」
そう、さくらさんと親しい僕が考えるなら兎も角、蔵姫がそれを考える理由が解らなかった。
「やはりお前は馬鹿なのだな。いや、阿呆と馬鹿が混在しているのだろう」
蔵姫は溜息を突く様に言う。
「いいか、よく聞け。この町は今、異常とも言える状況なのだぞ。三薔薇の内、二本の薔薇が存在し、レプリカと言え、複数の薔薇が更に存在し、さらに薔薇以外の存在で薔薇に対抗出来得る存在が複数存在する。こんな極東の片田舎で、薔薇戦争の真似事でも起こすつもりなのか?」
僕は『へぇ~』と、軽い相槌を打つ。
薔薇戦争・・・。
さくらさんから聞いていたそれは、僕にとっては現実味の無い、過去の話。
「おまえ、自分がその一角と数えられていると、理解しているのか?」
蔵姫はそう言いながら、足を止める。
「いや、初耳だし、数えられても迷惑な話だな」
僕はそんな蔵姫に振り向き、率直な意見を言う。
「事態は私個人の、いや、おまえ自身の事情の範囲を遥かに超えてしまったと、言っている」
蔵姫は憤慨するように言う。
彼女の言いたい事は解る。
だが、それはそれ。
「ま、お互い邪魔をするのは止めようと言う事で良いのか?」
蔵姫が仲間になろう・・・などと言う訳も無く、僕は想定出来る答えを言う。
「貴様には、危機感や恐怖と言った物が無いようだな、能天気も甚だしい」
蔵姫は話が通じないと、尚、憤慨する。
危機感や恐怖・・・、まぁ少なくとも、後者に関しては認めるしか無いだろう。
「蔵姫が言う程には、能天気でも無いよ」
そう言いながら、僕は蔵姫の頭の上に、掌を『ぽん』と、乗せてしまう。
「何のつもりだ?」
「いや、なんとなく」
「何故なでる?」
「悪いか?」
「死にたいのか?」
「蔵姫はやさしいだろ?」
「・・・・・・」
蔵姫は何気ない裏拳を放ち、僕はひょいっと避ける。
「しかし不思議なのは、蔵姫、お前だよな」
僕は、軽く話題を変える。
「何がだ?」
「僕はお前を殺そうとした筈なんだが、なぜ普通に話をする?」
僕は当たり前の質問をし、蔵姫を見る。
「解らんか?」
蔵姫は馬鹿にするように、僕に一瞥をくれる。
「解らないな」
僕は、蔵姫の答えを聞くために、態と即答する。
「端鷹お前、本当に私を殺せるとでも思っているのか?」
蔵姫は当たり前のように言い、馬鹿にする様に、笑う。
「成る程」
僕は短く、それだけを言う。
彼女は自信が在るのだ。
僕程度の存在に、倒される事など無いと。
蔵姫は強く、その自信故、他人を当てになどしていないのだろう。
「じゃぁついでに聞くが、何で僕に情報をくれるんだ?」
僕は蔵姫の思惑を量りかねる。
「お前こそ、何故私に普通に接する?」
蔵姫は、その事を答えたく無いのか、意味の解らない言葉で話を逸らす。
「蔵姫は質問だらけだな」
「それは端鷹、貴様も変わりがないだろう?」
蔵姫は言い、僕は、それは尤もな話であると思う。
「普通に接しては駄目なのか?」
僕は蔵姫を見る。
「そんな話では無い。お前は何故、私と普通に接する事が出来るのか?と聞いている」
蔵姫は妙な事を言う。
「美姫だって普通に接しているだろ?」
「あれは別だ。神格を持つ者に、人の理を当てはめてはならん」
どうやら、蔵姫は美姫の事情を知っているようだった。
「そんな事を言われてもなぁ・・・、大体、人の理と言う物が何だって言うんだ?」
僕の質問に、蔵姫は立ち止まり、辺りを見回す。
散歩と言いながらも、蔵姫と話しながら、だいぶ人通りの多い所まで来てしまった。
「説明するのも面倒だ」
蔵姫はそう言いながら、一見チンピラ風の男へと近づく。
「おい、オマエ」
蔵姫は唐突に男へ声を掛ける。
声を掛けられた男は露骨に嫌そうな顔をし、声の主へとガンを飛ばす。
阿呆な女学生が、恐れ知らずでヤクザに声を掛け、見ている人間はドキドキ!みたいなシチュエーションなのだろうか?
しかし、蔵姫が何をやりたかったのかは、直ぐに解る。
チンピラ風の男の表情が、みるみる恐怖の顔へと変わっていく。
睨んだり、脅したりしている訳では無い。
蔵姫は何をした訳でもなく、ごく普通に男を眺めているだけなのだ。
へたり込んで震える男を残し、蔵姫は僕の方へと戻ってくる。
「解ったか?」
蔵姫はそれだけ言って、僕の目をじっと見詰める。
改めて見ると、やはり蔵姫は可愛い。いや、綺麗な顔立ちをしていると言うのだろうか?
無表情な所が冷たい感じであるが、それが尚、彼女のそれを際立たせる。
「何故、私の頭の上に掌を乗せる?」
「いや、なんとなく」
「何故、なでる?」
蔵姫は面白くなさそうに、僕の手を掃う。
「貴様、本当に何とも無いのか?」
蔵姫は眉間に皺を寄せるように言う。
「蔵姫は僕に、何を期待したんだ?」
僕は馬鹿にするように言う。
実の所、蔵姫の言っている事は解って居た。
それは体質、本質・・・と言う物なのだろうか。
他人から見て、蔵姫は恐怖の対象なのだろう。
見た目では無く、人の本能や勘で察知する類での。
プロアマに関係無く、普通の人でも怖いと言うオーラを垂れ流して居る人は居るだろう。
蔵姫のそれは、常人のそれを逸脱した物なのかもしれない。
どちらにしろ、僕には感じる事すら出来ない物なのだが。
「あのルゴサですら、常に防壁を張りながら私と接するのだぞ?」
納得の行かない蔵姫は、何度も僕の顔を覗き込んでくる。
「それが人の理だとでも言うのか?」
人の理と、個人差は、別物だと僕は考える。
「人として有る以上、変えられない物と言う事だ」
蔵姫は言う。
彼女が今まで、どう生きて、どう生活していたかは知らないが、一度として変わらなかった事を言っているのだろう。
まぁ、話が長引くだけなので、僕は僕の体質を蔵姫に端的に説明する。
・・・・・。
・・・・・。
「霊的不感応者で、恐怖を殆ど感じないだと?」
蔵姫の問いに「ああ」とだけ答える。
「あれだけ妖気をばら撒く人間が、それを言うのか?」
「事実だ」
僕は端的に言う。
そして蔵姫は、少し考えた後、「試す」それだけ言って、僕の胸の上に掌を乗せ、小さく何かを呟く。
途端に後ろで、ブロック塀が崩れる音がする。
「ふむ、貴様の身体、本当に影響が無いのだな」
蔵姫はさらっと言うが、多分危ない事をしたのだろう。
「蔵姫、ちなみに影響が有った場合、どうなって居たか聞いていいか?」
僕はそう言いながら、その手を退ける。
「何、簡単な術だ。受けた者がそれなりの術者ならば吹き飛ばされるだけだが、一般人なら心臓が破裂して、背骨と肋骨が背中から飛び出る程度のな」
成る程、僕は今、蔵姫に一度殺された訳だ。
「ひどい事をするんだな」
僕は白々しく言う。
「影響が無いと言ったのは貴様だろ?それに端鷹とて、私を殺そうとしたではないか」
蔵姫はふん!と鼻を鳴らし、以外にも意地悪い言い回しで、僕から視線を外す。
昨夜の事を根に持っているのだろうか。
・・・まぁ、確かに。
「話を戻すが蔵姫、結局の所、何で僕に情報を流すんだ?」
僕は再び、同じ質問を蔵姫にする。
「はて?」
蔵姫は考え込む。
「ふむ」
蔵姫は尚も考え込む。
「確認事項は確認事項なのだが、何故私は、貴様などに話をしているのだ?」
蔵姫は不思議そうに、僕の顔を覗き込む。
「僕にそれを聞くのか?」
「他に誰に聞くと言うのだ?」
何と言うか、蔵姫は自分の行動の理由を、自身で理解していないようだった。
「まぁ、良いさ。蔵姫にどんな行動理由が在ろうが、僕にはそれなりの収穫が有った」
「ふむ」
蔵姫は何かを納得したかのように、頷く。
「おごるけど、よってくか?」
話が一段落した所で、僕は目に入ったオープンカフェを指差す。
疲れた・・・とまでは行かないが、そろろそ喉も渇いてきた頃だった。
「別に予定は無い」
再認識をするが、蔵姫は端的で、実に素直である。
僕は微笑み、蔵姫を優しくエスコートする。
「何故笑う?」
蔵姫は首を傾げるが、僕の知った所ではない。
もう肌寒い季節とはなったが、これ程の青空である。
僕らは、満喫すべく野外に設置された席へと座る。
早々にホールスタッフを呼び、蔵姫に聞く事無く、自分と彼女のお茶を注文する。
「随分と手馴れているな」
蔵姫は、感心するように言う。
「何が?」
「貴様は何時も、こんな風に女を誘うのか?」
蔵姫は素直に付いて来たくせに、怪訝そうに言う。
「女?誘う?待ち伏せしていたのは蔵姫だろ?」
僕はそう言いながら、何時もと変わらぬ青空を眺める。
どうやら、自分が女である自覚はあるようだ。
「悪いとは言わぬが、異常だな」
蔵姫は同じように空を眺め、溜息を突くように言う。
「何が?」
僕は蔵姫の言葉に、何気なく問う。
「この空だ」
そう言う蔵姫に、僕は空を見上げ、何も変わらない空に首を傾げる。
「美姫には言ったのだが、晴ればかりと言うのは、どうかと思う」
蔵姫は溜息を突く。
「美姫に責任があるのか?」
僕は笑い、蔵姫を見る。
「これだから貴様は・・・」
そう言いながら、蔵姫は続ける。
「美姫は土地神だ。あいつの願いは、そのままその土地の天候にも影響する。普通ならば、五穀豊穣、土地の活性化、人々の暮らし、色々な物を考えて、その願いを行使する」
「つまり?」
「この整理された現代社会ならば、ある程度の問題も無いと言えるが、そうでなければ飢餓が発生してもおかしくは無い状況と言う物だ」
それは、僕の知らない時から、ずっと続いているような口振り。
「問題が無いなら、良いんじゃないのか?」
僕は、気にする物でも無いと考える。
「まったく貴様は・・・。誰のせいでそうなっていると思っているのだ」
蔵姫はまるで、それが僕のせいと思えるような発言をする。
美姫のせいだと言ったり、僕のせいだと言ったり、蔵姫の言う事は一貫性に欠く。
・・・、
そう言えば、一昨日の夜は星一つ見えない曇りだったな・・・。
僕は言葉に出さず、そんな事を考えた。
そうこうしている内に、僕達の前には、紅茶とケーキが運ばれて来る。
「何だこれは?」
蔵姫は怪訝な顔をする。
今日何度目の怪訝な表情だろう。
「貴様、何故笑う?」
「まぁ良いから、蔵姫も食べろ」
僕はそう言いながら、運ばれてきた紅茶をすする。
紅茶の味など判らない僕は、一般的なダージリンを二つ頼み、お茶請けとして、それぞれに違うケーキを頼んでいた。
蔵姫にはフルーツてんこ盛りの生クリームケーキを。
僕の目の前には、いたって普通なチーズケーキ。
「甘い物は嫌いか?」
僕の問いに、怪訝な顔の蔵姫は答えない。
そして僕は、チーズケーキを口に運ぶ。
ほう・・・、これ程とは。
僕は感嘆の意をそれに差し向け、店の情報をくれた、『奴』の顔を思い浮かべる。
何気に蔵姫と視線が合う。
蔵姫は、ケーキをはむはむと頬張りながら、何が面白いのか、僕を観察するようにする。
「僕の顔に何か付いているのか?」
蔵姫の視線に悪意は無く、僕はそれを逆に疑問に思う。
「端鷹はそうしていると、絵になると思っただけだ」
僕は蔵姫の意外な一言に、口に含んだ紅茶を吹き出しそうになる。
「は?」
僕は、僕らしくないと思う声を上げてしまう。
「端鷹は、顔立ちが良いと言っている」
蔵姫は当たり前の様に言い、僕は先ほどの蔵姫のように怪訝な顔をしていまう。
「もしかして端鷹、視線を集めている事に気が付いて居ないのか?このオープンカフェ、通り過ぎる女の殆どが貴様を見ているぞ?」
蔵姫は、何か嫌なものでも見るような視線を僕によこす。
彼女が言う通り、確かに視線は集めているが、それは蔵姫が思っているような事では無いと考える。
「原因はこれだろ?」
僕はそう言いながら、自分の顔に付いている大きな傷を指差す。
「蔵姫のそれは勘違いだ。普通こんな顔の奴が居たら、もの珍しくて見るだろ」
僕は、とっくに慣れ親しんだ『見られる』と言う、他人からの嘲笑を解説する。
蔵姫はそんな僕にきょとんとし、目を丸くする。
・・・いや、呆れているのだろうか?
「蔵姫こそ気が付いて居ないのか?通り過ぎる男どもが、ことごとくお前の顔をチラチラ見ているぞ?」
僕は、そう言いながら蔵姫を小馬鹿にする。
まぁ、蔵姫ほどの娘が居れば、男の視線が集まるのは当然とも言えるのだが。
「端鷹、チラ見をすると言う事は、存在は確認はするが『見ない様にする』と、言う事だ。解るか?」
蔵姫は、何時もの事だと、つまらなそうに言う。
どうやら彼女は、恐怖とは別に、男の性と言う物と、自分の容姿が優れていると言う事を知らない様だった。
「しかし、やはり貴様は美姫に、不釣合いだな」
蔵姫は突然、話を美姫話へと振る。
「本当に蔵姫は美姫の事が好きなんだな」
蔵姫が美姫にどんな感情を抱いているにしろ、まぁ、僕には関係ない事だと考える。
「そんな事では無い。貴様の様な女っ垂しに、美姫は任せられないと言っている」
蔵姫は、僕の言う事を否定するように言い、憤慨する。
女っ垂らし・・・、蔵姫は色々と勘違いしているようだ。
まぁ、それはそれなのだが、気が付くと、蔵姫はケーキを半分ほど残したまま、手を付けずに居る。
・・・気に入らなかったのだろうか?
「蔵姫、食べないなら勿体無いから、僕が・・・」
そう言いながら僕は手を伸ばす。
あれ?・・・。
蔵姫は俊足?いや、音速と言えるスピードでケーキの皿をずらす。
もしかして、もったいなくて取って置いたのか?
そんな風に考える。
「大体、貴様がこの限定ケーキを頼む事自体が許せん!」
「・・・は?」
僕は蔵姫の言っている事が理解できないで居た。
「私が知らないとでも思っているか?」
蔵姫は話に熱が入る。
「この店のスイーツ、もちろん評判は良い。だが貴様が頼んだこのケーキは、男しか注文の出来ない、女性専用の限定裏メニューなのだぞ!」
蔵姫は目の前のケーキを食べながら、僕の事を置き去りにして、憤慨を始める。
やたらと店のルールに詳しい蔵姫は、もしかすると、ここの常連なのかも知れない。
「お前が怒る理由が見つからないのだが・・・」
僕ははにかむ様に笑う。
「・・・・・」
蔵姫は僕を睨みつけ、残りのケーキに手を付け始める。
流れとしては、蔵姫の機嫌を取るのが男の礼儀なのだろうか?
・・・・・・。
僕は、蔵姫の怒る理由を考える。
・・・・・・。
状況からして、多分こいつは甘いものに目が無いのだろう。
その上このケーキ、女性が注文できないメニュー。
なるほど、野郎が彼女を喜ばせる為の、限定裏メニューなのかもしれない。
蔵姫が食べたくても食べられないメニュー。
なぜそのメニューを蔵姫が知って居るかは知らないが、それを僕が自然に注文してしまった訳だ。
女の子な蔵姫としては、色々と微妙なのかもしれない。
「悪い、蔵姫にそう思わせるのは光栄なんだが、ダチの受け売りなんだ。この店に女の子と入ったら、迷わず注文しろと言われててな、正直、限定の裏メニューだなんて知らなかった」
僕は肩を竦める様に言う。
「ほぅ・・・」
蔵姫は、全く信用していない素振りを見せる。
「成る程な。・・・ではそれが本当だとして、もし知っていた場合、貴様ならどうするのだ?」
蔵姫は目を顰める。
いや、これはジト目なのだろうか。
「注文するに決まっているだろ」
僕は当たり前の様に言い、蔵姫は溜息を付く。
「やはりな。貴様がどう言う奴か、解った気がする」
蔵姫は冷やかだった。
「所で蔵姫、なんで一口だけ残して眺めているんだ?」
時間も経ち、そろそろ御開きかな?と思った僕は、最後の一口を残す蔵姫に質問する。
「次回は無いからな」
蔵姫はそう言って、名残惜しそうに、その一切れを眺める。
「なんで?」
僕は当たり前の様に聞き、首を傾げる。
「私が注文しても、出て来ないのだから、仕方がないだろう」
蔵姫は残念そうに言う。
「じゃぁ、なんで蔵姫は、その出て来ないケーキを今、食べているんだ?」
僕の作り笑顔も、今日何度目だろう。
「馬鹿にするな、私が言っているのは・・・」
蔵姫はそう言い掛けて、僕の言っている意味を理解したのだろう。
「やはり貴様は、女っ垂らしなのだな」
そう言いながら、蔵姫は残った一口を更に二つに分け、口に入れる。
「ふん!」
何故だろう?蔵姫は面白くなさそうに鼻を鳴らし、しぶしぶ残ったもう片方を僕に差し出す。
「食べないのか?」
僕は、その行動の意味が掴めず、蔵姫を見る。
「最後の一口を相手に食べさせると、次も同じ相手と来れるジンクスが在るらしい」
蔵姫は目を逸らしながら言う。
それは、次回が有っても良いと言うサイン。
蔵姫は、本当に甘い物が好きなのだ。
ほんの少し、頬が赤くなっているのは気のせいでは無いだろう。
蔵姫に対する印象が、どんどん変わって行くのが僕には面白く思われた。
「食べさせてはくれないのか?」
これは、僕としてのほんの悪戯心。
「貴様、殺されたいのか?」
蔵姫はそう言いながらも、さらに顔を昂揚させる。
怒っているのか、恥ずかしがっているのか、見ていて楽しい事には代わりが無い。
僕はその一口を口に入れ、蔵姫に店を出る合図をする。
その時は言わなかったが、確かに美味しいケーキだった。
店を出た僕達は、浅田邸の方へと歩き出す。
蔵姫と話し込んでいたせいで、到着は丁度、昼時となるだろう。
「蔵姫、家に寄って、飯食うだろ?」
僕はそう言いながら、ふと、街角に立つ男性に視線を停める。
・・・?
見慣れない服を着ている。
中国系なのだろうか?
原色で統一されたその服は、艶やかで、まるで映画の世界から飛び出した様にも見える。
ただ、他に気になる事と言えば、彼が長剣を携えている事と、誰も視線を向けない事だろう。
まるで、その存在が無いかのように。
もちろん、長剣を携えている時点で、まともな人間では無いと判断をする。
「蔵姫」
僕は彼女の名前を呼びながら、蔵姫に視線を向ける。
蔵姫は一瞬表情を強張らせ、全くの無表情へと、その面持ちを変える。
その視線は、やはり、僕と同じ方向を向いていた。
「すまない、用事が出来た」
蔵姫はそう言いながら、昼食の提案を断る。
僕は、彼女のその淡々とした言い草に、面白くない物を感じる。
「何か在ったのか?」
彼女は僕の問いに答えない。
そして蔵姫は、自分が見ていた方向とは反対の方へと、歩き始める。
その雰囲気、聞いた所で答える気は無いのだろう。
僕は視線を戻し、ふと、中国系の服装をした男性が居なくなっている事に気付く。
蔵姫は、その方向に、何を見たのだろう。
僕は、笑いが込み上げて来るのを感じた。
白薔薇である蔵姫が動揺をする。
それは少なからず、他の薔薇が関わっているのだろう。
それは『アレ』と繋がる。
僕の視線に入ってきた男性、常識からすればおかしな存在。
それが関係するのかしないのか・・・。
まぁ、今日はこだわる事を止めよう。
物語は熟成してこそ、香り高く芳香を発する物だ。
相変わらず空は晴れ、雲ひとつ無い青さを見せている。
僕は心の中で、『また明日』と蔵姫に言いながら、浅田邸へと足を進めるのだった。
もう少しだけ、続きます。




