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朝霧  作者: KARINA
4/9

ローズブレイカー その2の3

私としょうこ♂お姉さま、そして、らいずまい先生の合作『朝霧』を、捨てるにはもったいないので、公開する事にしました。知ってる方も、知らない方も、最後までお付き合いして下さいましたら、幸いです。

おかあさんのてを、つよくにぎる。

ココはしらないトコロ・・・。

いそがしそうに、うごきまわってる人がいっぱい。

おとうさんは、しんせきの家って言っていた。

おかあさんは、おとうさんの妹さんの家って言っていた。

三人で出かけるのは初めて。

いつも、おかあさんが家にのこるから・・・。

ちょっと遠くて、つかれたけれど、いっしょのお出かけは楽しい。

でも、ぼくも笑っちゃいけないのかな・・・?

みんな困ったような、かなしいような顔をしている。

おとうさんと、おかあさんと、ぼくのおばさんだって言ってた人。

でも、ほかの人たちは、なんだかみんな同じ顔。

おこったり、かなしそうにしてるけど、みんな笑ってる。

だから、ぼくも笑わない。

きっと、顔で笑っちゃいけないんだ。

でも、どうしてなんだろう?

さっきも、女の子が泣いていてたのに、みんなしらんぷり。

どうしてなんだろう?

「端鷹、端鷹、こっちにおいで」

おかあさんがよんでる。

「端鷹、おかあさんと一緒に家の中の探検をしましょ」

「うん!」

やったぁ、おかあさんと遊べる。

・・・あ、いけない。

笑っちゃった。

笑うのを、やめなくちゃ。

きっと笑っちゃいけないから。

「いいのよ、端鷹。あなたは笑っていてちょうだい。あなたまでそんな顔をしては駄目よ」

おかあさんが笑った。

なんだ、笑っていいんだ。

ぼくはたのしくなる。

だって、おかあさんとたんけん!

なんだかドキドキする。

うちのなかをたんけんだ!

なんだかワクワクする。

いろんなお部屋をたんけん!

おおきなお部屋をたんけん!

ちいさなお部屋をたんけん!

テーブルのあるお部屋をたんけん!

かわいいお部屋をたんけん!

にもつがいっぱのお部屋をたんけん!

たんけん!たんけん!

おかあさんと、いろんなお部屋をたんけん、たんけん!

おかあさんといっしょは楽しい。

いっぱい、いっぱい、いっしょ。

つぎはどこをたんけん?、どこをたんけん?

あれ?おかあさんと、おばさんがお話している。

困ってる?

なんでだろ?

「端鷹、こっちへいらっしゃい」

おかあさんがぼくに、おいでおいでをする。

こんどはおばさんもいっしょにたんけんするのかな?

「ねぇ端鷹、家の中に女の子は居なかった?貴方より小さくて、とても可愛い女の子よ」

おかあさんのかおをみる。

かわいい女の子?

・・・さっきの子かな?

「探検の前でも良いわ。この家に来てから女の子を見なかった?」

おかあさんが、ぼくに笑ってくれる。

「いまはいないよ」

さっきの子は、もうどこかに行っちゃった。

「今は居ないの?・・・それじゃぁ、さっきは居たの?」

きっとあの女の子。

ないてたけれど、笑うときっとかわいい女の子。

「うん、ないてたよ」

「そう、居たのね!」

おかあさんがそういったら、となりにいるおばさんがなきだした。

「ねぇ端鷹、その女の子、『・・・ちゃん』って言うんだけど、何処に行ったか分る?」

あれ、なまえがよくききとれないよ。

でも、あの子なんだ。

きっとかわいいなまえ。

「さっき、おそとにでていったよ」

「そう、お外に行ったんだ。それじゃぁ端鷹、おかあさんと一緒にお散歩に行こう。それに、『・・・ちゃん』も迎えに行かないと可愛そうだからね」

「うん!むかえにいく」

うれしい。

おかあさんとおさんぽだ!

おさんぽだ!おさんぽだ!

「端鷹くん、お願いね!あの子を、あの子を・・・!」

おばさんがぼくをだきしめる。

きゅうにだきつかれたからビックリ。

だけど、すごく、すごくふるえてる。

「さぁ、行きましょう、端鷹」

やったぁ、おかあさんとおさんぽだぁ!

てをつないでいっしょにおさんぽだぁ!

「ねぇ、端鷹。『・・・・ちゃん』を見つけたら、声をかけてあげてね。一緒に帰りましょうって」

「うん!」

おかあさんが、てをひいてくれる。

しらないばしょ。

しらないみち。

しらないひと。

おかあさんが、てをひいてくれる。

だけど、あのこはいない。

しらないばしょ。

しらないみち。

しらないひと

おかあさんと、いっしょのさんぽ。

だけど、あのこはいない。

「公園だよ、端鷹。スベリ台だよ、端鷹。ほら、楽しそうだよ」

うわー、スベリ台だぁ!

ぶらんこもある!

ぼくもやりたい!

ぼくもやりたい!

「遊んでみよっか」

ぼくはおかあさんの手をはなす。

なにをしようかな?

どれをしようかな?

あれ・・・?

あれ・・・?

「どうしたの?端鷹。『・・・ちゃん』居たの?」

「うん」

また、ないてる。

みんなまわりにいるのに、ひとりでないてる。

なんでないてるの?

みんないるのに。

みんな、なんでしらないふりをするの?

ないているのに。

「端鷹、声を掛けてあげて。きっと待っているから。名前を聞いてあげて。貴方の声で」

おかあさんはやさしく笑う。

だからぼくも笑う。

『うん』

こえはださない。

そんなになかないで。

ぼくは手をさしだす。

「ねえ、なかないで。なまえをおしえて」

「・・・・・・・ぃの。・・・ぐず」

「ねえ、なかないで。なまえをおしえて」

「みんな・・ぃないの。・・・ぐず」

「ぼくはいるよ。なまえをおしえて」

「・・・・・『・・・・』だよ」

どうしてだろう。

みんなこの子のなまえがいえない。

この子もいえない。

「ぼくはいるよ。なまえをおしえて」

「・・・・・『・・・・』だよ」

あっ、きっとぼくにはきこえた。

この子のこえが、きこえたから、ぼくは笑う。

「いっしょにかえろぅ。おうちにかえろう。『・・・ちゃん』いっしょにかえろぅ」

ぼくは手をさしだす。

ぼくはこの子のなまえがいえてる。

「うん!おにいちゃんといっしょにかえる!」

やわらかい手。

・・・かえろう。

ちいさな手。

いっしょにかえろう。

みんなでいっしょにかえろう。

ねぇ、おかさん。

あれ?

・・・おかあさんがいない。

あれ?

おかあさん?

どうしてだろう。

うしろをむいた。

ねぇ、『・・・ちゃん。』

『・・・ちゃん』がいない。

あれ?・・・『・・・ちゃん』?

どうしてだろう。

あれ?・・・なんかへん。

あれ?・・・とってもへん。

あれ?・・・そっか。

ぼくは、思いだした。

あれ?・・・そっか。

ここは僕の世界。

あれ?・・・そっか。

今の僕はここには居ないんだ。

もう帰らなければならない。

だから帰るんだ・・・。

僕の世界で無い、本当の世界。

そこに存在した物は姿を消し、僕の意識だけが残されていく。

僕の世界は駆け足のように、世界は収束して行く。






・・・?

「ゆめ?」

そこは自分の部屋だった。ずいぶんとハッキリした夢だった。

まるで現実のような夢。

それは、過去にあった記憶の断片。

「母さん・・・」

それは、ほとんど思い出も無い、大切な人の呼び方。

意識がハッキリするにつれて、夢に出た母の事は大きくなり、夢その物の輪郭はぼやけて行く。

はて?どんな夢だったろう?

そんな事を考えながら、少し切ない気持ちだけが残留して行く。

まぁ、夢などと言う物は、少なかれそんな物であろう。

意識がハッキリした所で、着替えを済ませる。

僕は朝霧を肩に掛け、浅田邸の中の情報を見る。

蔵姫が居ない?

さくらさんは先に出ているとして、蔵姫は早く出る理由があるのだろうかと考える。

お泊りをしたからには、美姫と一緒に登校するのが最後の〆だと思ったのだが、彼女としてはそうでもないらしい。

もっとも、蔵姫には蔵姫の事情と言う物もあるだろう。

階段を下り、台所のテーブルへと付く。

「おはようございます」

僕は朝食の支度をしている歩美さんに、軽い朝の挨拶をする。

「きゃ!って、びっくりした。お早うございます、端鷹君」

驚いたような歩美さんは、すぐに変わらぬ笑顔で答えてくれる。

「もうすぐ美姫達も起きてくるでしょうから、少し待っててね」

そう言いながら、お味噌汁に入れる具をトントンと心地良い音を立てながらきざむ。

「あ、蔵姫は帰ったみたいですよ」

僕は反射的に言ってしまう。

パタパタパタ・・・と、何時ものように廊下を小走りする音が聞けてきた。

「お母さん、蔵姫ちゃん居ないよ?何時帰ったの?」

それが彼女の朝の第一声であった。

「ほら美姫、挨拶が先でしょ」

「あ、ごめんなさい。お兄ちゃんお早うございます。お母さんお早うございます」

歩美さんに諭されて、機械的に美姫は挨拶をする。

「で、蔵姫ちゃんは何時帰ったの?」

オオムのように、繰り返し質問する美姫を可愛いと思ってしまう。

「私も今聞いたのよ、端鷹君に。蔵姫ちゃんが朝ご飯も食べないで帰っちゃったって」

「ふぅ~ん・・・って、なんで同じ部屋の私が知らないのに、お兄ちゃんが知ってるの?蔵姫ちゃん、お兄ちゃんには挨拶してったの?」

美姫は、燻しげな視線を僕に投げかけて来る。

「玄関に靴が無かったってだけ。別に僕に何か言っていった訳じゃないよ」

面倒な説明をしても仕方が無い。

僕は、淡々と答える。

「そうね・・・、それなら美姫、リビングのテーブルの上を見て来てみて」

そんなやり取りを見ていた歩美さんは、何かを思い出したように言う。

美姫はハテナマークを頭に浮かべながら、テッテッテと擬音が似合いそうな感じで、隣のリビングへと向う。

「なんか有るよぉ」

そう言いながらもっどって来た美姫の手には、手紙らしき物が握られていた。

「中を見て見なさい」

歩美さんは微笑みながら、どこか楽しそうに言う。

おそらく彼女には、その手紙の内容が分っているのだろう。

「あ、蔵姫ちゃんからだ。なになに、食事と楽しい時間の提供に感謝する。ですって。どゆ事?」

美姫の頭の上には、露骨な『?』マークが浮かぶが、歩美さんはその意味が解かっている様だった。

「見送られるのが嫌なのね、きっと。本当、昔の桜ちゃんに似ているわ」

フフフフ。

と、微笑みが聞こえそうな程、歩美さんは嬉しそうだった。

「声くらい、掛ければ良いじゃない!」

納得が出来ないのか、美姫はプンプン!といった感じで椅子に座る。

「世の中にはね、愛情が深いからこそ、見送られたく無いって人も居るの。だから駄目よ、学校で蔵姫ちゃんに食って掛かったりしちゃ」

さすがに自分の娘だけあって、歩美さんは美姫が学校で何をするかが分かっているようだった。

でも、無駄だと思いますよ歩美さん。

美姫は間違いなく蔵姫に文句を言うと思います。

僕は心の中でそう思っていた。

「じゃぁ、今日も一緒に登校してね。お兄ちゃん!」

「はぁ?なんでそうなる?」

突然自分に話を振られ、美姫の行動原理を考えてしまう。

「この状況で一人登校なんかしたら、まるで私、嫌われ者みたいでしょ!」

自己中な意見ではあるが、そう言われれば、言わんとしている事は分からないでもない気がしてくる。

「良いよ、別に。今日は時間に余裕も在るし、駄目だって言っても、合わせるんだろ?」

走った所で、美姫がそれに付いて来る事は昨日の時点で判っているし、駄目だと言っても、言う事を聞くような雰囲気ではなかった。

「そうと決まれればお兄ちゃん!朝食早く食べちゃって!」

『よっしゃー!』と美姫はガッツポーズを決め、歩美さんが出してくれた朝食を流し込み始める。

しかし、ガーーー!と音が聞こえそうなその食べ方は、女の子なのだから、やめた方が良いと思う。

「そんなに慌てる必要も無いだろ?」

せっかくの朝食を、味すら分からなそうに食べるのも、もったいない。

「だめよ!今日はゆぅ~っくり、登校するんだから!」

どうやら彼女は、早く家をでた分、その時間を登校に費やすつもりらしい。

「おひぃーちゃん、はひゃくたへて!」

もごもご食べながら美姫が喋る。

「・・・」

僕は作り笑顔でそれを眺めながら朝食を取る事にした。

作り笑顔の仕方まで教えてくれた道元先生に感謝するしかないだろう。

その後、美姫の餓食乱舞を見せ付けられた僕は少し胸焼けをし、彼女の意外な側面を認識する。

程なくして、僕と美姫は学校へと登校する事になる。

「二人とも、忘れ物はない?」

心配・・・と言うよりは、確認なのだろうか?

歩美さんは当り前の様に、定番の質問をして来る。

「大丈夫です」

僕はそれに端的に答え、何時もの様に笑顔をかえす。

「美姫はどう?」

歩美さんの視線が自分の娘へと移る。

「うん、私は大丈夫だよ。ってか、忘れ物に関しては、母さんの方が心配なくらいだよ」

「あら、あら」

歩美さんは頬に手をあてて笑っている。自分の娘に心配された事が、嬉しかったのだろうか?

その笑顔は、見惚れてしまいそうな程、優しかった。

「それじゃ、行って来ます」

「はい、いってらっしゃい」

小さく手を振りながら、交互に挨拶を交わす。

家の外に出た僕は、軽く背伸びをする。コキッ、何処かの関節が、小さな音を立てる。

僕は改めて深呼吸をする。

季節がらか、すっかり涼しくなった空気は、気持ちよいこそは有れ、不快と言う事は一切無い。

空を見上げる。

「ねぇ、お兄ちゃん、空を見上げて、なにを見てるの?」

美姫に声を掛けられ、僕は呟く。

「雲・・・」

思わず眉をひそめる。

何時だったろう?同じような会話をした事が在るような、そんなデジャブに襲われる。

「どうしたの?急に渋い顔して」

「なんでも無い。それより、早く学校へ行こう」

誤魔化す必要など何処にも無いのだが、説明をする必要も無いので、僕は話題を変える。

「お兄ちゃん、さっきの私の話、聞いてた?ゆっくり行くの。ゆぅ~~っくりとね!」

「あぁ、そうだったな・・・」

どうでも良い僕は、やる気の無い返事をするが、美姫にとっては関係が無いようだった。

それから美姫は、昨日あった話、友達の恋愛の話、テレビから仕入れた話、それから意味の解らない話まで、止まる事無く話し続けた。

僕は相槌を打つだけで、延々とその話に付き合っている。

不思議とそれが苦痛では無くて、ただ、美姫の話を聞き続けた。

ただ困るのは、美姫が事在るごとに僕の腕に絡み付き、自身の胸を押しつける様にする事だろうか?

昨日、さくらさんの前でも同じように腕に絡み付いてきたが、彼女は小柄な割に、決して細身では無いと言う事。

つまり、見た目以上の胸のボリュームがその下には存在するのである。

絡まれたその回数だけ押し付けられ、何度も何度も繰り返されると、精神衛生上非常に善くないと言う事だった。

「少し離れてくれないか」

僕は、困った感じで言ってみる。

「なんで?」

「なんでって、さすがに僕でも恥ずかしいだろ?」

これは、ごく当たり前の意見。

「お兄ちゃん、恥ずかしいんだぁ~。じゃぁ、こんな感じでどう?」

にへらぁ~っと、嫌な笑いを見せた美姫は絡める腕に力を入れる。

「うりゃ、うりゃ、うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃ!」

僕の言葉に勢いづいた美姫は、ここぞとばかりに自分の胸を僕の腕に押し付けてきてくる。

正直、たまった物ではない。

「怒るぞ!」

照れ隠しも入ってはいるが、そろそろ人通りも多くなって来ている。

注意も兼ねて、少し強く言ってみる。

それに僕は、ベタベタされるのもあまり好きではない。

「あれ、怒っちゃった・・・?」

美姫は手を離し、足を止めた。

叱られた子猫のように・・・、と言うべきだろうか。

「まだ怒ってはいない。怒るぞって言っただけだ」

僕はそう言い、腕を組む。

実際、僕は怒っていない。

しかし、美姫にとっては思っていた以上に効果があったらしく、『しゅん』と擬音が聞こえる程、落ち込んでしまったようだった。

「ほら、行くぞ」

僕は美姫の頭に手を置き、少し頭をグリグリと動かしてやる。

「いたい!いたいって!お兄ちゃん、イタイよぉ。って・・・お兄ちゃん、やっぱり怒ってるでしょ!」

「怒ってない」

それなりの効果はあったらしく、美姫は逆切れしそうになる。

下手に慰めるよりは、この方が良いだろう。

「じゃぁ、手つないで良い?」

「はい?」

「腕じゃなく、手をつなぐのは良いでしょ?」

腕を組んで歩くのも、手を繋いで歩くのも、然程変わらないと思うのだが。

「手を繋ぐって・・・兄妹だってそこまでしないだろ」

「兄妹じゃないもん、従兄妹だもん」

美姫はブーとふくれて見せた。

どうやらこの際、理屈等は関係ないらしい。

僕は、「はい、はい」と言った感じで先を急ぐ事にした。

美姫に何処までも付き合っていたら、キリが無い。

・・・?

そんな中、以前感じた事のある違和感を感じて僕は足を止める。

それは、数日前と同じ違和感だった。

「どうしたの?」

突然足を止めた僕に、追い付いて来た美姫が不思議そうに話しかける。

「三・・・いや四人か・・・」

彼女の問い掛けに答えた訳ではなく、その風景の違和感に、僕は自然と声を出してしまう。

『アレ』になる前の黒田のように、それは虚ろで、どう見ても違和感が在る。

ダレも気にも留めていない。

そんな複数の人間が、同じ方向へと歩いている。

「なに?お兄ちゃん好みのすごい美人さんでも歩いてたの?」

美姫は眉間にしわを寄せる。

「いや、別に・・・」

僕は、足を止めた理由を話す訳でもなく、曖昧に答える。

「もしかして図星?」

怪訝な表情の美姫は、僕が見ていた者達の方を覗き見る。

「凄い美人さんなんて居ないじゃん!まぁ、確かに綺麗な類だとは思うけど。

でも駄目だからね、お兄ちゃん。

どんな美人さんが歩いてても、じろじろ見ちゃったら、変態さんだと思われるからね!」

美姫は何が面白くなかったのか、人差し指を立てながら、ぷんすかと説教を始める。

まぁ、立ち止まって居た理由は言える訳でもなく、はいはいと答えながら、理由の解からない小言に付き合わされる事になる。

「分かったんなら早く行くよ、お兄ちゃん」

勝手に納得した美姫は、僕の事に構う事無く歩き始める。

美姫に従うように歩き出した僕は、数日前の黒田のような『違和感』を持つ者達に再び視線を戻す。

居ない?

確かに居たはずのその存在は既に無く、登校途中の学生たちだけが視界に入ってくる。

朝霧の感覚を研ぎ澄ましていなかったとは言え、視界から消える程の時間はたって居ない筈なのだが。

「お兄ちゃん!早く」

「ああ・・・」

再び足が止まっていた僕は、強引に美姫から手を繋がれ、その場を後にする形となる。

先ほどまで、ゆっくり行こうなんて言っていた美姫は、少し苛立ち、足早にその場を去ろうとする。

女心とは、・・・難しい物だ。

それか少しだけ時間は過ぎ、僕達は学園へと近づく。

さっきまで喋り通しだった美姫は、嘘のように静かに歩いていた。

視界に入ってくるのは、相変わらずの独特な色の制服を着た生徒達。

多少の主観の違いは在ろうとも、少なからず女子の制服は可愛いと思う。

もちろん、僕の腕を引っ張りながら歩く目の前の少女も同じ制服を着ているのだが。

「ところで美姫」

「なに?お兄ちゃん」

「いつまで僕は、美姫と手を繋いでいれば良いんだ?」

美姫は僕と手を繋いだままだった。

他の生徒の数も増え、人目が気になりだしたのでそれを言ってみる。

「え・・・?」

美姫は周りに目をやり、なにげに他の生徒の視線を集めている事に気が付く。

手を振っている女子生徒が居る所を見ると、同級生がなにかなのであろう。

「うわ、見られちゃった!」

慌てる様に手を離す。

言われるまで気が付かなかったのだろうか。

てっきり意図的にしているものだと思っていた。

「早く言ってよ、お兄ちゃん!恥ずかしいじゃない!」

美姫は怒る様に言う。

「手を繋ぎたいって言ったのは、美姫の方だと思うんだが」

これは理不尽と言う物だろうか。

「限度があります!」

美姫は、『言い訳をしないで下さい』って感じでふくれる。

自分から手を握って来たくせに、どうやらこれは、僕のせいらしい。

反論をする気も無い僕は、美姫を置き去りにし、そのまま学園の校門を目指す事にする。

「あぁーーー、無視したぁーー!」

一際大きい声で美姫が抗議する。

少しして、ほんの少し空気が揺れる。

僕は、身体を少し左へずらす。

それと同時に小さな小石が僕の脇をかすめる。

「あぁーーー、よけたぁーーー!」

そりゃあ、後ろで「えい!」とか声が聞こえて、小さな風きり音が聞こえれれば、避けるだろ。

僕が振り向くと、後ろで石を投げた美姫が悔しがっている。

無視した事を怒るのは判るが、冗談では無く石を投げて来るとは、すごいな。

当たれば痛いのだから。

僕は笑う。

あれ・・・?

僕は楽しんでいるのか?

美姫とのやり取りを不思議に思う。

自分は、もっとシニカルな人間だと思っていたが、美姫の相手をしていると、どうも調子が狂う。

もっともそれは、些細な事で、どうでも良い事なのだが。

ふと、僕は時計に目をやる。

何処で時間を費やしたのだろう?

あまり余裕のある登校とは言えない時間になっていた。

「遊んで居ると、遅刻するぞ」

そう言いながら僕は、再び学園への道のりを進む事にする。

「あ、待ってよ!」

そう返事をした彼女は、次に投げる石を物色している最中だった。

・・・おもしろい娘だ。

そして、その後の順路には問題なども無く、遅刻をせず、学園へと辿り着く。

昇降口の前で、一旦止まり美姫が僕の方を向く。

「ねえ、お兄ちゃん。今日学校が終わったら、予定あるの?」

「・・・?いや、無い」

「それじゃぁ、まっすぐ帰ってね」

僕は、その言葉の意図を考える。

「何か有るのか?」

「何も無いよ。でも、今日はまっすぐ帰ってね、絶対だよ」

変な事を言う。

何も無いなら、強制する必要もないだろう。

だが、僕にとっては些細でどうでも良いだったが、美姫にとっては深刻な話らしい。

結果として、食い下がる美姫に対し、その事を了承し別れる事になる。

別れ間際に「絶対だよ!」と念を押した美姫は、一年の下駄箱へと向かった。

そうしている間に、予鈴は鳴り、他の生徒達の動きも忙しくなる。

漠然とした、思考的な何かが引っかかるが、それが何か判らない以上、どうする事も出来ないのかもしれない。

ココに居てもしょうがない。

そう考え、他に習う様に忙しく、僕も教室に向かう事にする。




午前中最後の授業の終礼が鳴る。

背伸びをしたり、そそくさと教室を出て行ったり、弁当を開いていたり、生徒達はまちまちな行動を取る。

ちなみにこの学園は、購買と学食の両方設置している。

教室から出て行く生徒が多いのはそのせいだろう。

たまには学食で食べるのも良いが、歩美さんの弁当が有る以上、そんな気は起こらないのかもしれない。

「あのぉ、・・・」

中里さんに声を掛けられる。

昨日、一緒に昼食を摂ることを断ったせいか、中里さんはおずおずと声を掛けて来る。

「どうしたの?中里さん」

「いえ、今日は御一緒させてもらっても良いのかなぁ、・・・なんて」

ふと、彼女の手に視線を落とす。

その手には、小さな可愛らしいお弁当がぶら下げられている。

女の子らしいとは、こう言った見た目の物を言うのだろうか?

「そうだね、一緒に食べようか」

僕は中里さんに笑ってみせる。

今日は、断る理由が見当たらない。

「それじゃ、前の机を僕の机にくっ付けて・・・」

僕は立ち上がろうとする。

「いえ、加々美君にお手間はとらせません!」

中里さんは僕を制止、素早い動きで机をドッキングして来た。

椅子に足のすねをぶつけ、一瞬動きがとまりはしたが、彼女は満面の笑みで僕との向かいに座る。

「痛くなかった?」

失礼かと思ったが、少し意地悪っぽく聞いてみる。

少しリアクションに期待する。

「・・・」

中里さんは、無言のまま笑顔を維持していた。

リアクションを取れないほど痛かったのかもしれない。

そしてその後、僕達は無言で弁当を食べ続ける。

無理に話すネタを振る必要も無いし、個人的にはこの状況を不快と思う訳ではない。

ただそれは僕自身の事であって、沈黙に耐えられなかった中里さんは、当たり障りの無いネタで話し掛けて来た。

「あの、可愛いお弁当ですね」

「え、・・・これ?」

そう言われて、自分が食べている弁当を改めて見る。

彩りは綺麗だと思うが、凝った物では無く、一般的な手作り弁当のようにも見える。

「そう・・・なのか?」

「はい!なかなかそこまでは出来ないんです。絵がらや文字で可愛くっては出来るんですけど、それを使わずに演出だけで可愛くするのはそれなりのセンスと愛情が必要になるんです」

自問自答のつもりで呟いた一言に、中里さんは丁寧に答えてくれた。

「加々美君のお母さんが作ってくれたんですか?」

事情を知らない中里さんは、一般的に当たり障りの無いと思われる事を聞く。

どうした物かと思う。

自分の母がどうのこうのと言うよりも、母さんの話を聞いた人の反応に困る時があるからだ。

「僕に母さんは居ないよ。随分前に他界してしまったから」

「あっ、・・・」

中里さんがうつむく。

笑顔で言ったつもりだったのだが、中里さんには、僕の一番困る反応をされてしまった。

だけど、黙ってしまうと言う事は、その人が真剣に捕らえてしまって居るからで、それを咎めたり、否定出きる物ではない。

中里さんは、人に対して、優しい娘なのかもしれない。

「中里さんが気にする事じゃない」

「でも・・・」

彼女はそれ以上喋ろうとはしない。

「中里さんのお弁当は小さいね。もしかしてダイエット中?」

僕は、中里さんに少し意地悪な質問をする。

今日二回目の意地悪だろうか?

「え?ち、違いますよ!わたしは元々少食なんです」

慌てたように中里さんは答える。

予想以上の反応からすると、少なからず核心を突いてしまったようだった。

「そんな事聞くなんて、加々美君は意地悪な人なんですか?」

中里さんは突然の質問に怪訝な顔をして僕を見る。

それはごく普通の反応と言って良いと思う。

「中里さんは、気付くのが遅いね」

僕はそう言いながら笑顔を作って見せ、止まってしまった昼食を再開する。

「あっ、・・・」

なにかに気づいたように中里さんは小さく声を上げる。

「優しいんですね、加々美君は」

「僕は、優しくなんか無いよ」

そう呟く。

事実、僕は優しくなんか無い。

今だって、何時までも落ち込まれているのが面倒なので、そうしただけ。

他意は無い。

それから僕たちは、会話らしい会話も無く食事を進める。

昼食も中ごろまで進んだ頃、静かに食事をとっていた中里さんが口を開く。

「少し羨ましいかも・・・」

「なにが?」

僕は、あらかじめ購買で購入していたお茶を飲みながら聞き返えした。

「加々美君の彼女さんが、羨ましいなって。それに彼女さん、可愛いし」

「・・・誰?」

中里さんの言っている事が分からず、思わず困惑する。

「だから、彼女さん」

彼女?

一瞬、さくらさんの顔が浮かんだりもするが、僕にとっての彼女は家族みたいなもので、それとは違う。

それ以外でそんな人が居たかどうかを考える。

悲しいかな。

僕には、『彼女』と言う言葉に該当する人物が思いつかなかった。

ここ十数年の人生の中で、女性と付き合った経験が、実は無い。

「彼女なんて居ない」

神崎の『さくらさんが僕の前カノ説』で勘違いしているかも知れないので、とりあえず訂正する。

「え、でも・・・、見るからに仲良く『手を繋いで』登校していらっしゃいましたよ?」

ほんの少し恥ずかしそうにしながら、中里さんはそう言う。

手を繋いで?

今朝の登校風景を思い出す。

まぁ、そうも見えなくは無いかもしれない。

「残念だけど、美姫は彼女なんかじゃない」

なにから説明したものやら。

そもそも説明が必要なのだろうか?とも思う。

「さすがに呼び捨てにしてらっしゃるんですね。

あ、それじゃぁ、お弁当も彼女さんが作ってるんですか?」

「いや、お弁当は美姫の母親の歩美さんが作っていて、」

「えぇー、家族ぐるみのお付き合いまでなさっているんですか?私ちょっとショックです」

悲壮感?みたいな物を出しながら、中里さんの話は、妙な方向へと転がり始めた。

「中里さん、美姫は僕の従兄妹なんだ。僕にとっては妹みたいな存在で、彼女とかでは無い」

「彼女さんは従兄妹なんですか!」

中里さんが天然だった事を思い出す。

少し頭を抱えたくなった。

ガラガラガラ。そんな中、見覚えのある生徒が教室に入ってくる。

「加々美君!元気かい!」

もちろん現れたのは、神崎だった。

奴は、自分に似合わない、可愛らしい弁当箱をもってこちらに近づいてくる。

下級生の娘にでも貰ったのだろうか?

内面はともかく、見た目が良いせいで神崎はよくプレゼントを貰う。

ちなみに知り合って間もないが、もし奴と美姫が付き合うなんて言い出したら、僕は絶対に反対をする。

それが容易に確信であると思える程、奴は人格者だ。

「元気かいって、お前、午前中ずっと同じ教室に居ただろ」

僕は嫌そうな顔をしてみせる。

これは挨拶みたいなものだ。

「俺が一番気になる人間がそこに居るんだ。何度だって確認するさ!」

神崎は、何の断りもなく近くの机をくっ付け、そこの席に座る。

「今日もまたダブルです・・・」

神崎が来たせいか、中里さんが恥かしそうにしながら意味不明の事を言う。

「そう言えば加々美くん、今朝はなかなか良いものを見せてもらったぞ」

当たり前のように弁当を広げ、神崎は話し掛けてくる。

「何の事だ?」

神崎のことだから、どうせろくな事ではないだろう。

「美姫ちゃんとの見事なオシドリ夫婦っぷりを見せてもらった」

その言葉に一瞬箸が止まる。

・・・こいつもか。

ため息がでる。

「神崎くん!彼女さんの事知っているんですか?」

話が中断して燻っていたのだろうか、中里さんが神崎に質問してきた。

「ああ、知っているさ!彼女の名前は『浅田美姫』と言う。桜ちゃんを前カノとするならば、美姫ちゃんは今カノ!

それに二人は、登校中に手を繋いで歩くどころか、人目の無い所では寄り添って腕を組んで歩いているくらいだ!」

「ええぇーーー!そんなぁーーー!」

中里さんがなぜか涙目になって僕のほうを見つめる。

いや、それより神崎貴様、新手のストーカーか?

「何処からだ、神崎。貴様、何処から付けていた?」

意識して居ないとは言っても、朝霧を帯刀していた僕が気が付かなかった。

一体どんな穏行を施しているんだこいつは?

「付けるなんて人聞きの悪い事を言う。偶然だ、偶然。それに何処からと、言われれば『うりゃ、うりゃ、うりゃうりゃうりゃうりゃ』の辺りからか?」

とんでもない所から見てやがる。

「うりゃ、うりゃ、うりゃうりゃうりゃうりゃって、なんですか?」

訳のわからない単語を聞いて、中里さんが神崎に聞く。

「中里さん、聞かなくて良いから」

無理だとは思うが、一応の制止はして見る。

結果として、僕の発した言葉は、こいつ等に対して米粒ほどの制止力も無かったと言う事だった。

かってに盛り上がる二人を、僕は眺めているしか無かった。

「しかしだな、加々美くん。いくら従兄妹で仲が良くても、彼女じゃ無いんだから、節度をわきまえないとな。

変な噂が立つから気をつけろよ!」

中里さんとの会話に一段落ついたのか、真面目な顔で神崎は言う。

「お前がそれを言うのか!」

うむ、一発殴って黙らせた方が良いのだろうか?

「えっ、それじゃぁ、彼女さんじゃ無いんですか?それなら早く言ってくださいよ」

横で聞いていた中里さんは、妙に嬉しそうにするが、僕にはこれ以上この話をする気は無かった。

そして実の所、僕は神崎に聞きたい事があった。

「なぁ、神崎。少し聞きたい事があるんだが良いか?」

話を切り替える様に、少し声のトーンを落として話す。

神崎は、何だ?と言った感じ。

「ここ一ヶ月程度で、学校に来なくなった生徒は何人居るんだ?女子生徒限定でいいから教えてくれ」

今朝の事も在り、そろそろ本格的に動くべきだと思う。

以前、神崎が言った『神隠し』が頻繁に起こっているのであれば、それに準じて少なからず不登校の生徒も多いはずだから。

「どうしてそんな事を聞く?」

神崎はつまらなそうに、そう言う。

「女子限定なら、お前は知っているのだろ?」

僕は、ある程度の含みも入れ、神崎の言葉を待つ。

「加々美君、それは俺の質問への答えじゃない。俺は何で加々美君がそんな事を知りたいのか?って聞いているんだ」

質問に質問で返して来たのは神崎が先だが、この際それは問題では無い。

神崎は、何かを知っているのだろうか?

「理由が必要か?」

それだけを言う。

僕にとって、理由を話すメリットなど、存在はしない。

「はぁ~、まったく北条先輩といい、加々美君といい、何でこの学園のイイ男ランキング上位はそんな発想ばかりするかなぁ」

「北条先輩?」

僕としては、初めて聞く名前である。

「あ、はい。うちの弓道部の先輩で、すごい美形の人なんです」

中里さんが、僕の為に解説的に言う。

「駄目だぜ加々美君、病気かなんかで休んでいる娘に見舞いに行って、ついでに『パクッ!いやぁ~ん!』なんて考えちゃ」

少し考えてから、神埼の言っている事を理解する。

どうやら僕と神崎との話の間には、チョモランマよりも高い隔たりが在った様だ。

「誰がするか、そんな事」

神崎と、真面目に会話をしようとした事を後悔し、項垂れる。

「もしかして、お疲れなんですか、加々美くん?」

そんな僕を、少し心配そうに中里さんが言う。

「恥かしがる事は無いぞ加々美君!世界の女性は全て俺たちの物だ!君が望むなら、俺が全てを与えよう!」

神崎がまた訳の分らない事を言うので、見えないように奴のすねを蹴る。

結果、椅子の上でうずくまるように悶える神崎は、それはそれで自業自得と言う物だ。

「神崎君もお疲れですか?」

そんな神崎に対し、中里さんは心配そうに覗き込んでいる。

しかし、この娘はそれを本気で言っているから面白い。

僕はまだ半分ほど残っている弁当を思い出し、箸を弁当へと伸ばした。

程なくして昼食は済み、神埼と中里さんは自分の席へと戻っていく。

気が付けば、午後の授業の予鈴が鳴り、いつもと変わらぬ授業は始まる。

そして、相変わらず空は蒼かった。









終業のベルが鳴る。

これで、午後の授業は全て終了。

そして僕は、自分の担当すべき掃除区域に移動いている最中だった。

掃除と言っても、生徒の掃除する場所は少ない。

以前通っていた所とは違い、清掃専門の業者がここには入っている。

その為生徒は、特定の場所以外を掃除をする必要が無かった。

実際生徒が掃除をするのは、専門教室、トイレ等になり、授業の一環としての役割を果たす。

結果、掃除当番と言う物が一ヶ月の内に一週だけ回ってくる事になり、僕はその当番に当たっていた。

廊下を歩いていた僕は、ふと、足を止める。

放課後だと言うのに、その廊下は妙に静まり返っていた。

そして僕の視界の中に、一人の男子生徒の姿が写る。

その生徒は何かを探すかのように目を配らせながらこちらに歩いてくる。

身長は少し低め。

それに女性と見紛うばかりの長髪。

なによりも、その人物の容姿に目を奪われてしまう。

かなりの美形なのだ。

ほんの少しの気の迷い。

そんな所だろうか?

僕はその生徒に声を掛ける。

「何か探し物ですか?」

男子生徒は静かに僕の方を見る。

襟の学年章を見れば、彼が上級生である事は容易に判る。

その氷のような表情。

何処か蔵姫を思い出させる程のそれは、その容姿の印象に、拍車をかける。

「私に何か用か」

目の前の生徒は僕の瞳を見据え、それだけを言う。

冷たく言い放たれた言葉は、まるで独り言のようにも聞こえる。

「いえ、なんとなくです」

僕は自分の行為が可笑しい物に思え、はにかみながら答える。

「ならば、無用の考えだ。私には声を掛けないで欲しいな、加々美端鷹」

・・・?

僕の名前を知っている?

「何処かで御会いした事がありましたか?先輩」

思わず探るように質問をしてしまう。

突然フルネーム呼ばれれば、だれでも警戒をするであろう。

「私の記憶では、この学園に、帯刀を許す校則など無かった筈だが?」

男子生徒は、質問への答えではなく、僕をはぐらかす様に思考を誘導する。

「見えて居るのか?」

僕は身構え、一歩引く。

もちろん、それが朝霧の事を言っているのは明白なのだが、彼はそれだけ言うと、当り前の様に、僕の脇を通り過ぎて行くだけだった。

一拍置いて振り返ると、その生徒の姿は既に無い。

そして、廊下立つのは僕だけで、この場に居たのは僕だけだったのかと、疑ってしまう。

彼はまったく音を立てていなかった。

自然に歩いているだけなのに、微かに空気の流れを感じるだけだった。

この学園には、さくらさんや蔵姫以外にも、とんでもない人間が居るのだろうか?と、そう思ってしまう。

話しかけた事を、気の迷いと思っていたが、案外そうでも無かったのかも知れない。

人では無い者、または人並み外れた者を気に留めてしまうのは、僕の体質のせいなのだろうか?

そんな風にも考える。

だが、この場に留まっても意味は無いだろう。

僕は気を改め、自分の向かうべき掃除区域へと足を進める。

いつの間にか廊下は生徒があふれ、学園の放課後らしさを感じさせていた。








空はすでに朱色に染まり、後一時間もせずに暗闇がこの街を覆う。

掃除に手間取って居た僕は、普段よりも遅い帰りとなっていた。

小学校の児童と思われる男子は母親に手を引かれ、家路を急ぐであろう姿は、微笑ましくも見える。

いつもと違う風景。

ちょっとした帰宅時間の違いで、こんなにも世界は変わる物だと、感心させられる。

ふと、美姫との口約束を思い出す。

「まっすぐ帰ってね、・・・か」

寄り道をした訳では無いのだが、時間的にはそれと同等だったりする。

美姫との約束は果たした事になるのだろうか?

そんな事を考えながら、僕は小さいながらも確りと据え付けられた門を開け、敷地へと入る。

「ただいま」

玄関の鍵を開けた僕は、慣れ始めた我が家へと足を進める。

歩美さんが帰ってくるには、少し時間が早い。

玄関には美姫の靴も無く、物音や空気の流れは感じない。

美姫はまだ、帰って来ては居ないようだった。

友達とそのまま遊びにでも行ったのだろうか?

そんな風に考える。

しかし、寄り道をせずに帰れと言った本人がまだ帰ってきていないとは。

美姫との約束を守る。

それほど意識して居た訳では無いが、なぜか釈然としない。

ふぅ・・・。

僕は肩の力を抜く。

気にしてもしょうがないな。

そう考えながら階段を上る。

自分の部屋へと入った僕は、学生服の上着を脱ぎ、ベットの上に横たわる。

何かを期待していたのだろうか?

自分の予定が、ぽっかりと空いてしまったことに気がつく。

何もすることが無い。

それはある意味苦痛なのだが、僕はあえて違う何かを探そうという気にはならなかった。

僕は、部屋の一点だけを見つめ、そして何を考えるでもなく、ただじっとしている。

じっとしていたせいだろうか、軽い睡魔に襲われる。

当面の目的が無い僕は、少し眠ることにした。

歩美さんか美姫が帰ってくればその音で目が覚めるだろう。

『ガチャ』

玄関のドアが開く音がする。

その音で目が覚める。

見渡せば部屋は暗くなり、窓から眺める風景も、闇にに閉ざされていた。

住宅街の中にある為か、家の周りは途端に静けさを増している。

僕は神経を研ぎ澄ます。

ほんの少し空気が動き、家の中に人が入ってくるのが分かる。

「歩美さんか」

僕はそう呟いてから、起き上がる。

着替えて無かった事を思い出した僕は、早々に私服へと着替え、制服のズボンを上着と同じハンガーへと掛けた。

着替えを済ませた僕は一階へと降り、歩美さんの居る台所へと顔を出す。

先ほど帰ってきた歩美さんは、既に着替えを済ませ、台所に立っていた。

「歩美さん、お帰り」

「きゃ!」

声を掛けられた歩美さんは少しビックリしたように声を上げる。

「端鷹くん、脅かさないで・・・」

「あ、すみません」

歩美さんは肩を撫で下ろすように、安堵の息を突いていた。

僕は常日頃、あまり音を立てずに歩いている。

それが原因だと思うのだが、歩美さんの反応が、ちょっとおかしい時が在る。

僕的に、態とやっている訳ではないのだが、普通の人には気配が無いと同じになるのだろう。

「端鷹くん、もう少し予告をしてから声を掛けてね。さもないと、おかずを一品減らしちゃうわよ」

歩美さんが笑顔で脅迫をしてくる。

実の所、歩美さんの「きゃ!」は、何度か耳にしているので結構堪えているのかもしれない。

「善処してみます・・・」

僕はそう言って、テーブルに付く。

「・・・あ、端鷹くん。夕食前だけど、おやつ食べる?」

一度キッチンに向き直っていた歩美さんは、あらぬ方向に振り向きながらそう言って、ため息を突く。

「あなた、椅子に座るのも音を立てないのね・・・」

歩美さんは改めて僕の方を向いてそう言った。

彼女にしてみれば、台所の入り口に立っていた僕がテーブルの椅子に突然移動したように見えたのだろう。

「おやつ、頂いて良いですか?」

「どうぞ」

そう言って僕の前にドラ焼きが差し出される。

そしてそこには、歩美さんの満面の笑みがあった。

「美姫・・・遅いですね」

ほんの軽い気持ちで、美姫の話を振ってみる。

「あら、美姫の事心配してくれるの?美姫が聞いたらきっと喜ぶわ」

歩美さんは、自分のことのように笑って見せる。

「心配と言うか、この時間で美姫が帰って来ていないのが、初めてなので」

思ったままを言う。

「それでいいのよ。あの娘にとっては、端鷹君が気に止めてくれるだけで十分なのよ」

「はぁ・・・、そうなんですか。でも少し遅すぎのような気が」

時計は既に七時を過ぎている。

何の連絡も無しに遅れる娘には見えないのだが。

「たまに在るのよ、遅い時が。気にしなくても大丈夫だと思うわ」

「そう・・・ですか」

僕は曖昧に返事をする。

「所で今朝、美姫は何か言ってた?一緒に登校したのでしょ。『帰りが遅れる』とか、それらしい事」

「いえ、別にそんな事は言ってませんでしたよ。ただ、僕には『まっすぐ帰れ』って、念を押してましたけど」

僕は苦笑いをしながら答える。

「そう・・・、美姫が端鷹君にそう言っていたのね」

一瞬、歩美さんの表情が曇る。

そして、何を思ったのか、台所の窓を開け夜の空を見上げた。

「うん、大丈夫」

歩美さんは誰に言うでもなく、独り言のように呟く。

「・・・?」

夜空と美姫に、何の関係があるのだろうか?

「ちょっと遅くなるかもしれないけど、美姫の事は心配しなくてもいいわ」

歩美さんは自信満々に言う。

母親の歩美さんがそう言うのだから、これ以上、僕がとやかく言う事では無いだろう。

その後、さくらさんから『遅れる』との電話を受け、僕と歩美さんは二人だけで夕食を採る事となった。

夕食を終えた僕は部屋に戻り、この後どうするかを考える。

美姫が『真っ直ぐ帰って』と言った事に対しては約束は守った。

何を目的に言ったかは知らないが、それに付いてはもう良いだろう。

それとは別に、さくらさんの帰りが遅いのも気になる。

さくらさんが残業をしている・・・と言うのも考えづらいし、アレ関係で動いているのは間違いないだろう。

昨日の夜に見た結界。

さくらさんや蔵姫に邪魔されること無く、アレとの対峙を望んだ僕は、何事も無いかのようにそれを無視した。

しかし、彼女らがそれに気が付かない保障などは何処にも無いのだ。

そう考えると、少し浮き足立つ自分が判る。

まぁ良い・・・。

出かけるにしても、歩美さんが寝るのを待った方が良いだろう。

時間は過ぎ、夜の11時を回る。

歩美さんの静かな寝息が聞こえてくる。どうやら睡眠モードへと、入ったようだった。

美姫は未だに帰って来てはいない。

歩美さんはああ言うが、この時間まで帰って来ないのは、少しまずいような気がする。

いったいこの時間まで、美姫は何をしているのだろう?

アレの事も気になるが、美姫が帰って来ていない事に対し、僕は苛立ちを覚え始める。

何だろう?

美姫の事を考えていると、どうにも調子が狂う。

それに今回は、何か見落としをして居る様な気がしている。

苛立ちと言うよりも、それは喉に刺さった棘のような感覚。

今朝から在る違和感が、僕の中でぶり返して来る。

物事をネガティブに考えることは、良くない事だと思う。

しかし、良くないイメージは更に同じようなメージを呼び起こす。

神崎が言って居た『神隠し』の事。

存在の薄くなった人達の事。

そして・・・帰らない美姫。

思い過ごしなら良いと思うのだが、それと美姫の事を、関連付けようとしてしまう。

僕はその理由を、自分の中に探す。

・・・。

今朝、昇降口で美姫と別れる時、何か引っ掛かる物を感じた。

その時は、然程気になるような物では無かったが、今にしてみれば、それは大きな事だったのかもしれない。

僕は記憶を呼び覚ます。

・・・美姫の言動。

・・・美姫の態度。

・・・美姫の動作。

何か気になる事が在ったのだろうか?

それを深く考える。

・・・。

確か美姫は、何時もの五割増位元気だった。

これは、関係が無い。

確か美姫は、やたらとじゃれ付いて来ていた。

ふむ、それは今日に限った事では無いような気がする。

確か美姫は、僕の視線を追いかけて『すごい美人でも歩いてた?』などとオヤジクサイ事を言っていた。

別段、おかしな事でもないだろう。

・・・?

そう、おかしな事では無い筈なのだ。

あれ?

何だろう?

何かが引っ掛かる。

美姫は、僕が見ていた方向を見てそう言っただけなのに。

別におかしな所は無い。

そう、それだけ。

あれ?美姫はその後に、何て言ったんだっけ?

曖昧になっている記憶をたどって、考える。

『凄い美人さんなんて居ないじゃん!まぁ、確かに綺麗な類だとは思うけど』と、そう言っていた。

どう言う事だ?

僕は頭の中でもう一度復唱してみる。

綺麗な類だと思う?

僕はそれを疑問に思う。

僕が視線を向けていた方角には、確かに女性は居たが、それは存在の薄くなっている人たちの中に居たと言う話で、道を歩く他の人達の中には、女性は居なかったのだ。

居ない?

そう、女性はその人だけだった。

「美姫には見えていたのか!」

そう思った瞬間、『これからどうする』よりも、身体が先に動いていた。

見えない筈の物が視えて居た。

それがどう言う意味を持つのかよりも、その事実が先行し、僕を突き動かす。

僕は躊躇無く朝霧を握り、その情報は僕に流れ込んでくる。

時間と共に馴染んでくる情報の束をまとめながら、僕は自分の部屋を出る。

いま考えている事を、否定しきれない自分を少し恨む。

本当の所、美姫の帰りが遅い事と、その事が関係していなければ良いとも思う。

もし、美姫には彼らが見えていたとして、あの時、美姫に何かしらの力が働いていたとしたら。

そう考えれば、その後の美姫の言動にある程度の説明が付く。

考えすぎと言う事もあるが、今は楽観的に考えるのは危険に思えた。

僕は部屋を出て、家の中の流れを探る。

朝霧を通しても、美姫がまだ帰ってきて居ない事が解る。

そして、歩美さんの落ち着いた寝息も変わる事が無かった。

きっと、彼女本人が「大丈夫」と言っていた通り、まったく心配していないのだろう。

それだけを確認すると、僕は家を出る。

そして僕は、夜の空を見上げる。

そこには満天の星空が広がり、雲ひとつ無い清清しさが存在していた。

美姫の事が気になって、家を出てきた筈だったが、思いのほか気分が落ち着いている事に気が付く。

僕は本当に美姫の事が気になっているのだろうか?

黒田の時もそうだったが、僕は『アレ』との出会いを望んでいるだけなのかも知れない。

そう、それだけなのかも。

僕の思考は揺れる。

らしくないな。

僕は、そんな考えを振り払うように一度首を振る。

今は、どうやって美姫を探すかが、先決であった。

がむしゃらに探すのは、得策ではないと思う。

しかし、美姫の行きそうな場所も、周辺の詳しい地理も判らない以上、方法はそう無かった。

まずは僕でも判る場所・・・。

「学園くらいか」

そう独り言を呟いて、僕は足を学園に向ける。

走りながら思ったのだが、朝霧と言う物を改めて考えたくなってしまう。

まかりなりにも日本刀の形をしているのだから、材質は珠鋼か何かの鋼鉄の筈である。

しかし、ここ数日の中で朝霧の重さはどんどん軽くなり、常識とは別の話で馴染んで来ている気がするのだ。

まるで朝霧からの情報が馴染むのと同じように。

それが良い事なのか、それともそうで無い事なのか、今はまだ、判断出来る物ではない。

そんな中、走りながらであるが、僕は何度か人とすれ違う。

改めて思うのだが、朝霧から見た人は、それぞれ色のような物を持っている。

それを簡単に例えると、光のような物と言う事だろうか?

それぞれ強さや色がちがう光。

朝霧と初めて繋がった時から、それは在り、今も同じように見えている。

僕個人としては、チョット面白いとも思ったりもする。

これが霊的感覚の補完なのだろうか。

ふと、朝霧を通して見える美姫の姿を思い出す。

白く透き通った、とても綺麗な色をしていた。

・・・そして強い。

すれ違う人たちと、あまりにも違うそれは、神々しいと言う言葉を思い出させるほどの強い光なのだ。

こう言う事も、不幸中の幸いと言うのだろうか?

朝霧を身に着けている限り、人ごみの中に居ようが、美姫のそれはすぐに分るであろう。

少しは探す行為が楽に思えて来る。

僕はペースを落とす事無く、走り続けるた。

十分程度走ったのだろうか?

僕は学園の前にたどり着き、辺りを見回す。

既に学園は静まり返り、ひと気はないと判断をする。

ここでは無かったのかもしれない。

元々確信があって来た訳ではない。

駄目元ではあった。

念の為、閉じられた校門を飛び越え、学園の中へと入る。

気配を消し、静かに校舎の中を軽く見て回る。

どうやら当直の先生の他は、誰も居ないようだった。

本格的に、ここではないようだ。

僕は、校舎の屋上に出て、これから何処を探すかを考える。

相変わらず空は、満天の星空である。

「さて、どうする?」

正直、まったくあてが無かった。

勢いで出てきたのは良かったが、自分の無計画さに思わず舌打ちをしてしまう。

屋上の手すりにひじを掛け、街を眺める様にする。

ひときわ目立って見えるのが繁華街だろうか。

浅田邸から、そうは離れていない筈なのだが、住宅街のそれとはまったく違う光を見せる。

美姫はあの中に居るのだろうか?

僕はそう考える。

ただ友達と遊んでいるのであれば然程の問題もないのだが。

まぁ、それはそれ。

そんな風に思いながらも、僕は視線を移す。

ふっ。

美姫の事を心配していても、どうしても口がにやけてしまう。

どうした物かな?この風景。

「くっくくくくくっ」

視界に入る、有り得ない様な風景に僕は、下品な笑い声を漏らす。

美姫とこれは別の事。

それは家の方向とは反対の方向。

繁華街の灯りとは別に、僕の瞳にはハッキリと映し出される物。

学園から少し離れた所の一角が、まるで他の物と違う色に見える。

建物の明かり等ではない。

その場の空気・・・いや、空間といった方が良いだろう。

これは、朝霧が見ている風景で、紫色のそれは、懐かしくも、恋焦がれるた空間であった。

気持ちの良い色では無い。

人が発している光と似てはいるが、人が発している光と比べると、大きすぎ、またどす黒い物だった。

「昨日のまま・・・か」

僕は確かめるように呟き、品定めをするように、その光景を眺める。

どうする?

美姫を優先するか、それとも『アレ』を優先するか・・・。

正直な所、自分の欲望を抑えきれる自信が僕には無い。

理性は美姫を優先し、欲望は『アレ』を優先する。

そんな風に考えて居る中、不意に異変を感じる。

その空間に、時より違う光が上がり、その紫色の空間が揺らいでいるのだ。

その光は、美姫程では無いにしろ、強い光を放っていた。

まさか誰かが、『アレ』と闘っているのか?

それは、あまり嬉しくない現象であり、また、嬉しくない予想でもある。

考えている暇はないだろう。

「ちっ」

僕は舌打ちをする。

理性と欲望を天秤に掛け、自分の都合の良いように解釈する。

『アレと関わっている可能性が在るのであれば、美姫があそこに居る可能性もしかり・・・』

そう考える。

だとすれば、美姫が危険に晒されている可能性も高く、無事に帰って来れる可能性も低くなる。

なにより、誰かが闘っているのだとすれば、僕より先に『アレ』を倒してしまうかもしれない。

それは、どちらもマズイ状況と言えるだろう。

僕の唇は、自分で分るほど、歪にゆがんでいく。

欲望的な物が先行し、紫色に見えた空間の方に向かう。

我ながら恥ずかしい話なのだが、全力で走ったせいで心臓の鼓動は高くなり、身体中の筋肉が悲鳴を上げる。

一般常識を度外視したスピードは、さくらさんや蔵姫の世界と同じ領域なのかもしれないと思う。

朝霧から流れてくる情報と、身体のリズムを合わせる。

身体はスムーズに動き、リズムは崩れる事なく、刻む。

程なくして僕は、その場所にたどり着く。

そこは、数日前にも立ち寄った、見覚えの有る公園だった。

「黒田・・・」

そこは、黒田を最後に見た場所。

そして、おそらく蔵姫が黒田を葬り去った場所。

僕は公園の入り口付近に目をやる。

先日は気が付かなかったが、気持ち程度の案内板が有るようだった。

それに目を通す。

町のサイズに不釣合いなほど、大きな公園である事が判る。

再び公園に視線をもどした僕は、以前に見た、その空間を凝視する。

まるで隔離された空間。

公園の空間だけが紫色に塗り分けられているように見える。

『結界』

蔵姫のような、綺麗な色では無い。

酷く不愉快な物だと認識する。

恐らく普通の人間は、ここに入る事も、ここから出る事も出来ないのだろう。

自分でも不思議なのだが、それを当たり前の様に肯定してしまっている。

僕は、公園の中へと進む。

校舎の上から見えた別の光は、今は見えない。

公園のなかに入って気が付いたが、ここは酷く血の匂いがする。

人が怪我をした程度では、こんな匂いはしない。

『この場所は危険だ』と、理性が警告のランプを点滅させる。

それは、何かを思い出させる感覚。

僕は、感覚を研ぎ澄ます。

うまい具合に風や町の騒音が無い。

これならば、朝霧の助けで、かなりの範囲を把握出来そうだった。

公園内に人、若しくはそれらしい物が三つ程動いている。

それぞれが牽制するように距離を取っているが、僕の存在にはまだ気が付いていない様だった。

とりあえず、僕が急に襲われるなんて事は無いと思う。

もっとも、あくまでも『大雑把』になので、それ以外の何者かが存在していても、驚く物でも無かった。

まあ、その時はその時である。

僕はまず、それらとは別の、強く血の匂いのするほうに近づいて見る。音は立てていない。

実際に近づいて、足元に転がるそれを確認する。

予想通りと言うか、判りきっていた事なのだが、人の死体だった。

性別は・・・衣服から見て、女性。

原型を留めてはいない。

只の肉塊と成り果てている。

今日の朝に見た、存在の薄くなっている女性の服に似ている。

僕にとって、あまり嬉しい状況では無いかもしれない。

もし、この肉塊が今朝の女性だとしたら、他にもこれのような物がこの公園にはいくつか存在するのだろう。

確信があるわけでは無い。

ただ、それほど血の匂いが分散しているのだ。

「他にも・・・か」

呟いたと同時に、これを女性だと判断した時の感じを思い出す。

息が詰まる感じ。

見た瞬間に美姫では無いと判ったが、美姫の姿を連想し、あまり体験した事の無い感情に襲われる。

恐怖とは違う感情。

その感情が何であるかは、僕にはいまひとつ解らない。

目の前の死体から、直接感じる物ではなく、もっと間接的な感情である。

なんだろう?

やけにざわつく。

あまり愉快な感触ではないので、その事を考えるのを止める。

他の動いている物達を確認し、その事を考える。

ここよりも奥の方で、それらはそれぞれ動いている。

全てが『アレ』や、そういった類の物なのかどうか、それは判らない。

もしかすると、まだ無事な人が居て、逃げ回っている可能性もある。

どっちにしろ、それらに接触しない事には僕的な進展は起こりそうにも無いと考えた。

ふむ、僕はあえて気配を消さないような行動をとる。

大雑把と言うか、雑に歩いてみる。

普段はした事の無い、音を立てた無駄な歩調。

これで居て、なかなか難しい。

歩美さんには当分、驚いてもらうしかないだろう。

僕はそう思いながら、しばし駄足を楽しむ。

確信の在る行動では無かったが、この公園に居る物にとってはこれで十分だったようだ。

三つの動いている物の内、一つが反応した。

そして急速に僕へと近づいてくる。

まるで獣のような恐ろしいスピードだった。

恐らく、人では無い。

だが、それが僕の目の前に現れる前に、僕は疾走を始めていた。

原因は、女性の悲鳴。

動いていた物の一つは、人間の女性だったようだ。

多分、間違いは無いと思う。

声が若い・・・。

悲鳴だけでは人物を特定するのは難しいが、僕は『美姫では無い』との確信が持てなかった。

逆も然り。

しかしまぁ、よくもタイミング良く声を上げてくれる。

「ちっ」

僕は軽い舌打ちをする。

これでは、わざわざ僕の存在をアピールした意味が無い。

逆に、危険を持ち込むような物になってしまう。

仕方が無いな・・・。

そう思い、悲鳴を上げたと思われる人物に近づく。

もう一つの存在が、人間であるかかどうか分らない以上、それが最善と考えられる。

僕がこちらを相手にしている間に、声の主が襲われないとは限らないのだ。

「大丈夫か!」

その小柄な体格の女性を見つけた僕は、声を掛け近寄る。

そこは外灯とベンチの置いてある小さな広場のような場所だった。

メイン広場ではないが、ちょっとした休憩所と言った所であろうか。

「え?・・・お、お兄ちゃん?」

その女性、美姫は、肉塊と成り果てた物の前に座り込み、半分呆けるように僕を呼ぶ。

状況はどうであれ、僕は美姫を見つけた事に安堵感を覚える。

どうやら美姫は、肉塊を見て腰を抜かしているようだった。

しかし、実際に美姫が居ると言う事は、やはり『アレ』に美姫も関わっている可能性が有ると言う事で、あまり嬉しい事では無かった。

僕は、何気にこの状況を恨む。

正直、美姫で無ければ、『見捨てる』位は考えていたのだ。

せっかく『アレ』と全開で対峙出来る時だと言うのに、いやいや、淡い希望だったようだ。

僕は、有無を言わさず美姫の腕を捕まえる。

「え?え?何?・・・イタッ!」

美姫は、突然僕が現れた事に困惑しているようだった。

「とりあえず隠れてろ!いいな!動くなよ!!」

何かが迫ってきている以上、説明の時間は無い。

僕は言葉の最後に、意図的に圧力をかける。

一般的にはこれを『凄む』と言うのだろうか?

美姫は一瞬「ひっ!」と青ざめたように声を上げ、意味も判らず身体を強張らせる。

少し美姫に可哀想な事をしたが、下手に動かれても困る。

今は仕方が無いと考える。

美姫を草むらに隠れさせ、僕は少し離れる。

見た目上、美姫を突き飛ばして無理矢理草むらに突っ込んだ感があるが、お互いが生き残れたら、文句の一つや二つは聞いてやろう。

そして僕は振り返る。

そこには先ほどの、人では無いであろう『アレ』が既に追いついていた。

それが動きを止める。

距離にして十メートル程度だろうか。

それは僕を見つめていた。

思わず唇がニヤケル。

あぁ・・・、

僕はなんて運が良いのだろう・・・。

そして僕の中で、再び警告のランプが点滅する。

『アレ』は僕にとって、唯一の『恐怖』。

『アレ』は僕にとって、唯一の『快楽』。

『アレ』と目が合う。

まるで痺れのような物が全身に走る。

『アレ』はまだ動こうとしない。

だけど僕は。

あああぁ、これは間違いなく『恐怖』。

それは間違いなく『恐怖』。

僕は、口を手で抑え、下を向いて呟く。

「「ああ、・・・、

・・・今夜は運がいい。」」

『にやり』と擬音が聞こえそうな程、唇が歪む。

そして僕は、ハーモニーのように声が重なるのを感じた。

一つは人のような声。

もう一つは獣のような声。

偶然なのか、『アレ』と僕は同時に言葉を発したようだった。

どちらを僕が発したのか、どちらの声がそう聞こえたのかは、僕には分らなかった。

それ程、僕の感情は昂ぶって行く。

「オイシソウ・・・」

『アレ』は、たどたどしい言葉で言う。

「ハ・・・ヤクシな・いと・・・あれが・・キて・・しまう・・・」

『アレ』の発した言葉は僕に言った言葉では無いように響く。

『アレ』の周りには、紫色の禍禍しい色が揺らぐ。

どうやら『アレ』は、すぐにでも僕を殺したいようだ。

僕の唇が更に吊り上る。

とても抑えられそうに無い。

ああ・・・・、

なんて甘露な味なんだろう・・・。

僕は全身を襲う『恐怖』に酔い痴れていた。

そして、先に動いたのは『アレ』の方だった。

『アレ』にとって、僕との間にあった距離は無いに等しい物だったのだろう。

人では到底達することの出来ないスピードで間合いを詰めて来る。

次の瞬間、僕のすぐ目の前に存在する『アレ』は、振りかざしていた手を僕に振り下ろす。

ごぎゅ・・ぐじゃ。

肉が裂け、骨が砕ける音。

それは生温かいような感触。

僕は妙な懐かしさを覚える。

いつだったかなぁ・・・この感じ。

「ギャウァァーーーーーーーーーーーーーー!ナゥンデダァーーーーー!」

あまりの痛みにのた打ち回ることしか出来ない。

そんな感じ。

見れば『アレ』の右腕が、獣にでも毟り取られたように無くなっている。

僕はただ、襲い掛かる『アレ』の腕を、抜きながらの朝霧の刀身で受けただけだった。

触れただけで喰らう。

まったく朝霧は出鱈目である。

片腕を無くした『アレ』は苦しみの表情を表に出し、人ならざる瞳で僕を睨む。

全身に痺れのような快楽が走る。

痛みの為か、『アレ』はその場にうずくまり、もがき苦しむ。

苦しんでいる姿を見てもなお、『アレ』は僕にとっての『恐怖』だった。

僕は、目の前で苦しむ『恐怖』に、何のためらいも無く朝霧を振り下ろす。

ごきゅ・・・ぐじゃ・・べっきっききききき。

斬撃と呼ぶにはあまりにも単純で唐突な一振りだった。

「ガぁはぁーー!ぎュぁーーー、ヤメぇろ・・ぎゅッ・・・・」

『アレ』が声を発したのもひと時。

朝霧にその存在となるべく肉体を全て喰らい尽くされ、その場に居るのは僕だけとなる。

「ひぁは、ははははははははぁ」

誰かが嫌な笑い声を上げる。

酷く耳障りな、・・・狂った様な声。

そして、それが自分の口から漏れている笑い声だと理解するのに少しの時間を労した。

肉を貪る感触がまだ残っている。

『恐怖』を貪る感触がまだ僕の中に残っている。

僕はその場に棒立ちになり、ただ朝霧を握っていた。

自分のした事の為では無く、ただ快楽の余韻の為に。

僕は『アレ』を殺した。

だが、殺したことによる何かしらの呵責を感じると言う事は無かった。

「はたから見れば、只の殺人狂だな・・・ふふ」

そんな言葉が自分の口から出る。

なんとなく可笑しかった。理屈では判っているのに、何も感じない。

その時起きた事、その時自分がした事を自然に肯定してしまう。

それを他人事のように見てしまう。

・・・僕は顔を上げる。

先程まで公園を包んでいた紫色の空間は、既に無い。

周囲はまるで何も無かったかのように、夜としての静けさを保っている。

酷く血の匂いがすると言う事以外は。

「後、一つ」

口に出して確認する。

『アレ』と美姫以外に動いていた物が一つ残っている。

結界のような物が消えた段階で、何かしらは終わっているのだろうが、気を抜いてはまずいだろう。

美姫を連れて、このまま逃げるのが最善かと思う。

そして僕は、朝霧を抜き身にしたままだった事を思い出す。

もっとも、影から見ていたとしても、美姫に朝霧が見えて居るかどうかは分らないが。

そんな朝霧の刀身に目をやり、僕にはただの刀にしか見えない事を確認するように眺める。

その矢先、空気が動く。突然動きを早める物を感じる。

残りの片方。

離れていたのでたかをくくっていたが、思っていたよりも反応が早い。

これでは逃げる事もままならないな。

腹をくくるしか無いだろう。

美姫を連れて逃げられる程、相手のスピードは遅くないようだった。

僕はそれが向かってくる方向を向いて待ち構える。

しかし、その動き・・・不意に空気の流れを感じなくなる。

左か?!

突然の圧力だった。

僕が感じていた方向とは違う方からの強襲。

ガン!!

重い重金属のぶつかり合う音がその場に響く。

反射的に朝霧でそれを受け流したが、予想以上の衝撃が僕を襲う。

「なっ・・・!」

弾いたそれは、信じ難い速度と重量を持った飛行物だった。

槍?いや、弓矢であろう。

槍と見紛うばかりのそれは、人が扱うには馬鹿馬鹿し過ぎる物だった。

そして、その衝撃の後、それを放った主が暗闇の中から現れる。

「まぁ・・、これを弾かれますの?」

その者は独り言のように呟く。

女性の声?

・・・それもかなり若い声。

突然の襲撃をかけてきたそれは、悪びれた様子も無く僕を見つめる。

「突然、力の大きい方が現われましたので何者かと思いましたが、人間でしたのね」

そう言いながら、優雅な面持ちを持ったその女性は、無造作に僕に近づこうとする。

女性としては、長身の類である。

ただ、あえてその違和感を語るのであれば、その女性が『巫女服』を着ていると言う事であろうか。

まぁ、それはどうでも良いと言えば、どうでも良い事なのだが。

『アレ』が『あいつ・・』と呼んでいた人物であろう。

校舎の屋上からも見えた、白く透き通った光。

それと同じ物を彼女は発っしている。

先程殺した『アレ』は、元々この人物と殺し合いをしていたのだろう。

つまりそれは、目の前の人物がさくらさんや、蔵姫のように、『アレ』と殺り合える程の出鱈目な人物であると言う事を物語っている。

気は抜けない。

「あら、そんなに警戒なさらなくても・・・」

にこやかな表情とは裏腹な、突然の右からの打撃。

彼女の言葉が言い終わるか終わらないかの瞬間、棒のような物での横殴りにされる。

軽くステップを踏んでよけたから良い様な物で、当たれば骨の二~三本はもって行かれるだろう。

言わない事ではない。

「まぁ、なんとすばらしい体術ですの?先ほどの鬼よりも、余ほどましのようですわね」

そう言いながら、その左手に持つ、身の丈を超える鉄の棒のような物を収めながら、にこやかに振舞う。

馬鹿馬鹿しい程のそれは、弓の形をし、背中に背負う鉄製の矢は、同じように馬鹿馬鹿しい程の重量を有するのだろう。

「なんの・・・つもりだ」

その理不尽な行動に、選択肢としてのランプが点灯する。

奴は危険であると。

「何のつもり・・・?」

彼女は笑う。

その満面の笑みは、目の前に立つ僕が、何かくだらない物であるかのような、そんな乾いた物だった。

「このような夜更けに、抜き身の刀を持った殿方が、これ以上無い程の妖気を発して居られるのですよ。どの様な道理が通ると言う物でしょう」

そう言いながら、彼女はその笑みをやめようとはしない。

出来れば穏便に・・・、と思うのだが、そうは上手く行かないのであろう。

「友好的に、とは行かないのかな?」

『アレ』で無い以上、僕としては恐怖が在る訳でもなく、また、テンションが上がる訳でも無い。

そんな中、僕の頭の中では『にげろ』と選択肢がなおも危険信号を点滅させる。

「何を今さら。貴方のその妖気、あまりにも垂れ流しすぎで、今にも反吐が出そうですわ」

妖気?

・・・そうなのだろうか?

僕には何も見えない。

僕の目には、ただ僕の手に握られている朝霧が見えるだけ。

朝霧を通して霊的な物が見えるようになったと思っていたが、どうやら自分や朝霧の事はその限りではないらしい。

しかし、よりによって妖気とは。

ショックなどでは無いが、あまり嬉しくなかった。

「一つ聞いていいか?」

僕は唐突に質問をして、体の力を抜く。朝霧は鞘に納めた。

かなり危険な事だと判るが、そのまま言葉を続ける。

「僕には他にやらなければいけない事が有るんだが、どうしても闘わなければならないのか?」

僕がここに居る理由の一つに『美姫を探す』と言う目的が在り、『アレ』が居なくなってしまった以上、『危険が無ければ』それが最優先となる。

繰り返すが『危険が無ければ』ある。

つまり、なおも選択肢は『にげろ』と僕の中で点滅し、美姫を置き去りにするのが、僕としては最善の選択な筈なのである。

どうも美姫が関わると、調子が狂う。

やれやれ、と言った感じである。

「・・・」

目の前の巫女さんは、何かを考えるかの様に押し黙る。

「僕の話をきいているか?」

「妖気を消して、気配を断ちましたね。驚く程素晴らしい穏業ですわ」

巫女さんは、残念ながら僕の話など聞いていないようだった。

「君がどう思っているかは分らないが、僕の方はこのままやり合う気は無いんだ」

僕の言葉に対し、巫女さんは怪訝な顔をする。

「見逃せと?」

刀を納めた僕に、どう対処しようか考えていると言った感じだろうか。

「簡単に言うと、そう言う事だ」

僕は身体の力を抜き、抵抗する意思が無い事を見せる。

「まぁ、良いでしょう。妖気も収めたようですし、今の貴方は人として行動しているようですから」

・・・?

以外にあっさりとした返答に、僕は少し疑問を感じる。

問答無用、と言われてもおかしくは無い状況である。

しかし巫女さんは、『ペコリ』と頭を礼儀正しくさげると、何事も無かったかのように立ち去ろうとする。

「いいのか?」

「妙な事を。見逃せと言ったのはそちらでしょう?」

相変わらず巫女さんは乾いた笑いを見せる。

蔵姫といい、巫女さんといい、どうも考えている事が解らない人達ばかりだと思う。

「そう言えば、貴方のお知り合いなのですか?」

ふと、何かを思い出したかのように巫女さんが聞いてくる。

「そうだ。だから探しに来たんだ」

僕は細かな説明をする事無く、それだけを言う。

それを聞いた巫女さんは「そうですか」と呟き、そのまま公園の闇のなかへと消えていった。

巫女さんが言ったのは、『アレ』の事では無くて、この公園に居るもう一人の人物の事だった。

巫女さんは気が付いていたのだ。

僕が常に美姫と巫女さんの間に位置するように立っていた事を。

感じたほど、出たら目な人間では無いのかも知れない。

それが判っていて、見逃してくれたのかとも思う。

僕は、巫女さんが立ち去った後、他に危険が無いか周囲に神経を張り巡らす。

もう、大丈夫だろう。

研ぎ澄ませていた神経を緩める。

しかし、巫女さんが居なくなっても美姫は未だ息を潜めている。

これは、僕の言い付けを守っている?と考えてよいのだろうか。

「ふぅ~・・・」

僕はその息を潜めている美姫の方を横目で見ながらため息を突く。

「帰るぞ!」

ほんの少しだけ、強く言う。

僕がそう言った瞬間、美姫は「びくっ」とか、「ばたばた」とか、擬音が聞こえてきそうな動きをする。

「お兄ちゃん、凄むと怖いよぉ~」

美姫が怒られた子犬のように、半分だけ顔を出す。

「帰らないならそれでもいいが、僕は不良娘が嫌いだ!」

すこし恥ずかしい言い回しだが、それでも美姫には効果があったようだった。

「ちょ、ちょと待って!置いてかないで!」

慌てて飛び出してきた美姫が、肉塊が転がる方を見ないように、避けるように小走りで僕にくっ付いて来る。

僕が怖いと言う言葉に一瞬、『アレ』との殺し合いをしている自分を思い出したが、どうやら美姫は、くさむらに無理やり突っ込まれた時の事を言っているようだった。

「ね!ね!、変なかたまり!あれ、気持ち悪いの!」

美姫が抱き付きながら、それを見ないように指を指す。

「何の話をしてる?気持ち悪い?何もないんだが」

「え?・・・無いって?」

そう言いながら美姫は恐る恐る肉塊がある方を向く。

「あれ?・・・無いよ」

もしかすると、美姫はあれが何であったか判っていないのかも知れない。

美姫は首を傾げながらそれがあった場所を、しゃがみ込んでまじまじと眺めて「マジ?幻覚?ホラー?」などと、独り言を呟いている。

どんな理屈かは判らないが、『アレ』の結界が消えた時点で、それも消えていた。

僕に見えていた時点で、それは本当にそこに存在し、見えない今は、本当に無くなってしまったのだ。

もっともそれは、僕にとっては都合の良いこと。

今はその事に感謝する。

「ところでお兄ちゃん。さっきの人たちは何だったの?」

物陰から見ていた美姫は、自分には関係無いよ。

と言いたげに僕に質問してくる。

「さっきの人達?」

思わず怪訝な顔をしてしまう。

巫女さんはともかく、『アレ』に関しては、美姫が関わっている可能性がある。

それを知られたくないのか、本当に知らないのか。

「なんだか知らないけど突然消えちゃうし、何言ってるのか聞こえなかったけど、なんかヤバそうな人だったし」

美姫にはそう見えたのだろうか?朝霧が見えない以上、そう見えるのかもしれない。

「それに後から来た娘、誰?」

不意に美姫の口調が変わる。

美姫にとって、『アレ』の事はどうでも良いかのように、巫女さんの事を聞く態度に熱が入る。

言葉の語尾に圧力を感じる。

「いや、全く知らない人」

「ふぅ~ん、知らない人なんだぁ」

美姫は機嫌が悪そうに呟く。

「何か問題が有るのか?」

「別にないですぅー!」

美姫はふて腐れたようにそっぽを向き、僕でも聞き取れないような事をぶつぶつ言っている。

「なに?はっきり言えよ」

危険が無くなったとは言え、遅い時間である事には変わりが無く、さっさと連れ帰る事が得策と考える。

正直な所、美姫のだだっこには付き合ってる暇は無い。

「帰るぞ」

それだけ言って公園の出口へと向かう。

「お兄ちゃん待ってよぉー!先に行かないでよぉー!」

美姫はそう言いながら、慌てたように僕の腕にしがみ付いてくる。

「ん?美姫、お前」

「何?お兄ちゃん」

僕の問いに聞き返す美姫は、満面の笑みでそれに答える。

しかし、強くしがみついて来たその身体は小刻みに震え、どんな思いをしていたかが嫌でも伝わってきてしまう。

美姫は美姫で結界の中で怖い思いをしていたのかもしれない。

そう思うと、色々と問いただすのが、可愛そうになってくる。

そして、静かになった美姫は、ただ身体を小さくするように僕の腕に強く身体を押し付けていた。

「でも、何でお兄ちゃんが公園に居たの?」

美姫が小さな声で呟く。

それは在りえない筈の事を聞くような、それでも何かを期待するような、そんな雰囲気の呟きだった。

「美姫を探しに来たんだよ」

僕は素直に答える。

それをどう思ったのか、美姫の手に力が入るのが分かった。

「後できちんとした事情を聞くからな」

美姫は、それに答えるでもなく、僕にしがみついたまま、歩きつづけている。

今晩はこれ以上、まともな事は聞けそうに無いのかもしれない。

結界が無くなった今、あの妙な静けさは、何処にも見当たらなくなっていた。

そして、日付がかわってもなお、喧騒とする街並みを背に、二人は公園を後にする。

きっと・・・まだ、何も終わってはいないのだろう。

そう、『アレ』はまた直ぐ現われる。

今回は、美姫が黒田のようになってしまう事を考えていた。

しかし、美姫は正気を失ってはいない。

それは、美姫が『アレ』に干渉される側ではなく、僕やさくらさんのように『アレ』に干渉する側に居る事を物語っているようにも思える。

唇がどうしてもニヤケル。

ナンテタノシイコトがマッテイルノダロウ・・・。

僕は、美姫と歩きながら、空を眺める。

相変わらず夜空は綺麗で、澄み切っていた。

「また・・・空、見てるね」

口を閉じていた美姫は、そんな僕を見て呟き、僕は答える事無く、家へと向かうだけだった。









週一程度の更新となりますが、よろしくお願いいたします。

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