予選
鐘が鳴り、戦いが始まる。
私は周りを見渡した。
「そこの君、僕と戦わないかい?」
私は声を低くして声を掛ける。
言われた男子は緊張した様子で剣を構えた。
多分、歳は私より少し下。
初めての実践。
恐怖はない。
むしろ、心が躍る。
「攻めてこないのかい?」
私が挑発すると、男子は顔を赤くして攻めて来た。
私にとって、これは初めての対人戦。
この子は良い練習相手になると思ったわ。
この受け方はあまり良くない。
こっちの受け方が良いわね。
私は何十回も見た兄の鍛錬の光景を自分の動きに重ねる。
重ねてみるが、思ったようには動けなかった。
経験がないのはやっぱり痛いわね。
この子じゃなかったら、もうやられたかもしれない。
少し打ち合いをすると男子は息を切らした。
「君も少しは打ってきたらどうだい!?」
私があまりに受け身なので、男子が叫んだ。
「なら、言葉に甘えようかな」
私は初めて攻撃の為に剣を構えた。
普通の上段からの振り下ろし。
こんな攻撃、簡単に防がれると思った。
しかし、次の瞬間、私の剣が男子の頭に直撃した。
男子は泡を吹いて、気絶する。
「え?」
勝ったという歓喜はなかった。
こんなもの? という落胆の方が強かった。
「違うわよね? この子が弱かっただけよね?」
周りを見渡す。
残っているのは五人だった。
その内、三人はすでに闘いを終えて、次に相手を探していた。
残る二人は一進一退の戦いの最中だった。
私は近くにいた方の男子に襲い掛かる。
今度は私より背丈が高かったし、体格もいい。
今度はどう?
私は下段から男子の顎を狙った。
動きに反応できなかった男子は一撃で倒れてしまった。
こんなんじゃ、物足りないわ…………!
私は次の標的に狙いを定めた。
次の相手は初めから防御を選択する。
それでも私の一撃を受け止めきれなかった。
そして、残った一人も大して苦労もしないで倒してしまう。
会場は静まり返る。
私が場を圧倒した。
先ほどまで戦っていた二人が戦闘を止めていた。
二人とも私に敵意を向けていた。
「二人同時にきたらどうだ?」
私は調子に乗った。
仮面の下で私は不敵に笑う。
少しは楽しみたかった。
二人は左右に散った。
右の剣士が先に動いた。
少し遅れて左の剣士も動く。
遅すぎるわ。
私は二回だけ剣を振った。
それだけで十分だった。
二人は倒れ、闘技場には私だけだ立っていた。
「これで終わりなの?」
達成感はなかった。
それどころか、怒りが込み上げていた。
こんな弱い生き物が偉そうにしていたのか、と。
私は観客の歓声に答えることなく、闘技場から姿を消す。
控室へ行く途中で知っている顔に会った。
「なかなかやるじゃないか」
「!?」
それは兄のジーライだった。
「…………どうも」
こんなところでバレたくない。
私は声を低くして、言葉をあまり発さないようにする。
「どこの田舎者か知らないが、俺はロックベルク家の跡取りだ」
私の素っ気ない態度が気に入らなかったジーライの眼の色が変わった。
「…………それは失礼しました」
「その仮面はどうしてしているんだ?」
ジーライが私の仮面に手を伸ばす。
「やめてください。病で爛れた醜い顔を見せたくないんです」
「そうか、どこの誰だか知らないがこの大会で名前を売ろうってことか。醜い顔じゃ武功を立てるしかないだろうからな。俺から素晴らしい提案をしてやろう」
「提案ですか?」
「そうだ、本戦、わざと負けろ」
私は耳を疑った。
「もう一度、言ってくれますか?」
「わざと負けろと言ったんだ。お前はそこそこ強いからな。俺にわざと負ければ、俺の部下にしてやる。俺はいずれ、この国の将軍になる男だ。俺に従えば、お前の将来は明るいぞ」
私は自分の兄に、男に失望した。
男は正々堂々と戦う。
女は嫌らしい存在。
と言われて生きてきた。
「そういうことでしたら、喜んでロックベルク様に協力致します」
私は感情を殺し、ジーライの提案を承諾した。
「お前は賢いな。良い判断だ。俺の父がこの大会の関与している。お前とは決勝で戦うようにしてやるからな。精々、格好よく負けてくれ」
ジーライは笑った。
私はこの姑息な兄が昨年の大会で優勝できた理由を理解した。
去年も買収したり、対戦表を都合のいいように操作したから優勝できたのだ。
正々堂々などどこにもない。
ジーライは立ち去っていく。
「くだらないわ、全部、壊してしまいましょう。男の尊厳とか、誇りとかいうものを…………」
私は一人で呟いた。
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