エピローグ
神様は人の心がわからないのだと思う。
生きていることが何よりの幸福であると大きな勘違いをしているのだ。
いっそ死んでしまったほうが楽なことだってある。
少なくとも少女はそう思う。燃え盛る炎に包まれて、下卑た笑いをした男の凶刃にかかっていれば、今頃は冷え切った孤独に悩むことも怯えることもなかったし、この身に余りある大きな使命を果たすという重責から、窓の外を気ままに舞っている蝶々のようにひらりと飛び立ってそのまま逃げてしまうことだってできただろう。
しかし少女には逃げ場がなかった。
見上げても先が見えないぐらいの高い壁が囲んでいる、少女が今までに物語でしか聞いたことのないような立派なお城のその一室、そこに少女は匿われているというよりも幽閉されているといった形で、外出の許可も出されないままに退屈な日々を鬱屈と過ごしていた。
やることといえば自決を試みることぐらいだ。だけどすべてが失敗に終わる。きっと忌まわしいこの加護のせいだ。どうして神様はこのような死にたがりの少女に加護を与えてしまったのだろうか。悲劇を背負った少女が世界を救うという、自らの想像に陶酔している作家が思いのままに書きなぐったような物語は、人だけではなくて神様も好むということだろうか。
だとすれば迷惑なので役を降ろさせていただきたい。だって生きることがこんなにもつらいのだ。どす黒く拡散した靄のようなものが、心臓の辺りをぎりりと痛めつけてくる。気づけば過呼吸になっていることもしばしばだ。これでは体よりも心が先に死んでしまう。
寝転ぶと体が沈んでいくベッドの上で、皺がつくぐらいの強さで真っ白いシーツを握りしめる。実際のところ、少女が死んでしまうことを阻止したのはあの少年だった。しかしどうしてかあの少年を恨むことだけはしなかった。殺してほしいという少女の意思を、彼は最終的には果たそうとしてくれた。いくつもの葛藤があったことはあの表情を見れば一目瞭然で、自分と同じように苦しんでいる人間がいるというだけでもいくらか心が救われる。
自分でも歪んでいると思う。だけど心を守るためには仕方がなかった。
そういえば今頃あの少年は一体どこでなにをしているのだろう。ちゃんとあの場からは逃げきれたのだろうか。しかし少女には少年の近況を知るすべなどはない。せめて加護を使って声を届けることさえできれば、少年に自分がどのような状況にいるのかを知らせることができる。と、ここまで考えて少女はふと思う。少年と遊んだ最後の日、少年につけた印を果たして少女は消しただろうか。
いや、そんな記憶はない。
世紀の大発見をしたような閃きを覚え、少女はベッドから上体を勢いよく起こした。
そして、喉から声を絞り出す。
「あ……う」
久方ぶりに声を出した。声とはどのように発するのか、絞り出すように少女は思い出す。
喉を震わせて音を出す、それに意味を持たせて言葉を作る。
「私だよ、わかる? ラアナだよ」
声が届いているのか判別のしようがない。
それでも少女は言葉を発し続ける。まるで言葉を覚えたての幼児みたいに、簡単な言葉を繋げて自分の思ったことを伝えようと努力していた。
「アウルは、えと、何をしてるのかな? 私はね、今ね、おっきなベッドにいて、そこからは窓が見えて、きれいな蝶々がふわふわって飛んでいったところなの。ほんとにきれいでね——」
きっとこの声は彼に届いている。
失った繋がりが、再び繋がった。深い孤独の底にいた少女の心に、小さいけれど光が灯った。このことは神様だって知りはしないだろう。人との繋がりというものは、こんなにも暖かくて、こんなにも愛おしい。それを知らない神様は、とてもかわいそうだ。
少年との繋がりを感じる時、少女は心の痛みを忘れ、僅かにだけれど微笑むことができた。そのことに少女は気づいていない。無自覚のままに微笑んで、先ほどまでの苦しみがやんわりと溶かされると、やっと扱いに慣れてきた言葉を使い、どこか遠くにいる少年へと想いを伝える。
「私はね、あなたにもう一度会いたいな。近くでまたアウルのきれいな赤い目を見たいの。ねえ——きっとまた、会えるよね」
完結です。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。




