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愛と毒が殺す世界  作者: 仲島 たねや
第6章 光に呑まれる物語
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光に吞まれる物語⑦

 視界がぼやける。


 意識が霞む。


 体が思うように動かない。


 剣を杖代わりにして、アウルは血の足跡を刻みながら、老人よりも遅々として進む。


 目指す場所はもちろんラアナのいるところだ。


 花のあるところまで着いてみると、ふらついていた足が腐葉土に埋まり、バランスを崩してアウルはこける。その拍子に剣がどこかへと飛んでいった。剣はないと困るので、感覚の薄れている手を使い、辺りを探る。その際に、髪の毛には花びらが、服や体には土がこびりつく。それを払う力も残っていないから、汚れは気にせずに剣の場所を探る。そしてやっとのことで剣を見つけ出し、アウルは再び歩き出そうとするが、ついに両の足が動かなくなってしまった。一生懸命に片腕を動かし、腹這いの状態で前へと進む。何度か意識を失いかけたが、ここで止まるわけにはいかない。目的地まであともう少しだ。


 速く進めないもどかしさが、時間の流れを緩慢にする。


 アウルの耳に鐘の音が聞こえてきた。どうにも時計塔から流れ出る音らしい。盤面の針は、二本とも真上を指していた。


 そしてアウルの手に何かが触れる。触れたものが何なのか、アウルは視線を追っていく。そこには花のベッドで寝ているかのようにも思える、黒髪の少女が仰向けに倒れていた。


 目的地にたどり着いた。


 やっと出会えたのだ。


 この時をどれほど待ち焦がれていたか。


 残る力を振り絞り、アウルは上半身を起こしてみせた。足は動かないが、足を支えにするくらいはできた。


「久しぶりだね、ラアナ」


 返事はなかった。


 おそらくは毒のせいで言葉を発することができないのだろう。


 それでもいいと思えた。


 ラアナの声は今までたくさん聞いてきた。だからこそ、自分の声をラアナに届けることができたのならそれで満足だ。それになによりも触れられる距離にラアナがいる。今すぐに死んだっていいぐらいに幸せだけど、アウルにはやらなければいけないことがある。


 ラアナを殺して、世界も殺す。


 それはこの世に生きるすべての生物を根こそぎ滅ぼすという意味ではない。


 いや、そうなる可能性も含まれているのかもしれないが、きっとそうはならないのだと思う。根拠はないけれどアウルにはなぜかそう思えるのだ。


 ラアナを殺せば毒の魔女の毒が世界に解き放たれる。その時、世界は大きく変容する。今ある世界の形が崩壊すること、それこそが世界の死であり、そして新たな世界が少しずつ形作られていく。


 これでいい。


 傍にいて欲しい人と共にいられないこんな世界など一度死んでしまえばいいのだ。来世というものがあれば、アウルが毒の子であっても、きっとラアナの来世と一緒になれる。今はその土台作りと考えればいい。


「君を——殺すよ」


 アウルは搾りかすみたいな力で剣を振りかざす。持つ手が震え、狙いがうまく定まらない。二撃目はもう無理だ。この一撃で、ラアナの心臓を貫かなければならない。そう思うと中々に緊張して、振り下ろす手を躊躇してしまう。


 アウルは頬を伝っている雫の存在に気づく。


 アウルが剣を振り下ろせない理由は緊張などではなかった。せっかく出会えたというのに、これが最後なのだということが、どうしようもなく悲しくて、切なくて、やるせなくて、心の影響がそのまま身体に出てしまっているのだ。


「うう……くうう……」


 一度自分の心に気づいてしまえば、それを誤魔化すのは容易なことではない。涙が溢れ、だけど拭うこともできない。まぶたの内側に溜まった雫が、ラアナの白い頬を濡らした。すると、ラアナの口元が僅かに動き、それがアウルの目には笑ったように見えた。


 たまらなくなって、アウルは剣を振り下ろした。


 刀身はラアナの胸を一直線にえぐり、ラアナの服をじわりと赤く染め上げる。気道に血がまわったのか、口からごぼりと血が流れる。短い痙攣がラアナの体を襲い、やがてそれが収まると、ラアナの体はもう微動だにすることもなかった。


 アウルの体ももう限界とばかりに、ラアナのすぐ横にずさりと倒れる。まだほんの少しだけ動く右腕で、最後に一度だけ彼女に触れてみたい、とそう願った。ゆっくりと、本当にゆっくりと、ラアナの頬に手を近づける。もう目が霞みすぎて彼女の顔をはっきりと見ることはできない。輪郭のはっきりとしない光が視界を包み、まるで光の奔流に流されているような錯覚に陥る。


 あと少し、あともう少しで手が届く。


 そこで衝撃を感じた。


 届きそうだった手が、すんでのところで地に落ちる。


 誰かに邪魔をされた。


 一体どこのどいつがこんなにも無粋な真似をしているのだろうか。


 ぐだりとダレている顔を無粋な輩がいるほうへと傾けた。そこには鬼のような形相をした男が一人いた。見えなかったけど、きっとそんな顔をしていたと思う。声がなにより荒ぶっていた。狂人ここに極まれりといった風で、おそらくは手に持った短剣か何かだろうが、それを使ってアウルの体を何度も何度も突き刺してくる。


 そういえば護衛の中で一人殺していない人がいたなあ、と他人事のようにアウルは思う。


 恨みが巡り巡ってやってきたのだ。


 所詮アウルは人殺し。最後の願いが果たされるなど、都合がよいにもほどがある。人に恨まれるような者の最後は、これが最もふさわしいのかもしれない。


 なによりも一番の望みは果たしたのだ。


 これ以上を望むのは、ちょっぴり贅沢すぎるというものだ。

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