光に吞まれる物語④
毒の子が負っている傷は、アダンかクロックあたりに刻まれたものであろう。しかしその傷を刻んだ二人の姿は、毒の子の周囲を注意深く見ていても、まったくどこにも見当たらない。まさか、とウェルトは思う。二人が毒の子に破られたなどと、そう簡単に信じることはできない。だからきっと、毒の子は二人の追跡をやっとのことで躱し、ラアナの声を辿ってここまでやってきたのだ。
そう結論付けても、嫌な想像はウェルトの頭から消えてはくれない。この嫌な想像を消すためには簡単な方法がある。目の前の毒の子から、事の顛末を聞き出せばいいのだ。たったそれだけのことで、真実を確認することができる。
「父さんとクロックさんをどうした。お前を追っていた二人のことだ」
剣はあらかじめ抜いておく。毒の子との距離は走れば五秒程度の距離だ。ウェルトの加護を使えば、その間に少なくとも十回は剣を振るえる。不安要素は後ろのラアナだ。リリアに指で指示を出す。リリアはこくりと頷き、ラアナの元へと向かう。これで一対一の勝負が望める。剣を振るうタイミングは、毒の子が近づいてきてからだ。
未だに血が流れている左肩から、毒の子はゆっくりと手を離す。
「二人とも倒した」
その一言がきっかけとなった。
五、
ウェルトは目の前の空間に波紋を生み出し、毒の子の周囲にも同じように波紋を生じさせた。毒の子は走る。怪我をしていることなど感じさせない見事な走りっぷりで、自らの周りに出現した波紋には目もくれていない。ウェルトは波紋に剣を突き入れ、毒の子の左胸にある心臓を狙うが、金属音とともに剣が弾かれる。次だ。ウェルトは毒の子の死角、頭頂から剣を突き入れる。毒の子は軽く跳躍、そして体を回転させると、その勢いに乗った剣がウェルトの剣とかち合った。
四、
毒の子が一瞬ひるむ。鼻に触れるぐらいの近距離に空間の歪が生じたからだ。通常であれば避ける。空間の歪はウェルトの剣が飛んでくる場所を示しているのだから。しかし、毒の子は避けない。二つある空間の歪は繋がっているのだ。それは一方的なものではない。だからこそ、この距離にあっても毒の子の剣はウェルトに届く。加護の特性を逆手にとった素晴らしい機転である。が、それこそがウェルトの仕掛けた罠だった。確かにウェルトの加護は、二つの空間を繋げるというものだ。一つは毒の子の目の前、ならばもう一つはどこにあるのか。今までのウェルトは、狙うべき場所と、自分のすぐ近くに空間を繋げていた。しかしそんな決まりはない。ウェルトは毒の子の目の前と、またも死角となる毒の子の頭頂、その二つの空間を繋げていた。毒の子の刃は、彼自身の頭上から降って来る。
三、
毒の子の動きに澱みができた。違和感でも覚えたのだろうか。だとすればなんという勘の良さだ。だけどはっきりとは気づいていない。毒の子は攻撃を中断し、身体を丸め込むようにしてから、固い地面で前転を行った。どこから攻撃がこようとも回避ができる、そういった大仰な動作は、どれだけ注意を払おうともそれなりの隙ができる。毒の子の頭上に展開していた空間の歪を、ウェルトは自らの目の前に再び展開させる。ウェルトは刺突と斬撃を繰り返し、その内の一刀が毒の子を捉えた。貫いた箇所は右の太腿である。太腿とは神経が集中している部位であるから、深く貫かれてしまえばまともに足を動かすことなどできやしない。
二、
しかし驚くべきは毒の子の執念だ。左足と右腕を器用に使いこなすことで、止まることなく前へ前へと毒の子は進む。ウェルトは恐ろしく感じる。両の手足がもがれようとも、毒の子が止まることはないのだろう。信念を超越した執念が、彼の体を突き動かすのだ。ウェルトは追撃する。それと同時に、ウェルトは思い出す。この毒の子と最初に出会った時、抱いた印象は死を運ぶ死神だ。まさしくその通りなのだろう。彼の手によって仲間が殺された。ウェルトも例外ではないし、聖女であるラアナももちろん例外ではない。彼が歩みを止める時は、自身の邪魔をするすべてを殺し、目的をその手で果たす、それのみだ。だけど、それは定まった運命などでは決してない。あらゆる角度からの刺突を繰り返し、毒の子の歩みを止めようと躍起になる。
止まれ、
止まれ、
止まれ!
一、
接敵。
傷だらけの死神が、一足一刀の距離にいる。肩を上下させ、下から覗き込むようにして、同じく肩を上下させて汗水を流しているウェルトを見据えている。お互いに動かない。動くタイミングを計っているとか、そういった理由で動かないのではない。しかし、そうでないのならどのような理由で動かないのか、ウェルトにはよくわからない。だけど、少しだけ話をしてみたいと思った。
「なあ」
ここまで近づいてみれば、死神という形容にはあまり似つかわしくない、優しい顔立ちをしていることがわかる。それはどこか中性的で、化粧をしてみれば、女性といわれても気づかないかもしれない。線の細い出で立ちがそう思わせるのだろうか。
「お前も他の毒の子と同じような動機でラアナを狙うのか?」
毒の子は器用にも、片足だけで真っ直ぐに立ち上がる。
「……他の人の考えなんて知らない。だけど、きっと違う。僕は、ラアナのためにラアナを殺すから。毒の魔女がどうとかは意識したことない。けど、まあ世界みんなが加護を失うっていうのも悪くないと思う」
「なぜそう思う?」
「なぜって、そもそも聖女が殺されることなんてもうじきのことだろ。君たちの加護を凌駕する、毒の子の文明を恐れたからこそ、君たちはこそこそと聖女を運ぶ作戦をしているんじゃないか。きっとラアナが作戦を進言するまでもなく、君たちの偉い人はこれに似た作戦を立てていたはずだよ」
「そうとも限らないだろ。それに、本当に毒の魔女のばらまく毒が、加護を失わせるものとは限らない。本当はただただ世界が滅びるだけの毒が蔓延するだけかもしれない。誰もがそれを証明できずにいる。そんな不確かなものに、お前たちはすがっているんだぞ」
「だから言ったじゃないか。そんなこと二の次だ。滅びるのなら滅びてしまえばいい。僕はラアナと交わした約束を果たせればそれでいいんだから。……そろそろちゃんと構えなよ。僕は立っているだけでもやっとなんだからさ。早く終わらせたいんだ」
「そうだな。早く終わらせよう。互いの目的をかけて」
甘い香りを含んだ風が、二人の間を吹き抜ける。煩わしい風に僅かながらに目を細め、ウェルトは全力をかけて足を動かし、また握りしめた剣を腕とともに振るう。剣と剣とがぶつかり合う。衝撃によって生じた激しくも甲高いその音は、火花でも伴っているのかと思わせるほどの、見事な鍔迫り合いを誇張してみせた。




