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愛と毒が殺す世界  作者: 仲島 たねや
第5章 過去の残滓
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過去の残滓⑦

 だけど今は違う。


 彼女の望みを果たすことが、今のアウルにならできる。


 邪魔な加護持ち達を退けて、必ず彼女——ラアナの元へとたどり着く。そして、彼女の望みを今度こそ果たしてやる。そのための五年間だった。ひたすらに自分を鍛え続け、弱肉強食の世界において必死に強者たらんとした。


 クロックの殺意が存分に乗せられたいっそ禍々しい刃が、アウルの命を刈り取ろうと躍起になって追いかけてくる。アウルは左肩の痛みをこらえながら、クロックのいる場所とは逆を向いて全速力で駆けだした。決して逃げているわけではない。これは勝つために必要な行動だ。腕っぷしの強い弱いを表す言葉が強さなのではなく、勝利に向かってひたすらに走ることができる、あらゆる要素を持っていることこそが強いという言葉の意味なのだ。それは膂力も当然のように含まれ、そこに勝利をイメージする思考力や敵の対処のために必要な情報量が追加される。


 このまま走っていてもいずれは追いつかれてしまう。迷路みたいな街路を走っていたアウルに対して、クロックはまるで街路を知り尽くしているように先回りをしていた。彼の「見たものを鮮明に記憶する」加護の恩恵だろう。今日の昼頃、彼らは街中を探索していた。ならば、クロックの頭の中には詳細な街の地図が入っている、ということになり、簡略的な街の地図しか知らないアウルの動きなどは、クロックには単調過ぎて予測がもはや未来視の次元にまで達していることだろう。


 しかし、それはあくまでも街中での話だ。


 アウルが今走っている街路は、連なる家々が作りだしているものだ。それらは迷路でいうところの壁であり、その壁を突き抜けることができれば、いかな迷路の製作者であろうとも進行ルートの予想は困難であるはずだ。


 アウルは真横に曲がる。空を蹴りながらしつこく追従してくるアダンが、驚きの声を漏らしたのが聞こえる。アウルの視界から一旦姿を消して、おそらくは先回りをしているのであろうクロックは、アウルの行動に気づいていないはずだ。


 これでいい。まずはアダンから倒していく。アウルが家屋に突進して、その先にある窓を突き破ると、楽器のようにきれいな高音が閑寂な住宅街に響き渡る。


「なっ」


 アダンが驚きの声を上げた。さらにアダンはこちらに向かってきて、見上げるほどの頭上から高度を下げ始めていた。


 閑静な空気が流れる闇の深まった夜に、安らかな眠りを妨げられた家の住人が、白い髪の侵入者に今にも殺されてしまいそうな顔を作る。住人は二人いる。おそらくは夫婦であろうが、見た感じでは中々に年が離れていて、かなりの年の差婚であることが窺える。そこに寝ぼけ眼をこすった五歳くらいの女の子が、アウルの起こした騒音を聞きつけて、足を震わせる両親の近くへと寄った。すると、見事なほうれい線を顔に描いた、やけに可愛らしいパジャマを着た父親が、暖炉の上に飾られていた一本の剣を手にとった。その表情にはまだ恐怖が残っているものの、家族を守るという確かな覚悟を感じられた。やはり、為すべきことを見つけた者は、その目の輝きが一層変わる。しかし、元々アウルには彼らを傷つける気などさらさらない。アウルの目的は父親の持っている剣だ。どのような家庭においても、大体の家には武具が置いてあるものだ。これは、武を司る神の魂が武具には少なからず宿っているから、なにかしらの武具を家に置き、家庭に降りかかるあらゆる厄災の一切を、武を司った強くてかっこいい神様に払いのけてもらおう、という考えに由来した、加護持ちたちが行う一種の風習のようなものである。この風習を利用して、失った武器の代わりを見つける。これがアウルの第一の目的だ。


 そして、最初の家で剣を見つけた。


 上々だ。


 家族を睨むアウルと固まって動けずにいる家族たち、その間には人一人が寝られるぐらいの大きなソファがあり、アウルは柔らかそうなソファを一度の跳躍で飛び越えて、家族との距離を詰めにかかる。そこで、何やら母親が腕を伸ばして、指輪の見える手のひらをアウルに見せてきた。まさか結婚自慢ではないだろう。ならば、これは加護の発動とみて間違いない。アウルは敷かれていたカーペットを掴み、家族に覆い被せるようにしてそれを持ち上げた。カーペット越しでもわかるくらいの、眩い光が部屋中に瞬いた。


 なるほど。


 アウルの視界を光によって奪い去り、その隙に父親が剣を振るうという考えか。


 相変わらず加護持ちはなにをしてくるのか予想が難しい。


 だが、その作戦も失敗に終わった。


 カーペットによって逆に視界が塞がれてしまった三人は、もう叫ぶことでしか精神を安定させることができない。それでもおおよその当たりをつけて、やたらめったらに父親が剣を振り回す。それを難なく躱し、アウルは父親の手を捻りあげて念願の武器を手に入れる。


 そろそろアダンがやってくる頃だ。


 その前にこの家を出なければならない。


 アウルの第二の目的。


 それはアダンとクロックの視界から外れることである。


 気が動転したのか先ほどとは打って変わって大人しくなった三人を背に、アウルは侵入した場所とは逆のほうから家を飛び出した。


 そしてまた別の家屋に浸入する。それを三回ほど繰り返し、アウルはアダンの視界から完全に外れる。アウルは窪みを利用して家の壁を駆けていき、当初の予定通りに、周囲にある家屋を見渡せる屋根の上へと降り立った。先ほどまではとても静かだったのに、家屋に侵入された者たちの騒ぎが、確かな速度で住宅街に広まっていき、ここら一帯は一種のパニック状態に陥り始めている。薄明りを灯す街灯はその明るさを増しており、まるでこれから祭りが始まるとでもいわんばかりに、煌々とした光が朝焼けの水辺みたいに街中で乱反射している。その中で、辺りに目を配っている一人の老兵の姿をアウルは見つける。


 舞台は整った。


 アウルの第三の目的。


 頭上からアダンに奇襲をかける。


 この一撃で勝負の行方が変わる。


 アダンとクロックが合流した。おそらくクロックはアダンに状況を尋ねているのだろう。二人でなにやら話し合っている。ここを狙う。彼らの頭上に行くために、アウルは屋根を駆け、なるべく音を立てずに隣の屋根へと移動する。眼下に二人の姿を捉え、アウルは屋根から飛び降りた。家の壁がすれすれのところにまで迫る。


 アウルはただ飛び降りたのではない。右肩を左肩にくっつけるようなイメージで、遠心力を高めるためにアウルは勢いよくきゅるきゅると回りながら落下した。二人はまだ気づいていない。しかし、アウルの負傷した左肩からは、水滴となった血液が辺りを赤く染めるように飛び散って、その血はアウルの剣が届くよりも速くにアダンの首筋を捉えた。当然、アダンはアウルの存在に気づいた。アダンが両手を交差させて、アウルの攻撃を防ごうとした。


 これまでのアダンとの戦いにおいて、アウルは彼の戦い方に注目していた。アダンはその加護の特性上、攻撃を避けるということをほとんどしない。つまり、受け身の戦闘スタイルということだ。ならば、奇襲に気づいたアダンがとる咄嗟の行動は、今までの戦いのようにアウルの攻撃を受ける、ということになるのではないかとアウルは予想した。そしてアダンは予想通りに行動した。


 このままではまた剣を防がれてしまう。


 しかし、まだもう一つの予想がある。


 アウルが全力で放った一撃を、アダンはその加護によって防いでみせた。その時、鎧の手ごたえは確かに硬くなっていた。というよりも鎧が厚くなっていたように感じた。そのようなことができるのであれば、初めからすればいいではないか。どれだけ鎧のように纏おうとも空気は空気、視界を防ぐことはないし、アダンの動きを阻害しているようにもみえなかった。ならば、鎧を常に厚くできない理由があるのだ。アウルがアダンに剣を打ち込んだ際、どこに打ち込もうとも見えない鎧の手ごたえが存在した。つまり鎧は全身を覆っていたことになる。アダンがその全身に覆える空気の量を硬化できるとすると、それは剣を受ける箇所に一点集中させることも可能であるように思える。そしてこれは大きなリスクを孕んでいる。一点集中ということは、そこ以外は無防備になるということだ。


 アウルはその無防備な部分を狙う。


 よっぽど強烈な一撃でなければ、アダンにリスクを負わせることはできない。しかし問題はない。現在アウルが放とうとしている一撃は今までの中でも一番といってもいいほどの力が込められている。重力、膂力、遠心力、すべての力を刃に集中させて、両腕を構えたアダンに向かい、押さえていたものが膨らんで一気に破裂するみたいに、持てる力のすべてを解き放つ。


 この一撃が陽動であると理解できるものは、いるとすれば「思考の加速」を持ったあの男だけであろう。


 回転しながら垂直落下するアウルの体に、まるで従者のように付き従う鋼の刃が、交差したアダンの両腕に触れようとしたその刹那、すれすれの位置にあった家屋の壁、そこに設置された窓枠にアウルは足を引っかけて、本来は落ちるはずであった落下の軌道に多少の変化を与える。それに加えてさらなる加速を生み出した。そうすることで、刀身はアダンから外れる形となるのだが、どうせ当たっていても防がれていたことは確実なので、これに関しては何ら問題はなく、むしろアダンの意表を突くことができたのでアウルの中では良しとする。


 そしてアダンの見込みよりも早く地面へと着地したアウルは、回転の勢いをまったく殺すこともなく、アダンの顎から脳天にかけてまで風切り音をたてるその刃を振りぬいた。


 アウルの予想は当たっていた。


 先ほどのアダンはどうやら腕に鎧を集中させていたようで、その腕以外はなんの抵抗もなく切り裂くことができた。頭を両断されたアダンは、血の軌跡を残しながら床へと吸い込まれていき、さながら支えを失った案山子のようにその場へと伏した。


「あ? え?」


 クロックが状況を飲み込めずに、親を見失った子供みたいな目でアウルを見つめてくる。


 アウルはその瞳を見つめ返すこともなく、クロックの指呼の間へと入り込むと、剣の柄を思いっきりクロックのこめかみに打ちつけた。クロックはそのまま家の壁にも頭を打ち付けて、身動き一つとれない昏倒状態に陥った。おそらく死んではいない。だけどわざわざ止め刺すこともないだろう。きっと彼が目を覚ますころには何もかもが終わっている。


 残り二人。


 最初は七人もいた。それでも何とか数を減らして、ついに、目的に手が届く寸前のところまできた。結構な疲労が溜まっているし、多くの怪我も負っている。限りなく満身創痍に近い状態だけれど、これぐらいはアウルも覚悟の内だ。むしろ未だに五体満足でいられるのだから、これぐらいは軽傷のようにも思える。


 アウルは耳を澄ませた。


 いつも通りにラアナの声を聞き、彼女がいる場所を探る。


 ここでアウルは気づいた。


 ——ラアナの声が聞こえない。


 その原因にアウルは思い至る。


 ラアナの声を聞くために必要な印、それが刻まれた場所はどこであったのか。アウルは負傷している左の腕をみつめた。肩とひじの中間のあたり、印があったはずのその場所が見事に裂かれている。戦闘中は気づく余裕すらなかったが、これではもうラアナの声を聞くことができない。


 彼らが最後にいた川辺を目指すべきか。しかし、彼らはあの場所にずっと留まっているだろうか。アダンとクロックの帰りを信じているのなら、その可能性は十分に高いように思える。が、ラアナがその場にいることはない気がする。ただでさえ足場の悪い川辺では、裏切り者であることがバレたラアナにとっては良い所が一つもない。彼らと戦闘するにしても、捕縛されないように逃げ回るにしても、ラアナが十分に力を発揮することはできないだろう。ならば一方的ではあるが、遠くからでもアウルと連絡がとれるラアナは、川辺から場所を移動するはずだ。これで、たとえアウルが敵を倒さずとも、なんとか追手から逃れることさえできれば、後に合流し、二対二の状況で戦闘を始めることができる。


 周囲に人が集まってきた。


 ここはいずれ騒ぎになる。


 ラアナの行き先を考えるよりも前に、アウルは重く感じる足を動かすことにした。

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