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愛と毒が殺す世界  作者: 仲島 たねや
第5章 過去の残滓
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過去の残滓④

 三年の時が経つと、アウルの身長はめきめきと伸びていった。三年前にはナタリィの口元の辺りにしかなかった頭の位置が、今ではナタリィの頭の位置とほぼ変わらない位置にまできている。


「もう少しでナタリィの身長を追い越せるね」


「なんだか感慨深いなあ。そうだアウルが私の身長を抜かしたら、これからは私をおんぶしながら移動してね」


「えー、重いからやだ」


「あー重いって言った。女の子にそんなこと言ったら駄目なんだぞ」


 そう言いながら、ナタリィはアウルの頬をふにふにと握った。別段痛いことはなく、アウルは形だけ嫌がってみせる。いくら身長が近づこうとも、アウルに対するナタリィの接し方は決まっていて、それは子ども扱いに他ならない。いまだにアウルが頼りないということなのだろう。ならば、少しでも頼りがいのある男になるために、日々の修行をひたすらに頑張らないといけない。


 頬からナタリィの指を離し、


「見ててね」


 そう言って、アウルは佩いた鞘からするりと刀身を抜き放つ。


 これまでの修行の成果ともいえる、まるで剣舞のような「型」を披露する。


 基本の動きは円である。


 大きな円をアウルはその足運びによって描き出し、それに付随して剣の切っ先が宙に踊ると、徐々に徐々に剣が体へと馴染んでくる。剣はやがて体を構成する一部分となり、体もまた触れたものを斬りつける剣となる。


 ナタリィ曰く、「腕だけで振るうものは剣にあらず」、とのことで、ならばどうすればいいのかアウルが訊けば、「体の捻りに剣を巻き込んでしまえばいい」、そう言ってナタリィはお手本をみせてくれた。まるで巨人を見上げているような気分に陥らせる一本の大木を前にして、ナタリィは勢いのついた独楽みたいにぎゅるりとその場で回転し始め、三回転もした頃には自慢の愛刀を風切り音とともに大木へとぶつけ

た。幹の中ほどまで刀身は滑り込み、「どうしよう、抜けない」、とナタリィが困った声を出したので、剣の引き抜き作業をアウルは手伝った。その際に幹の固さを実感し、振るわれた剣の威力をアウルは思い知らされた。


 あの時の剣筋を再現したい。


 きっと今なら実現できる。意識を刀身に潜り込ませる。


 そして「型」はもうじき最終局面を迎える。「型」の動きの最中に踏んづけた草や土、それらから力を吸い上げる様をイメージする。風が吹いた。初めに触れた時には温く感じたが、その中に冷えた風も混じっており、なんだか気味の悪い風だな、と心の片隅でアウルは思う。こういった雑念にも近い思考ができる時は、決まって心に余裕を持てている時である。


 風に刃を乗せる。


 型とは言いつつも、ナタリィに習った剣術の「型」は、終わりに近づくにつれてわざとそれを崩していく。つまり、皆が一様に同じ「型」を行うのではなく、個人によって動きが万化していくということだ。最後の一振り。すべてはここに繋げるための前段階である。アウルは、横の一閃を最後の一振りに決めた。逆袈裟切りが終わったのと同時に、膝を深く折り曲げて身をかがめ、地面をえぐるようにぐるりと回転、吹きすさぶ無賃乗車の風を操り、目にもとまらぬ速さの一閃を繰り出して、アウルは余韻を楽しむように動きを静止させた。


 これは上々の出来ではないだろうか。


 心の中で自画自賛する。


 ちらりとナタリィのほうを見た。


 少し驚いたような顔。


 ナタリィは舞を終えた武芸者に軽い拍手を送った。


「へへ」


 気づいたら笑みがこぼれていた。


「数年でここまで極めるなんて、やっぱり私が目をつけただけはあるかな」


「へへへ」


「でも、最後の一振りはイメージに引っ張られてる感じがしたかも。私の動きを意識しすぎ。もっと自由に動けば私の剣をすぐに超えていっちゃうはずだよ」


 そうはいっても、アウルの目指すべきはナタリィなのだ。目指すべき人の動きを真似ることは、むしろ当然のことのように思える。なのに、いきなりそのイメージを外せと言われても、固定したイメージを払拭することはアウルには難しい。


 ナタリィが頭を撫でてくる。小難しい顔でもしていたのだろうか。「笑顔笑顔」とナタリィが笑っていた。


「なんでもすぐはできないよ。いつかはできるって自分に言い聞かせることが大事なの。想像してみて。どんなものでもばっさばっさと切り伏せる剣を。その剣を振るう自分の姿を。どんなに太い木だって、そこらに転がる石だって、どこまでも固い鉄の鎧だって、あなたには斬れないものなんてなにもないんだから」




 ——想像する。




 幾千の戦を潜り抜けてきた堅牢な空気の鎧をそれこそ空気のように何の抵抗もなく切り裂く自分の姿を想像する。満ちることのできない月が下界を黄檗色に染め上げる中、想像の自分に少しでも近づけるように理想の自分を現実に投影する。纏った鎧だけではなくて武装した剣を使い、まさしく攻防一体に迫ってくるアダンをやっとのことでいなし、それとはまた別に迫りくるもう一人の敵に対して一切の警戒を怠らず、ひたすらに渾身の一撃を叩きこむ好機を鷹のように窺った。研ぎ澄ました思案顔に飛来した刀身をひらりと躱し、見えない鎧を巻きつかせた拳をアウルは刀身で受けて、それを後ろへと下がる力として利用することで刀一本分の距離を三人の間につくる。


「なんて反応速度だ。これなら確かにスティード君にも対抗できるかもしれない」


 戦闘は継続している。にもかかわらず無駄口を挟んでいる余裕があるということは、自分たちの勝つ見込みが相手よりも高いと思っている証拠だ。


「クロック、無駄口を叩くな。あと、もう奴を捕らえるなどとは考えなくていい。殺す気でやれ」


 クロックという名前だったのか。そういえばそう聞いたような気もする。


「ですが、いいんでしょうか」


「いい。ここまで追い込んで仲間が現れないということは、この街にいる毒の子は一人と考えるべきだ。とにかく奴を殺——」


 それも無駄口だろうとアウルは思う。


 二人が会話をしている最中に、アウルはアダンの懐に潜り込む。想像していた通りに体が動く。竜巻のように周囲の風を巻き込み、煙が出るぐらいの摩擦を靴の裏に生み出しながら、アウルは横の一閃をアダンに向けて繰り出した。目に見えない重厚な空気の鎧が、体にえぐり込もうとする刀身の侵入を拒絶するかのように阻み、アウルはそれに負けじと気合と共に刀身を押し込もうとする。


 ——なんだかさっきよりも鎧が硬くなっていないか?


 結果を言ってしまえば、アウルの刀身はアダンに届き得なかった。さらに、刀身がアダンに掴まえられてしまった。アダンは空気の鎧を纏った手を使って刀身を逃すまいとし、アウルは剣を引き抜こうとしたのだが剣が微動だにしてくれない。アウルは横から殺気を感じた。向けられた殺気は闇みたいにどす黒くて、これを放った人物が先ほどまでいた人物と同一なのだと一瞬わからなくなる。動かない剣の柄からアウルは手を離して、身を貫くような殺気から逃れようとするのだが、殺気は蛇のようにアウルを追従してきたので、逃れきることができずにアウルは左肩に深い裂傷を負った。


「ルミナスを殺したのは君だろう。いくら戦争だと割り切っても割り切れない感情がある。殺してもいいというのなら、僕は地の果てまで追って必ず君を殺してやる。敵を討つことをルミナスは望まないだろうからさっきまで感情を抑えてきたけど、もうそんなことは関係ない。ルミナスのためじゃなくて私怨で君を殺してやる」


 剣を失った。左腕は動かない。


 このまま殺される。


 結局同じなのか。自分はナタリィと同じ末路を辿るのか。

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