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愛と毒が殺す世界  作者: 仲島 たねや
第5章 過去の残滓
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過去の残滓①

 アウルは走る。


 家々に挟まれた街路樹はまるで迷路のようで、少し走れば右にも左にも道がある。これはアウルにとって都合がいい。後ろに続いてきているであろう二人の護衛をさっさと撒くために、曲がれる道はとにかく曲がり、二つの視線から少しでも長く外れるようにこころがける。二人を撒いた後は、また機を窺う。隙があると判断すれば、そこに奇襲を仕掛ける。そうやって一人ずつ邪魔な奴らを確実に排除していく。


 先ほどの奇襲は失敗に終わってしまった。排除ができなかったうえに、ラアナがこちら側であることがバレてしまった。しかしわかったからといってどうとなるものではない。ラアナは聖女だ。その命にはなんの比喩でもなく、この世界と同等の価値がある。彼女を止めるためには命を奪う、という手段はありえない。聖女から殺す気で挑まれても、一方では手加減をしなければならない。どちらが有利でどちらが不利かは、戦闘経験の全くない素人目からでもわかる。


 さらに、護衛たちには動揺が広がっている。ラアナが護衛の一人に剣を突き立てた時、奴らの表情は明らかな驚きに満ちていた。この動揺や驚きは早々に収まるものではない。だからこそ奇襲の機会は多いと思う。


 アウルは後ろを振り返る。護衛たちの姿は見えず、ようやく撒くことができたのか、とアウルは安堵のため息を吐き、次に見える右側の通路を曲がろうとしたその時、通路から人影が飛び出してきたので、アウルは即座に体を横に逸らし、飛び出してきた人影とぶつからないように動いた。


 が、人影がアウルの動きに合わせてきた。相手もぶつからないように避けてくれたのだろうか。人の多い場所ではこういったことがよく起こる。ぶつかるまいと動いたら、相手も同じように動いてくる。そして結局二人は体をぶつけあうのだ。


 日常に起こりうる場面を想像したアウルだったが、ぶつかってくる相手の顔を見て、この行動が意図的なものであることを察知する。名前は忘れた。だけど、河原において彼はどういった経緯があったのか、味方の首筋に剣を当てていた。なにか深読みでもしたのだろうか。なまじ頭がいいと余計なことまで考えてしまう。馬鹿と天才は紙一重、という言葉がアウルの頭に浮かんだが、その紙一重男に先回りをされてい

るという事実は侮りがたい。しかもその手には剣を握らず、余計な殺気を漏らさないように配慮する姿勢もアウルにとっては脅威なことのように思えた。


 腕を掴まれた。


 殺傷目的でないことは明らかで、


「君には聞きたいことが山ほどある」


 という発言からも、目的は恐らく捕縛であろうことがわかる。


 しかし、この程度では一瞬の足止めにしかならない。このまま頭突きでも一発食らわせてやろうか、という思考の隅でけたたましい警鐘が鳴り響く。


 それはほんの僅かな違和感だった。ぽつぽつと灯る街灯。それらの光が何かに遮られたような気がして、本能が赴くままに頭上を警戒した。


 アウルは屈伸するかのように膝を深く折り曲げて、腕を掴んできた不届きものの腕を掴み返し、目の前の男を勢いそのままに背面へと向かって放り投げる。頭上から迫ってくる何かに対して、投げられている男は傘のような働きをみせる。降りかかってくるものはもちろん雨ではなかった。こいつの名前は憶えている。経験豊かな歴戦の兵士。周囲の空気を固めることで硬質の鎧を作り出すという厄介極まりない加護を持つ、毒の子界隈では名の知れた加護持ちの一人である。


 だが、聞いていた話と違う。


 それはアダンの動きでわかる。背面へと放り投げた傘男にぶつかりそうになったアダンは、ほんの僅かな塵が舞うばかりの虚空を足場として、一歩二歩三歩と力強いステップを踏んで落下地点を避けた。どうやら周囲の空気を固めて鎧にするだけでなく、移動手段のための足場としても使えるようだ。


 背中から叩きつけられた男が、鈍い音とともにうめき声をだした。それをよそにしてアダンがアウルに突っ込んでくる。アウルは迎撃態勢に入る。剣の切っ先が迫り、それを己が剣で打ち払い、追い打ちにアダンの腕を斬りつける。たしかな手ごたえ。しかし、斬れたのは薄皮一枚ばかり。腕を斬り落とす気概だったのに、どうしても刃が通らない。


 その戸惑いから生じた隙を見抜かれる。逆にアウルはアダンからの追撃を受ける形となった。研鑽された剣術と加護を使った格闘術の応酬はなんとか受けきれないこともなかったし、こちらが攻勢へとでるための僅かばかりの隙を見出すこともできたのだが、アウルの剣の打ち込みは仏頂面のアダンをひるませることさえ出来やしない。


 このような相手にどうしたら勝てるのだろう。本来鎧というものは、関節部分に人の動きを阻害しないためのある程度の隙間が作られる。視界を遮らないために、目の部分も同様に隙間が作られる。しかし、空気で作られた鎧にはそれがない。これではどうしようもないではないか。


 さらには、つい先ほど背中をしたたかに打ち付けた男がのっそりと起き上がり、一方的になりつつある戦列に加勢とばかりに加わった。


 アウルがやられることは時間の問題だった。それでも前後で挟まれないように何とか上手いこと立ち回り、この状況を打破するための活路はないものか、とアウルはそれこそ目を皿にして、また頭の中で思案を稲妻のように駆け巡らせて、ただひたすらに勝利を目指してがむしゃらな抵抗をみせた。


 ——あなたには斬れないものなんてなにもないんだから。


 誰の言葉だったか。


 自分自身の言葉でないことは確かだ。ならば、いつ、どこで、一体誰に、この言葉を聞かされたのだろう。


 おぼつかない手つきで揺れる波間のような記憶に探りを入れて、大切な思い出の一つ一つをアウルは丁寧に取り出していく。

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