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愛と毒が殺す世界  作者: 仲島 たねや
第4章 深まる疑念
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深まる疑念④

 誰もが緊張状態にあった。


 なるべく人目につかないように隠していた剣を、五人全員が見せつけるようにして堂々と腰に下げている。基本的には下げているほうの手で柄を握る。そしてもう一方の手はいつでも抜剣ができるように腰の位置に吊り下げている。じきに橋梁に辿り着く。その周辺には毒の子がいる、というのがクロックの推理だ。その推理があっていようがあっていまいが、敵のいる可能性が少しでもあるのなら誰だって警戒する。今のところはなにもない。だけどリリアの内面状態には異常があった。周囲に気を張る行為がここまで長く続くと、精神の疲労する速度が半端なものではなくなる。ついつい緊張の糸を緩ませそうになるが、いざという時にはそれが死に直結してしまう。そう考えると気を緩めるなんて自殺行為のように思える。


 静寂な空間に五人の靴音が響く。


「橋……」


「え?」


 ラアナの呟きが聞こえた。


「危ないですよね」


「ああ、そうだよね。だけど毒の子を倒さないと私たちがやられちゃうから、私たちのほうから毒の子に近づいて倒さないと。……もう三人もやられてる。きっと五人の力を合わせないと倒せないよ。私も足手まといにならないように頑張らないと」


 守られてばかりは嫌だった。


 戦闘においてリリアは役に立たないかもしれない。剣の腕もなければ、戦闘の経験など皆無に等しく、加護だって決して戦闘向きではない。しかし、加護を理由としてリリアはこの場に立っている。幼い頃からずっと自分の加護が嫌いだったけど、世界を守るために少しでも役に立つのならば、世のため人のために惜しむことなく加護を使う所存だ。


「橋は、確かこの辺りでしたよね」


 他人の動きを模倣する加護をラアナは持っているらしい。なんて使い勝手のよい力だろうか。反芻して体に覚え込ませるはずの剣術の動き。それだってラアナが一目見

れば完璧に再現ができるというわけだ。加護にだって当たり外れがある。加護によって扱いの優劣だって決まる。しかし、その人に合った加護を神様は与えてくださるそうなので、リリアの持つ加護はリリア自身におあつらえ向きということになる。


 理不尽なことを神様はするものだな、とちょっぴりだけ不信心なことをリリアは考える。


「さあ着いたよ」


 考えを中断した。


 クロックの言葉でリリアの気が引き締まった。


 辺りを見回しながら、五人は土手を下る。靴下の隙間から草が入り込み、妙にこそばゆい感覚が足元に迫る。リリアは雑草から抜け出そうと足を早め、丸石の散らばる川辺に降り立つ。そしてぱっとした動作で橋の下に目を向けると、街の光や月の光が届かない真っ暗闇が目に入る。暗闇の中に人がいるのかどうかは早々に判断がつかない。


 アダンは使い込まれた腰巻の物入れを探り、暖かな光を灯すランプを一つ取り出した。そのランプを暗闇の中に放り投げ、距離を空けつつ人の有無を確かめようとしている。リリアは目を凝らしてみる。ランプの光に群がろうとする虫の姿はあったが、白い髪をした人の姿は特にみえなかった。


「いない……ね」


「そうみたいだな」


 クロックの推理は外れていた。落胆したらいいのか、安堵したらいいのか、リリア

の中では二つの気持ちがせめぎ合っている。だけど推理を外したクロックは落胆して

いるだろう。そう思ってクロックを見た。


「ははは」


 笑っていた。


 やはり気が触れてしまったのではないかとリリアは思う。愛しい人が亡くなったのだ。当然の反応とも言える。


 そしてクロックは笑ったまま暗闇の中へと潜り込む。転がっていたランプを手に取り、屈みながらきょろきょろと足元の石を見る。なにかを探しているようだった。でも一体なにを探しているのかリリアにはわからない。しかし、これでクロックの気が済むのならばそのままにしておこう——とはならない。


 毒の子という脅威がいつ襲ってくるのかわからないのだ。貴重な戦力を遊ばせておく理由はない。


「クロックさん」


 ウェルトがクロックに近づく。そのままクロックの肩に手を置こうとするが、その直前にクロックが柄から剣を抜き放ち、ウェルトの首元に刃が添えられた。ウェルトは蛇に睨まれた蛙のように身動き一つとれなくなった。ウェルトの喉から「な」という声が漏れていた。なんで、と言いたかったのだろう。それがわかったのは、リリアも同じことを言いたかったからだ。


「クロック! なにをしている!」


 吠えるアダンにクロックは鋭い観光を向けた。


「アダンさん、こいつは裏切り者です」


「なにを言っている?」


「これを見てください」


 クロックの手には石が握られていた。その石をアダンの足元に転がすように放り投げ、なにがあるのかとアダンは石を拾い上げてからまじまじと見つめた。


「血痕か?」


「その通りです」


「つまりさっきまではここに毒の子がいた、ということだな。しかし、それがどうしてウェルトが裏切り者であるという証拠になる」


「ウェルト君の加護ですよ。視界の範囲内であれば空間を自由自在に繋げることができる。この加護は剣を通すだけでなく、もっとたくさんの応用がきく。例えば、遠距離に声を届けるとか、ね」


「橋の下にいた毒の子に対して、空間を繋げる加護を使って注意を促して逃がした。そう言いたいのだろうが、あまりにも根拠がなさすぎる。第一、空間を繋げる際には空間に歪みができて、視覚的に加護を発動したのかがわかる。それに注意を促すような発言は不自然なものになるだろう」


「そんなもの自分の体や遮蔽物で歪みを隠せばいい。なにも歪みは毎回同じ場所にでるわけでもあるまいし。それに、それが地下でのことならなおさらだ。地下には水が

流れていた。水が歪んでいたって誰も気づかないでしょう? それに届ける言葉は自分の言葉でなくていい。僕たちの会話を聞かせるだけでも毒の子には僕たちの行動がまるわかりになる」


「そんなことウェルトはしません! それに、世界が大変な時に毒の子の味方をするなんて、意味がわからないですよ」


 リリアは会話に参入した。


 口論になったとしてもクロックに敵うとは思えないが、どうしても言わずにはいられなかった。だってウェルトが裏切り者なわけがないのだ。気配りが上手で、笑顔が優しくて、なのに戦うととっても強くて。誰よりも頼りになるかっこいい人なのに、その人が裏切り者なはずがない。


「意味なんて知らないよ。むしろ毒の子を味方するわけがないっていう心理を利用しているのかもしれない。僕もそう思っていたからね。それにまだ続きがある。もう少し話しに付き合ってくれてから、僕の言うことの真偽を考えたらいい」


「……わかりました。でも私の気持ちは変わらないと思います」


「じゃあ始めよう。まずは護衛の中に裏切り者がいる、ということに関してはルミナスが教えてくれた。べつに喋って教えてくれたわけじゃないよ。ルミナスの服や靴を見てみたんだ。そこに、石の破片があった。つまり、加護のかかった石は砕かれていたってことだ。それなのに僕が持っていた石は砕かれていない。これで石が見た目の似た普通の石にすり替えられていたことがわかる。そんなことができるのは常に傍にいた護衛の者以外にありえない。護衛以外の人はほとんど近づけないようにしていたからね」


 護衛は集団行動が基本だった。


 常に周囲には警戒をしていた。平和に慣れて気が緩んでいたこともあったかもしれないが、悪意を持って近づこうとする者に気づかないほど油断しているときはなかっただろう。だがしかし、当たり前のように傍にいる者たちに関してはどうだろうか。気の許せる同じ目的を持った仲間たち。当然のように警戒は緩んでしまうだろう。


「だけど、ずっと一緒にいたのなら毒の子との接触もできないじゃないですか。なんの接触もないのに会話だけを毒の子に聞かせるなんて変ですよ」


「そうだね。護衛になる以前から知り合いってこともないだろう。だけど、この街に来てから僕たちはずっと一緒にいたかな?」


 リリアはこの街「リーフネル」に来た時のことを思い出す。


 まずは街に向かう途中のことだ。四人ずつが固まって馬車で移動をしていた。車内は狭く、不審な動きがあればすぐに気づく。一度ウェルトが外に出たが、短時間のことだし、その行動は車内から確認できた。毒の子と接触する暇なんてとてもじゃないがないはずだ。


 その後馬車から降りて八人が合流し、観光地としても名高い街の中を探索した。その際には八人が常に行動を共にしており、単独行動をしている者は見られなかった。ならば問題はその後だ。八人は宿へと泊まり、卓を囲んで食事を摂った。その時、外の見回りをするために単独行動をとった者がいた。


「そうだよ、きっとその時に毒の子と接触したんだ」


 心を読んだようにクロックが話す。


「思えば、あの時にウェルト君が毒の子を目撃したことを話してから、すべてが毒の子にとって都合のいい行動を僕たちはとらされていた」


 さすがに黙っていられなくなったのか、ウェルトがクロックに反論しようとする。しかしその声は、ウェルトの首元に食い込んだ刃のせいで無理やりに中断させられてしまう。


「なら聞こう。どうして君はリリアが同行しようとした時に断ったのかな? スティード君に対しても断っていたよね。聖女であるラアナならまだしも、他の二人を断った理由はなにかな?」


 言葉につまるウェルト。


 まさか、という気持ちがリリアの心をよぎる。その瞬間リリアは自分の心を叱咤した。自分がウェルトを信じなくてどうするのだ。確かにクロックの言っていることには一理も二理もあるが、そこにウェルトの人となりは考慮されていない。クロックは知らない。ウェルトは戦いを嫌っており、自ら戦いの火ぶたをきるような真似は絶対にしないということを。


「ずるいですよクロックさん。これじゃ剣で脅して無理やりにウェルトが裏切り者だって言わせてるようなものじゃないですか」


「とりあえずウェルトを離せクロック」


「駄目ですよ。それじゃあウェルト君がなにをするか分かったものじゃない。さすがのアダンさんも息子には甘いんですか?」


 アダンが眉をひそめた。一触即発とはこういった雰囲気のことを指すのだろう。多くの視線が交錯し、嫌な静寂が辺りを包む。リリアもまたクロックの隙を窺う。ウェルトを解放して、クロックを説得する。


 その時、ウェルトが動いた。


 突きつけられていた刃を素手で握り、クロックの体を力の限りに突き飛ばした。手からは血が流れ出ている。その血が刃を伝ってから地面にぽたりぽたりと落ちていく。クロックは「やはりそうか」という顔を作り、予備として用意してあったもう一本の剣を握る。ウェルトもまた剣の柄を握った。


 その剣をウェルトは空に向かって思いっきり振り上げた。

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