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愛と毒が殺す世界  作者: 仲島 たねや
第4章 深まる疑念
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深まる疑念②

 あまりにも遅すぎる。


 スティードとルミナスが地上に出てからかなりの時間が経った。何かが起こった時のために用意された「石」には異常がない。そのことがむしろ不気味に思える。クロックは地上でなにかがあったのだと推測する。根拠は帰りが遅いということに加えて妙な胸騒ぎがするということだけだ。とても合理的な判断とはいえない。が、胸騒ぎとは経験上言葉で言い表すことのできない不安を知らせるサインであることをクロックは知っている。直感というものは案外馬鹿にすることができない事象だ。


「大丈夫ですか?」


 不安が顔に出ていたのだろう。ラアナが心配そうに話しかけてくる。


「いや、大丈夫じゃない。二人の帰りが遅すぎる。だから、これから二人と合流しようと思う。まさか毒の子にやられたとは思えないが、何らかの事情で身動きが取れない状態にあるのかもしれない。早く救出に向かわないと」


 ラアナはこくりと頷いた。彼女も彼女なりに二人のことを心配していたのだろう。


 クロックは立ち上がる。そう離れた場所にはいない他の三人を見回して、帰りが遅い二人の捜索を提案した。目をつむりながら胡坐をかいているアダンと、寄り添うように座るウェルトとリリア。彼らも二人のことを心配しているはずだ。だからこの提案に必ず乗ってくれる。そう思っていたのだが、どうにも反応が芳しくない。


「それは、個人の感情を抜きにした判断か?」


 アダンの言葉にクロックは小首を傾げる。


「どういうことですか?」


「外に出ることは最善の判断といえるのか、ということだ。ここはよく音が反響する。何者かが接近すればすぐにわかる。さらに足場も狭く、大勢の敵に囲まれる心配もない。身を置くには絶好の場所だ。それを放棄してまで外に行く利点があるのか?」


「ですが、ここにいたままでは事は進展しません。この街を出るための足が無事なのか、外の様子がどうなっているのかを知ることで色々な策が練れます。この街から脱出するにしても、毒の子たちを迎撃するにしても、です。二人は貴重な情報源です。その彼らの帰りが遅くなっているのは何らかの理由で足止めをくらっているからでしょう。その状況を打破するためにも僕たちが彼らの元へと向かわなければいけない」


「あの、いいですか?」


「なんだいウェルト君」


「俺はもう少し待ってみるべきだと思います。スティードとルミナスさんが毒の子相手に負けるとは思えないし、たぶん人に話を聞いたりして時間がかかっているだけなんじゃないかと」


「夜にそう人がいるとは思えない。それに事前に早めに帰ってくるように言っておいたから、二人に限って帰りの時間を遅くするようなことはないだろう。幸い石は割れていないから敵に遭遇はしていないみたいだし、彼らのところに行くのなら今じゃないかと僕は思うんだ。アダンさんはどう思いますか?」


「……まあいい。行くのならば、人数構成などを決めなければならないだろう。だが、この人数を分断するのは危険だ。必然的に全員で外にでることになる。もちろん聖女も共にな」


「ええ、リスクはあるでしょう。しかし、色々と考えたのですが、僕の予想では敵の数は多くはありません。きっと十にも満たない数でしょう」


「どうしてわかるんですか?」


 訊いてきたリリアにクロックは答える。


「そもそもこの街に毒の子が入ること自体がとても難しいことなんだ。街の入り口は夜には固く施錠されているし、その夜になるまでは門兵がいる。彼が買収でもされていない限りは髪が白かったり目が赤い人物を入れるわけがないからね。まあ買収の可能性はあまり考えなくていいだろう。世界を滅ぼそうってやつらに尻尾をなびかせるやつなんてそうそういないよ。加えてこの街に隠れ家となるような場所はない。これは今日ぐるりと街を回ったから気づいたことなんだけど、どの家にも人がちゃんと住んでいるし、空き地のような場所も特に見当たらなかった。そうなると、長い間の潜伏は無理だし、短時間でも隠れるためには人を少なくしなければならない」


「だったら案外簡単に勝てるかもしれないってことかな」


 リリアは隣のウェルトに安堵と喜びの混じった顔を向けていた。


「いや、そういうわけにもいかないだろう。少人数で挑むのならば精鋭たちを用意するはずだからね。ウェルト君の剣を防いだのがいい証拠さ」


「確かに、あいつはだいぶ強いと思います」


「だけど、私たちだって多くの兵士の中から選ばれた精鋭です。きっと勝てますよ」


 リリアは胸の前で構えた拳をぎゅっと握った。心強い動作と落ち着いた声は、先ほどまで泣いていた少女とは思えない。きっとウェルトのおかげだろう。彼がリリアの心の支えとなっている。


 二人の顔を見てクロックは微笑む。二人の姿が自分とルミナスに重なる。ルミナスは支えだった。いつだって隣にいてくれた。彼女に出会うまでは何も感じなかった孤独の日々が、今では想像もできないほどに恐ろしいもののように感じる。


 ——ルミナス、今君の元へと向かうから。


 クロックは重々承知していた。「個人の感情」云々に関して、アダンが言っていたことは的を射ている。クロック自身がもう待ちきれないのだ。今すぐ地上に出ていき、ルミナスの顔を見たい。そうしなければ煙る黒煙のような不安を振り払うことができない。


 だからこそ提案した。最善の策など結果論でしかないということはアダンだってわかっている。質問の意図はクロックの意思の確認だろう。心理的な駆け引きにおいては経験豊富なアダンが勝る。クロックは真意を悟られないために、表情を変に崩さないよう努めた。もちろん個人の感情だけが込められた提案ではなかったが、意思と共に、支えがいなくなった自分の心の弱さを見透かされたくはなかった。


「それではこの五人で地上に出る、ということでよいのでしょうか?」


 全体の同意を得るようにラアナが尋ねる。


「……ああ」


 アダンが頷く。


 すると、皆も一様に頷いた。

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