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愛と毒が殺す世界  作者: 仲島 たねや
第4章 深まる疑念
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深まる疑念①

 一旦体を休めよう。


 うっとうしいぐらいの月光が一面に当たる波紋状の石床を背にして、アウルは身を隠せそうなところを探して移動を始めた。歩くと体が軋みをあげていることがわかる。体中の至るところに細かい切り傷ができているし、思いっきり蹴られた腹には未だに痛みが残っている。簡単な傷の手当てをしておきたい。だがしかし、傷をかばってゆっくりもしていられない。いずれ広場の死体は見つかってしまう。発見するのが

聖女の護衛であろうと、街の誰かしらであろうと騒ぎになることは避けられない。だからなるべく早足をこころがける。


 本来ならば休憩をしている時間などありえなかった。絶え間なく相手を攻め続ける。そうして身体的にも精神的にもダメージを与える。選りすぐりの精鋭たちを倒すにはこれぐらいのことをしなければいけない。そう思っていたのだが、想定していたよりも相手が強かった。


 油断をしていたわけではない。聖女一行の加護をアウルはすでに知っていた。その上で最も厄介な加護は「思考の加速」だと考えていた。


 そもそもアウルは基本的に多対一ではなくて一対一の戦いになるよう立ち回っている。それは一対一の戦いにおいては負けることがないという自信の表れだった。しかし、「思考の加速」が相手では一対一の戦いは危ういものとなる。


 アウルは頭を悩ませた。どうすれば「思考の加速」を破ることができるのか。導き出した結論は、一撃で倒す、だった。加護を持っている者には例外なく毒の子を見下す傾向が存在する。これは大人が子供を相手取る心境によく似ている。明らかに劣っている者に対しては必ず慢心が生まれ、戦いにおいてはつけ入るための大きな隙となる。この隙は戦いが長引けば長引くほどに小さくなっていくので、敵を仕留める可能性が最も高いのは初撃ということになる。初撃で仕留められなければ次はない。そう自分自身に言い聞かせて、我ながら納得のいく初撃を敵に見舞うことができた。


 だけど防がれた。


 そこから追撃を仕掛けてもことごとく防がれる。


 焦っていた。すぐ傍には「風景に溶け込む」加護を持ったものが一人いるということもあって、アウルの焦りは余計に加速していく。


 距離を離してからは相手の剣を防ぐことで精一杯になった。だけど、ここで諦めるわけにはいかなかった。月日がどれだけ重なろうとも色あせることのない大事な約束を果たすためにアウルはこの街を訪れた。障害を排除するためにはどれだけの犠牲も厭わない。元々殺し殺される関係にあるのだから、アウルが非難されるいわれはない。今だって互いに戦争を起こしている真っ最中なのだから。


 アウルはこれが最後の希望だ、と辺りに警戒するふりをして口の中に毒針を仕込んだ。相手に毒を使うことを考慮して解毒剤はすでに飲んでいたのだが、早々に切り札を使わされることになるとは思いもしなかった。さらに相手の視線から後ろに加護持ちの一人が迫っていることに気づき、外してはならないと緊張の糸が体中に張り巡らされていた。


 結果としては避けられた。


 だけど相手の体制を崩せた。


 これは大きい。


 まずは後ろの一人を倒す。そこから冷静な判断力を失った相手を制することは随分と楽な作業で、目の前で男女二人の亡骸があっという間に生み出された。


 そして今に至る。


 相も変わらず人を殺す感触というのは気持ちが悪いし、気分も悪くなる。


 できることならば人を殺したくはない。


 だけど甘いことも言っていられない。


 目的のためには残りの四人を始末しなければならない。


 しばらく歩くと川のせせらぎが聞こえてきた。目の前には橋があり、その下は身を隠すのにうってつけの場所だと思った。アウルはくるぶしぐらいの長さをした雑草が臆面もなく生い茂る斜面をゆっくりと下りていき、歩けばじゃりじゃりと音が鳴る河原をつまづかないように進んでいくと、足元が沈んでいかないか不安になるぐらいの影の中をよっこらせとまるで中年の親父みたいに腰を落ち着けた。


 しばらくはここで休もう。


 息を整え、体を癒す。


 そう長くはいられない。聖女一行たちは現在地下で待ちぼうけをくらっている。しかし、それなりの時間が経てば、帰ってこない二人を彼らは不審に思うだろう。そうなれば一行たちはいずれ地上にでてくる。休憩の終わりはその時ということになる。そして彼らが地上にでるときは声が教えてくれるので、アウルはただ静かに声を待っていればいい。


 アウルは来るべき時に身を備えた。体の力を抜いて、血にまみれた刀身を拭う。まだまだこの刀には活躍してもらわなければいけなかった。

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