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愛と毒が殺す世界  作者: 仲島 たねや
第3章 閉塞の中で
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閉塞の中で②

 ルミナスとスティードは地下水道から地上に出た。


 相変わらずの四角いタイルが地面を覆い、歩けばじゃりじゃりと音が鳴る。さらには家々の隙間を縫って差し込む月の光が二人の影を作るので、ルミナスはなるべく忍び足を心がけ、影の多い場所を進もうとスティードに提案した。スティードは言葉なく頷き、歩を緩め、影の多い通路の端へと寄った。


 二人が黙々と進む中、クロックから受けた指示をルミナスは頭の中で反芻していた。


 クロックの指示は大きく分けて二つある。


 この街から出る手筈を整えるためにはまず馬車を確保しなければならない。夜遅くに悪いとは思うが、事情さえ話せば御者だって納得してくれるはずだ。しかし、もし毒の子がこの街で決着をつけたいと思うのであれば、退路を断つために移動手段である馬車を潰す。馬車が生きているかいないかで毒の子の意図を判断する。これが一つ目。


 そして次が重要だ。


 二人で街中を歩き、毒の子をおびき出す。二人といってもルミナスは姿を消しているので、毒の子にはスティードの姿しか見えない。シュートの顔は毒の子に見られているので、面が割れていないから奴らが姿を現さない、という心配はない。毒の子が一人で歩いているシュートをこれ幸いとみて襲いかかるのか、それとも不審に感じて周囲から観察するのみに徹するのか。


 どちらでも構わない。ルミナスが周囲に目を配り毒の子を見つければ、懐にいれた「石」を砕く。この石には「一つの物体を二つにする」という加護の力がかけられている。今ルミナスの手元にある石と全く同じものがクロックの手元にもある。これらは元々同じ石だったので、その感覚は共有されている。つまりルミナスが石を砕けばクロックの石も砕かれるということだ。これが合図となる。歩くルートも指示されているので、ルートの周辺にいればクロックたちがまもなく駆けつける。そうなればもうこちらのものだ。発見した毒の子を捕らえるなりして情報を奪い取ってやるもよし、息の根を止めて敵の数を少しでも減らしてやるもよし。周囲の観察と遅滞戦闘がルミナスとスティードに課せられた任務だ。


 敵を知るための重大な任務ではあるが、元々大きな使命を背負っているのだからこれぐらいの重圧はなんてことない。


 それにしても、とルミナスは思う。


 指示をだす時のクロックは格好良かった。いつものへらへらとした雰囲気が一転し、目元をきりりとさせて声のトーンを一段下げる。こういった普段の場と緊張した場での差がクロックの魅力を存分に引き立てている。ルミナスがクロックに惚れた時にもこの手法を使われた。当然彼にはそんな自覚は一切ないのだろうが。


 昔のルミナスは、恋などというものを喜々として語る同年代の女性たちを、一体なにが楽しいのだろうか、と悟り顔で見つめていた。だからといってそれを否定していたわけではない。人には向き不向きというものがあって、ただ自分には恋というものが性に合っていなかったのだと思っていた。


 だが、その考えもやがて変わる。


 ルミナスはある任務に参加した。任務の内容は、毒の子の拠点と思われる場所の周辺を調査するというものだ。過保護な両親の制止を振り切り、この任務は自分に適任なのだと押し切った。ルミナスは守られるだけなどまっぴらごめんで、人を守る立場の人間になりたかった。昔からルミナスは正義感が強く、そのきっかけは大陸中に広まる様々な英雄譚を毎晩両親に読み聞かせてもらったことに始まる。不幸なお姫様が富と名声のある王子様に見初められるようなおとぎ話よりもよっぽどルミナスの肌にあう。


 ルミナスはいくつかあった調査班、そのうちの一つに配属される。班は五人編成で、班長は若年の兵長であった。彼は名をクロックといい、軍人に要求されるはきはきとした喋り方が一切ない、班長として人を引っ張る力があるのかどうか不安になるような実に覇気のない男であった。


 いくつか班があれば、やはり当たり外れというものがある。ルミナスは外れを引いてしまった。これから起こるであろう命の駆け引きに一抹の不安を覚える。


 しかし、だ。戦場に近づくにつれて、クロックの纏う雰囲気は鋭さを増していく。その横顔を知らず知らずのうちに見つめてしまっている自分に気づき、ルミナスは慌てて顔を逸らす。それから毒の子たちがいるとされる建築物へと近づいた。建築物はまるで城のようで、周りには囲うように壁がそびえたっている。


 柔和な雰囲気はなりを潜め、威厳を讃えた一人の司令官がそこにはいた。一つ一つの指示を出す際には鬼気迫るものを感じたほどだ。そんな彼の一挙手一投足、言葉の端々にルミナスは魅了されていく。


 結果、調査は成功。毒の子たちはちゃんと城のような建築物の中にいたし、彼らに気づかれることなく情報だけを掠めとることができた。班の欠員だって出ていない。それもこれもクロックの指示があってこそだ。


 この時からルミナスはクロックとともに任務を遂行する機会が多くなった。奇遇だとクロックは思っていただろうか。実際のところは奇遇でもなんでもない。貴族の力を行使することに躊躇いはあったが、両親に「この人の指示は的確で、共にいれば生存率が上がるのだ」といったことを話し、娘に当然死んでほしくない両親はルミナスとクロックが同じ任務を遂行できるように、と軍の上層部に頼み込む。こうして作為的な「奇遇」が出来上がる。


 そしてルミナスは何度かクロックを食事へと誘った。任務よりも緊張したし、口が思うように回らないし、何よりも誘った後の続きがわからない。恋を語る女性たちの話にもっと耳を傾ければよかった。そう思っても後の祭り——ではない。まだ間に合う。恥を忍んで色々と訊いてみた。色めき立つような、囃し立てるような声に囲まれて若干顔が引きつったが、そんなことは問題ではない。彼女たちの意見を参考にして、食事の次の段階へと進むのだ。


 その前に様々な指摘を受けた。男性を惹きつけるための服装、髪型、所作、言動に至るまで色々と注意された。その時の彼女たちはとても楽しそうで、まるで人形遊びに興じる子供のようにきゃっきゃとはしゃいでいるようだった。二十を超えているのにそれでいいのだろうか。でもそれはお互い様なので無粋なことは言いっこなしだ。


 彼女たちに弄ばれるように髪を預け、一々色付けが派手な服屋へと赴き、鼓膜に粘るように張りつくくどい指南を経ることで、ルミナスは戦場へと向かう準備を完了させた。流れるブロンドの毛先は僅かにカールされており、ルミナスのクールな印象を柔らかくする。ルミナスは普段と違う毛先が妙に気になり、白くしなやかな指で毛先を遊ぶようにいじる。彼女たち曰く、これはポイントが高いのだそうだ。そして服装はまるで深窓の令嬢といった感じの、無駄に華美なフリルがついていない落ち着いた雰囲気のドレス。色は薄緑で、森のように、閑静で心を落ち着かせる効果がこのドレスにはあるのだそうだ。これに関しては半信半疑である。だけど半分は真面目に聞いているので、効果のありなしに構わずにルミナスがそう思いこむことで、自分には癒しの力があるということを前提に動ける。今日のルミナスは格好いいではなく、可愛いという気分で今宵のディナーに臨むのだ。


 約束の時間がもうじきやってくる。


 待ち合わせの場所は、新緑の芽吹く風情豊かな庭園で有名な、ちょっとお高めなレストランの前である。


 後ろのほうで両手を腰に回し、指と指を絡ませる。高鳴る鼓動を頼りに時間を計る。あと何秒で彼は現れるのだろう。一秒は二秒に感じられ、二秒は五秒にも感じられる。服装に乱れはないか、髪はちゃんと決まっているだろうか。よく見ると、ドレスに糸くずがついている。親指と人差し指でひょいっとつまみ上げ、糸くずを離してみると、糸くずは風に乗り、宙をふわりと楽しそうに舞った。それを目で追いかけると、視界の中に小走りでこちらへと近づいてくるクロックの姿が入ってきた。


 手が震えた。糸くずにでも縋りたい気持ちで、ドレスの裾をつまんで糸くずを探す。糸くずはなかった。


 クロックが手を振り、

「ごめんね、待たせちゃったかな」

 と笑う。


 優しい笑顔だった。ちょっと間抜けっぽかったかもしれない。ルミナスの緊張の糸に緩みが生まれる。


「いえ、今来たところですよ」


 習った言葉をそのまま使った。


 またクロックが笑う。


「それって、随分と待ってた人の台詞だよね」


「え? そうなんですか?」


 まるで心を見透かされたようで、ちょっぴり気恥ずかしい。


「ははは、まあ行こうか。それにしても今日は随分と素敵な格好だね」


 クロックが手を差し伸べようとして、それを引っ込めた。


「僕とじゃ不釣り合いかも」


 クロックの顔に影が差した、ような気がした。クロックはたまにこういった顔をする。今までその原因にルミナスは思い当たらなかったのだが、今の言葉を聞いて閃くことがあった。彼は、きっと身分のことを気にしている。平民出であることはすでに聞いていたが、ルミナスはそれを別段気にしたことはなかった。


 しかし、ルミナスが気にしていないからといって、クロックが身分のことを気にしていないということにはならないのだ。


 ルミナスは言った。習った言葉ではなく、自分自身の言葉を。クロックの引かれた手を握りしめて自身の体に寄せ、うつむきがちな瞳を真っ直ぐに見据える。


「不釣り合いなんてことは絶対にないです。むしろ私にはもったいないぐらいにあなたは優しくて、かっ——み、魅力的な人ですから。だからご自身を卑下なさるようなことはどうか言わないでください」


 クロックが、口を小さく開けたぽかんとした表情をこちらに向けた。


 数秒が経つと、ルミナスはクロックの手を強く握りしめている自分に気づき、慌てて手を離そうとした。が、握り返す手がそれを許さなかった。


「あ、あの」


 クロックがまたしても笑った。


「ありがとう」


 エスコートされるように、ルミナスはクロックの隣を歩いた。


 扉を開けると、ベルの音が店内に響きわたる。金の燭台に置かれた蝋燭の火が店内をぼんやりと照らす中、燕尾服を着た店員に案内されてルミナスとクロックは席に着く。赤いシーツに覆われた長方形の机には、細長いステムにふっくらとしたボウルが特徴的なワイングラスが二つ置かれている。どこか紳士然とした初老の男性がボトルを手に持ち、胸に手を当てて一礼をすると、彼は紫色の液体をグラスに注ぎ始める。芳醇な香りが鼻をくすぐる。向かい合った二人が手にグラスを持ち、掲げ、軽くぶつけ合う。ソプラノが鳴らされ、それが合図のように二人はリムに口づけし、甘い香りのする液体を口内へと注ぎ込む。舌に馴染ませるように味を確かめ、コクを十分に楽しむと、液体が喉を通る心地よい感覚と同時に余韻が残る。


 それから塩漬けされた透明のハムを掛け布団とした野菜の前菜、変わって透明度の一切ない緑色をした枝豆のスープ、様々な調味料と共に蒸気で燻された魚介、シェフ自慢のソースが存分にかけられたローストビーフ、季節の果物がふんだんに散りばめられたリンゴのゼリー、これらが順々に出され、ルミナスとクロックはどれも美味しく頂いた。


 決戦の時が近づく。


 ルミナスにとっては、食事が終わってからが本番だ。


「美味しかったですね」


 と味の感想を伝え合う。その際にもルミナスは緊張しっぱなしで、クロックの顔もどこかぎこちないものに見えてくる。楽しくなかったのだろうか。いや、これはルミナスの弱気な心がみせる幻影なのだ。そう思って、深呼吸を一つ。


 燕尾服の男性が「またのお越しをお待ちしています」と言い、店の前までお見送りをしてくれた。その姿が見えなくなるころ、ルミナスたちは未だ緑の多い庭の中にいた。店から漏れ出す優しい灯りが木の葉を照らして橙に染め、なぶる風がアルコールの入った体を適度に冷ましてくれる。


 ルミナスがクロックに向かい合う形となり、それから意を決して口を開いた。


「あの! 私、クロックさんに伝えたいことが……」


「その前に、僕からいいかな?」


「え? は、はい。なんでしょう」


 クロックは自分の右頬を一指し指で二度ほど掻き、一泊を置いてからこちらもまた意を決したように口を開いた。


「僕と、お付き合いしてくれませんか?」


 先に言われてしまった。


 だけど先に言われて悔しいとは思わない。


 緊張で震えていた手が嬉しさで震える。言葉をすぐに出すことができない。それを否定と受け取ったのか、クロックが「駄目、かな」と自嘲気味な笑いをこぼしたので、ルミナスは慌てて何か行動しなければと思い、考えもなしにクロックの胸に顔を預けるようにして思いっきり抱きしめた。


「……嬉しい」


 囁くような声しか出なかった。


 クロックにルミナスの声は届いたのだろうか。


 ルミナスの背中にためらいがちな手が触れた。その手はやがてルミナスの体を包むように動きだす。きっと声は彼に届いたのだと、根拠もないのにルミナスはそう解釈する。


 それから二人の交際が始まった。


 それに際しての問題は、やはり二人の身分の差だった。両親にそれとなく貴族以外の人との交際をどう思うのか聞いてみると、返ってきたのは否定的な意見だった。これは両親がとりわけ頑固な人間であるから、というわけではない。むしろ両親は柔軟な考えを持っている。しかし、貴族全体が放つ雰囲気が貴族以外との結婚を拒んでいる。実際ルナミスも子供のころから漠然と「私は貴族の人と結婚するんだな」と考えていた。


 悪い風潮だと思う。


 が、まもなくその風潮を覆す好機が訪れる。それが護衛の選抜だった。今までの護衛とは違い、大人数でなくて少人数が選ばれる。この少人数に選ばれるということはとても名誉なことである。凱旋を迎えるころには、少人数の護衛たちは国民からの称賛を体中に嫌というほど浴びせかけられる。きっと国からの褒賞も並大抵のものでは済まない。その褒賞はもちろんクロックを貴族にすること。そんなものでいいのか、と言われれば国中を巻き込むような派手な結婚式を追加で催してもらおう。


 クロックと結ばれるためにもこんなところで躓いてはいられない。ルミナスとクロックは夢へと着実に近づいている。


 毒の子を見つけ出し、情報を奪い、この街を去る。そして無事聖女を島へと送り届ける。ゴールは目前。今までと同じようにクロックを信じ、自身の役割をしっかりとこなせば、二人に乗り越えられない壁はない。


 息を潜め、足音を殺し、周囲一帯に目を配らせる。その右手には「石」を持つ。毒の子よ、早く出てこいと心に念じてシュートの影と同化する。


 広間を抜け、橋を超える辺りで馬のいななき声が聞こえた。スティードは少し後ろを向いてから首を小さく縦に振り、地面を思いっきり踏みしめてから駆け出した。その影であるルミナスはぴったりとその後ろを追従する。


 目指している場所は、御者が馬を休ませている馬小屋だ。

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