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私の記憶は他人の記憶  作者: MAKOTO
4/4

第4話 私に起きたこと

「もしもし、下条先生ですか?

 お電話ですいません。

 患者の桐島弥生です。」


「桐島さん?どうなされました?」


「折り入って、先生にお伝えしたいことがありまして。

 少しだけお時間頂けませんか?」


「診察ではなくてですか?」


「はい。前の診察の時、先生にお話した、私の不思議な記憶の事なんですけど。

 他の人には聞かれたくないので、二人きりでお会いしたいんですが……

 お願いできますか?」


「……そうですか。病院内でも構わないですか?」


「はい、構いません。」


「分かりました。場所と時間を調整しますので、改めて連絡してくれますか?」


「ありがとうございます。

 失礼します。」

 よぉーし、エスパー探偵桐島、動きます。



 私は下条先生と病院の面談室にいた。

 さすがに緊張して手汗がヤバい。

 私を襲った先生、どんな反応をするんだろう。


 2人きりで会って、何か危害を加えられる恐怖よりも、温厚そうな先生が何故あんなことをしたのか、その理由を知りたい欲求の方が勝っている。


「お忙しいのに無理を言ってすいません。」平静を装っても、声がうわずっていることが自分でも分かる。


「いいえ、大丈夫ですよ。

 お話というのは、どのようなことでしょう?

 桐島さんの不思議な記憶についてでしたね?」下条先生はいつも通りの穏やかな笑顔。先生があんなことするなんて、今でも信じ難い。


「はい、そうです。

 あの、下条先生、先生は私がこの病院に搬送された日の前の夜、私と会っていませんか?」ああだこうだ言わないで、ストレートに聞くのが1番。緊張して吐きそうだし。


「えっ?どういう意味ですか?」


「会った、ていうのはニュアンスがちょっと違いました。

 遭遇した、が正確でしょうか。」


「遭遇した?

 私が桐島さんと初めて()()したのは、桐島さんがこの病院に搬送されてきた時ですよ。」


「違います!前の日の夜です!」


「何か勘違いされているようですね。

 記憶が混乱しているようです。」


「確かに私の頭は不思議な現象が起こるし、正常じゃないのかも知れません。

 でも、あの日の記憶がようやく戻ったんです。正確に。

 実際の場所に行ったりして確認しました。」


「そうですか?

 本当に私を見たんですか?

 まあ、私が気づかなかっただけなんでしょう。

 記憶が戻ってよかったですね。」


「先生にとっては良くないんじゃないですか?」私は大見得を切った。

「私を襲ったの、先生ですよね?」

 ついに言ってしまった。もはや後戻りは出来ない。


「どういうことですか?」


「それは私のほうが聞きたいことです!」

 なんだか、部屋の空気が張り詰めてしまった。

 自分を煽ってどんどん緊張してきた。

 まずいなぁ。


「桐島さん、どうして私が桐島さんを襲わないとならないのですか?」


「そ、それは……」

 言葉に窮する。

 さすが先生、鋭いなぁ。

 先生が私を襲った理由は分からない。残念ながら。

「私のオリジナルの記憶では、先生の顔を見てはいませんけど、私の中に流れ込んできた先生の記憶の光景では、私を襲っている先生の横顔が、近くに捨てられていたスタンドミラーに写っていたんですよ。

 マスクを付けていましたけど、先生に間違いありません。」


「そうなのかも知れませんね、桐島さんの話を聞いていると。

 でも、それが何だって言うんですか?」

 先生は、少しイラついているのか、人差し指でテーブルを数回叩いた。


「先生が私を襲ったことは事実だと言うことです。」


「そのような桐島さんの想像の域を出ない絵空事の話、誰が信じるのですか?

 もう少し、精神的に大人になった方がいいですよ。」


 ムカつくーー!

 先生に対する恐怖心は、いつの間にかどっかに吹き飛んでいた。


「証拠だってありますよ。」


「あるはずが無い。

 あるとすれば、それは桐島さんの頭の中にでしょ?」先生はしたり顔だ。


 ますますムカつくーー!!

 ダメダメ、冷静にならなきゃ。

 目の前にいる先生、ってか犯人に罪を認めさせないと。


「先生がマスクをしていたことを私が指摘した時、先生は否定しなかったですよね?

 この記憶が事実だと認めているからでしょ?」


「その記憶は元々私の記憶なんですよね?その記憶を桐島さんが同期した。

 そんなことが証拠ですか?

 バカバカしい。」


「そうです。立派な証拠です。

 でも、それだけじゃどうにもならないこと位、私にも分かります。」


「じゃあ、話はここまで。諦めてください。」下条先生は立ち上がろうとした。


「いいえ、話はまだ済んでいません。

 動画があるんです。」


「動画?」

 イスに座り直した下条先生の口元が一瞬歪んだように見えた。


「はい。先生が私を襲った時の動画です。」


「まさか、あるはずが無い!

 いい加減なことを言うな!」下条先生は激昂した。優しい態度も豹変。


 私は、気圧されて反射的にのけ反ってしまったけど、マウントを取ったと確信した。

 下条先生は明らかに動揺している。罪を認めている証拠だ。


「そんな動画、どこにあるって言うんだっ!誰が撮った?」


「あの当時、あの場所の近くある建設中の建物には通りを写す防犯カメラが設置されていました。不法侵入者がいたらしくて。

 そのカメラに運良く私たちが写っていたんですよ。

 先生にとっては運悪くですけど。

 その動画のデータは警察が保管しています。

 まさかですよね、先生。」私は強ぶって見せた。


「ふざけるなっ!

 俺はお前の怪我を治してやったんだぞ!

 その恩を仇で返しやがって!」


「きゃっ!」下条先生がテーブル越しに掴みかかってきた。


 その瞬間、私の背後のドアが勢いよく開くと、如月さんが飛び込んできた。


「下条、やめろ!!」如月さんはあっという間に下条先生を押さえ付けた。


 さすが刑事さん、頼もしい限り。


「桐島さん、危ないことをしないでくださいっ!

 私が来るのが遅れたら、取り返しのつかないことになっていたかも知れないんですよ!」


「ごめんなさい。反省してます。」下条先生に襲われそうになった私は、恐怖で全身の震えが止まらず、歯がガタガタと鳴っていた。



 数日後、如月さんから事件の詳細を聞いた。


 下条先生はヒーローシンドロームとかいう精神疾患だったらしい。


 如月さんは下条先生のことをとんだサイコ野郎だと言っていた。

 故意に人を傷つけて、傷つけた人を自ら治療して、治療した人から感謝されることで興奮して、満足を得ていたとのことだ。


 普段、治療して患者から感謝されることと、どこが違うんだろう?

 医者でもない、ましてやヒーローシンドロームでもない私には全く理解できない。


 と言うことで、下条先生の犯行目的は強盗じゃなかった。治療が目的。


 不幸中の幸いと言うべきか、私のスマホと財布は下条先生の自宅から発見された。他の被害者の人の私物も見つかったらしい。

 下条先生は奪ったものを記念品としてコレクションしていたらしく、全くのサイコ野郎だ。


 ただ、私が下条先生に狙われたのは偶然だったらしい。マッチングアプリで知り合った相手はやはり先生だった。もうこりごり。

 そして、先生が勤務している病院に搬送されるように、先生は、頭部に怪我を負わせ意識を失わせた私を山手通りに置き去りにした。こんなひどい話ってある?


 あの頭痛はもう起きていない。これからも起きないと思う、多分……

 他の人の記憶が同期するようなことはもうない。私がまた記憶を失くしたら、起きるのかも知れないけど。


 とにかく、エスパー桐島VSサイコパス下条の戦いは無事に終わりを迎えましたとさ。めでたし、めでたし。


 ……私の特殊な能力……能力って言えるんだろうか、まあそれは置いといて、私に起きたことを考えると、人が平凡に生きていくのは、思っている以上に難しいことなんだろうな。


 取り留めのないことを考えながら、大正通りを歩いていると、レモンビルの近くまで来ていた。


 夕日を浴びているレモンビルは、記憶の中と同じように赤橙色に染まっていた。


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