2
「目、閉じといた方が良いよ」
ひやりとした少し鉄の匂いがする手を握れば彼女は小声で呟いた。
「teleport」
言われた通りに目を閉じたその瞬間急降下したような重力が体を襲う。
「もういいよ」
それを合図に目を開けるとそこは見慣れた通学路ではなかった。
「は!?え、なんで…」
「これ、凄いよね。瞬間移動なんて漫画だけだと思ってた。国家機密」
繋いでいた手を離しシャツの胸ポケットから小さな機械を取り出して少し自慢するように見せる。
「瞬間移動?マジで言ってんの…?」
「マジマジもマジだよ。体験したでしょう?犯罪に使われると困っちゃうから世に出せないのよ。こんなに凄いのにね」
「…そう…」
「じゃあ行きましょうか、編入手続き」
機械を元の場所に仕舞い進む彼女の腕を慌てて掴む。
「編入手続き?ちょ、ちょっと待って!話が全然見えて来ないんだけど!?まず此処が何処かもわかってないんだよ!?」
「あ、ごめんなさいついうっかり」
頭…についている鳥籠をカシャンと小突き器用にウィンクをしてみせる。体温が引いていくのを感じた。
「…あれ、いつもはこうしたら皆いいよって言ってくれるんだけどな。まあいいか。此処は学び舎…学校ね。貴女と同じくらいの男女が集まってるの。うーん、あとは…学校のシステムについては手続きのあとでも良いかしら。この施設自体の説明は中に入ってからしましょう。寒いでしょう」
ちらりと私の悴んだ手を見る。どうやら体温が引いていたのは彼女のせいだけではなかったようだった。
結局何も解決のしないまま『学校』の中に入る事になってしまった。
「それで、此処の話なんだけど、ちょっと長くなるの。信じられないような話だし」
「それはもう今更でしょう…」
「それもそうね!実は、とある新技術に基づいた国の新しいプロジェクトなのよ。簡単に言えば、秘密警察とか昔の『禿』集団とかそういう感じ。子供は正直者だし正義感が強い者が多い傾向にあるの。大人とは違ってね。つまり、子供に大人を見張らせようってプロジェクトなの。で、なんで急に大人を見張らなくちゃいけなくなったのかなんだけど、ここが一番大事で、一番信じられないポイント。数年前、突然30代の男性が暴徒化する事件があったの、知ってるかしら?」
「え、あー、まあ」
ニュースでやっていた。いつもは家族思いで優しかった男性がまるで獣に憑かれたかのように周囲の人間や動物に襲いかかったというようなものだった。カメラマンの捉えた惨状が印象的で覚えている。少女は満足そうに頷き話を続ける。
「実はそれ、ただの事件じゃないの。その人には何かがついていた。狐憑きの『憑く』なのか、付着している『付く』なのかはわからないけれど。私には見えたの。真っ黒の靄のようなものが。最初は誰も信じてくれなかった…ここに肯定されるまで、自分がおかしいと思ってた。…研究の結果、その靄は、大人にしかつかないことがわかったの。子供にはつかない。子供の事をとても嫌っているようだった。そしてつかないかわりに靄は子供を殺そうとした。その時だけ大人から体が剥がれる事もわかった」
「…それで、子供に見張らせあわよくば退治ってこと?」
「そう!流石、話がはやいわね!」
「どーも。でも、子供がずっと大人見張ってるとこなんて見たことないけど。それに退治ったってどうやって…」
「そこで最初に言った、とある新技術の出番なの。『心の支えであるもの』を『能力』とする技術。『狭間』と呼ばれる靄と心を繋いで発生する空間の発見」
「こころ…?」
「非現実的でしょ。でも、ほんとなのよ。ここ学校の生徒達は、狭間で能力を使い靄と戦っている。能力は子供にしか発現しない。諸説あるけど有力なのは、『心の支え』という存在の強さの違いらしいわ」
馬鹿げている。なんだかとんでもない話だ。悴んだ指が治るのと反比例して混乱は増していく。もう随分と廊下を歩いているような気がした。話しながら歩くうちについに大きな扉の前にたどり着いた。
「ここ、校長室だから。誰にも見えないリスを見たって言えばきっと認めてくれるよ。ううん、認めて貰わないと困る。ここまで話しちゃったし。でも貴女なら大丈夫そうね」
「え、一緒じゃないの?」
「うん、私、仕事あるもん。じゃ、次は先輩後輩として会おうね」
そう言うと瞬間移動で消えてしまった。その瞬間、名前すら知らない事に気がついた。頼れるものも何もなくなり、どうにもならない思いで扉をノックした。