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亡霊魔道士の拾い上げ花嫁  作者: 瀬尾優梨
書籍化・コミカライズ感謝SS
48/48

気持ち新たに

2024年9月25日、コミックス完結巻である5巻発売です


ライラとユリウスの物語を読んでくださった皆様に、心から感謝いたします

ありがとうございました!

「ヴェルネリ。はさみを使いたいのだけれど、切れ味がいいものは持っていないかい?」


 ある日、ヴェルネリが本日の夕食のメニューを考えながら廊下を歩いていると、洗面所からひょっこり顔を覗かせたユリウスに尋ねられた。彼の手には、少し刃の錆びた古いはさみが握られている。


「切れ味のいいはさみでしたら、先日購入したばかりのものがございます」

「それ、使ってもいいかな?」

「もちろんです」


 ヴェルネリはすぐに倉庫に飛んでいって新品のはさみを箱から出し、洗面所前で待っていたユリウスに渡した。


「ありがとう。……うん、これならいい感じに切れそうだ」

「ユリウス様、何を切られるの――」


 ですか、と問おうとしたヴェルネリの目の前で、ユリウスははさみの刃をシャキシャキ鳴らしながら鏡の前に立った。

 そうしてはさみの刃を、自分の首筋に当てて――













「……ユリウス様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 晴れた空を震わせるような絶叫に、自室でうとうとまどろんでいたライラははっと覚醒した。


(今のは、ヴェルネリの声……?)


 ソファに横になっていたライラは目元をこすりながら、体を起こす。

 ヴェルネリが、ユリウスの名前を叫んでいた。夫に何かあったのでは、とライラは一瞬不安になったが、いやあの過保護なヴェルネリのことだからユリウスがうっかり壺を床に落としたくらいでも、この世の終わりのような悲鳴を上げるに違いない。


 たいしたことがないのか、それとも本当に大事なのか……と考えながらライラは自室を出て、階段を下りる。


「あら、ライラ様」

「ヘルカ。今の声は何か分かる?」


 ちょうど階段の下にいたヘルカに尋ねると、彼女は美貌を歪めて洗面所の方をあごで示した。


「わたくしも今、確認しようと思ったところです。声の出所は洗面所のようですが……」

「……ユリウス様! どうか早まらないでください!」


 ヘルカの声に被せるように、ヴェルネリの悲鳴が飛んできた。若干涙声になっているようだ。


 ライラはヘルカと顔を見合わせ、洗面所の方に向かった。そこには鏡の前に立つユリウスと、彼の腕を掴むヴェルネリの姿があった。


「……何をやっているの?」

「ヘルカっ! と、ライラ様も……」

「やあ、ライラ。少し上で休むって言っていたけれど、体調はどう?」


 今にも泣きそうな顔でこちらを振り向いたヴェルネリとは対照的に、ユリウスはのんびりと聞いてきた。自分のせいでヴェルネリが泣きそうになっているなんて、露ほども思っていない顔だ。


「私は大丈夫です……が、むしろそちらの方が大事なのでは?」

「えっ? 別に何も起きていないよ。ヴェルネリがいきなり飛んできただけで……」

「ユッ、ユリウス様がはさみを首筋に当てられるからではありませんか!」


 ヴェルネリがひっくり返った声で言ったので、ライラはユリウスが右手にはさみを持っていることに今気づいた。


「まさか、このヴェルネリが渡したはさみでご自害なさるつもりかと……」

「自害? そんなまさか。僕はただ、髪を切ろうと思っただけだよ」


 ユリウスはきょとんとして言い、ライラの隣にいたヘルカがため息をついた。


「……なるほど。ユリウス様がご自分の髪を切ろうとされたのを見て、ヴェルネリが勘違いしただけだったのですね」

「髪……ですと……?」

「うん。思い切ってばっさりいこうかな、って思って」


 でも自分で切るのは難しそうだね、と鏡を見ながらユリウスは言う。

 彼の麦穂色の髪は癖がなくまっすぐで、たまに毛先を整えるだけで基本的に伸ばしている。普段は括っていることが多いが下ろすと背中ほどの長さがあり、自分よりずっと長い夫の髪を撫でるのが、ライラは結構好きだったりする。


「切られてしまうのですか?」

「うん。……えっと、ライラは僕が髪を切るの、嫌?」

「嫌ではありません! ただ私、ユリウス様の髪を触るの、結構好きなので……」


 もじもじしつつも、正直に言う。

 彼と婚約したばかりの頃はなかなか自分の気持ちを素直に言えなかったが、結婚して一年以上になる今は、好きなものや嫌いなもの、やってほしいことややってほしくないことをちゃんと言えるようになった。


 するとユリウスは「そっか」と少し嬉しそうな顔になった。


「そう言ってくれるのなら、迷ってしまうな。ただ切るといっても丸坊主じゃなくて、これくらいにとどめようと思っているんだ。だから、これからもライラに髪を撫でてもらえると思うんだけど……どうかな?」


 そう言ってユリウスが左手で示すのは、自分の肩のあたり。ライラも元々髪は短めなので、もしユリウスがそれくらい切ったらライラとおそろいになるかもしれない。


「いいと思いますよ! ……それじゃあ髪が短くなっても、撫でさせてくださいね」

「うん、もちろんだよ。……ということで、いいよね。ヴェルネリ?」

「……ユリウス様の決められたことなのですから、文句はございません。ただし!」

「うん?」

「……どうか、散髪であれば先にそうおっしゃってください。あと、ご自分で切ろうとしないでください!」


 ヴェルネリは、涙ながらに懇願したのだった。











 ヴェルネリは「前髪ならともかく、後ろ髪の処理を自分でしてはなりません!」とやけに鬼気迫る表情で言い、ライラも「うっかり首を傷付けてしまうかもしれませんし」と同意し、ヘルカが「では、わたくしにお任せください」と言ったので、ヘルカがユリウスの髪を切ることになった。


 こういうときにヴェルネリがやりたがりそうだが、「料理と違って、散髪は取り返しが付かないので……」と青い顔で遠慮していた。その点ヘルカなら普段からライラの髪を整えてくれているので、安心してはさみを任せられた。


「やあ、どうかな?」


 リビングでヴェルネリと一緒に待つこと、しばらく。

 ヘルカを伴ってやってきたユリウスは、肩より少し長いくらいになった麦穂色の髪をさらさらなびかせていたため、ホットミルクを飲んでいたライラは思わず立ち上がってしまった。


「素敵です! ユリウス様は、短い髪も似合いますね!」

「ありがとう。なんだか頭が軽くなった気分だよ」

「それもそうでしょう。ついでに髪をすいて量も減らしたので、今日からは洗髪もしやすくなると思いますよ」


 ヘルカはそう言って、いい仕事をした、とばかりに胸を張った。


「……それにしても、髪を切りたいなどとは急でしたね。何かお考えでも?」


 ヴェルネリに問われたユリウスはライラの隣に座ってから、ライラを見て微笑んだ。


「……そうだね。強いて言うなら、心機一転のため、かな」

「心機一転?」

「……もうすぐ子どもが生まれるのだから……気持ちを新たにする決意表明をしたかったんだ」


 そう言ってユリウスは、そっとライラのお腹に触れた。そこには柔らかい膨らみがあり、ユリウスの大きな手が愛おしそうにお腹を撫でる。


「それに、赤ちゃんの世話をするときに長い髪だと邪魔になったり、口に含まれたりするって聞いてね。これくらい短かったら、赤ちゃんが間違えて口にしたり引っ張ったりしなくていいと思って」


 ユリウスの手がお腹から離れ、ライラの肩口で揺れるダークブラウンの髪に触れる。まるでとても大切なものに触れるかのように優しく指先で撫でられるので、肌に直接触れられているわけでもないのに妙にくすぐったくなってきた。


 子どもが生まれたら、乳母を雇う予定だ。だから子どもの世話は乳母とヘルカ、そしてライラの仕事になるのだが、ユリウスは自分も子育てに関わりたいと思ってくれている。


(……嬉しい)


「……そう言っていただけると、私も嬉しいです」

「ありがとう。……あ、あれ? なんだかこの辺、ちくちくするな……」

「もしかすると、切った髪が服の中に落ちたのかもしれません」

「うーん……あっ、そうだ、ヴェルネリ。この前発明した吸引器、髪を吸うのに使えないかな?」

「……あれは試作品ですし、威力の調節ができていません。下手すれば髪の欠片だけでなくユリウス様のお召し物まで吸ってしまう可能性があるので、やめた方がよろしいかと」

「そっかぁ……」


 それじゃあ着替えるしかないかな……としょぼんとするユリウスにほほえみかけて、ライラはそっと夫の髪に触れた。


(私たちの赤ちゃんは、何色の髪を持って生まれるのかしら)


 そんなことを考えながら、ライラはユリウスの髪を撫で、ユリウスは気持ちよさそうに目を閉じつつも、「あっ、またちくちくする……」とうめき、ヴェルネリを焦らせたりヘルカを苦笑させたりしたのだった。










 この屋敷に新たな住人がやってくるまで、あと三ヶ月。









ライラとユリウスの第一子の髪や目がどちらに似たのか、男の子なのか女の子なのか、名前は何なのかは、コミックス5巻巻末書き下ろしSSで判明します!

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