30 婚約者と共に①
リスト将軍主催の夜会、当日の朝。
「ライラ様。本日のお召し物について、ユリウス様から贈り物がございます」
髪をといていると背後からヘルカに言われ、あれっと思ってライラは振り返る。
「もしかして……今日のドレスを新調してくださったの?」
「ええ、実はそうなのです」
そう言うヘルカは訳知り顔で微笑んでいる。
今日着るドレスについて昨日になっても何も言われなくて、内心ヒヤヒヤしていたのだ。ヘルカなら大丈夫だと思って任せていたのだが、新調されているとは思っていなかった。
(いつの間に作られていたんだろう? でもまあきっと、デザインはヘルカがしたんだろうし)
「それは楽しみね。ヘルカのデザインはいつも、素敵なものばかりだから」
「……。……それについてですが。こちらへどうぞ」
ヘルカに呼ばれ、ライラは応接間に向かった。そして、その壁に掛かっていた真新しいドレスを見て目を見開く。
そこにあったのは、深いブルーのドレス。生地には光沢があり、肌の露出が少ないデザインとなっている。
胸元だけは大きめに開いており、ふわりとした水色の生地でタックが寄せられている。
袖は肘の上あたりで一度絞り、裾部分は貴婦人の持つ扇のように大きく広がるようになっている。腕を持ち上げるとはらりと布地がめくれ、薄手のロンググローブに包まれた二の腕が見えるはずだ。
スカート部分はベル型になっており、裾の広がりすぎない自然な膨らみを作れそうだ。布地を摘んで左腰あたりでまとめ、生地と同じ素材のリボンを飾る。
それによって少し持ち上がった左下の裾からは、下に穿いている白いペチコートのレース部分が見え隠れしていた。
(素敵なドレス……! でも、あんまりヘルカらしくないデザインかも……?)
ヘルカは刺繍模様にこだわりがあるようなので、彼女ならスカート部分の裾や袖口などに刺繍を入れたがりそうだ。
とはいえ、華美さを抑えて元来の素材のよさを生かし気品に溢れたドレスは、すっかりライラの意識を持って行ってしまう。
「素敵……これ、本当にヘルカが?」
「……まずはお着替えを。ユリウス様がお待ちですので」
言葉を濁され、ドレスを外したヘルカに促されて部屋に戻る。
部屋着を脱がされて下着も新しいものに取り替えつつ、ふとライラはヘルカが持つドレスを見つめた。
ユリウスからの贈り物。
ヘルカらしくないデザイン。
いつぞや、大きな箱を持っていたヴェルネリと、彼への追及を阻止してきたヘルカ。
(……もしかして?)
深い青のドレスは、ライラの体型にぴったりだった。
たぐり寄せた布地などが、貴族の娘よりも太いライラの腰のラインをうまく隠してくれている。いざとなったら動きやすそうな作りになっているのもまさに、ライラのために考えてくれたデザインと言っていいだろう。
「さ、こちらを」
化粧と髪のセットも終えて最後にヘルカが差し出したのは、小さな箱に収まったペンダントだった。
以前ユリウスに贈られた家紋入りのものよりもペンダントトップの宝石は小さめだが、光の当たり具合で黄色にも夕焼け色にも見える不思議な色合いをしている。
(今日の私は青系統だけど……こういうのも差し色になっていいかもね)
ヘルカに任せれば問題ない、ということでペンダントも身につけ、ユリウスの待つ三階に上がった。
廊下にはヴェルネリがおり、ライラの上から下までを何往復か見、「ふむ」と頷く。
「悪くありませんね。さすがユッ――」
「はい、そこまで。……ライラ様、どうぞ中へ。ユリウス様がお待ちです」
「……うん」
ヴェルネリは何か言いかけたが、ヘルカにぱしんと背中を叩かれて閉口していた。
今のヴェルネリは明らかに、ユリウスの名を呼びかけていた。
つまり、きっと――
ドアを開け、リビングに入る。
窓辺に立っていたユリウスが振り返り、手入れされた長い麦穂色の髪がさらりと流れた。
彼が纏うのは、ワインレッドの冬用礼服。ジャケットの裾は長めで、腰のところで少し絞っているので彼の艶めかしい体のラインを魅力的に見せている。
ベストも濃いめの赤で、グレーのシャツののど元に飾られたクラヴァットの留め金、そして彼の髪を結ぶリボンだけは淡い紫色。彼は赤系統なのでライラの青系統とは一見相反しているようだが、どちらも暗い色合いなので案外調子が取れていそうだ。
そう、この礼服は以前、ライラがデザインしたもの。
今日彼がこれを着ると聞いて、わくわくしていたのだが――
(やっぱり……すごく似合っている……!)
だがライラが口を開くより早く、ライラを迎えるために歩み寄ってきたユリウスが頬を緩めた。
「やっぱり……とてもよく似合っているよ。君には、青色が似合うね」
「あっ……ありがとうございます……」
思わず照れ隠しでスカート部分をぎゅっと握ってしまいそうになり、慌てて手を離す。せっかくユリウスが贈ってくれたドレスを、着衣後二十分でだめにしてしまうところだった。
「あ、あの……その礼服も、とても似合っています。私がデザインしたのですが……どう、ですか?」
「これ? すごく着やすいし、派手すぎないところが気に入ったよ。僕の髪の色にも合っているみたいだし、君の見立ては完璧だ」
「……ユリウス様もですよ」
ライラがそっと言うと、ユリウスは目を瞬かせた。
そして心得たように笑い、ほんのり赤く染まった頬を掻く。
「はは……もしかして、気付いていた? それをデザインしたのは、僕だって」
「ええ、ヘルカとはちょっと違うと思っていたので」
やはり、このドレスのデザインを考えてくれたのは、ユリウスだった。
「いつもより肌の露出が少ないし、ヘルカが好きそうな刺繍もないので。ヘルカでないとしたら、ユリウス様しかいらっしゃいませんもの」
「うん、君の指摘通りだよ。……僕の冬服のために仕立屋を呼んだ日。実は僕も、君に自分で考えたドレスをライラに贈りたくて、仕立屋やヴェルネリと一緒に相談したんだ」
……ユリウスの美的センスは非常に独特で、彼にライラへの贈り物を任せるととんでもないことになると、ヴェルネリたちが言っていた。
詳しくは教えてくれなかったが、余計なものを付けたがったり変な色合いを提案したりするそうだ。




