11 ライラの体質③
「そうそう。……僕はその時、ちょっと体調が悪くてね。せっかくの伯母上主催の夜会だから準備をして参加したのはいいけれど、予想以上に早く魔力が溜まって。人気のないところで発散しようと思っていたら君にぶつかった――とたん、僕の中でうごめいていた魔力がさっと消えていったんだ」
……そうして、ユリウスは気付いたそうだ。
目の前にいる娘は、自分の体から溢れる魔力を無効化してくれる。
娘自身にその意識はなく、非魔道士であるのに彼女がユリウスの強力な魔力にあてられた様子もない。
……彼女を手放してはいけないと本能的に思ったユリウスの取った行動が、「求婚」だったのだ。
「……そういうことだったのですね」
「今思うと、とんでもないことをしたと分かるけれど……ライラは僕の求婚に応えてくれたし、君と一緒に寝ると魔力が吸い取られ、心地よく眠ることができた。……君がいてくれると、僕は普通の人と同じ生活を送れるんだ。だから……君には、感謝している」
「……」
「……ライラ?」
「……あの、話は分かりました。でもだからといって、あなたから感謝の言葉をもらうことはできません」
ライラが言うと、さっとヴェルネリが色めき立ったのが分かる。だがすかさずヘルカが彼の脛に蹴りを入れ、ヴェルネリがぎろっと彼女を睨んだ隙に、ライラはユリウスに詰め寄った。
「確かに私は、特殊な体質を持っているのかもしれません。そのためにユリウス様の体調が整ったというのも、事実でしょう。……でも、私は本当に、何もしていないのです」
夜通しユリウスを看病したわけでも、彼のために寝所を整えたわけでもない。
ヴェルネリが言っていたように、ただユリウスに抱かれて寝ていただけなのだ。
ユリウスは難しい顔をしていたが、ライラはそっと彼の手の甲に触れた。
「だから、あなたからお礼を言ってもらう理由なんてないのです。……私はただ、あなたに快適な夜を迎えてほしい、ぐっすり眠ってほしい、と思ってヴェルネリのお願いを聞き入れただけ。私が自ら行動を起こしたわけじゃないのです」
ぴくり、とユリウスの手が震え、ヘーゼルの目がライラを真っ直ぐに見つめる。
「……君は、僕の安眠を願ってくれたのか?」
「だって、眠れずに困っている人がいて、私がいれば改善されるかも、って言われたら協力したくなるじゃないですか」
それは、愛とか恋とかではない。
この結婚は、愛情があって始まったものではない。それを知ったライラだが、心の内は凪いでいた。
(でも、ユリウス様は愛情はなかったとしても、私を必要とするから求婚してくださった)
それに、一緒に暮らして相手の人となりを知ることで、何かしらの感情が芽生える可能性だってある。
ライラがユリウスに歩み寄り、ユリウスがライラのことを知れば、もしかすると。
「それに……知らない人ならともかく、相手は私の……こ、婚約者様ですし」
「……」
「だ、だから私は仕事とか義務とかじゃなくて、私がしたいからこれからもユリウス様が魔力を発散できるよう、お手伝いしたいのです。そういうことです!」
無理矢理だとは分かっていてもヤケになって言い切ると、ユリウスはぷっと噴き出して空いている方の手で口元を上品に覆った。
「ふふ……そうか。君がしたいというのなら、いちいち礼を言うのもおかしいかもしれないな」
「そうでしょう?」
「じゃあ、その代わりにこの一回で全てをまとめさせてほしい。……ライラ、僕のことを気遣ってくれて、求婚を受け入れてくれて……本当に、ありがとう。僕はこれからも君と一緒に、君の温もりを感じながら眠りたい」
そう言いながらユリウスはライラの手を両手で握り、胸の高さまで持ち上げた。
限りなく優しい声音で囁かれたのは――ともすればとんでもない誤解を招きかねない、なかなかきわどい発言だった。
(私の温もりを……いや、そうだけど! 確かにその通りだけど!)
脇でヴェルネリがあんぐり口を開け、ヘルカが「まあ」と上品に笑っているのを横目に、手を握られたライラはぎこちなく笑う。
「あ、はは……そうですね。あの、私は結構寝付きがいい方だし寝相も悪くないと思うので、どうぞ私のことは便利な抱き枕とでも思ってくだされば!」
「……。……『便利』なんて、人に対して使う言葉じゃない。……僕は、君がいいんだ。君の体質が僕を助けるというのもあるけれど……君の隣は、とても安らげる。君の寝息を聞いていると、幸せで胸がいっぱいになるんだ」
(ひっ、ひえぇぇぇぇぇぇ!?)
ガガガガッと体中の体温が上がり、頭が茹だりそうになる。きっと今、自分はみっともないくらい赤面していることだろう。
自分の台詞がライラにどれほどの衝撃を与えているのか分からないのか、ユリウスは小首を傾げ、あわあわと意味もなく口を開閉させるライラの顔を覗き込んだ。
「ライラ……顔が赤いよ。どうかしたのかな?」
「だっ……誰のせいだとお思いなのですかっ!?」
「……? えっと、誰のせいなんだろう……?」
(この人、天然なの!?)
本気で分からない様子で、ユリウスはヴェルネリとヘルカを見ている。二人がさっと視線を逸らすと、あっと声を上げた。
「まさか、僕?」
「そうですっ!」
「僕、知らないうちに魔力を出してしまっていたのかな? おかしいな、ライラに触れているからとても気持ちはいいのに……」
(だから、言い方ー!)
病弱でこれまであまり表に出られなかったからか、大魔道士様はとても鈍感なわりに、口が達者なようだった。
真っ赤になるライラと、彼女の手を握ったまま不思議そうな顔をするユリウス。
「……」
「……ヴェルネリ、お二人の邪魔をするようなら脳天かち割るわよ」
「……分かっている」
二人を見守る魔道士たちは、真顔でそんな会話をしていたのだった。