10 ライラの体質②
ヘルカに指示され、ライラは白い石を摘み、そっと左の手の平に下ろした。普通のガラス玉よりは重量があるがひんやりしており、夏場に触れると気持ちよさそうだ。
「……触ってみた感想は?」
「つるつるしていて、ひんやりします」
「そ、そうですか。……ではそれを戻して、次に黄色のものを」
なぜか少し驚いたようにヘルカが目を見開いたのは気になったが、ひとまずライラは指示に従った。
黄色の石も同じ感触で、重さもほぼ同じ。
続いて真ん中の緑の石、その隣の青の石と順に触れていき、最後に一番右にあった赤い石を手の中で転がした時にはとうとう、三人は難しい顔で顔を見合わせてしまった。
「……ライラ様、感想は?」
「つ、冷たくて触り心地がいいです」
「そうですか。……分かりました。石を置いてください」
ライラが赤い石を戻すと、ヴェルネリがそれらをまた箱の中に戻した。
(……今の、一体何だったんだろう?)
検査ということだが、石を順に触って感想を言っただけだ。
何かの謎かけか抜き打ちテストか何かだろうか、と思ってそれぞれの感触と大体の重さを頭の中に入れておいたのだが、ライラの顔を見てユリウスがほんの少し微笑んだ。
「ああ、そんな難しい顔をしなくていいよ。さっき触れた石だけど……どれに触れても、つるつるしていて冷たく感じたんだったよね?」
「……はい。あの、それが何かあるのですか?」
「……これは魔力測定器の亜種なんだけど、あれには魔力が凝縮されている。魔道士としての教育を受けていない人に説明するのは難しいけれど……僕たち魔道士は元々体の中に魔力があり、それを炎や風、圧力などの形で外部に放出して魔法を使うんだ」
ユリウスが言うに、まず体の中に純粋な魔力の素があり、訓練を受けることでその純粋な魔力をさまざまな属性に形状変化させて具象化させることで、「魔法を使った」ということになるそうだ。
「この魔力の素は食事や睡眠を取ることで補給され、魔法を使うことで消耗する。普通の魔道士ならどちらかというと魔力の消耗の方が早くて補給をゆっくりとするから、魔力不足になって倒れることがたびたびあるんだ」
それはライラも聞いたことがある。
無理して強力な魔法を連発したり休憩を挟まずに体を酷使させたりすると、消費量に回復量が追いつかず魔力の枯渇状態になる。
(普通ならめまいでふらつくくらいだけど、ひどくなるとそのまま昏睡状態になるし、死んでしまうこともあるんだっけ……)
同じ国で暮らす魔道士が、目の前で魔力切れを起こして倒れることがある。その時にも柔軟に対応できるよう、非魔道士でも最低限の知識を学ぶよう推奨されているのだ。
(でも今ユリウス様は、「普通の魔道士なら」って言われた……)
ライラが視線で続きを促すと、ユリウスは難しい顔のヴェルネリたちと視線を交わした後、姿勢を正して膝の上で手を組んだ。
「……そう、普通の魔道士ならどちらかというと、魔力不足になりやすい傾向にある。でも僕は、逆だ」
「逆……」
「僕は、人よりも魔力の生産量が多い。……多すぎて、日常生活に支障を来すくらいなんだ」
そう言うユリウスは、ほんのり微笑んでいる。
だが楽しいから笑っているのではなく、自分の体質が特異であることに呆れ、疲れて自嘲しているかのように思われた。
魔力が多すぎて、日常生活に支障を来す。
それは、生まれつき一切の魔力を持たないライラには、想像もできないことだった。
「昼間は研究などで適宜魔力を放出できるからともかく、夜になると魔力の制御が難しくなる。だから君が来るまで……僕は夜になると、この隣にある寝室ではなくて離れに向かっていた。そこはちょっと特殊な構造をしていてね。魔力を吸収する素材でできていて、僕が魔力を放出しても壊れないし外部に音が漏れにくくなっているんだ」
ユリウスの淡々とした説明に、ライラはごくっと生唾を飲んだ。
昨夜ユリウスと一緒に横になったベッド。あそこは、普段彼が寝る場所ではなかったのだ。
「……離れに籠もって夜を越すとはいえ、気持ちは悪いし魔力を垂れ流しにしてしまうし、当然ろくに眠れない。だからその部屋には寝具などは一切ない。ただ冷えた床があるだけで、そこに横になって僕は毎晩、魔力を放出してきた。……楽な時間ではない。息が苦しいし、吐きそうになるし、体中の痛みで涙が出る。その涙も、あっという間に枯れ果ててしまうくらいに」
「……そんな」
ライラは、想像する。
家具も何もない冷たい部屋で、ユリウスがうずくまっている。苦しそうに喘いで、喉を掻きむしって、増えすぎた魔力をひたすら放出する。
ユリウスにとっての夜は身を休める時ではなく、ただただ苦しくて辛い時間だったのだ。
「でも、君を抱きしめて寝たら僕は魔力過多で苦しむことも、寝具を破壊することもなく、ぐっすり眠れた……それには、君の特殊な体質が関わっているんだ」
「私の……?」
ライラが呆然と呟くと、黙って成り行きを見守っていたヘルカがそっと言葉を挟んだ。
「先ほど触れていただいた石ですが。実は五つの石それぞれに強度の異なる魔力が込められていました。ライラ様が最初に触れた白い魔石でも、普通の非魔道士なら違和感を抱いていたはずです」
「……そ、そうなのですか?」
「はい。……順に魔力の強いものに変えていったのですが、最後の赤い魔石に至っては、わたくしが触れたとしても吐き気を催すほど強烈なものです。しかし、あなたは赤い魔石でさえ涼しい顔で持つことができました」
そう言われて、ライラは先ほどのユリウスたちの反応に合点がいった。
(つまり、石を持った私が魔力にあてられて体調を崩さないか、確認されていたんだ……)
彼らは影響力の弱い魔石から順に調べていったが、当の本人は「ひんやりしている」「すべすべしている」とのんきな回答ばかりした。三人が動揺したのも当然のことだろう。
「おそらくあなたは、純粋な魔力を吸収し、無効化する体質を持っています。レンディア王国でもあまり発見例のない……非常に珍しい、特殊な体質です」
特殊な体質。
ぱちくりまばたきしたライラは、自分の両手の平に視線を落とす。
魔道士にはなれないと、子どもの頃に悟った。
(でも私には、魔力とは違う体質が……?)
「……そうなのですか?」
「はい。……ユリウス様。確かあなたは、イザベラ様主催の夜会でライラ様を見初められたそうですね」
「うん、そうだよ。……ライラ、覚えているかな? バルコニーにいた君と僕がぶつかった時のこと」
「は、はい。もちろんです」
あれは色々な意味でライラにとって衝撃的な出来事だったので、そうそう忘れられそうにもない。
「ユリウス様は、倒れそうになった私を抱き留めてくださって……き、求婚なさったのですよね」
「……こうして聞くと、とてもロマンチックに思えますね」
ヘルカがしみじみ言うが、その時のライラはロマンチックのロの字も感じられず、むしろ濁流に押し流される小舟のような気持ちだった。