9 ライラの体質①
朝食を終えてしばらくした頃、屋敷に人の訪れを告げるベルの音が鳴った。
屋敷の中を探検していたライラはヴェルネリに捕まって応接間に行くよう言われ、同じく呼び出されたユリウスと一緒に待つことしばらく。
応接間のドアが開き、背の高い女性を伴ったヴェルネリが入ってきた。
「お待たせしました。……ライラ様、ご紹介します。こちらは魔道研究所の職員であるヘルカです」
「ヘルカ・サルミネンと申します。どうぞよろしくお願いします」
少し低めで艶のある声で挨拶した女性がお辞儀すると、さらりとしたプラチナブロンドが肩から流れた。
着ているローブはヴェルネリの普段着と同じ意匠だが布の色が白で、細くくびれた腰や豊かな胸のラインを余すことなく魅せている。
少しだけ冷たさを感じさせる美貌を持ち、茶色の目は目尻がきゅっと吊り上がって勝ち気な印象がある。素顔でも相当の美人だろうが、ぱりっと化粧した顔は女であるライラでも見惚れてしまうほど美しかった。
(きれいな女の人……ユリウス様やヴェルネリと同じくらいの年かな?)
思わず惚けてしまったが、ヴェルネリがわざとらしく大きな咳払いをしたためはっとし、慌ててソファから立ち上がってお辞儀を返した。
「お初にお目に掛かります。ライラ・キルッカでございます」
「丁寧なご挨拶、ありがとうございます。しかしこれからわたくしはライラ様の世話係になりますので、このヴェルネリに対するのと同じような扱いでよろしいのですよ」
「えっ、それはさすがに……」
「『それ』とはどういうことでしょうか、ライラ様?」
「ひっ」
すかさずヴェルネリに不機嫌そうに突っ込まれてライラは身をすくめるが、ヴェルネリを横目で見たヘルカがふっと鼻で笑った。
「……あら。ライラ様はユリウス様の奥方になられる方だというのに、あなた、随分怖がられているのね。そんなのでいいのかしら?」
「黙っていろ、ヘルカ」
チッと舌打ちしてヴェルネリはそっぽを向くが、ヘルカはなおもくすくす笑い、ヴェルネリの横顔を見ている。
(……うーん? 二人とも魔道研究所の職員ってことだから、仲がいいんだと思っていたけど……?)
ライラがじっと見ていると再びヴェルネリは咳払いし、ライラに座るよう言った。
「ユリウス様もご無沙汰しております」
「うん、ヘルカもここに転勤ということだけど、本当にありがとう。ライラも、側に女性がいると心強いよね」
「あっ、はい。……あの、魔道研究所のお仕事もあるでしょうに、私のお手伝いをしてくださるとのことですが……本当に大丈夫なのですか?」
ライラが問うと、ローブの裾を軽く払ったヘルカは微笑んだ。真顔の時だと少し怖い印象があるが、笑う様はまるで薔薇のつぼみがほころんだかのようだ。
「はい、これは魔道研究所所長の命令でもあります。ユリウス様の伯母君であるイザベラ様は魔道研究所の理事を務めてらっしゃいます。ユリウス様の健康は、後のレンディア王国の魔道研究にも大いに影響します。よって、元々連絡係を務めていたわたくしが、ユリウス様の婚約者様のお世話係の役目を授かったのです」
「そ、そういうことなのですね。分かりました」
ライラがしゃちほこばって言うと、「敬語は必要ありませんのに……」とヘルカは苦笑し、それまでむっつり黙っていたヴェルネリがヘルカを小突いた。
「おい。例のものは、所長から預かっているだろうな」
「わたくしが忘れ物をするとでも? もちろん持ってきているわ」
ヘルカはつんと言うとヴェルネリの肩を押し、自分の足下に置いていた大きな布袋をテーブルに置いた。
そこから出したのは二種類の木箱で、片方に入っていた四角い装置にはライラも見覚えがあった。
「あっ、それって魔力測定器ですよね?」
「はい。ライラ様も、出生後一年以内に一度、就学時に一度、測定なさったはずです」
ヘルカの言葉に、ライラは頷いた。
レンディア王国で生まれた子は、全員一度は魔力測定を行うよう義務づけられている。農村部だと出生時の一度限りのことが多いが、ライラのように王都育ちだと就学前にもう一度測ることになっている。
ヘルカに促され、ライラは装置の上部に手を載せた。
装置の側面にはメーターがあり、測定者の魔力に応じて針が動き潜在魔力量が分かるのだが――
(うん、ゼロだよね! 知ってた!)
針はぴくりとも動かず、ライラはふっと笑う。
子どもの頃は、大人になればひょっとしたら魔法が使えるようになるかもしれない、という淡い期待を抱いていた。魔道士になれるかどうかは先天的に決まると知った時には、大泣きしたものだ。
この結果は三人とも予想していたようで、「ですよね」「だよね」と口々に呟き、ヘルカはさっさと測定器をしまった。
続いて二つ目の箱だが、こちらは測定器の入っていた箱よりも薄っぺらく、横幅が長かった。蓋を開くと、白い布の台座の上に美しい宝石が並んでいるのが見える。
行儀よく一列に並ぶ石の数は、五つ。赤や青、黄色などの色に輝く宝石は、こうして置いておくだけでも芸術品になりそうだ。
「……では、ライラ様。次の検査をいたしますが……もし検査の途中で気分が悪くなったとか、嫌な気持ちになってきたとかということがあれば、すぐにおっしゃってくださいね」
「は、はい」
「……順当に行けば痛いことも怖いこともないので、安心してください」
ヘルカに続き、ヴェルネリも励ましなのか脅しなのか分からない言葉をくれた。
(……でもそれってつまり、気持ちが悪くなる可能性はなきにしもあらずってことだよね……?)
そう思うと、先ほどはきれいだと思った五つの宝石がまがまがしいものに思われ、ライラは思わず箱から視線を逸らしてしまった。
「ライラ……」
優しい声が掛かり、そっとライラの肩に骨張った手が載せられる。
「無理は言えないから、嫌なら嫌と言ってほしい。でも……僕は、大丈夫だと思っている」
「ユリウス様……」
横を見ると、肉の削げた頬を緩めて微笑むユリウスが。
彼に「大丈夫」と言われると、なんだか本当にそんな感じがしてくる。彼は魔道士だから、言葉にも何かの魔法を掛けているのかもしれない。
ライラはごくっと唾を呑み、宝石に向き直った。五つそれぞれ色の異なる石が、自慢げにきらきら輝きながらライラを見上げている。
「……検査、やります。お願いします」
「ありがとうございます、ライラ様。ではまず、あなたから見て左側の白い石を手にとってください」
「はい」
今作の登場人物の名前は、フィンランド語とチェコ語から取っています
深い意味はありません