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6 転生信仰と運命至上主義

「これでゆっくりとお話できるでしょう。お会いしとうございました、姫様」


一仕事終えたとばかりにふぅと息を吐いたソルダードは、一瞬前までの圧などまるでもともと存在しなかったかのように飄々とそんなことを宣った。

「姫様」という呼び方は、前世でソルダードが私的な場でアタイを呼ぶ時の言い方だ。公的な場では「殿下」の敬称を使っていた。ああ、懐かしいなぁ。

いや、しみじみしている場合じゃないんだよ。そんなことより――。


「ねえ、ソルダード。さっきから運命、運命って言ってるのは何なの?」


単刀直入に切り込むと、ソルダードは返答するよりも先に「私がお分かりになりましたか」と破顔していた。

確かに、前世の茶髪茶目の割と地味めな色彩とは違って今生は銀髪紫眼という華やかな色彩になっているし、ぱっと見全然違う別人だ。それでも、どれだけ姿形が変わっても、前世でずっとそばにいてくれたこいつが分からないわけがないんだよ。このアタイを甘く見るんじゃない。


「この国の王侯貴族には『転生信仰』というものがありまして、その帰結が『運命至上主義』なのですよ」


……何だそれは?

聞けば、この国を創り賜うたのは「愛の女神の愛し子」と呼ばれた女性で、初代女王になった彼女と王配は、それは仲睦まじい夫婦であったのだとか。臨終を迎えた際には互いに生まれ変わってもまた結ばれようと誓い、その純粋で美しい心にうたれた「愛の女神」は彼らの願いを聞き届けた。

それ以来、愛の女神の愛し子の血を引く王侯貴族の中には、唯一無二の縁で結ばれた『運命』の相手を持つ者が現れるようになった。もし出会えたならば、その人が『運命』だということは一目で分かるという。その絆は何より尊く、神聖不可侵のものである。


「実際に、シーナ王女には『運命』の相手がおられます。その人は隣国の第二王子なのですが。本人から密かに教えてもらった話によると、彼女には前世や前々世、そのまたずっと前に遡る記憶があって、最初は初代女王の記憶に行き着く……つまり、初代女王の生まれ変わりなのだそうです。転生する度にかつて王配だった最愛の人に出会い、結ばれてきたのだと、それは幸せそうに話しておられました」


信じがたい話だ。実に信じがたいが、実例が身近にあると言われると夢物語とは笑い飛ばせない。

しかも、アタイもこいつも一度目の生を終えて前世の記憶を持ったままこの世界に生まれ直したのだ。言ってみれば、我々は転生が存在することの証左じゃないか。ただ前世は恋愛も結婚もせずに死んだから、アタイに『運命』はいないけどな。


「姫様はすんなりと王家に迎え入れられたと思いますが、それも『運命』に拠るところが大きいです。実は国王夫妻は『運命』ではない、というのはそれなりに知られた話でした。まあ、皆が皆『運命』と巡り合うわけでもありませんし、政略結婚も普通に行われています。……話の流れでお察しいただけるかと思いますが、姫様の母君こそが陛下の『運命』でした。『運命』は何よりも優先されます。もし生きておられれば母君は何の障害もなく妃に召し上げられたでしょうし、彼女が産んだ子である姫様の存在も尊重されるのです」


つまり、この国では転生が信じられている。生まれ変わる度にかつての生で愛を捧げた『運命』の相手に巡り合い、その相手との絆は何よりも重んじられると、そういうことか。へぇ〜。……美談の皮を被っているけれど、浮気を肯定する根拠みたいで薄ら寒いような。『運命』が免罪符になって良いのか?


「私も『運命』を探しなさいと幼い頃から言われて育ちまして、釣書を持ってこられたり見合いの席を設けられたり、それはもう毎日毎日大変です。このままでは、姫様もそうなることは必然です」


「ちょっと待てぇ?」


「ですから、姫様が私の『運命』だと申し上げました。これで私たちに他の縁談が降りかかることはなくなるでしょう。婚約者という形ですぐに話がまとまるでしょうが、即結婚というわけではないのでそこのところはどうか受け入れてください。『運命』かどうかなど当人以外には分かりませんから、言った者勝ちですよ。姫様と私が『運命』だと知れれば私たちの間を引き裂こうなどという者は出ませんし、お側にいても不自然ではないどころか至極当然とみなされますし……昔と変わらず、私がいつでも姫様をお支えできるのです」


私は今生も貴女をお守りしたいのだと告げる声は、どこまでもまっすぐで、切実な響きを帯びていて。ああ、こいつの忠誠心は前世から欠片も揺らいでいないのだな、と実感する。

突然王女という立場に立つアタイには、現状どう考えても知識が足りていないし、この王宮で味方と呼べる人間もあまりに少ない。今生王族として生まれ育ったこいつが、前世で護衛騎士として最期まで尽くしてくれたこいつが、変わらず側にいてくれる。それはどれほど心強いことだろうか。


「分かった。よろしく頼む、ソルダード。いや、ソル殿下か。アタイのこともルナーティアではなくルナと呼べば良いから。というかそもそも同じ王族なのだから、主従の口調では駄目だよな。あぁー、他人の目がある場では振る舞いに気をつけるようにするよ」


厳正なる話し合いの結果、互いのことは今生の名であるルナとソルと呼ぶこと、そして私的な場は置いておいて、公的な場では王族同士らしい振る舞いを心がけることを取り決めた。

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