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5 王弟殿下の一人息子

「王弟殿下の一人息子との顔合わせ、ねぇ」


アタイは私室の恐ろしくふわふわなソファに腰掛け、専属侍女としてつけられたシェイラの話を聞いている。

父親であることが発覚した国王にはただ一人の兄弟である王弟殿下がいて、妃との間に一子をもうけたのだが、王弟夫妻はまだ幼い息子を残して事故死してしまった。それ以来、国王夫妻はその子を実子同然に扱って可愛がってきたという。

そんな御方が、これからこちらに会いにわざわざ出向いてくれるらしい。血筋的にはアタイのいとこになるのか。まあ、断る理由はないな。


「分かったわ。それならば、わたくしも身支度をしないといけないわね」


そう言って優雅な所作で立ち上がる。

ふっふっふ、前世で十八年も皇女をやっていたのは伊達じゃないんだよ。所作やら口調やら、外面を「完璧な王女」に擬態することくらい造作ないのだ。一流の家庭教師陣にそれはもう厳しく仕込まれて、ちゃんと出来ないと授業から解放されなかったんだからねぇ。必死こいて勉強したよ。

おかげさまで、賓客の接待とか宴の主催とか、時と場合によってちゃんと皇女らしい振る舞いは出来るのだ。普段はなるべく自由にさせてもらっていたけれど。


さっき諸々の科目の家庭教師候補が来て、現状を確認された。きっと何も出来ないと思われていただろうが、アタイを市井育ちの口の悪いガサツな娘と侮るなかれ。非の打ち所がないと前世の家庭教師に言わしめた美しい淑女の礼を先制攻撃としてお見舞いしてやったら、面白いくらいに目を見開いて驚いていた。

生きる国が違うのだから、この国に関する勉強は必要だ。でも礼儀作法などは大丈夫というお墨付きをもらったから、あの苦行をまたしなくても済みそうで良かったよ。

それでも多少はマナーの違いがあるかもしれないなと思っていたんだけど、前世の異母姉が書いた物語の世界であるせいか、アタイが身につけたものと何一つ変わるところはないようだった。助かったっちゃあ助かったんだけど、なんだか複雑な気分。


「では、お支度をいたしましょう。それから……私室で、お仕えするのが私ならば、お気を楽にしていただいても構いませんよ」


これでも一応空気を読んでおりましてね。王女にお仕えする侍女の夢を壊したら悪いと思って、シェイラの前では努めて王女らしく振る舞おうとしていたけれど。

彼女自身がそう言うなら、良いよね? お言葉に甘えさせてもらおうじゃないの。


「じゃあ、そうさせてもらうよ。よろしく、シェイラ」


にっと笑って手を差し出すと、思わずといった調子でふっと顔をほころばせたシェイラもその手を握り返してくれた。彼女の仕事はそつがなく、手早く支度を整えてくれる。

アタイの性格に理解があって、その上優秀だなんて、素晴らしい侍女だな!


身支度を整えて応接用の部屋で待っていると、待ち人の来訪が告げられた。


「ソル殿下のお越しです」


そうか、彼はソルという名前だったか。名前も知らずに会うところだった。危ない、危ない。内心の動揺を表に出さないようにして、アタイは王女み溢れる優美な微笑を顔に貼り付ける。

侍従によって開かれた扉の先から、同年代くらいの一人の少年が現れた。銀髪紫眼の端麗な少年は、アタイの姿を認めて息を呑んだ。まるでこの世に存在しないものを見たかのように呆然と、まるで何より大事なものを見つけたかのように陶然として。

どうしたんだ? アタイの格好に何かおかしいところでもあるのか? シェイラの仕事に抜かりはなかったと思うんだけど。


「彼女が、僕の『運命』だ」


ぽつりと、少年の口からそんな言葉が漏れた。周囲にいた侍女などが目を瞠っている。こいつは何を言っているんだ、と思う間もない早業で彼はアタイとの距離を詰めてきて、耳元でそっと囁いてきた。


「お願いです、話を合わせてください……ルナーティア皇女殿下」


はっ、と少年の顔を見上げる。

ルナーティア。それは前世の名前だ。それを知るものなど、この世界にいるはずがない。今のアタイはルナであって、それ以外の何者でもないのだから。しかしその名を告げた少年は、確信を持ってアタイをそう呼んだように思われた。

こいつは何なんだ?

見極めんとしてじっと見つめると、少年は困ったように眉を下げて笑った。その表情はかつて見慣れたものとあまりにもそっくりで、懐かしさが胸に去来する。アタイは理解した――この笑い方は、前世の護衛騎士でありアタイとともに殺されたソルダード、その人のものであることを。ということは、こいつも転生したのか。そうか、そうだったのか……。


「『運命』の姫と、少し二人で話したい。良いね?」


「わたくしからもお願いするわ」


何がなんだかよく分からないが言われた通りに同調し、その後は侍女にやや圧のある笑みを向けるソルダードの様子を見守った。ほう、立場が人を作るのか、実に王族らしく堂々たる風格を湛えているじゃないか。立派に成長したもんだ。まあアタイが王女然とした様子を装っているように、こいつも貴公子然とした様子を装っているだけかもしれないけどな。

それにしても、いくら王族の言とはいえ未婚の男女を二人きりにするなんて普通はありえないことだろうに――。


「承知いたしました。何かあればお呼びくださいませ」


侍女はまるで当たり前のように受け入れて、一礼して退出していったのだった。王族仕えの王宮侍女が作法を知らないはずはないのに……どういうことだ?

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