1-2話 冒険者ギルドに着きました
カランカラン……
扉についていた鈴が鳴る。
俺たちは中に入ると周囲を見回す。
建物の中は、よくある中世洋風の酒場といった雰囲気。
ただし、客らしき人は誰もいない。
……これ、お店として大丈夫か? と少し不安になりつつもとりあえずカウンターを探す。
カウンターには突っ伏したまま寝ていると思わしき女性がいた。
当然顔を見えないが、雰囲気は恐らく同年代と思われる。
腰までありそうな茶色の髪を三つ編みに編んでいて、服装は動きやすい軽装。
恐らく、あれが受付なのだろう……寝てはいるが。
一度視線をイルミに投げる。イルミが軽くう頷いたのを確認して今度は俺が声を掛けることにする。
「あの……ここ冒険者ギルドですよね」
とりあえず遠慮がちに。
俺の声にピクリと反応したのか女性の顔が持ち上がる。
そのままこちらを向いた後、徐々に視線が合うのがわかる。
……思ったよりもかわいい。
整った顔にぱっちりとした蒼の瞳。どちらかというと痩せ型ではあるが、赤み掛かった肌は健康そうにみえる。見えにくいが出るところがでて、引っ込むところは引っ込む。ある意味理想的なプロポーション。
ドレスを着て正装したら、どこぞのお嬢様と言われても納得できそうな容姿だった。
その女性はしばらく俺を見た後、状況を把握したのだろう。
急に立ち上がりピシッと背を伸ばす。
「ぼ、冒険者ギルドにようこそ! 登録ですか?」
「はい。二人分お願いします」
「ふ、二人も……はい! すぐに準備します!」
彼女はバタバタと書類を用意し、俺たちはその書類に必要事項を記入する。
記入するといっても、実際はシステムの方でやっているので、登録許可を選択するだけだったけれど。
登録が終わると、ステータス上に”所属ギルド:蒼い稲妻亭”が登録されていた。
『冒険者ギルドに登録すると、その登録国が拠点となるのじゃ。色々特典があるから街についたらすぐに登録するのがいいのじゃ』
ミリンの説明に納得する。冒険者として動く以上はわざわざ冒険者ギルドを避けるの意味はないよな。
そんな事を思っていると、今度は受付の人が声を掛けてくる。
「冒険者が来るの3週間ぶりなんで、そろそろ今後の事を考えないといけないとか考えてましたよ」
「そんなに来てないのですか?」
「そうなんですよね。父さんからは昔は人気な職種だったって聞いているのですが、私が受付始めてからヨキさんとイルミさんが初めてのお客さんですよ!」
「へー。そうなんですか? ってことは君もまだ受付成り立てなのか?」
「ええ、そうなんです。でも大丈夫ですよ。父さんの手伝いはしていましたから」
まあ、お互い新人として丁度いいか。それに受付が可愛いのは一般的に受けがいいだろう。
渋い親父が店主でもそれはそれで貫禄があっていいけどな。
その考えを知ってか知らずか、彼女はにこりと笑みを浮かべる。
「あ、私、リルム・ヴィクトワールって言います。これからよろしくね」
「よろしくお願いします」
ここまで会話して、改めて驚く。イルミの言う通り本当に会話に違和感がない。
キャラとしてではなく人相手として接する必要がありそうで、これなら会話次第で情報の出方も変わりそうだ。
そんな推測を放送画面に投げてみる。
『そこはヨキの推測通りじゃ。……あ、会話が苦手な人用に、システムスキルで会話補助もあるからの。
不安な人はそれを取得するのも手じゃよ』
あ、そこら辺の補助機能もあるのか。
まあ、今はいらないか。いざとなればイルミもいるし。
まずはリルム相手に言葉を作る。こういう時は実践するのが一番だ。
「それで、俺たち冒険者なり立てなんですけど、なんかいい情報ないですか?」
非常に漠然とした質問をあえて投げてみる。
彼女は、若干眉間にしわを寄せ考えこむ。同時に視線も自然と下に下がる。
本当に生きている人間と言われても違和感ない反応に驚いていると、彼女は視線を俺に戻した。
「冒険者さんが減ってから依頼もこないんですよね……。魔物討伐ならいくつかポイントありますので地図に書いておきますね。
戦利品はこちらでも引き取れますので、地道に金策と実力をつけるには丁度いいと思います。
そうやって冒険者さんの活躍が増えれば、きっと依頼も戻ってきますよ」
「了解。まずはそこでレベル上げかな」
とりあえず、やれることは見えてきたかな。
魔物と戦ってレベル上げ、そのうちイベントが現れる仕組みか?
始めから生産系をやりたい人はどうなるのかな、と思うが、自分はとりあえずオーソドックスにプレイするつもりだった。
これ、配信としては凄い地味な絵になりそうだな……。
VRMMOと配信って実は相性悪いのでは? と思いつつ、とりあえずゲームを続ける。
マップを確認すると、そちらも更新されている。
この町の一覧に、周辺の魔物出没エリアも表示されている。
情報が得られれば自動更新らしい。UI周りも一通り便利になっているようだ。
各種情報管理は視線と思考のみでできるため、アバターの行動に出ないのも好感触。
意外と暴発もなさそうだった。
そんなことをしていると、目の前にいるリルムが聞いてくる。
「あ、そういえば、宿はもう取っていますか?」
「あー。そういえばまだだったな」
「ここなら冒険者割引も使えますし、部屋も空いてますよ。割引含めて一人一泊20ポズです」
そりゃあ、冒険者0人が続いていたわけで、泊まる人がいるわけではないだろう。
一種の営業だろうなあと思いつつ、後ろにいるミキに声を掛ける。
「どうする?」
「私はここで構わないわよ」
「じゃあ、リルムさん。とりあえず一週間分よろしく」
ミキの許可を得てリルムに声を掛ける。
「本当ですか! ありがとうございます!」
リルムが思わずといった感じに立ち上がり俺の手を握った。
俺の方はといえば思わずドキリとしまう。美少女が目の前で手を握ってきたのだ。ある意味当然とも言えるかもしれないが……。
その手からは温かさすら感じ、思わずNPCとしてではなく人として見てしまっていたことを実感する。
五感も完全対応とかどうなっているんだ、このゲームのシステム。
リルムの本当にうれしそうな表情から、ふと思う。
いやあ、本当に経営の危機になりかけてたんだな。
そういうNPCの思考が自然と感じられるのも驚きだった。
一方のリルムははっとしたのか手を放して笑顔を作る。
まあ、これ以上は触れない方がいいのだろうと判断し、踵を返すことにした。
「じゃあ、俺たちはこれから近くの魔物狩りに行ってくる。夕飯ってここで食べられるのか?」
「ええ、大丈夫ですよ。夕飯作って待ってますね」
「よろしく頼むよ。イルミ、行くか?」
「ええ」
俺たちはリルムに見送られながら建物を出た。
で、出たところで、足を軽く蹴られる。当然犯人は隣のイルミだ。
視線を彼女に向けると、少しだけ不満顔をしていた。
「どうした?」
「……鼻の下、伸びているわよ」
「あー、あのキャラ可愛かったしな」
「ヨキはその辺明確に区別してたのにどうしたのよ?」
「……このゲームのキャラは一つの人格として扱った方が良さそうだ。あまりにも自然すぎてゲーム的対応は危なそうだ」
「まあ、それには同意するけど、話逸らしてない?」
「いや、逸らしてない」
本当にこうやっている限り、ゲームとリアルの区別がつかないと思う。
「1日1時間制限があってよかったな。本気でリアルと混同しそうだ」
「……確かにそうね。五感完全再現って他のゲームでもできてないわよ」
「これ、痛覚はどうなるんだ。さっき蹴られたのは明確に感じられたし」
「殴られてとんでもない痛みとか来たらシャレにならないわねー」
『そこは大丈夫じゃ、一定以上の刺激は遮断されるから蚊に刺された程度にしか感じないはずじゃぞ。ダメージ受けている認識ができないので、刺激自体はあるのじゃがな』
ミリンの説明に安心を得る。
ゲームで死ぬような痛みを体験なんてしたくはないぞ。
「ならいいけど」
『まあ戦闘中は各種ゲージは表示されるので、そこでダメージ確認もできるから安心じゃ』
「その辺、リスナーにも説明よろしく」
『わかったのじゃ』
歩きつつ、今度はイルミがショウ・ユーに問いかけている。
「リスナーいる?」
『今の所20人くらいですね。適当に宣伝も打ちましたのでそれなりに動線はあります』
「結構多いね」
『リルムが映った辺りから増えていますね。時間的にそこで配信に気が付いた人がいるのでしょう』
「なるほどねー」
もう20人もいるのか……っていつの間に配信の宣伝までしているのか。
何故その行動力で、何故いままで広告すら打たなかったのか。そこがわからない。
『ちなみにこっちはまだ10人じゃ。ここら辺は女性と男性の違いかのう』
「かもしれないな」
まあ、いいか。あくまで配信はついでだし。
思考を打ち切り、ゲームへと戻す。
俺たちは、再び門番に会釈をする。
門番も覚えていたらしく、手を振って応えてくれた。
そのまま俺たちは再び外へ出た。
さて、初戦闘に行ってくるか。