群レ成ス異形
集落を出てから何時間かかっただろうか。ひたすら山道を散策するが、異形の姿は全くと言っていい程見当たらない。ましてや、毛1本の痕跡すらもないのだ。
「緋翠、やっぱり変だよ。痕跡のひとつもないなんて。」
「それは俺も思っていた。」
「群れを成すことでなにか変わったのかな?」
「まだ分からない。とにかく今は1匹でも異形を探さないと―」
その時だった。
「きゃぁぁぁぁー!!!」
「人だ、瑠璃!助けに行くぞ!」
「言われなくても!」
声がした方向へ俺達は走った。次第に山を抜け、一般市民の住む住宅地に出た。そこには、既に駆けつけた他の異形狩りの姿もある。
「緋翠!?瑠璃も一緒か?2人とも無事か?」
「ああ、一体何があった!」
「奴ら、ついに民家に入って人を喰い始めた。家の中は血まみれだ。見るに耐えねぇよ。」
「早くも犠牲者が…」
「今、近くにいた同業者が追跡してる。今回の任、簡単には済みそうにねぇぞ…。」
「それはそうと、今回の異形の大きさは?」
「小型だ、恐らく犬型、猫型の異形の仕業だろう。」
「その家、外傷はあったか?例えば窓ガラスが割れていたとか。」
「いや、それが妙なことにどこにも割れた形跡がねぇんだ。」
「…え、ていうことは――」
「ああ、お察しの通りさ。奴らは、犬や猫にそっくりそのまま化けちまったんだよ。それに気づかずに拾って帰って来ちまったんだろうな。可哀想に…。」
「そんな種類が出るなんて…。」
「なに、別段珍しい話じゃねぇだろ。人を喰い始めたんだ。獲物をとらえやすいように進化したんだろう。それとついでに頼まれて欲しいことが。」
「なんだ?」
「この情報をお社様に伝えに行ってくれねぇか?今ここにいる異形狩りは、皆ここら一帯の封鎖で手が回らねぇ。すまないが頼む。」
「分かった。お社様に伝え次第、ここの救援にあたる。」
「助かるぜ。じゃあ、頼んだ!」
「緋翠、行こう!」
「ああ!」
俺達は急いで集落に戻った。水紋師長にこの話を告げ、朱音の所へ向かった。
「朱音、いるか!?」
「緋翠!瑠璃も!そんなに息切らしてどうしたの?」
「どうやら今回の任、ゆっくりもしてられなさそうだ。」
「え?」
俺達は朱音に、先に聞いた話をそのまま伝えた。朱音は、これは仕事モードに入らなくちゃ!、と言って話し方、雰囲気を切りかえた。
「…分かりました。巫女よ、今すぐに社会議の召集を。急ぎ他の社へ伝えねばならぬ事ができました。」
「はっ!直ちに。」
「緋翠、瑠璃。この情報をここまで運び入れたことに感謝します。その異形狩りにも感謝の意を私の代わりに伝えてください。異形の存在が確認された場所へ戻り、急ぎ事の対処にあたってください。事が済み次第、皆をここに集め会議を開きます。
では行きなさい!」
「「はっ!」」
その声と同時に俺達は、被害のあった場所へ駆けた。いや、具体的にいえば駆けようとした。社から麓へ降り、集落に着くや否や、目の前の景色を真実だと受け入れ難かった。
集落の目の前には、小型の異形が群れを成し、この場所が見えているかのように囲んでいた。犬型や猫型、見たことの無いモノまでも、ずらりと並んでいた。一番奥にいた中型の異形の咆哮により、戦いの火蓋が落とされた。
「水紋師長!」
「緋翠、瑠璃!私の背面の補助を頼む!」
「「はっ!」」
迫り来る異形を刀を抜き、銃を握り、屠り、撃ち殺していく。
異形は断末魔を響かせ、黒い灰となり消えていく―――。
どれ程の異形を切っただろうか。撃ち殺しただろうか。
残るは親玉だと思われる中型の異形だけだった。
その形は、遠くからではよく分からなかったが、今ははっきりとみえる。咆哮とは似つかわしくない牛型の異形だった。その表面には歪に発達した筋肉が血管ごと浮き出ていた。
こちら側は体力の消耗が激しく、水紋師長をはじめ、ここに残っていた異形狩りは皆、息切れをし、疲弊していた。
「来るぞ!構えよ!」
水紋師長の言葉に皆構えるが、体はふらついている。
その時だった。
笠を被り、刀を腰に下げた男女が牛型の後ろからゆっくりと歩いてきている。異形はその気配に気づき殺意を、敵視をそちらに向けた――
それは一瞬の出来事だった。牛型が振り向いた瞬間、2人は既に俺達の前まで来ていた。しかも、刀を抜いた状態で。
チリンと彼らの笠に着いた鈴がなると、牛型は黒い灰となり消えていった。
「大丈夫かい?」
「すまない、帰りが遅くなってしまったね。」
「兄さん、姉さん!?」
水紋師長は驚きを隠せず、思わず叫んでいた。