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かしわもち!  作者: Hahiha
4/11

04話 特訓開始

 とりあえず状況を整理してみる。

 結月の触れるモノの限界。それはおそらく、学校の机だ。

 せめてそれに常時触れるようになってもらわないと困る。

 とにかく、そこから始めるしかない。

「結月、いいか?」

 結月が固唾をのんでいる。珍しい。

「ええ……」

 高校の教室の、結月の机の前。

「さあ、触れ!」

「……不潔よ」

「……誰に対して言った?」

「幸助くんは不潔よ」

「僕はどうでもいいんだよ! 机に触れと言ったんだ!」

 とんだとばっちりだ。

「机も不潔よ」

「あなたいつもこれ使ってんだよ」

 そう。いつも使っているのだ。触っているかは別なのだが……。

 結月いわく。椅子と机は諦めているらしい。

「ノートは取らない主義よ」

「むしろ机にモノ置いてるとこ見たことないんですけど!」

「置くわけないでしょ」

「物を置けと言っているんじゃない! これに触ってみろと言っているんだ!」

「進展がないわ」

「次のステップに進む前の肩慣らしだ!」

 これに触れなかったら、とてもじゃないが買い物は無理だ。

「……っ!」

 机を睨みつけている結月さん。

 机が親の仇のようだ。

「後で洗えばいいんだよ」

「机を?」

「そうじゃねえ!」

 机を水洗いしてるとこなんて見たことないわ。見てみたい気もするけど。

「あとで……」

「そうだ。後で汚れた手は洗えばいいんだ」

「そうね……。代えは利くもの」

「猟奇的な(りようきてき)ことを言ってんじゃねえ! ムリだ!」

「いいえ。医療技術の発達している今ならきっと……」

「医療技術を無駄遣いしてんじゃない!」

 そこら中に名医がいるとも思えない。

 仕方がない。

「なら、僕の手は触れるか?」

 結月は簡単に触ってきた。むしろ握りつぶそうとしているように思える。

「……ぬ」

「『ぬ』じゃねえ! いいか? このまま机に向かう!」

 結月の手がさっと退いた。

「こらこらこら」

「いきなりこんな最終試練を与えるなんて!」

「肩慣らしだって言ってるよね」

 机はラスボスではない。

 それでは俗に言うクソゲーになってしまう。

「そんな この後のことを考えたら辛くなってきたわ!」

「買い物行きたいって言ったやつはどこのどいつだ!」

 言い争っているうちにチャイムが鳴った。

「くっ! 次だ。次の時間までに心の準備をしておくんだ」

 ホームルームが始まると、教室は静かになった。担任の国語教師、石塚(いしづか)かおる先生が何やら女子生徒を引っ張ってきたのだ。

「転校生でーす」

 石塚先生はそんなノリで女子生徒を教卓の前まで引っ張ってくると、自己紹介をするように促した。

「さあ、どうぞー」

 女子生徒はあきれ返っているようだ。顔を見たらわかる。

 やめてやれよ……。もっとマシな紹介方法があるだろう……。

水崎(みずさき)玲奈(れな)です。よろしくお願いします。」

 彼女がぺこりと頭を下げると、綺麗に染められた金色の髪が垂れ下がった。

「はい。じゃあねー、あそこ座ってねー」

 先週はなかった机と椅子のセットがそこにはあった。石塚先生が用意したのだろう。そういうところだけはマメな先生だ。

「はい」

 水崎が席につくと、石塚先生は何もなかったかのように授業を始めだした。

 

     ○

「さて、準備はできたか?」

「帰る準備?」

「今は一限と二限の間の休み時間だ」

「……代わりの腕はまだ見つからないわ」

「どこから調達してくるつもりだ!」

 新聞に猟奇事件の項目がないか毎朝チェックするのは嫌だ。

「仕方ない……見ていなさい」

 妙な緊張感がある。

 結月がゆっくり、手のひらを机にくっつけた。

「おお!」

「や、やればできるわ……」

「できたじゃねーか!」

「……ええ」

「……」

「……」

 結月は手を動かさない。体がかすかに震えている。

「……手を洗いに行きますか?」

「あ、洗ったら今日は何も触らない自信があるわ。……大丈夫よ」

 とは言うものの、結月は明らかに動揺している。

「じゃあ、このまま次の時間我慢してみるか」

「え、えええ、ええ。もちろんよ」

 綺麗好き過ぎるのをなおしたいという意思は伝わってくるが、心配で見ていられない。

 僕は結月の机の上に手を置いた。

「ほら。大丈夫。……今、僕の手に触れるか?」

「……ええ」

 すっと、手を重ねてきた。

「よし」

 ぐっと結月の手を握り、離すと、結月の震えは止んだ。

「また洗えばいいから。この考え方、忘れるなよ?」

「……うん」

 とりあえず、これでいいような気がする。


     ○

 三限目が終わり、三度目の休み時間。

 結月はまだ、手を洗っていない。まあ、普通の生徒なら大概、手は洗っていない。

「次は何に触らせるの?」

「妙に誤解を招くような言い方はやめようか」

 普通に触るもので、触れないもの。

 あれだ。

 僕はポケットからブツをとりだした。

「さあ、これは何だ?」

「……カードゲーム?」

「定期券な!」

 そう。ピッとするあれだ。

「今日は自分でピッとしてもらおうか」

 いつもは僕がピッとして結月を通すという裏工作をしているが、今日は自分でやってもらおう。買い物に行くなら出来た方がいい。

 いや、出来なくてどうする……!

「残酷よ……」

「いつもその残酷なことをやってる僕は何だ?」

「仕方ないから勇者にしてあげるわ」

「いらねーよ! 世襲制度みたいに成り行きでなる勇者もごめんだけど、仕方ないからって理由でなる勇者はもっとごめんだ!」

 勇者になるなら立候補してなりたい。

「文句を言う勇者は勇者じゃないわ」

「何の話だよ! 勇者だって文句言いたくなるだろうよ! 村人の暮らしに憧れる勇者も少なくないはずだ!」

「私なら商人を選ぶわ」

「駅でピッもできない奴がよく言うわ!」

 何にも触らないやつが商人なんて出来るか!

「可愛い女の子と旅をするの」

「気が合うといいな」

「獣耳と尻尾があれば文句は言わないわ」

「注文だらけじゃねえか! 同族にすらろくに触れないような奴が獣耳と尻尾要求してんじゃねえよ!」

「檻に入れるわ。大丈夫よ」

「わかり合う気さらさらないだろ! 一緒に旅するって言ったよね? むしろ商品じゃねえか!」

「フクロウでも飼っている気分で旅をするの」

「じゃあフクロウでいいだろ!」

 獣耳と尻尾の生えた女の子を檻に入れたらそれだけで犯罪の匂いがする!

「……高値で売れそうね」

「何を売る気だ!」

「……女の子?」

「やめい!」

 脱線してしまった。大事故だ。

「とにかく、これで改札を通るんだ」

「……わかったわ」

 難しい顔をして定期券を受け取った結月は、すぐさま僕につき返すように定期券を押し付けてきた。

「管理は任せるわ」


     ○

「……そうか」

 そして昼休み。最大の難関と思われる昼食の時間だ。

 もちろん結月はお弁当持参だ。バンダナで包まれたお弁当をビニール袋で包み、鞄にしまっている。

 いつもは購買で食料を調達している僕も、今日は事前に用意しておいた。

 結月はいつも膝の上に弁当箱を置いて食べているが、今日は机の上で食べてもらう。

「私に毒を盛る気ね!」

「お前の机は毒持ってんのか!」

「くっ……!」

「史上最大の難関みたいに弁当箱睨みつけてんじゃねえ!」

「今日はいつになく強敵揃いね」

「今日はいつになく突っ込んでばっかりだよ!」

 ……ん?

 手を洗いに行こう、と言おうと思っていたのに。

 そしたら思わぬ大惨事が起きていることが発覚した……。

 はずだ。

「なあ」

「何なの?」

「その手」

「手?」

 結月の視線が手に移る。そして察したらしい。

「あ!」

 手をまだ洗っていない。それなのに、結月は弁当箱を包んでいるバンダナを触っている。というか、掴んで弁当箱を持ちあげている。

「一応言うが、そこまでやれとは言ってないからな?」

 さすがにびっくりした。絶対に触らないと思っていたのに。

 あまりにも自然に掴んでいるものだから今まで気がつかなかった。

「とにかく、これ使えよ」

 ウエットティッシュを差し出す。

 結月は観念したのか、机の上に弁当箱を置き、バンダナの包装を解き、ウエットティッシュを手にとった。弁当箱はそれから触る。汚れたのはバンダナだけ。

 合理的だ。

「食べるか」

「毒を盛られたわ」

「今のは自爆だよね?」

 自滅ともいう。

「こんな手にあっさり引っ掛かるなんて……」

「別に罠を張った覚えはないぞ?」

 結月が前を向いた。

「幸助君は私に毒を盛りました」

「誰かに聞かれたらどうするのかな?」

「チャレンジ精神は大事よ」

「滅びたいのか」

 悪意はなくとも、日々の言動には常々注意しなくてはいけないのだ。

「おなかがすいたわ」

「食べようか!」

 結月はその後も少し不機嫌そうだったが、食べているうちにその機嫌もなおったようだった。

 そして事が起こったのは、昼食後に手を洗って教室に戻って来た時だ。

「何でこいつはこんな所で死んでいるんだ!」

 とにかく、何が起こったかというと、机の上で虫が死んでいた。よりにもよって結月の机の上で……。若干大きめの虫だ。

「虫ね」

「……虫だな」

 片付ける。ティッシュで包んでゴミ箱に捨てる。

 これはさすがに僕がやった。

「ティッシュは偉大だ」

「そうね」

「机を拭こうか」

「そうね」

 柏葉の返事が単調なのは気にしない。

 ウエットティッシュで机を拭く。

「拭いたぞ」

「不潔よ」

「やっぱりか」

 この程度で汚れを拭えたと思うような結月さんではない。

「当たり前でしょ!」

「威張るな!」

 学校の机なんてこんなもんだ!

「消毒よ」

「わかったよ」

 僕は鞄から消毒液を取り出した。こんな時のために持ち歩いている。消毒用オキシドールとは到底思えないくらいに濃いやつ。一応怪我をしたときの消毒に使えるものだから一回使ったことがあるけど、()みた。痛すぎて悶絶(もんぜつ)した。その音を聞きつけて親が慌てて僕の部屋にまでやって来たんだもの。

 これを結月に突き出す。

「自分でやるんだ」

「なんですって!」

「これも特訓だ!」

「くっ!」

「この消毒液は正真正銘、味方だ!」

 結月は(しぶ)りながらも消毒液を受け取った。そして、かけた。

 いや、かけたよ。

机の上に消毒液の水溜まりができるほどに……!

 消毒液の容器はプッシュ式なのに、ぐるぐるとプッシュする部分を外している時点で突っ込むべきだった。もはや虫がいることよりも酷いことになっている。

「この後はどうする気かな?」

「聞いてないわ」

「指示してないもの!」

「かけろと言ったわ!」

「自分でやれと言ったんだ! 誰が本当に机を丸洗いするんだよ!」

 もう何のために消毒したのか忘れるほどの惨状がここにあるんだぞ!

「後は任せたわ!」

「やっぱりかあああ!」

 頑張って片付けましたとも。

 やっぱりティッシュは偉大だった。……無駄づかいはいけない。


     ○


読んでいただいてありがとうございます。

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