11話 ひとだんらく
気がつくとベッドに寝ていた。何だか身体が痛い。身体を起こすのが億劫で仕方がないので、横になったまま辺りを見渡す。
病院だった。窓からは月の光が差し込んでいる。
腕には点滴の針が突き刺さっている。
「……あれ?」
なんでこんな所にいるの?
「ああ」
一瞬状況が分からなかったが、すぐに思い出した。
落ちたのでした。
「けがで入院したのは初めてだな」
とりあえず校舎から落ちたのは思い出した。でもその後の記憶がない。おそらくその時に怪我をしたのだろう。
「盛大に巻き込まれたな……」
僕の任務は結月の特訓だけのはずだ。
なぜ病院にいる。
「……」
結月はちゃんと帰れただろうか。一人で電車になんて乗れないはずだ。もし変に無理をさせてしまっていたら……。
「大丈夫かな……」
焦りが心を支配していく。
そのことだけが気がかりで、他のことが何も考えられない。考え出せば止まらない。
もう寝ることさえ、ままならない。
眠りたいのに眠れなくて、心がざわざわして、すぐに飛び起きて結月の元へ駆けつけたくなる。
でもそれは叶わないことだ。
だから耐えるしかなかった。
無慈悲なことに、この夜は長かった。
ほんとうに、ほんとうに、長かった。
○
次の日の朝である。一条が見舞いに来たのは。そして起こされたのは……。起こされた、といっても寝る前に僕がメモを残していたのだ。
寝ていたら起こしてくれ、と。
暫く、うとうととしていた。
「寝不足?」
「ああ、寝不足だよ……」
「なにか心配事でも?」
完全に見透かされている。
「まあな。もう分かってんだろ?」
一条はベッドの傍にあった椅子に腰かけ、僕の枕元にビニール袋をドンと置いた。
「はい、おみやげ」
ビニール袋の中にはパイナップルが一つ突っ込まれていた。
「お見舞いだよな、それを言うなら」
一条が何かを思い出したかのように突然くすくすと笑い始めた。
「何笑ってんだ?」
「どうして落ちたの?」
「うるせえ!」
いやもうね、言ってやりたかったのよ。
だって落ちた理由なんで僕は知らないんだもの。いや、知ってるんだよ。知ってるけど認識なんてしたくないですよね。
「下にマットあったのに」
一条はついに声を出して笑い始めましたよ。
「なかったら今頃大参事だよ!」
「違うんだよそうじゃなくて」
「何が違うんだよ!」
「落ちるところが悪かったのかな? 一回はマットに落ちたんだけど、そこからずり落ちて気絶したみたいなんだよね」
そんな裏話聞きたくなかった!
落ちたから気絶した、でいいじゃないか!
なんでワンクッション挿むの! 酷いクッションだよ!
「……そんな馬鹿な」
「だって幸助、一回上体起こしたよ。そしてバランス崩してどちゃ、って」
想像していたよりも遥かに間抜けなことをしていたらしい。どちゃ、って。もはや崩れてんじゃねーか。
いやもうむしろ崩れたい。
ここで一条がようやく笑うのをやめた。
「あ、おみやげ自分でむいてね」
「ナイフは、包丁は!? サラッと言うけどそんなもの無いけど!?」
「忘れちゃった」
「食べれないぞこれ!」
「むいてあるやつを買おうかとも思ったんだけどね」
「何でそっちを買わなかった! リンゴじゃないんだよ! パイナップルなんだよこれ!」
固いんだよ!
「そんなこと言ったって、ねえ」
一条はそう言って知らん顔をしだした。
「むいてもらいなよ」
「誰にだよ!」
「わかってるくせに」
「願うだけ無駄なんだよ」
「うわ、すごく悲しい事言ったね」
「放っといて」
むいてくれるわけがない。
「なあ、あの後はどうなったんだ?」
「あの後? あの後はね、柏葉さんが慌てて現場に駆け付けてたよ」
これも聞きたくなかった。
「……そうか。心配かけたかな」
「雨でわからなかったけど、目が腫れてたから多分……」
「……謝らないと」
雨でわからなかったということは、雨に濡れていたということだ。
「救急車で運ばれるまで、泥まみれになっても構うことなく気絶している君の横にいたし、病院でも最後まで傍にいたよ」
「そのあと、どうした?」
「親御さんが迎えにきたよ。俺が一応送る気ではいたんだけどね。まあ、さすがに一人で返したりはしないから安心しなよ。まあ、だから大丈夫だよ」
それとね、と一条は続けた。
「水崎さんと仲良くなれたから、ありがとう。あのあとクラスの皆にもあの勢いで謝っちゃったから、もう問題無いよ。事情があってもう少し掛かるって言っておいたのが良かったみたい。うまくいったよ」
「おお、それはなによりだ」
色々と問題が片付いた事に安心して、僕がげっそりしていると、扉の外から足音が聞こえてきた。かつ、かつ、かつ、と。
「足音がするね……」
「こんな時間に? ここに来るのかな?」
「来そうだね」
来た。
「あの……」
水崎だった。私服だが、ブーツをはいているため足音が聞こえたのだ。
「……風邪引いてないか?」
「え? あ、うん」
僕の問いかけに、ばつが悪そうにこたえる水崎。
「そうか、ならいいや」
僕の入院は別に水崎が悪いとかいう話ではない。
たとえ悪かったとしても、何も言うつもりは無いけど。
「幸助、やつれてるね」
「結月様の事が心配で心配で」
「奴隷気質ってやつだね」
「そんな気質があってたまるか!」
たまったもんじゃない!
「でも、昨日あれだけ汚れてたら、少しくらいは耐性ついてると思うんだけど」
「まあ、そう思いたいんだけど、あの結月さんだからなあー」
「そうだよね。死ぬ気で頑張れとしか言えないけど」
「死にかけた人間にそれを言うか?」
「今まで耐えてきたんだから大丈夫だよ。校舎から落ちたくらいじゃ死なないよ」
「今こうやって入院してるだろ! これ以上傷つけんなよ!」
一条は笑ってそう言ったけど、まだ疲れが残ってるわけで。
「ねえ」
「ん?」
水崎が気まずそうな顔をしている。
「なんだ?」
「怒ってないの?」
「何で怒るんだ? 怒られるような事したのか?」
「だって……」
「言ったろ。問題にすらならなかったって。怒る原因がないし、第一僕は怒るのは好きじゃない。相手に伝わらないからな。無駄に体力を使うだけだ」
僕は説教をするタイプの人間なのだ。
「……あと担任の先生が、『私の代わりにお見舞いに行っといてね』って」
「あのセンコウ!」
一条に「まあ怒るなって」となだめられた。
「今回僕らにお咎めが無かったのは、あの人が相当手を回してくれたお陰みたいだよ。しかしまあ、あの人らしい手抜きだね」
「くそ……それならまあ……」
「ごめんなさい。もう誰も信じれなくなってて、それで羨ましくなって、でも妬みの感情の方が強かったみたい。あんなこと……。ごめんなさい」
水崎は今にも泣きそうな顔をしていた。
変な事を言うと泣きそうだ。
「……まあ、うちのボスが許せばそれで」
「ボス?」
「わたしの事かしら?」
水崎の後ろにすっと現れた結月が僕の横まで歩いて来た。
水崎は驚いて、「きゃっ、ごめんなさい」と飛び跳ねた。
「悪人みたいに言わないでくれる? 私は何も怒ってなんかいないわ」
「……はい」
一条がなにやらフォローに入ったので僕は結月と話そう。
「昨日、大丈夫だったか?」
「平気よ、それにね、一度汚れる経験をすれば、何となくどうでもいいような感じになってくるものよ」
「……え?」
こちらを気にせずに「気にしたら負けだよ」などと水崎さんをフォローしていた一条だが、結月のこの言葉には反応した。
「私は生まれた時からこうじゃないのよ? 理由があってこうなったの。気分によって上下はするけど、基本的に主観による事なのも変わりないの」
「じゃあ……」
まさか!
「朝の少ない時間帯なら、買い物に行けたわ」
「おお!」
もう驚きで何を言ったらいいのかもわからない!
「柏葉さん大進歩だね!」
「大体、誕生日くらい教えておきなさい。小学生の時から一緒にいるのに今まで知らなかったのよ」
「あれ、教えてなかったっけ……?」
「ええ。なので私は今まで貰うばっかりでした。あなたのお家すら知りませんでした」
水崎が声をあげた。
「あれ?」
そして神妙な面持ちで訊いた。
「じゃあさ、誰からきいたの?」
「お父さんよ。知らない間に親同士が仲良くしていたみたいね」
「おお!? うそだろ!?」
衝撃の真実! 今度から親に会いづらくなる!
「私もびっくりしたわ。とにかく、私たちがどういう関係なのかは、小学校三年生くらいの時にはすでにバレていたらしいわ」
「あああああ!」
もういやだ!
聞きたくない!
てゆうかあれじゃん! え!? 全部ばれてんじゃん!
「水崎さん、そんな痛々しい顔をしてあげないの」
「笑いを堪えてる人に言われたくないかな……」
どちらかといえば一条はもう笑ってますよね。堪えてませんよね。
「この二人はどの道笑いに転化させるんだから、最初から笑っといた方が得だよ」
「ああ、そうなんだ、へえ」
おお引いてやがるな、この野郎。
「水崎、お前にはこの絶望感が分かるまい」
「わ、わからない」
言い切られるのもつらい!
「小学校二年くらいの時から、僕は親に何かと迷惑を掛けてたんだ。ウエットティッシュとかを欲しがった時点で、『こいつやけに綺麗好きになったなー』とか絶対思われていたはずなんだよ! そしてこれは誰にも言ってない事だけど、僕の部屋にはサンドバックがある」
「え、え? サンドバックって、あのボクシングとかのあれ?」
水崎が困ったような顔をしている。知った事か!
「そうだ。周りから憐れみの目を向けられてな。イライラが爆発しそうだったから親にストレス解消のための何かを頼んだんだ。何か買ってくれって。そしたら、サンドバックがきた」
「え、あ、うん」
「ばれてたんだろ?」
僕の事情は。
「え、あ、うん」
おお? 水崎が何かに気付いたかように笑いを堪えているではないか。
なぜだ?
「三人とも、この悲劇を聞いてなぜ笑う?」
「痛々しい話ね」
「親御さんは何を考えていたんだろうね」
「言うな! 考えたくもないわ!」
一条はすでに隠すことなくベッドに突っ伏して笑っている。
「私はすでに関係を知られている前提で行動していたから無傷よ」
「知りたくなかったああー!」
「はっ、忘れないうちに渡しておくわ」
そう言って結月は肩に掛けていた鞄の中をごそごそとあさり、小さなラッピングされた箱を取り出した。そしてそれを、僕にくれた。
「誕生日のアレよ」
飛んで喜びたいがそんな事をしたら入院期間が延びそうなので自重しておこう。
「ありがとう。……でもちゃんとプレゼントと言ってくれるか!?」
「お見舞いの品も兼ねて」
「兼ねんでいい!」
「喜びなさい」
「え、命令? だ、大丈夫だ。静かなのは早く退院したいからだから。とっても喜んでるから」
「なら良いわ」
「開けてもいいか?」
「ええ、いいわよ」
開けると、プラチナ製のブレスレットが入っていた。きらきらと綺麗に光っている。
「おお、ありがとう」
素直に喜べる品が入っているとは……。
「それを引っ張れば、壊したくない一心でどこにでもついてくると思って」
「動機が不純すぎるぞそれ! 当たってるだけに腹が立つな!」
「あだ名がパンツから犬になる日もそう遠くないわね」
「パンツを認めた気はないし犬になる気もない!」
横でうずくまってる奴の震えがでかくなった。
「パンツって何だよパンツって……」
「一条! 君はもう知らなくていいの!」
「あんたなにやったの」
「何もしてない! 本当だ! 信じてくれ!」
「ほんと?」
「本当!」
「つけたら今からでも引っ張れるわね」
水崎への弁解がまだ済んでない気がするけど、もういいや!
「やめい! 入院してんだぞ!」
「明日検査して大丈夫そうなら退院してもいいらしいわよ」
「あ、そうなのか。よかったよかった。なんで僕に言わないんだ、先生?」
「私の通学に支障は出ない」
「本当にね!」
このあと、静かにしなさいと看護士さんに叱られました。
この後僕は無事退院して、水崎も普通にクラスに馴染みました。一条は相変わらずです。
そして、結月は一人で少しだけ、出歩けるようになりました。
でも、僕の仕事量は変わりませんでした。なぜ?
実はこの先からはありません。でも、ここから先が書きたかった。水崎さんを含めた四人の掛け合いを書きたかった。自己満足ではありますが、時間を見つけて書き続けていきます。
他の作品と一緒に。。。
次はファンタジーを投稿します。
よかったら読んでやってください。
P.S.
完結にするの忘れてしまいました……




