私の憧れのヒロインの憧れ
周囲から「天使様」と呼ばれる15歳の少年が、桃色の頭を垂れて私の前でしょげている。普通の人がその姿を見ようものなら、抱きしめてすみません何でも言うこと聞きますっとなること間違いなしだが、私ことユアンには通じない。何故なら私は「そちら側」になりたかったから。
*****
十数年前、魔物が急増した。今までも当然魔物は存在していたが人に危害を加えるほどの数はおらず、その十数年前突如人を襲いだしたという。
原因は東の果てに出来たという「穴」のせい。その「穴」から凶暴な魔物が出てくるらしく、国王は直ちに「穴」を塞ぐ手立てを探した。そして、1000年前にも同じように「穴」から魔物が出てきたという文献に辿り着いた。
その文献にはこうあった。
紅水晶の髪を持つその人は、神から遣わされた「天使」。そして唯一「穴」を塞ぐ頃が出来る神聖術を操る。
それから数年、ついに紅水晶の髪を持つ10歳の少年が発見された。とある田舎の村に住んでいた彼は国に保護され、王都にて神聖術の使い方を学ぶこととなる。同時に「穴」を塞ぐ旅に同行する者の募集が始まる。旅の開始は文献に倣って彼が15歳になってから、だそう。
長々と説明したが、要するに「凶暴な魔物が出てくる穴を塞げるのは天使だけで、その天使が見つかったので天使と旅をする冒険者募集中!」である。
当時12歳だった私は、その募集に飛びついた。物語が大好きな私は、それがとんでもないロマンスの始まりだと思ったからだ。バカである。
私の好きな物語は冒険物で、田舎に住んでいた青年が仲間と共に世界を救う内容だ。その過程で仲間たちと絆を深めていく内に愛が生まれたり三角関係になったりする。最終的に、仲間の1人であり物語のヒロインのとある国のお姫様と結婚する。
私は特にヒロインが好きだ。外見も性格も女の子らしい、けど芯のしっかりしたヒロイン。自分もそうなりたいと思った。そうなれば自分にも、この物語のヒーローのような存在が現れるかもしれない。今思えば本当にバカである。
というのも、私は天使様と旅をする資格をもぎ取った「天使護衛部隊」の内の1人だからだ。試験を終え天使護衛部隊に入るに相応しいと認められた私は、その日始めて顔合わせに参加した。あの時はヒロインのようになりたい一心だったので、それはもう心待ちにしていたわけだが、天使様の顔を見た瞬間それは砕け散った。
「こちらが我々がお守りする天使様だ。皆、失礼のないように」
「よ、よろしくお願いします」
天使護衛部隊の隊長であるヘルト・グラソンは銀色の髪に切れ長の緑の瞳のイケメンだった。しかも高身長。まるでロマンス小説のヒーローだ。私が求めているのは冒険物語のヒーローだが、それはまあいい。問題は隣の少年だ。
白い肌、輝くピンクブロンドの髪、透きとおった青い瞳。髪と同じ色の睫毛は長く、目元に影を落としている。背はまだ低く、私より少し高い程度。儚げな印象を与えてくる彼に対する私の第一感想は「ヒロインじゃん」だ。だってその容姿といい幼さと戸惑いを含ませる様子といい、加護欲を駆り立てるヒロインそのものではないか。
確かに皆が守る天使様はヒロインのようだとは思っていた。でも男だし、私のヒロインへの道の強敵になるとは思わなかった。もし天使様が女だったらヒロインはもう決まったも同然だったので、私は旅に参加しなかった。でも男だったから、ヒーローだと思うじゃん? でも実際ヒロインじゃん? 見た目もポジションも。天使様ってば性別間違えて産まれてきたのでは? いやよく考えたら天使に性別はないよねなるほどそういうことね。間違えたわ、この旅をヒロインへの道に選んだのは違ったわ。
さて、ここで旅の仲間を紹介しよう。
まずはヘルト・グラソン。天使護衛部隊の隊長を担っている20歳くらいのイケメン。お貴族の坊ちゃんらしいが、平民の私にも丁寧にお固く接してくれるバカ真面目な人。クールな容姿で魔法は水と氷が使える。戦闘中は大剣を振り回してます。怖い。
そんなグラソン隊長と同じく貴族のクラル・フォティア。平民の私を見下していて、私がフォティア様と呼ばないと怒る。旅と身分関係ないだろ。性格悪い高飛車お嬢様なのに治癒術担当とはこれ如何に。彼女とは衝突しまくりである。それは顔合わせの日の自己紹介から始まった。
「どうしてここに平民がいるのかしら? 貴方みたいな下賎な者はこの旅にもこの部隊にも相応しくないですわ」
そこで困った顔してる天使様も平民だろっというツッコミはせず、私はにっこり笑って見せた。怒ったら負けのような気がしたからだ。
「つまり試験で私を合格にした方々に文句があるということですね。あと試験で選ばれなかった人たちは平民の私にも劣るということですね」
「そんなことは言ってません!」
「言ったも同然です」
「平民がわたくしに逆らう気なの?!」
「話を逸らさないでください。分が悪くなる度に身分のことを持ち出すつもりですか?」
「なんですって!!」
「落ち着くんだ2人とも」
遮ったのはグラソン隊長。そのまま私の魔法が有用だと説明してくれた。
私が扱うのは陣術だ。魔法陣を展開し、様々な効果を陣内にもたらす術。私が天使護衛部隊として評価されたのは、魔物を寄せ付けない陣術が使えるからだ。寄せ付けないので囲まれる心配がない。つまり、野宿をする際に役立つ。旅の最中は宿に泊まることが出来ない日が多々あるので、必要だと判断された。
グラソン隊長の脇から、悔しそうなクラルの表情が窺える。クラルから見える角度でせせら笑ってみると、彼女は更に怒ったようだ。「あのような平民が使う魔法など信用できない」と喚いている。
「すみません。生まれを馬鹿にされてムキになってしまいました……信用できないなら、野宿の際に私の魔法陣に絶対に入らないで下さいね」
前半は悲しそうに後半は真顔で言ってやれば、頬を引きつらせて黙った。無防備な野宿には見張りが必要だし、嫌なんだろうな。
「フォティア家のお嬢様にも屈しないなんて、すごいね~!」
そう笑ったのはジェニー・アッグレシオ。彼女も貴族だそうだが、私に友好的だ。身長が私より低く、身体的に、こう、とってもスレンダーだ。でもグラソン隊長と同じ年齢と言う不思議。彼女は風土雷の3つの属性魔法が使える攻撃魔法のスペシャリストで、幼い頃から天才と名高い。
「かわいくて有能でしっかりしてるしスタイルもいい。気の強いところも俺好みだな。ユアン、今日の夜一緒に食事でもどうだ?」
慣れた動作で私の腰に手を回すうねった金髪は、ヴァン・ウェントスという貴族の男。言動も見た目もチャラついているが、確かな剣の腕と風魔法を組み合わせた彼の双剣術は飛びぬけて評価されたらしい。食事は丁重にお断りした。「クールだねぇ。そういうつれない態度も男心をくすぐるぜ」という台詞は聞こえなかった。
ところでジェニーとヴァンはフラグが立っていると思う。20歳でツルペ……ではなくとってもスレンダーなジェニーと、手の早いチャラ騎士ヴァン。私にすら女性を口説く姿勢を崩さないヴァンだが、ジェニーには砕けた態度でからかって遊んでいる。そんなヴァンにムキになるジェニーは、たまーに大人の女性であることを思い出させる発言をし、ヴァンを翻弄している。なんだこいつら。
「ユ、ユアンさん、僕も平民ですから、あの、仲良くしてください」
おずおずと話しかけてきたのは天使様。名前は分からない。グラソン隊長が天使様を名前で呼ぶことは禁じられている、と言い彼は名乗ることも出来なかった。しかも戦闘中も基本は荷物用の馬車で待機するらしい。神聖術は威力の高い分発動に時間がかかるので他の人が倒した方がいいとか、無事に「穴」に着いてから大仕事があるから、という理由なんだとか。
だから私と一緒に馬車で待機だ。私の場合は野宿の際、一晩中陣術を展開させている必要がある。私の意識が途切れたら術も解けるので、魔力不足と睡眠不足にならないために日中に眠っておくことになった。それを提案したのがグラソン隊長。流石に申し訳なさを感じたが、それが仕事なのだからその心配は不要だと割り切った。
こうして始まった私の「ヒロインになるための旅」は天使様に会った瞬間に途絶えたわけだが、辞めることも出来ない。「穴」を塞げば報酬が貰えるし、町では英雄扱いされるだろうから、それでチヤホヤされる、それで手を打とう。
それに思いがけず天使様の人を誑すテクニックを目の当たりに出来ている。今後使って生きたい。ちなみに天使様の人を誑すテクニックはすごい。
まず、料理で胃袋を掴む。それからボディタッチという大胆さ。なのに恥らう。何これ。
私がそれを実感したのは、旅が始まって数日後。グラソン隊長に頼まれて野宿用に手頃な場所で陣術を展開。するとなんと天使様が夕食を用意し始めた。火や水の用意は魔法だが、それ以外は全て自分。しかも出来たご飯は美味しい。
「ジェニーさん、どうして天使様がご飯を作ることになったんですか?」
「あっユアンちゃんは眠ってたから知らないかー。フフッ見せたかったなぁあの時の隊長の顔!」
ジェニー曰く、なんと天使様がグラソン隊長を説き伏せて自ら料理担当になったらしい。もちろんグラソン隊長は「天使様にそんなことをさせるわけには」と渋ったが、旅の最中自分だけ何もしないのは心苦しくて居辛い。皆が自分を助けてくれるなら、自分だって皆の役に立ちたい、という訴えに負けたとか。
「しかも隊長が逃げないように手を掴んで上目遣いで頼んでたからね~あれは上級者と見た!」
「そ、それはとんでもないテクニックですね……どこで学んだんでしょうか」
「天然……それが天使様の隠された才能!」
「お前らどういう会話してるんだよ」
ことの外ジェニーとの会話に盛り上がってヴァンが呆れている。君もそのうち天使様の虜になるに違いない。
次に驚いたのは、夕方馬車の中で目が覚めた時に、隣で天使様が眠っていたことだ。しかも寄り添っている。添い寝じゃん。通りで温かいと思った。
混乱しながらも仕度をして野宿場所に陣を作り、馬車の近くに布を敷いて座り込む。これから朝までここで陣を保つ。天使様はいつの間にか起きて夕飯の準備をし、皆は傷を治療したり道具の整理、武器の手入れを始める。ヴァンは道具を整理しながら天使様を眺め、「こんな妻が欲しいなぁ」と天使様にすっかり陥落している。気持ちは分かるけど、貴族は奥さんがご飯作らないでしょうよ。
「はい、ユアンの分」
「ありがとうございます、天使様」
天使様がご飯の盛られたお皿を渡してくれる。
最初はさん付けで敬語だったのに、いつの頃か敬称も敬語もなくなった。最初は私やジェニーとしかほとんど話さなかったのに、クラル・フォティア高飛車令嬢とも話せるくらいになっている。素晴らしい。人見知りで怯えていた小犬が、ようやく慣れてきたという感じだ。
彼はそのまま私の横に腰を下ろし、寛ぎ始める。何か用事があるのかと思いきや、それもない。そのまま就寝の時間となり、馬車の中へと入っていく。私と天使様以外の人は。
「天使様? 休まないんですか?」
天使様は私の横に隙間なく座って微笑んだ。
「僕もユアンと同じようにしようと思って」
そういえば、今日起きたら添い寝していた。体調を崩さないか心配すれば大丈夫だと自信満々に返ってくるので、好きなようにしたらいいと思う。
だから天使様は次の日もその次の日も、私の横で寝て横で夜お喋りしている。ヒロインからの印象を悪くする必要もないので特に気にしていなかったが、ある日唐突に気が付いた。
「天使様は、仲の良いお姉さまがいるんですか?」
「え? いないけど、どうして?」
「眠る時も話す時も私にくっついているので、お姉さまが恋しいのかと」
天使様はハッとしたように目を開いたが、まもなく赤面する。だというのに、私から目を逸らすことはなく、若干涙目で首を傾げた。
「……嫌だった?」
何この人かわいい。ヒロインとしての手腕レベル高すぎる。上級テクニックじゃない、神級テクニックだわ。そりゃグラソン隊長もたじろぐしヴァンも嫁に欲しくなるし私も思わず嫌じゃないって言うわ。彼は追い討ちと言わんばかりに嬉しそうに微笑んだ。ヒロイン(♂)が憎い……!
そんなこんなで旅は続き、私たちはようやく「穴」まで辿り着いた。
しかし想像より大きい。大きめの家が2軒くらい入りそうだ。せいぜい人間1人が入れるくらいだと勝手に思っていたので、驚きしかない。皆も驚いているので、これほどとは思ってなかったに違いない。しかも「穴」の付近には「穴」を守っているのか、魔物が蔓延っている。
「作戦を決めてから行動するべきだ」
グラソン隊長がそう言ってから一番近くの町に戻り、一晩ほど準備と作戦会議の時間が設けられた。
作戦はなかなか決まらない。
まず、あのサイズの「穴」がどれだけのスピードで塞げるのか分からない。天使様は「穴」を埋める感覚に近いので恐らくかなりの時間がかかるのではないか、と考えているようだ。「穴」を塞ぐことが始めてだし、文献に載っていないので分からなくても仕方がない。
だとしたら、天使様が神聖術で「穴」を埋めている間、魔物から天使様を守る必要がある。ということは私の出番なのだが、どれだけの速さで「穴」が埋まるのか分からない以上、陣術だけに頼っていいものなのか。陣の持続時間はサイズに比例する。大きいほど持続時間は短く、小さければ長く保てる。野宿の時は皆で固まって広がらないように気をつけていたので、夜中から朝方までは大丈夫だった。大体夜明けくらいに起きるグラソン隊長の準備が整った瞬間から気絶するように眠っていたが。
グラソン隊長は私と天使様の2人が陣に入り、野宿より長く持たせ、他の4人は魔物と戦う案も出した。それなら魔物の数も減るし、陣も長く持つ。
「僕は反対です!」
天使様が叫んだ。もし4人が力尽きてしまったらどうするのか、見捨てろと言うのか。それは私も同意だった。私の何もしてなさが尋常じゃない。もし「穴」が塞がるのが少しでも間に合わなかったら、魔物の群れを前に体力が尽きた人はどうなる? 中には人を食べる魔物だっているのだ。誰かが庇いながら戦うのは厳しいし、そのまま魔物に食べられるのを見ていることだって出来ない。そんなことになってしまったら、私の精神が乱れて陣が崩壊する可能性が高い。
「それだったら最初から全員陣に入り、陣が保てなくなったら4人が戦ったほうがいいと思います」
私の意見に、クラルは眉をしかめる。
「魔力が切れて何も出来ない貴方はどうなさるの? 4人が死ぬ可能性があるより自分だけ死ぬ方がいいとでも言うつもり?」
「ううん、そうなったら私のことも守って欲しい」
「図々しいわね」
「死にたくないもん」
「仲良くなったねぇ2人とも」
そのやりとりにジェニーが笑っている。「まあ、ユアンは自己犠牲タイプじゃないもんね~」だそうだ。その通りです。だって、死んだら意味ないじゃん。報酬も貰えないし……家族に届けられるのかもしれないけど、引き換えに娘の死の連絡も届くって嫌。親は泣くだろうなぁ。いや、正確にはお父さんは泣いて、お母さんはキレる、かな。うん、多分そうなる。お兄ちゃんは散々バカにした後泣くだろうな。妹もキレるかもしれない。
家に帰って武勇伝を語るまでが冒険だ。絶対に死にたくないし死なせたくない。
「じゃあ交代制にするか?」
ヴァンの意見はこうだ。
私が4人入れる陣を作り、天使様と私と2人が入る。その間2人は戦闘。体力の減りを見て陣で待機していた2人と交代する。
なるほどと思ったらグラソン隊長が「2人で対応できる魔物の強さか?」と尋ねた。魔物の強さは私には分からないが、グラソン隊長の顔がいつも以上のしかめっ面なので厳しいという判断だろう。
「じゃあもう、背負う?」
「え?」
ジェニーはあっけらかんとして、横に広がらないようにするためには縦でしょと言った。
つまり、集中力の必要な天使様と私以外の4人で、女性をおんぶや抱っこで横面積を減らそうということだ。そうすれば6人分のところ4人で済むから、その分長く持つ。
名案だと思った。何故なら私には関係ないから。
クラルはそんなはしたない真似はできないと騒ぎ、ジェニーは通常通り、男性2名はそれもありかと納得しそうだ。ということは私たちが行うべきはクラル・フォティア嬢の説得だ。
「いっ嫌ですわ! そんな恥ずかしいこと!」
「でもクラル、僕は皆で生き残りたい。なら、生存率が高くて安全な方法をとりたいんだ」
「うっ……うぅ~!」
クラルの叫びは天使様の前に無力と化した。
*****
ノックの音が響いた。何だろうと思って扉を開けると、天使様が立っていた。彼は宿備え付けの枕を抱えている。この天使様、私の部屋に寝に来た!
グラソン隊長だかヴァンだかの計らいで、明日に備えて各自部屋で休むって決まったのに。明日はこの町から「穴」まで一直線で進むから鋭気を養えってなったのに。「ユアンと寝た方が落ち着く」じゃありません。
けれど、部屋の前から動く気配のない天使様をそのままにすることはできない。仕方なく招き入れると、至極嬉しそうな顔をする。犬だったら耳を立てて、しっぽは全力で振ってるに違いない。それにしてもいくら平民とはいえ、貞操観念なさすぎじゃない? 本当に15歳? 無垢すぎやしませんかね。
「ずっとお礼を言いたかったんだ。ありがとう、ユアン」
「え? 何のお礼ですか?」
「僕が変われたのは、ユアンのおかげだから。ある日突然天使様って呼ばれて王宮に連れて行かれた時から、貴族や王族が怖くて何も言えずにされるがままだった。この旅だって、本当は行きたくなかったんだ」
苦笑した天使様は、今までで一番大人びて見えた。
「でも天使護衛部隊の顔合わせの日、同じ平民のはずのユアンがクラルと言い合いを始めて驚いたけど、尊敬した。言いたいことを言うってこんなにかっこいいことなんだって。それからユアンみたいになりたいと思うようになった」
私は、天使様のようなヒロインになりたかった。でも、その天使様は私のようになりたかった? それって、私が憧れたヒロインの憧れが私ってこと? それってつまり私最強ってこと?
「だから、僕も言いたいことを言うようにしたんだ――ユアン」
「はい?」
「君が好きだよ」
「……へ」
「僕の名前、アゼルって言うんだ。ユアンからは名前で呼んでほしいな」
真剣であることを隠さないその青い瞳が、私を慕っていることは知っていたけど、もっと家族的な要素だと思っていた。
私もその真剣さにまっすぐ返さなくては。
「それはダメです」
天使様は驚いて、泣きそうになって、がっくり首を倒した。
しょげる桃色頭は見ていて不憫で、グラソン隊長なら慌てて天使様に「何かありましたか!」と質問責めにするだろうな。でも私は、そんなことはしない。だって私はヒロイン側になりたかったんだから。そんなことをしたら、ヒーローになってしまう。
「旅が終わるまでは、天使様は天使様です……でも旅が終わったら、分かりませんね? お役目は果たしたわけですから、天使様ではなくなりますね?」
ガバッと勢いよく顔を上げた天使様の瞳はキラキラ輝いている。私の言いたいことが伝わったようで何より。
そのままギュウと抱きつかれて、寝台に転がって、こんなんで明日大丈夫なのかと思ったあたりから記憶が飛んで、気が付いたらもう朝になっていた。ぐっすり眠れたのか、すっきりしている。これ天使様のこと言えないわ。私も大概貞操観念ゆるんでる。気を付けなくては。
「こんなことってないわ!」
クラルが顔を真っ赤にして怒っている。笑っている私、ジェニー、ヴァンを睨みつけてくるが、顔が赤くて怖くない。
彼女が怒っている原因は「穴」と作戦のせいだった。
「まさか2時間で終わるとは思わなかったな」
そう、2時間で「穴」は塞がった。天使様が頑張ってくれたおかげである。本当、天使様様だ。負担も少なく、こんな面白いことにもなった。
冷静なグラソン隊長の言葉が刺さったのか、クラルが更に声をあげる。
「こんなことなら6人分の陣で十分だったじゃないの! お、おんぶなんて……普通婚約者にだって許しませんわよ!!」
グラソン隊長におんぶされたことが彼女にとって問題らしい。ちなみに今クラルに婚約者はいない。
「す、すまないクラル嬢。もし婚約者が決まらなかったら教えて欲しい。俺が責任を持って……」
え、フラグ?
「貴女を求めている男性を探し出す」
「……グラソン隊長って、恋愛神経切れてるんですか?」
「ブフッ!」
ヴァンが声を出して笑い始めた。最初のチャラついたキャラはどこへやら。そういえば彼も天使様と同じく変わったような気がする。クラルも、私に対して突っかかるけど棘はない。私とグラソン隊長とジェニーはそんなに変わってないかな。
「あははっ!」
さっきまで休憩していた天使様も笑っている。クラルは限界が来たのか、これ以上ないくらい赤い顔で、貴族の令嬢らしからぬ大声を上げた。
「――っこの朴念仁!!」
お嬢様も朴念仁って言葉知ってるんだ。
それからまた数日かけて、私たちは馬車で王都に戻った。必要であれば町や村で宿を取って。思えばこの時が一番穏やかな時間だった。
王都に戻った瞬間、天使様と英雄たちを称えてやれパーティだパレードだフェスティバルだ、と最早何がなんだか分からない。騒ぎたいだけなんじゃないか。
貴族の皆が疲れるくらいの人に揉みくちゃにされた私は、体重が2~3kg減ったと断言してもいい。天使様もやつれていたので、もっと減量したに違いない。
飲んだり踊ったり食べたり歌ったりの大騒ぎは数日間続き、グラソン隊長に早く帰りたいと何回も訴えた。だって全然体休まらないんだもの。こういうのに不慣れな田舎者なんだもの。それに何より、家族に早く会いたい。
グラソン隊長は情に揺さぶりをかけるのが一番だということを、ジェニーと私は旅で学んでいた。
そんなわけで、私は一足早く帰路に着いた。私の家は王都から馬車で3時間くらいの町だ。生まれて始めて触った金貨の入った袋を持って、私は得意げに扉を開けた。
「私、ヒロインを飛び越えてヒロインが憧れる存在になった!」
翌日、私宛に手紙が届いた。
手紙の始まりは、私がとっとと帰ってしまったことに対する文句だった。それから、今王宮では天使様に何と言う位に就いて貰うか揉めているらしい。天使爵ではそのままだし大神官だとなんか違うし……とどうでもいい話が盛り上がって進まないので頭が痛い。とりあえず先に家名は貰ったので、もう何でもいいから決めて欲しいと嘆いている。最後に、落ち着いてから会いに行くから待っていて欲しいと書かれていた。その時に「天使様」ではなく一個人として告白する、とも書いてあった。その文がもう既に告白だと思う。
引き出しからお気に入りの便箋と封筒を取り出す。
親愛なるアゼル・アグノス様。貴方に告白される日を楽しみにしています。ユアン。
ヒロインの憧れってヒーローなのではって話。
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登場人物
ユアン(17歳)
平民。王都付近の町出身。ヒロインという存在に憧れているが、性格がヒロイン向きではない。慇懃無礼な態度が得意になってきた。
アゼル・アグノス(15歳)
元平民。孤児。旅を経てコミュニケーション能力が向上した。見た目も中身も立場もヒロイン気質な少年。ひたすら純粋で腹黒さは皆無。
ヘルト・グラソン(20歳)
貴族。魔法騎士団所属。騎士団員からはクールで何でも出来る男と慕われている。多分本気でクラルの結婚相手を探している。恋愛の才能がない。
クラル・フォティア(16歳)
貴族。旅を経て差別思考が治まってきた。おんぶ以降ヘルトを意識しているけどアピールできないししても気付いてもらえないので何も進まない。
ヴァン・ウェントス(19歳)
貴族。魔法騎士団所属。旅を経て笑い上戸だと発覚。チャラチャラしてるけど実は真面目。雨の日に不良が子犬を拾う現象で人気。
ジェニー・アッグレシオ(20歳)
貴族。魔術師団所属。基本マイペースで、お姉さんぶるのが趣味かと思いきやお姉さん。身長が低くてツルペタなところ以外はお姉さん。