物語の始まりは違和感の中から
「…………君?……マサアキ君?」
誰かが呼ぶ声がして目が覚めた。
「ごめんなさい。もうすぐ着くから起きてね?」
どうやら車で移動中らしい。
車の窓の外には桜並木が綺麗だった。
どこか懐かしさがあった。
そんな筈はないのに。
「……………すいません。桜を見ていたら眠ってしまいまして……」
どう考えても病院の中ではない。
あの男に刺された箇所を手で触っても何も無い。
なにも無いはずなのに、ズキッ!っと現痛が走った。病院の出来事は本当だったらしい。
その記憶もある。
だが、病院の記憶はあるがやはりそれ以前の記憶はないらしい。
ふと、自分の服装を改めて見るとどこかの学生服だった。
(……………学校帰りか何かか?)
意外と頭は冷静だった。
直ぐに理解し適応した。
「春だからね、今年も満開ねー」
どうやらここは女性医師が言っていた本の中らしい。
という事は、実際にはまだ治療中だという事だ。
この女性にどこかに送ってもらっている最中らしい。
ミラー越しに顔が見える。
どこか見覚えがあるような気がした。
だが、ここは本の中なのだからありえない。
それに大きな疑問がある。
『会話』が出来ているという点だ。
本来、本の中に入る技術はその世界に入る事と、その中にいるキャラクターの近くで物を見る事は出来ても会話は出来ない。
何故なら、本のストーリーにはキャラクターの
台詞は入っているが体感する人の台詞は無い。
つまり、思う事は出来ても喋れないという事だ。
なのに、会話が出来ている。
先程のは明らか俺に問いかけたし俺も受け答えた。
(…………大体、何の本の中だ?ジャンルは?中身の内容は?俺が知ってる本か?)
「さあ、着いた!」
疑問が解決しない間に目的地に着いたらしい。
到着したのは2階建ての一軒家だった。
車を降り家の玄関前まで足を止める。
(………やはり見覚えがあるような気がする)
どこか懐かしさを思わせる。
以前から知っているような違和感。
それが、一体どういう事なのか。
疑問だらけで理解できない。
「さて!改めまして!」
車を駐車場に停めて、足早に女性が近ずいて来た。ミラー越しに見ただけではあまり分からなかったが、キレイな人だった。清楚な雰囲気に服装が合っている。
「マツモト ユキです!ようこそ!マツモト家へ!これから、よろしくね!」
(………マツモト?俺の苗字はモリカワだが?)
「私達も引越して来たばっかりだからまだゴタゴタしてるけど、家族として色々協力してね!」
(……………ああ、そういう事か)
『家族として』
つまり、俺はマツモトという家庭に引き取られた形らしい。養子か何かだろう。本の中での俺の立ち位置はそういう『設定』らしい。
「……………こちらこそ」
「うん!あ、マサアキ君の荷物届いているわ。
ついでに、運んじゃいましょう。ちょっと待ってて!」
そういうと、小走りで家の中に入っていった。
1人佇んでいると疑問が頭によぎってくる。
(この世界は、本当に本の中なのか?だったらなぜ会話ができる?なぜ、見覚えがあるような気がする?懐かしい様な哀しい様な気持ちはなんだ?
実際の身体はどうなった?)
一気に、疑問が頭の中にきた。
しかし、次の瞬間には疑問は消えていた。
(………いや、消したのか)
実際考えたところで今の状況が変わるとは思えない。実際の自分が助かるにしろ、ダメにしろ
ここで起こっている事が今の俺の現実だ。
正直、それの対処で手一杯だ。
「おまたせー!ほらっ!2人とも!いい歳してなに照れてるの!挨拶しなさい!そして、荷物運ぶの手伝いなさい!」
玄関から、扉を勢いよく開け放ちユキさんが出てきて家の中に向かって叫んだ。
「ちょっと、お母さん!そんな大きな声で言わないで!近所迷惑でしょ⁉︎」
慌てて母親の所に駆け寄るショートボブの女性
「別に照れてるのマホ姉だけだし」
スマホをいじりながら、肩までかかるロングヘアを中央で三つ編みにして歩いて来る女性。
玄関から出てきた2人は姉妹だった。
2人を見た瞬間、違和感を覚えた。
まるで元々知っているかの様な錯覚が身体を通過していった。
だが、これまであった事だし一瞬の出来事だったので気にしなかった。
「じゃあ!まず自己紹介から!マホから!」
「名前、言ってるじゃん〜!えっと!長女のマホです!一応、高校で科学の先生やってます!」
「ユメ。マホ姉と同じ高校の生徒。3年」
(………………性格が正反対な姉妹だな)
「……………モリカワ マサアキです…」
「………………………… 」
沈黙が流れた。
「……えっと!じゃあ、運んじゃおっか!ホラ!
ユメ!」
長女は空気が耐えられないのだろう。
変えようと必死だ。
「はいはい」
「じゃあ、私は買い物いってくるわ〜」
「お母さん、手伝わないの⁉︎」
「若い人達に、任せるわ〜」
「じゃあ、お母さんは若くないってことになるけど?」
「ユメ、晩御飯抜きね」
「まじ、勘弁」
「じゃあ!いってきますー!」
「いってらっしゃい〜」
(…………騒がしい家族だな、正直居づらい)
「……………俺は大きいの運びますので、小さいのお願いできますか…?」
「オッケー!あっ!マサアキ君の部屋は2階の一番奥だから!」
「…………………はい」
「先に運んどくねー!」
小さめの段ボールを持って家の中入っていった。
俺が一番大きな段ボールを持ち上げたところで、
次女がスマホをいじりながら一言。
「つか、アンタが重いの持つのは常識じゃない?」
「………………そうですね」
「は?何?その態度?手伝ってやってるのよ?」
最初から分かっていたがどうやら次女は俺が
気に入らないらしい。そりゃそうだ。俺から見ても自分の言葉には苛立ちを覚える。
自分でも嫌になるくらいだ。
キャラを作ればいいのか?ネコを被り、仮面をつけ偽りの自分を演じればいいのだろうか?
それは、おそらく俺でもできるだろう。
だが、病院で目覚めた時からこうなのだからそれを今更変えて、何の意味があるのだろう。
時間の無駄だ。
「………………『やってる』なら、無理して周りに合わせなくてもいいですよ…」
「は?」
「……………その場の雰囲気に無理に合わせることないと思います」
「へぇ、じゃあ私が手伝うと迷惑なんだ?」
(………何故そう捉える)
「………………迷惑じゃないですよ、すごく助かります。でも、自分の気持ちに嘘つきながらだと疲れるし、辛くなりません?」
「っ‼︎」
何か癇に障ったんだろう。顔を赤くし家の中に駆けて行く姿を見ながら
(…………何を偉そうに…どの口が言いやがる)
いつも言った後に後悔する。
もっと言い方があるだろうに。
何故、素直にありがとうと言えないんだろう。
言えない自分にまた苛立ちを覚える。
(この性格は変わらないな)
「あれー?ユメは?」
「……………なんか、体調良くないみたいで」
「そっかー、素直に言えばいいにー」
「……………そうですね…」
「よし!一気に運んじゃおう!」
「……………はい」
これからこの世界が一体どの方向に進むのか
まるで、分からない。正直、不安だ。
だがこの物語は始まったばかりだ。
「………どうでもいい…つか、どうにでもなれ」
重い自分の段ボールを持ち上げこの世界の違和感と一緒に運びながら、今日から自分の家になる所に入って行く。