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仕方がない仕事

作者: 相木秋人

「よし今日も仕事に行くか」


 男は身支度を整え始めた。

 ストライプ柄のワイシャツに青色のカジュアルなビジネススーツ。

 靴下は黒色だ。

 無地のネクタイを片手に持ちリビングへ向かう。


「ねえ美咲、今日のネクタイはこれで良いと思う?」


 男はリビングで朝食を作っている女に聞いた。


「うーん……。ちょっといまいちかな。ドット柄のがあったわよね?あれはどうかしら」


 女は食器に盛りつけられたサラダをテーブルへ置きながら答えた。

 窓の外では小鳥がさえずっている。


「いいね!それ!さっすが美咲!」


 そう言うと男は自室へと向かう。


「あ、そろそろ子どもたち起こしてきて」

「りょーかい」


 女の言葉に嫌がるそぶりも見せず、男は子供部屋と向かった。

 ゆっくりとドアを開ける。


 部屋は真っ暗だった。

 男はカーテンを開ける。


 ーーシャッ


 部屋にレールの音が響き渡った。


 部屋の中を暖かな光が差す。

 子供の顔に光が当たった。


「ん~」


 子供は呻き声をあげながら顔を布団で隠した。


「ほら、朝だよ」


 男は優しい口調で子供に声をかける。


「ん~~。……おはようお父さん」


 子供は瞼をこすりながらゆっくりと起き上がった。

 寝ぐせが大変なことになっている。


「顔を洗って朝食を食べなさい。お父さんはもう行くから」


 男はそう言うと子供の頬にキスをした。


「お父さん、いってらっしゃい」


 今度は子供が男の頬にキスをした。

 男の顔が緩む。

 男は子供の頭をなでてから自室へ向かった。


 男は手にしていたネクタイをクローゼットにしまい、ドット柄のネクタイを手に取った。

 鏡の前で丁寧にそれを着ける。

 右手首には高そうな時計が光に反射して輝いている。


「よし!」


 男は満足げにそう言うと紺色のビジネスバックを持ち玄関へと向かう。

 それを見た女も玄関へと向かった。

 男はピカピカに磨かれた革靴を履く。


 いつもと変わらない日常だ。


「今日もお仕事頑張ってね」

「ああ。頑張ってくるよ。それじゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい」


 女は玄関のドアが完全に閉まるまで手を振り続けた。




「あなたが本日のクライアントですね」

「いかにも」


 2人の男がカフェで話し合いをしていた。

 周囲は新聞を読んでいる人や朝食を食べている人、のんびりとコーヒーを飲んでいる人など様々だ。


「それで、誰を殺してほしいのです?」


 黒色のスーツを着た男は声を潜めるわけでもなく平然と聞いた。


「この女性です」


 そう言ってドット柄のネクタイを着けた男は写真を出す。


「あなたとはどういったご関係で?」

「妻です」

「ほう。でもどうして?」

「他に愛する人ができた、とだけ」

「ふむふむ。よくある話ですな」


 主婦四人組が二人の会話に耳を傾けていた。


「あなたは誰を殺してほしいんです?」

「私の方はこの男です。私の妻に手を出した不届き者でしてね」


 今度は黒色のスーツを着た男が写真を出した。

 ドット柄のネクタイを着けた男はその写真をじっくりと見る。

 そしてうんうんと頷いた。


「なるほど。わかりました」

「では契約成立ということで」


 2人の男は固く握手をした。


「それにしてもあなたに頼めて良かったです」


 ドット柄のネクタイを着けた男はコーヒーを飲みながら言った。


「それはこちらも同じですよ。交換殺人という制度があって良かったです。高い報酬を支払わなくて済むのですから」


 黒色のスーツを着た男はアハハと笑った。


「殺人報酬はあまりにも高いですからね。この機会に自社の殺人報酬を見直そうかと考えたほどですよ」

「全くですな。そういえば最近、格安殺人会社ができると小耳にはさんだのですが……」

「本当ですか!?詳しく教えてください!」

「なんでもーー」


 2人の男はその後も1時間ほど話し合っていた。




 数日後。


「ただいまー」


 男はくたびれた様子で家に帰ってきた。

 家の中は電気がついておらず暗い。


「おーい。美咲ー、いないのかー?」


 男は靴を脱ぎリビングへと向かった。

 男の歩く音が響く。


 リビングにはソファの上で横たわっている女と、そのそばでうずくまっている子供がいた。


「なんだ。いるなら電気くらいつければいいのに」


 そう言って男は電気のスイッチを押した。

 部屋が無機質な光で照らされる。

 女は横たわったまま動かない。

 子供はうずくまったまま震えていた。


「美咲?寝てるのか?」


 男は女の近くに寄る。

 女は息をしていなかった。


「あっちゃあ。今日が交換殺人の日だったか。すっかり忘れてた」


 男は手を額にあてて言った。


「それならこっちの仕事も今日中にやんなきゃな」


 男はそう言うと無地のネクタイと椅子を用意した。

 その椅子の上に立ち、ネクタイを天井に括り付ける。


「お、お父さん!なにやってるの!?早くお母さんを助けないと!」


 子供は泣きじゃくりながら男の足にしがみついた。

 男は鼻歌を歌いながらネクタイを輪っか状にしている。


「もう死んでるからどうにもならないよ」


 男はそう言って輪っかの中に自分の首を入れる。


「なんで死んじゃったの!?」

「ん?お父さんが依頼してたからだよ」

「なんで!?」

「なんでって。他に好きな人ができたから。優斗も大人になったらわかるよ」

「わからないよ!!なんでそんなことでお母さんが死ななきゃいけないの!?」

「これが今の社会だからだね。殺人市場が成長した今誰にも止めることはできないんだ。トップ権力者も殺人容認主義の人にたくさん投票してもらっているから今更廃止することもできないし。仕方がないことなんだよ。って優斗にはまだ早すぎたかな?」


 男は下を見ながら笑っている。


「人殺しなんてよくないよ!」


 子供は必死に男のズボンのすそを引っ張った。


「そうかもしれない。でもね優斗、今までお父さんのお金で育ってきたよね?お父さんが人を殺して、それで貰ったお金で成長したってことなんだよ。つまり、優斗の存在は"殺人"そのものだ」


 男はアハハと笑った。


 子供はしりもちをついた。


「優斗、これは受け入れるしかないんだよ。大きい力に逆らうことなんてできない。嫌だという感情を抱えていながら、それを行動に移さないということはそれは容認しているのと同じなんだ。でもそれは仕方がない。人間というものは弱いものだから」


 男の表情から感情はうかがい知れない。


 子供の目や鼻からは液体という液体が溢れ出ている。


「それじゃあお父さんは仕事をしなきゃならないから」


 男はそう言うと椅子を蹴飛ばした。

 子供はそれを呆然と見ている。


「が…ん……ばり…な…さい……。ゆ……う……」





 男の身体からは涎や糞尿やらが溢れ出ていた。





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