11(占)
このあいだ燈花ちゃんに説教じみたことを言ったのを思い出していた。端的に言って死にたい。
なんか、ひとりよがりで色々相手のことを考えるのではなくて、直接対話すべきだ、みたいなことを言った気がする。
偉そうに。
何でもお見通しだとでも言うように。
占い師みたいに。
自分はどうだというのか。私はずるい。推理したことを無邪気に私に話した燈花ちゃんよりも、さらにたちが悪い。なんにも知らないふりをして、知っていることを隠して、この生活を続けている。
先日メールしたところでは、燈花ちゃんはその後、香織っちと二人で愛の逃避行(原文ママ)に出ているらしい。意味がわからないが、二人が仲直り出来たのなら良いことだろう。
最近の私は、自己嫌悪で忙しかったが、混乱でも忙しかった。先日の変な女の一件。無量と名乗る女から聞いた蛇塚の話を日記に書いたら、いつの間にかその話は、一ヶ月前に自分がゼミで披露した話になっていた、という現象である。
私の記憶がおかしくなっている可能性も、もちろん否定は出来ないが、どちらかと言えばこれは、過去の改変に近いものではないかと思う。
そもそも私は、占いらしい占いはしない。やり方も教わっていないし、学ぶこと自体、拒絶した。けれども私は、強制的に視えてしまう性質を持って生まれてきた。人の顔を見れば、その命が、運命が視えてしまう。それはちょっとした地獄だ。祖父の死期を言い当てた私を、両親は鬼の子を見るように見た。もうそういうのがいやになって、面倒くさいので、でたらめな度の眼鏡をかけるようにした。これが結構よくて、全然何も視えやしないのだ。
占い師というのは損な役回りだ。基本的にCOしないといけない役職だし、責任は重大だし、皆からは疑われるし、何も良いことなんてない。いっそ視えなくなってしまえと私は思ったのだ。静かに仕事ができる狩人の方が、私は羨ましい。前にその話をはるかにした時、はるかも同意してくれた。
「私は、誰かを守ることができる狩人の方が、自分には合っていると思うな」
けれど彼女はこうも言ったのだ。
「でも、守るべき占い師が側にいてくれないと、狩人もなかなか、寂しいものよ」
何の話だったか。ああ、見えない眼鏡を変えて、運命が視えなくなった私の話だ。
日記を書いている際に、未来に日記に書かれる事柄が見えるようになったのは、それ以来である。文章を激しく書きなぐったり、あるいはキーボードで打ち込んだりしている時に、ふとその向こうが見える。将来書かれるべき文章が、今書いている文章に重なり、私のなかに入ってくる。
おそらく、私の血筋が、私の占いの力が、行き場を失って溢れ出しているのだろう。日記による未来予知は、見えるのが特定の人のことではないという点で、また少なくとも未来に自分自身が日記に書く事柄しか見えないという点で、そこまで不快ではなかった。それでもずるをしているという感覚はあったけれど、日記を書くのもやめてしまったら、こんどはどんな形で占いが発現しだすか分からないと思った。日記ならまだ、ましなほうじゃないか。そう思った。
私は日記で未来を知ることができると気付いてから、しかしそれを適当にやり過ごし、厳密に考えようとはしなかった。
しかし、蛇塚の一件は、さすがに考えを改めさせるに充分だった。
この力は、逆方向にも使いうる。
すなわち、過去に伝えたい情報を日記に書き込めば、うまくすれば過去の自分がそれを、読んでくれるかもしれない。過去の私が、現在の私が書き込んだ蛇塚の話を読んで、それをゼミに持っていったように。
これは使えるかもしれない、と私は思う。ずるい私は、考える。私のしてしまっていること、現在進行形で重ねている罪。これをなんとか出来ないだろうか……。
「おい」
突然声をかけられて、私は立ち上がり後ろを向いた。そこには、背の低い私よりもさらに背の低い、小学生くらいの男の子が立っていた。
「あれ、こないだの」
この間、怪しい女と一緒にいた少年だ。確か名前は。
「劫くん、だっけ」
「気安く呼ぶな」
少年はマジで不快そうな顔をした。小生意気な子供らしい可愛さとかじゃなくてマジで不快そうな顔だったので殴ろうかと思った。殴るのはよくない。
「今日は一人? お姉さんは?」
「一人だ」
「一人で偉いね。どうしたの?」
少年は舌打ちして顔をしかめた。
「子供扱いするな」
「子供でしょうが」
実際、一人の様子だったし、一人になってみれば、案外普通の子供のように見えた。無量さんはこの子を助手だと言っていたけれど、それはどういう関係なんだろうか。無量さんが何か仕事をしているとして、こんな子供を助手として働かせたら児童労働だろう。
「伝言があってきた」
「伝言? 無量さんからの?」
少年は頷いた。
「『君が日記にきちんと書いてくれたお陰で、何もかも順調に進行している』」
若干作った声だった。
「え、モノマネで伝えるの?」
「『藤木圭吾の解放のために、もう一歩だ。そこで今晩、少し君の身体を貸してほしい』」
若干手振りがついていた。プロ根性か?
「『今晩0時に、工学部一号館前の広場まで来てほしい。ついたら電話してくれ』」
「……助手の仕事も大変だね」
少年は舌打ちして顔をしかめた。
「これ」
少年が何かを差し出した。
「姉ちゃんの連絡先だよ」
姉ちゃんとか呼んでるの、かわいいな、とか言ったらまた怒りそうだなと思ったので口には出さなかった。少年は舌打ちして顔をしかめた。口に出してないのに……。
受け取ったのは名刺だった。こう書かれていた。
(宮)塚田農場
部長 無量 蓮美
「塚田農場じゃねえか!」
デコられていた。部長とかそれなりに通ってんじゃん。っていうか塚田農場の名刺にフルネームを書かせるな。
「そういうわけで、今夜決行だから」
「いや、どういうわけだよ。工学部一号館前って、そんなとこで夜中に何するって」
「来るだけでいい。お前に何かしてもらう必要があるなら、お姉ちゃんはそう言うはずだから」
「お姉ちゃんとか呼んでるの、かわいいな」
少年は舌打ちして顔をしかめた。口に出したのに……。
「ともかく、0時に工学部一号館前に来て、その番号に電話しろ」
「いや、この番号に電話しても塚田農場新橋レンガ通り店にかかるだけでしょうが」
「その時間は姉ちゃんの携帯に繋がるように細工しておく」
「そんな細工をしてまで塚田農場の名刺を渡すっていうギャグがやりたかったのか?」
「ギャグでもなきゃやってられないんだよ」
少年は私に背を向ける。
「国家権力に反逆しようって言うんだから」