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ドッペルゲンガー百合 ~12人狐あり・通暁知悉の村~  作者: 笹帽子
【3】三卜八恵は知りたくなかった
70/108

8(狐)

 ゼミ室への階段を登りつめると、微かに心臓がはずみました。地味にきつい階段を登ったせいなのか、自主ゼミへの期待か、定かではありませんが。

 そうそう、私の心内語が何処かで小説になっているかもしれませんし、ひょっとするとそれが時系列を遡ったエピソードということもありましょうから、このあたりで一度言明しておいたほうが親切でしょう。今日は四月十六日。自主ゼミの第二回です。あ、そうそう、私は稲荷木燈花と言います。読者の皆さん、聞こえてますか?


 到着したのは私が最後だったようでした。すでにゼミ室には、メンバーの三人が揃っています。

 ぼーっとパーマの掛かった髪を弄っているのは、小さな体にボスっぽい風格の漂うみとはちさん。みとはちというのはあだ名だそうですが、本名は忘れました。草苅さんが八恵と読んでいるので、下の名前は八恵なのでしょうが。ということは、名字は水戸ですかね? まあどうでもいいですけど。

 対照的に背筋をぴっと伸ばして凛とした雰囲気を漂わせている草苅さん。この方は、不思議な透明感を持っています。芯のある人だと思いますが、同時にどこか、違う世界から来てしまったような雰囲気をたたえている人です。そうはいっても、私が見る限り、中身は単にみとはちさんにベタ惚れして依存しているだけの人ですが……。しかし、みとはちさんと二人並ぶと身長差結構ありますね。四人がけソファなのにみとはちさんと密着しすぎじゃないですか? まあなんか二人でやっててくださいという感じがします。

 そして香織は、部屋の端の水屋スペースでちょうど紅茶を入れているところだったようです。ピーチとクリームの香りがします。

「おはよう」

 香織が振り返って言います。また角襟の服着てる、と私は思いました。

「おはようございます」

「おはよー、燈花ちゃん」

 みとはちさんが眠そうに言いました。

「揃ったね」


 妙な経緯で始まったこの自主ゼミですが、私は結構、気に入っています。もちろん学術的な広さや深さで言えば、藤木先生がいるほうが良いのでしょうが、学生だけというのも自由な雰囲気があります。そのなかで、先輩二人や香織の考え方や、興味を持つポイントが分かるのは、単純に楽しいのです。

「それじゃあね、今日のテーマはこれ」

 みとはちさんが、じゃじゃん、と言いながらレジュメを配りました。


 *


 藤木ゼミ 自主ゼミ

 担当 みとはち

 二〇××年四月十六日


 本学における『蛇塚』について


 工学部一号館前の広場には多数のオブジェや展示物があるが、大半は一九九八年の周辺整備の際に設置されたものである。しかしながら、その隅にひっそりと佇む『蛇塚』は、それよりも遥かに長い歴史を持つと言われている。今回は、この『蛇塚』にまつわる由緒、逸話、都市伝説を概観し、分析していきたい(願望)。


蛇塚の基本情報

 一般に蛇塚と呼ばれているが、東央大学キャンパスマップによれば「お化け灯籠」という表記になっている。お化け灯籠といえば上野恩賜公園の巨大な灯籠(高さ6メートル)が有名だが、こちらは高さ1メートル強の一般的な灯籠サイズである。きれいなお椀型の笠で、蕨手(わらびて)(笠の周辺につく突起のような装飾)はなく、火袋に灯火が入るスペースはない。竿は単なる円柱で、装飾っ気もなく、独特の雰囲気をたたえている。基礎部分は四角で、そこに「蛇體姫」との文字が刻まれていることから、蛇塚との呼び名があるのだろう。なるほど確かに、灯籠のようにも見えるが、火袋にスペースすら確保されていない点で、これは灯籠かと言えば怪しい。蛇塚という俗称のほうが正体に近いように思われ、本稿では蛇塚と呼称する。


 東央大学新入生ガイドのバックナンバーを確認したところ、蛇塚の由緒が確認できた。ただし、内容を読んで分かる通り、怪談・都市伝説の域を出ないものである。以下、引用する。


(引用ここから)

蛇塚

 工学部一号館前のイチョウの木の横にある蛇塚は、もともと加賀藩の大名屋敷にあったものであるという。御存知の通り、東央大学の土地はかつて加賀藩前田家上屋敷跡であった(本学の正門も、もとはこの上屋敷の一部が復元されたものである)。この上屋敷に「きぬ」という女中がいたが、これがあるとき留守居役と密通していたとして騒ぎになり、首を吊って死んでしまった。その直後から屋敷の中で物が飛んだり、屋根に小石が降り注いだりといった怪異現象が起きるようになった。女中たちが、きぬが首を吊った女部屋で寝ると身体中に蛇に巻きつかれたような跡がつくというので、蛇憑きだったに違いないということになり、祈祷をしたうえでこの塚を立て、霊を慰めたところ、怪異現象が治まったという。


 時代を超え、この土地が東央大学キャンパスとなってからも、蛇塚はひっそりと祀られていたが、五年ほど前にキャンパス内で泥酔した男子学生が蛇塚に粗相をするという事件があった。その後、男子学生が急死したために、蛇の祟りであると言われている。以来、深夜の工学部一号館前にはこの男子学生の霊が出るという噂だ。その晩、共に飲んでいた友人たちを探しているのだとか。自分が死んだと知るやお祓いに駆け込んで、蛇塚のことなど忘れて生活している友人たちが許せないのかもしれない。新入生諸君も蛇塚と飲み過ぎには注意しよう。なお、工学部一号館の夜間通用口が建物裏側に変わったのは男子学生の霊の目撃が相次いだからだそうである。夜間にキャンパスから出る場合、工学部生は西門から出入りするよう心がけたい。男子学生の霊に追いかけられると、数日は背中に蛇に巻きつかれたような跡が取れないそうである。

(引用ここまで)


 考察はせっかくだし皆でやろうぜ。


 *


「面白いだろう!」

 みとはちさんが叫びました。その自信は小さな身体のどこから来るのですか。

「確かに、面白いですね……」

 香織が言いました。でも香織の言う通りで、この資料の話に興味を引かれないと言えば嘘になります。歴史のあるキャンパスだという認識を持ってはいましたが、こんな伝説じみたものが近くにあるとは考えたことがなかったのです。工学部一号館前の広場と言えば、この文学部一号館の裏側すぐなわけですし、私も通ったことがあります。もしかしたら蛇塚を見てすらいるかもしれません。

「うーん、これはつまり都市伝説を考察しようという提案だよね。うちのゼミ的に若干外れるような気が」

 ただ、草苅さんが言うことにも一理あります。都市伝説や怪談も立派な学術的議論の対象たりえますが、私たちはそういう集まりでしたっけ。

「えーいいじゃん面白いし。せっかくレジュメ作ってきてし。だいたいうちのボスの専門だって怪しい系だし。このゼミの存在も都市伝説みたいなもんだし」

 このゼミは都市伝説みたいなもんではないです。多分。


 用語法は時代や学派によってそれぞれですが、伝説というのは、民話や昔話と比べると多少の信憑性を持って語られるものとされています。実在する人物に関するものであったり、特定の時期が設定されていたりと、少なくとも語る側は、それなりに真実であると思って語るのです。『むかしむかし、あるところに』の昔話とは正反対の特徴です。

 それが一般的な『伝説』という用語への定義付けですが、そこに『都市』とつけると、意味はややずれて来ます。都市伝説は現代、それこそ都市の時代において口承される話であり、信憑性は薄れてきます。登場人物が『友達の友達』とかであることは多いし、語る人々も本心から信じているのではなく、よりゴシップ的に語るようになります。みとはちさんが引用した文章の後半はまさにそれであり、蛇塚に粗相をして急死したという学生が本当にいたのか不明ですし、この筆者が男子学生の幽霊を見たわけでもなさそうです。

 とはいえ、語りたい、伝えたいという欲求があるから人間は語ります。その点では古典的伝説も現代的都市伝説も、根っこに存在する人間の心は同じなのかもしれません。


「怪談の部分はともかく、そういう塚が実物としてこのキャンパスにあるなら、それはちょっと気になります」

 香織がそう言って、私も頷いたので、なんとなくこの話題を今日のテーマにすることが決まりました。草苅さんも若干渋々ですが、頷きます。

「そうと決まれば、現地調査に行きますか」


 そうして私たちは階段を降ります。怪談はともかく、フィールドワークだなんて、楽しそうですね?



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