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ドッペルゲンガー百合 ~12人狐あり・通暁知悉の村~  作者: 笹帽子
【3】三卜八恵は知りたくなかった
63/108

1(占)

 ()(うら)()()というのが私の名前である。これがすこぶる書きにくい。三、卜、八、というはじめの三文字が曲者で、縦書きのときなどはともかく重心がつかみにくく、恨みがましくて仕方がない。だから私は、三卜八恵なんていう名前は、どうしても本名を使わなきゃいけないときにしか使わない。まあ、何か申込みの書類とか、定期試験の答案とか、学生定期作るときとか……まあ、名前が必要なときってだいたい本名が必要なのだけれど。それでも私は、友人に向けて名乗るときは、もう最初から、本名ではない名前を名乗る。

「みとはちって呼んでください」と。

 三卜八恵の「卜」という字は卜占(ぼくせん)の卜で、(うらな)いの卜であって、カタカナの「ト」とは全然わけが違うのだけれど、私はこの文字を、ただの「と」に落としてしまう。貶めてしまう。この際だから「恵」のことは無視してしまって、三卜八恵はこうして三卜八(みとはち)となる。占いは嫌いじゃないけど好きじゃない。これまで何度も役に立ってきたし、助けられてきたし、今後も頼ってしまうのだろうけれど、占いが名前に埋め込まれているなんて、それしか能がないみたいで気に入らない。

 占いというのは、見えないものを見る技であり、知り得ないものを知る業だ。未来、人の心、謎の正体、運勢、そういったものを、知ることができるのだという。確かに、そういうことができることが、できてしまうことが、三卜の血筋にはあるのだろう。けれど、私が思うに、なんだって知れば良いというものではない。ときには、知ってしまったことを後悔する、知らなければ良かった、知りたくなかったと思ってしまう事実が、占いによってもたらされてしまうこともある。


 そう、たとえば、同居人がもう普通の人間ではない、とか。


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