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僕は抹茶黒糖ラテ、燈花は抹茶白玉フロートラテを頼んだ。
「来てくれてありがとうございます」
燈花がぺこりと頭を下げた。
いつものようにその豊かな髪が揺れた。
江ノ島に行ったときと同じワンピースだった。
あのときと変わらない僕たちであったらと思った。抹茶黒糖ラテと抹茶白玉フロートラテの感想を、軽々しく話し合えたらと思った。無理やり一口飲んでみたけれど、胃がねじくれて、味も全然わからない。
「あの、香織」
「は、はい」
「緊張し過ぎでは」
「……そ、そうかな、ひ、ひさしbるいだし」
「ものすごい噛み方ですね。ローマ字入力特有の」
入力方式の話やめろ。
「どちらかというと、緊張すべきは私だと思うのです」
「え」
「私が呼び出したわけで」
……まあ、そうかなと思う。僕だって燈花に連絡を取りたいと思ったし、実際何度か、メールを打ちかけた。けれど送信できなかった。
「燈花は緊張とか、あまりしなさそう……」
「いや、そんなことはないでせよ」
「フリック入力特有の噛み方やめろ」
わざとやるな。
「ええ、本当のところ、私、あんまり緊張ってしないんです」
「だろうな」
知ってた。
「けれど、だから、真剣に見えないかも知れないのですが、今日は真剣に、頑張って話しますので、聞いてほしいのです」
そう言って燈花は、深呼吸をした。
「たくさん、謝らなければならない事があります」
まずは、何よりもまずは、香織に変身なんかして、ごめんなさい。
私は、おそらく血筋柄、人の中身が、普通の人より少しだけよく見えるようなのです。話していて、表情を見ていて、その人が考えていることが、その人の性質が、多少なりともわかります。
けれど、香織のことは、分からない。
分からないところがあったのです。だから気になりました。もっと香織のことを知りたいと思いました。
けれど私は不安でした。香織は、私には興味なんて無いんじゃないかと。
だから香織の興味を引きたくて、あんなことをしてしまいました。嫌な思いをさせてしまったと思います。考えが足りませんでした。本当にごめんなさい。
今から考えてみれば、きっと香織の中のわからなかったところって、狼に関するところなのだと思います。香織が変身するのを実際に見てしまったあの夜まで、私はそのことに一切気づかなかったのです。馬鹿だったなと思います。
もう一つ謝らないといけないのはそのことです。
香織のことが気になって、狼のことが気になって、色々と調べてしまいました。香織をうちで手当したときに、背中の御札を見てしまいました。ごめんなさい。それについて考えて、調べているうちに、こんなに時間が経ってしまいました。香織にひどいことをしたと思っていたのに、ずっと連絡もとらなかったのは、そっちに気を取られていたからです。香織のことを考えすぎて、香織のことを全然考えられていませんでした。ごめんなさい。すごく反省しています。
愛が重いなぁ、と僕は思った。
だけど、僕は燈花の言葉が素直に嬉しかった。というか、今度こそ本当に、安堵した。同時に、意味不明な疑心暗鬼に陥ってしまった自分への恥ずかしさと、この状況そのものへの恥ずかしさがないまぜになって、どんどんと身体が熱くなった。
「みとはちさんに言われてしまいました」
直接話さないとわからないって。『一目見れば』の妖狐じゃないんだって。
そうなんです。私には他人を知悉することなどできず、知悉されることもできない。言葉で伝えないと、伝わらない。
だからそもそも、はじめから、香織のことが気になったということから、伝えないといけない、そうして謝らないといけない、そう思いました。『一目見れば』の妖狐の話、都市伝説になっていたのが面白くって、なんだか私もそれにとらわれていたというか、調子に乗っていたのだと思います。そんなこと、無いんです。そんな都合のいいこと、ありませんでした。知悉したりされたり、私たちは出来ないんです。私たちは皆、明けることのない夜の中にいて、暁は訪れない。私たちの場合は、伝えなければ伝わらない。
「だから……だから、私は、香織ともっと話がしたいです。また、今までとおんなじに、仲直り、できませんか」
そこまで言う頃には、僕はもう燈花の顔なんて見られなくなっていた。抹茶黒糖ラテの氷がズルリと滑り、上に載っているクリームが抹茶に浸かる。
「うん、僕こそごめん、怒ったりして」
やっとのことで、それだけ言った。
いやいや、それだけじゃダメだろと思った。
「あ、あのさ」
僕は携帯を取り出して、例のリストを上からなぞった。
「行ってみたいUがあるんだけど」
燈花がにこりと笑って、首をかしげた。
ああ、僕はダメだな、こうやって逃げて。確かに仲直りしたら行きたいところはたくさんあった。それを準備していたし、そのことも伝えたかった。けど、燈花がこれだけ話してくれたのに、僕はなんにも言ってないじゃないか。僕の気持ちのことを。
けれど、燈花が笑ってくれただけで嬉しくなって、心臓が変な方向にねじれそうで、それ以上言葉が出てこなかった。
「駄目です」
燈花が言った。
え?
「今日この後行くところは、決まっているんです。おうどんさんは別の日にしましょう」
「……え、そうなの」
「はい」
燈花はそう言うと、白玉をつつきはじめた。
「ちゃんとコースを考えてあります。途中途中にいい感じなポイントもたくさんありますから」
最後に展望台で夜景を見ます。やっぱりクライマックスですし、そこがおすすめだと思いますけど、と燈花は言った。
「香織も、ちゃんと言葉で聞かせてください」
いつもは眠そうな瞳が、輝いて揺れていた。
僕を捕まえて離さなかった。