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ドッペルゲンガー百合 ~12人狐あり・通暁知悉の村~  作者: 笹帽子
【2】稲荷木燈花は貴方が知りたい
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22

 僕は抹茶黒糖ラテ、燈花は抹茶白玉フロートラテを頼んだ。


「来てくれてありがとうございます」

 燈花がぺこりと頭を下げた。

 いつものようにその豊かな髪が揺れた。

 江ノ島に行ったときと同じワンピースだった。

 あのときと変わらない僕たちであったらと思った。抹茶黒糖ラテと抹茶白玉フロートラテの感想を、軽々しく話し合えたらと思った。無理やり一口飲んでみたけれど、胃がねじくれて、味も全然わからない。

「あの、香織」

「は、はい」

「緊張し過ぎでは」

「……そ、そうかな、ひ、ひさしbるいだし」

「ものすごい噛み方ですね。ローマ字入力特有の」

 入力方式の話やめろ。

「どちらかというと、緊張すべきは私だと思うのです」

「え」

「私が呼び出したわけで」

 ……まあ、そうかなと思う。僕だって燈花に連絡を取りたいと思ったし、実際何度か、メールを打ちかけた。けれど送信できなかった。

「燈花は緊張とか、あまりしなさそう……」

「いや、そんなことはないでせよ」

「フリック入力特有の噛み方やめろ」

 わざとやるな。

「ええ、本当のところ、私、あんまり緊張ってしないんです」

「だろうな」

 知ってた。

「けれど、だから、真剣に見えないかも知れないのですが、今日は真剣に、頑張って話しますので、聞いてほしいのです」

 そう言って燈花は、深呼吸をした。

「たくさん、謝らなければならない事があります」


 まずは、何よりもまずは、香織に変身なんかして、ごめんなさい。

 私は、おそらく血筋柄、人の中身が、普通の人より少しだけよく見えるようなのです。話していて、表情を見ていて、その人が考えていることが、その人の性質が、多少なりともわかります。

 けれど、香織のことは、分からない。

 分からないところがあったのです。だから気になりました。もっと香織のことを知りたいと思いました。

 けれど私は不安でした。香織は、私には興味なんて無いんじゃないかと。

 だから香織の興味を引きたくて、あんなことをしてしまいました。嫌な思いをさせてしまったと思います。考えが足りませんでした。本当にごめんなさい。

 今から考えてみれば、きっと香織の中のわからなかったところって、狼に関するところなのだと思います。香織が変身するのを実際に見てしまったあの夜まで、私はそのことに一切気づかなかったのです。馬鹿だったなと思います。

 もう一つ謝らないといけないのはそのことです。

 香織のことが気になって、狼のことが気になって、色々と調べてしまいました。香織をうちで手当したときに、背中の御札を見てしまいました。ごめんなさい。それについて考えて、調べているうちに、こんなに時間が経ってしまいました。香織にひどいことをしたと思っていたのに、ずっと連絡もとらなかったのは、そっちに気を取られていたからです。香織のことを考えすぎて、香織のことを全然考えられていませんでした。ごめんなさい。すごく反省しています。


 愛が重いなぁ、と僕は思った。

 だけど、僕は燈花の言葉が素直に嬉しかった。というか、今度こそ本当に、安堵した。同時に、意味不明な疑心暗鬼に陥ってしまった自分への恥ずかしさと、この状況そのものへの恥ずかしさがないまぜになって、どんどんと身体が熱くなった。


「みとはちさんに言われてしまいました」

 直接話さないとわからないって。『一目見れば』の妖狐じゃないんだって。

 そうなんです。私には他人を知悉することなどできず、知悉されることもできない。言葉で伝えないと、伝わらない。

 だからそもそも、はじめから、香織のことが気になったということから、伝えないといけない、そうして謝らないといけない、そう思いました。『一目見れば』の妖狐の話、都市伝説になっていたのが面白くって、なんだか私もそれにとらわれていたというか、調子に乗っていたのだと思います。そんなこと、無いんです。そんな都合のいいこと、ありませんでした。知悉したりされたり、私たちは出来ないんです。私たちは皆、明けることのない夜の中にいて、暁は訪れない。私たちの場合は、伝えなければ伝わらない。

「だから……だから、私は、香織ともっと話がしたいです。また、今までとおんなじに、仲直り、できませんか」


 そこまで言う頃には、僕はもう燈花の顔なんて見られなくなっていた。抹茶黒糖ラテの氷がズルリと滑り、上に載っているクリームが抹茶に浸かる。


「うん、僕こそごめん、怒ったりして」


 やっとのことで、それだけ言った。

 いやいや、それだけじゃダメだろと思った。


「あ、あのさ」

 僕は携帯を取り出して、例のリストを上からなぞった。

「行ってみたいUがあるんだけど」


 燈花がにこりと笑って、首をかしげた。

 ああ、僕はダメだな、こうやって逃げて。確かに仲直りしたら行きたいところはたくさんあった。それを準備していたし、そのことも伝えたかった。けど、燈花がこれだけ話してくれたのに、僕はなんにも言ってないじゃないか。僕の気持ちのことを。

 けれど、燈花が笑ってくれただけで嬉しくなって、心臓が変な方向にねじれそうで、それ以上言葉が出てこなかった。


「駄目です」

 燈花が言った。

 え?

「今日この後行くところは、決まっているんです。おうどんさんは別の日にしましょう」

「……え、そうなの」

「はい」

 燈花はそう言うと、白玉をつつきはじめた。

「ちゃんとコースを考えてあります。途中途中にいい感じなポイントもたくさんありますから」

 最後に展望台で夜景を見ます。やっぱりクライマックスですし、そこがおすすめだと思いますけど、と燈花は言った。

「香織も、ちゃんと言葉で聞かせてください」


 いつもは眠そうな瞳が、輝いて揺れていた。


 僕を捕まえて離さなかった。


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