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ドッペルゲンガー百合 ~12人狐あり・通暁知悉の村~  作者: 笹帽子
【2】稲荷木燈花は貴方が知りたい
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怪火

 学校が休みなので思う存分読書ができる。

 僕は詩集を読み進めた。

「いやいやいやいや。ジャージ、なんなんそれ」

「……」

 数ページも読まないうちに、また昨日の男が現れた。昨日とおんなじにおいがした。

「事案おじさん、また来たんですか」

「事案おじさんってさすがに何だよ」

「言葉通りの意味です」

「犀星読んでる文学少女が使う言葉じゃないよ。いやいやそれより、それ。ジャージ。なんだそれは。世界に喧嘩を売っているのか?」

 僕はジャージ姿だった。だって学校休みだし。

「学校が休みだったら制服を着なくて良いのか? 女子中学生としてもっと社会貢献してほしい」

「歪んだ社会貢献を求めるな」

「……ん、なに、学校が休み? サボりではなく」

「休みです。燃えたので」

 臨時休校になった。明日授業があるかどうかも分からない。

 事案おじさんはふーっと息を吐き、天を見上げた。

「燃えちゃったかぁ」

 その目は、何かを考えていた。相変わらずくたびれた格好をしているけれど、一瞬、その表情に緊張が走ったように見えた。

「学校が燃えたとき、どう思った」

「どうって。ラッキーって思いましたけど」

「学校が燃えて得しちゃうタイプの人類か」

「むしろ学校が燃えて損するタイプの人類っているんでしょうか」

「次は何が燃えると得しちゃうんだろうね、君は」

「どういう意味ですか、それ」

 その目がこちらを向いた。

「君は学校以外に何が燃えてほしいんだろうね」

「はあ……?」

「日本は火事の国だ。火事と喧嘩は江戸の華、っていう通り、江戸は木造建物が密集して火事が多かった。君の住んでいるこの金沢だってそうだ。北陸のフェーン現象で乾いた風が吹く。燃えやすい。辰巳用水って小学校で習っただろう? 寛永の大火の経験から金沢城に引き込まれた用水だ。逆サイフォン。よく出来てるよなぁ」

 男は、この街の子供だったら誰でも知っているようなことを言う。土地の人じゃないんだろうなと僕は思う。

「そうやって防火には気を使ってインフラを整備していた加賀藩だが、宝暦の大火は防げなかった。宝暦の大火では、金沢の街は九割焼けた」

 知ってる。

「宝暦九年四月九日、泉寺町、今で言う寺町から出火。火は翌日まで燃え続け、犀川を超えてまで広がり、浅野川まで超えて、金沢城を含め、城下一万戸以上が消失」

 僕は郷土史の教科書に書いてあることを諳んじた。

「詳しいね、さすが学校が燃えて得しちゃうタイプの人類」

 男が感心したように言った。

「ここらの子供なら皆知ってるでしょ」

 この街の史上最悪の火事なのだ。知らないわけがなかろう。

「じゃあきっと、その火事の原因も知っているだろうね」

「……だからフェーン現象じゃないんですか」

 春先に日本海を低気圧が通過すると、乾いた風が吹き下ろす。それが火災を広げやすい。

「違う。昔の人はそうは考えなかった。かわりにこう考えたんだ。『加賀騒動で自害した大槻伝蔵の祟りだ』。加賀騒動、知ってる?」

 加賀騒動。加賀藩のお家騒動である。僕は頷く。

「詳しいね、さすが放火少女」

「ここらの子供なら皆……え、なんて?」

「火事はよく祟りだとか言われる。まあ、わかりやすいだろ。炎。怒り。恨み。イメージが近しいんだ」

「放火ってなんですか」

「学校が燃えたのも、誰かが祟ったのかもしれないねぇ」

「あの」

 男がすうと深呼吸した。また一瞬、甘くて煙たいにおいがした。


「さて話が寄り道しすぎたね」

 さすがに寄り道入道ってなんだよ、と僕は言いかけた。

「ところで、君が神谷内香熾さん、その人なんだってね、同級生に聞いたよ」

「……」

 黙った。

 事案だぞ。

「ということは、君は、神谷内直樹の娘なわけだね」

 僕は今度こそ本当に眉を顰めた。

 父の名前を出して近づいてくる人間に、ろくなのはいないだろうと直感的に思った。

「お父さんに、鼠の話とか聞いたことある?」

「は?」

「お父さんは、親戚づきあいってする方だった?」

 しない方だった。僕は声に出して答えはしなかったがそう思った。

「じゃあ、何も聞いてないんだね、まあしょうがないか。君は」

 男が短い袖を引っ張って話すのが、気に入らなかった。

「その本もお父さんの本なのかな」

「……」

「お父さん、まだ若かったのにねえ、中学生の娘を残して」

「……」

「それもお父さんの本なのかな。まあ女子中学生が普通買わないだろうしね、そんなの」

「……」

「でも別に、お父さん事故死でしょう、その本にお父さんが君に伝えたかった何かが書いてあるってわけではないしさ」

「……」

「学校行かずにそれ読むの、お父さんが君にしてほしかった事なわけ?」

 僕はものすごい顔で男を睨んでいたのだろうと思う。男はにやりと笑った。


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